第九話【なんとなく】
二本目の煙草を吸い終わった後、俺たちは喫煙所を出た。
別に目的も無く、二人でぷらぷらと大学内を散歩した。
何も話さないで歩いているのも気が引けて、いつも通りのくだらないことを一方的に悠真に話しかける。
最初こそ、俺が問いかけないと反応しなかったが、だんだんといつもの調子に戻っていった悠真。
そして俺は、とある出し物をしているクラスで足を止めた。
それは――。
お化け屋敷だ。
入り口に貼られた黒と赤のおどろおどろしい看板を指さし、悠真に入ってみようと提案をする。
でもどうやらこういうのは苦手らしく、嫌だと駄々をこねる。
「嫌だって!俺こういうの苦手なんだって!!」
「せっかくの学園祭だぞ?少しくらいこういうのやらねぇと」
「嫌だってーー!」
そんな反応が面白くて、半ば強制的に俺はさっさと受付を済ませ、悠真を引きずって中に入って行く。
「うぅ~…ホントに嫌だ~……」
「まぁまぁ」
「樹が意地悪だ~……」
「なんとでも言え」
怖がっている悠真を適当にいなして、俺は先導して中を進む。
そもそも、幽霊なんて非現実的なもののどこが怖いんだか…。
そんなことを考えては、隣で背中を丸めてビクビクしている悠真を笑いながら、俺はサクサクと歩く。
「まぁ、頼りになる年上の俺がいるんだから
そんな怖がるなよ」
「うぅ…頼りにならない……」
「なんだと!?
…そういうこと言うだったら置いてくからな」
「嘘嘘!ごめんなさい!!置いてかないで!!」
引っ張っていた手を放して、少し先に進むと悠真は慌てて後を追ってきた。
そんな姿にまた笑いながら、しょうがないからと待って隣を歩く。
薄暗い通路。
赤い照明。
小さく聞こえる不気味なBGM。
さっきまでの入り口付近から打って変わって、怖い雰囲気が出始める。
なんとなく黙って進んでいれば、悠真は無意識なのか俺の服の裾を掴んできた。
半ば強引に連れてきたのもあるから、俺は別に服を掴んでいることを指摘しなかった。
そのまま進んでいき、仕掛けで驚かされるたびに悠真は大きな声を上げた。
こんだけ驚けば、この出し物してる奴らも本望だな。
なんて笑みが零れる。
「はぁ…はぁ……つ、疲れてきた…」
「大声出しすぎなんだよ、ただの仕掛けなのに」
「…急に脅かしてくる系は心臓に悪いよ……」
呑気にそんな会話をしていれば、目の前のロッカーから人が飛び出してくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「ッ!?」
悠真は反射的になのか、俺に勢いよく抱き着いてきた。
俺も一瞬固まる。
人が出てきたことにも少しは驚いたが、それよりも悠真が抱き着いてきたことに俺は驚いていた。
体に伝わる悠真の震え。
ギュッと目を閉じて、必死に恐怖を耐えているようだった。
いつもなら「ビビりすぎだろ!」とからかっている所だが、なんとなく言う気にならず。
そのまま、お化け屋敷を進んでいった。
ロッカーの仕掛けの後から悠真は前なんか見ず、俺にずっと抱き着いて怯えていた。
自分の体に伝わってくる悠真の温度と心音が妙に気になりながらも、やがて出口を示す小さな灯りが見えてきた。
「ほら、悠真もう出口だぞ?」
「うぅ…もうむりぃ……」
出口から外に出ると、昼間の明るい光が眩しく感じられた。
眩しさに目を細めながらも、悠真にもうお化け屋敷を出たことを伝える。
「おーい、もうお化け屋敷から出たぞーそろそろ離れろー」
「ホントのホント…?」
「ホントのホントー」
もう外に出たというのにビビり散らかして目を瞑り、俺から離れない悠真。
いい加減、体痛いんだけど…?
