第十話【クズ】
雲一つ無い空に、綺麗に輝く月と星を見て、なんとなく疑問に思ったことを口に出した。
突然言ったからなのか、悠真はビックリしているようだった。
別に、悠真と仲良くなったことが嫌でこんな質問をしたわけじゃない。
ずっと純粋な疑問だった。
悠真は、俺のことが苦手だったはずだ。
なのに、全力で拒絶してこないし、嫌だとも言わない。
いつものコンビニだって変えれば良かったのに、変えなかった。
俺はずっと自分がクズだと思っている。
ヤニカス、酒カス、パチカス…上げればきりがない。
それを、悠真だって知っているはずだ。
三つ下の年下が、こんな奴に絡まれて嫌じゃないはずない。
だって、そんな年上に絡まれたら俺は嫌だから。
なのに、悠真は俺を拒まなかった。
何故なのか俺はずっと知りたかった。
俺なんかとつるんでいる理由を。
「…樹をクズだとは思わないよ」
少し小さな声でそう言った悠真。
俺がクズじゃない?
理解できなかった。
友人だって口を揃えて、クズだと言う。
そう言われるように振る舞ってきたのも、俺自身だ。
悠真はクズじゃないと言い切った。
「は、はぁ?なに訳わかんないこと――」
「誰が何と言おうと、俺は樹をクズだとは思わない」
困惑して悠真を見れば、真っ直ぐと俺の目を見て、見つめて言ってくる。
それだ。
その目だ。
その真っ直ぐ俺だけを見る目が、どうにもこそばゆい。
誰も俺のことを、真っ直ぐ見てくれなかった過去を。
悠真は簡単にほぐしてくる。
**
小学生の頃。
ずっと夜は寂しいものだと思っていた。
遊んでばかりで、ほぼ家に居ない母さん。
仕事だから、と帰りが遅い父さん。
一軒家の広い家に、俺一人。
テーブルには「これでご飯食べなさい」と五百円が置かれている。
お腹は空いたけど、買いに行くのもめんどくさい。
食べずにお風呂を入って、布団に潜る。
「…さむ」
そう呟いたって、布団をかけてくれる人は居ない。
寒くても怖くても寂しくても、この家には俺しか居ない。
俺はいつも一人だった。
そして、小学二年生の7歳の誕生日。
あの日を境に、すべてが変わった。
「誕生日だから何か特別なことをしよう」
仕事で忙しい父さんは、そう言ってくれる。
一年の中で唯一、両親が俺のことを見てくれる日だった。
楽しみで仕方なかった。
今年は何をしてくれるんだろうと…。
だから、学校終わり。
遊びの約束なんてしないで、まっすぐに帰ってきて待ってた。
いい子に待ってた。
なのに、父さんは―――。
帰って来なかった。
母さんも『友達と予定があるの』そう言って家を空けた。
今まで、誕生日は祝ってくれてたのに。
俺はついに、誕生日すら祝ってもらえなくなった。
これ以降。
俺の日常は空白に支配された。
まるで、俺はこの家に居ないかのように。
誰も見てくれなくなった。
学校から帰っても、夕飯は準備なんかされていなかった。
なんで俺は生まれてきたんだ。
母さんも父さんも俺のことがいらないんだ。
そう自問自答した。
必要とされない日々。
そんな日々のおかげで、俺の今を作った。
笑顔で振り撒けば、みんなが寄ってくる。
陽気なキャラを演じれば、寂しさが隠せる。
俺は、そんな仮面を被った。
誰にも、心の奥にある寂しさを悟られないように――。
**
「樹…?」
悠真の声に、ぼーっとしていた意識が引き戻される。
…いらないこと思い出しちまった。
少し眉に力が入る。
「どうかしたの?」
「…わりぃ、煙草吸いてぇからやっぱコンビニ行かね?」
「…うん」
誤魔化しながらも、立ち上がってそう言う。
煙草を吸いたいのは、本当だし。
悠真は、何も言わず着いてきた。
クズじゃない、か…。
何でそう思うのか、深堀したい気持ちとしたくない気持ちが入り混じる。
結局、人から見た自分を知るのが怖いだけだ。
見られなくなることが、怖い。
必要とされなくなるのが、怖い。
誰かが居なくなるのが、怖い。
沢山の怖いを隠して、生きている俺には真相を知る勇気なんてあるわけがない。
やっぱり、俺はクズだな。
一人で笑みを零せば、悠真は不思議そうに俺を見てくる。
俺は思い出し笑いだ、とまた誤魔化す。
外の寒さと比例するように、心の奥も少しずつ冷えていく。
「悠真腹減ったか?」
「いや、学園祭でいっぱい食べたからまだ平気」
「そうか、じゃあ俺はなんか食おうかなぁ~」
「あんだけ食べてたのに、まだ入るの…?」
「そりゃ、ある程度時間経ってるし」
「えぇ…」
なんて会話をしていれば、目的地のいつものコンビニに着く。
なにか食うかと言っておきながらも、食べたいものが出てこない。
無難に、鮭おにぎりとホットコーヒーを二つ買う。
会計を済ませてコンビニの外で待っていた悠真に、ホットコーヒーを一つ渡す。
ありがとうといつも通りに言われる。
俺はそんなこと気にしないかのように、おにぎりを食べた。
食べ終わった所で、煙草を取り出して、火を付ける。
深く吸って、吐きだす。
また深く吸って、吐きだす。
心の奥の蟠りを、一緒に吐きだすように最後まで吐き切る。
ジジジッと煙草の燃える音が、なんだか心地いい。
横目に悠真を見る。
ホットコーヒーで手の暖を取っているようで、両手で小さな缶を持っていた。
悠真が何を考えているのか。
俺には分からない。
知りたいけど知りたくない。
知ってしまうのが、怖い。
…俺、わがままだな。
でも、分かってる。
どうせお世辞だ。
こうやって、色々奢っていたりするから、持ち上げているんだろう。
それでもいい。
いや…それでいい。
こんな理想と建前。
どうでもいい。
今俺と関わってくれているという事実だけで、過去の俺はきっと救われているから。
どんな嘘だらけの関係だって、俺はいいんだ。
広く、浅くの交友関係。
これが一番傷つかないから。
なんだかんだ、この曖昧な関係が心地いいのかもしれない。
心の奥の本心は、誰にも見せないし聞かせない。
仮面は外さず、今日もまた笑顔を振りまく。
きっと悠真にもバレていないと信じて…。
「なぁ、悠真…?」
「ん、なんか呼んだ?」
「別に~」
目を逸らして、煙草を吹かす。