力いっぱいに抱き着いているのだろう、少し腕辺りがヒリヒリする。
ゆっくりと目を開け、抱き着いている腕の力を抜く悠真。
少しの悪戯心で離れるちょっと前に――。
「わっ!」
「うわッ!!?」
…と脅かせば、ビックリして体勢を崩し転びそうになる悠真。
咄嗟に腕を掴んで、悠真が転ぶのを防ぐ。
「あっぶなぁ…」
「樹のせいだから!」
「悪かった、ごめんって」
プルプルと怒りに体を震わせ、俺を涙目で睨んでくる。
ちょっと耳元で脅かしただけなのに、気持ちがいいほどに驚く悠真に笑いを堪える。
相変わらずいじりがいがあって、本当に面白い。
心底楽しんでいる俺に気が付いたのか、悠真は弱々しい力でポカッと俺の胸辺りを殴ってくる。
ぷく~っと頬を膨らませて、威嚇?と言えばいいのかじっと見つめてくる。
悪かった、悪かったと頭を撫でてやれば、目を逸らして不貞腐れる悠真。
…ちょっとやりすぎたか?
不安になりながらも、なんだかんだすぐに悠真の様子は戻っていた。
その後も学園祭の出し物を楽しみ、気が付けば終わりの時間になっていた。
「結局、最後までいたな」
「樹が帰ろうとしなかったんでしょ」
「だって楽しかったし」
「…子供みたい」
「うるせぇ」
最大限楽しんでしまい、いつの間にか夕方だ。
帰ろうと大学を出ようとすれば、何人かにこの後飲みに行こうと声を掛けられた。
でも俺は『今日は連れ居るから無理だ』とすべて断った。
「はぁ…なんか変に疲れた気するわ……」
「俺も疲れた…主に樹のせいで」
「悪かったよ」
お互いため息をつきながら、並んで歩く。
この後何をするかなんて決めていない。
さて、どうするか…。
夕日も少しずつ落ちていき、夜に変わっていく。
とりあえずいつものコンビニ方面に歩くか、と悠真にも確認をして大学を後にする。
コンビニに向かう道。
なんとなく、今日はいつもと違う道を歩いてみる。
そして通りかかった公園が目に入る。
誰もいない静かな公園。
遊具が多く置いてあり、昼間はきっと子供で溢れているのだろうと思う。
「…なぁ、そこの公園入んねぇ?」
「別にいいけど…なんで?」
「なんとなく」
「なんとなくね…」
なんて会話をして、公園に入って行く。
俺達は遊具に目もくれず、少し廃れたベンチに並んで腰掛ける。
ふぅと息を吐いて、体の力を抜く。
煙草を吸いたいところだが、ここは公園だし、控えた方が良いだろう。
吸いたい気持ちをぐっと抑えて、背もたれに体を預け、そのまま上を見上げる。
空は気が付けば、暗くなっていて星がやけに綺麗に見えた。
雲が少ないからか、月も思ったより明るい。
公園に一つしかない街灯も月明かりのおかげか、そこまで暗く感じなかった。
**
今日はなんだかんだ楽しかった。
まぁ途中の樹の悪ふざけには、少しイラっとすることもあったけど…。
それでも今日、樹と回って良かったと思った。
学園祭も終わり、いつものコンビニに向かう途中。
樹は突然、通り過ぎようとしていた公園に入ろうと言ってきた。
なんでまた急に…?
なんて思いながらも、二人で公園に入る。
てっきり煙草でも吸うのかと思えば、子供も来る公園だからか樹は煙草を吸おうとしなかった。
なんだかんだそういう所を気をつける樹に、俺は改めて好感度を上げてしまう。
静かな公園。
いつものコンビニにいるような感覚がする。
…今日一日でまた樹との距離が近くなった気もするし、遠くなった気もする。
樹の友達との会話。
元彼女の彩花さんという人との遭遇。
なんだか改めて自分と樹との違いを見せつけられたように感じた。
モヤモヤとしながらも楽しかったことには変わりなくて、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「なぁ、悠真」
突然話しかけられビックリしながらも、心を落ち着かせて答える。
「どうしたの、樹?」
「…なんでお前は俺とつるんでるんだ?」
また急だ。
それに、それは俺が逆に聞きたいことだった。
だって、今日凄く思い知ったから…。
釣り合わないって。




