第十一話【一歩】
「なんでそんなこと聞くの?」
「…いや、なんとなく」
樹はそうやって分かりやすく誤魔化した。
そんな樹に、俺は少し嫌気がさす。
「ほら、俺ってクズだろ…?」
「…え?」
その言葉に思わず、樹の顔を勢いよく見てしまう。
そんな樹は、俺のことなんて見てなくて、空を見ていた。
クズ…?
いや、確かに。
煙草吸いすぎだし。
毎日のように友達と飲みに行ってるらしいし。
女の人とっかえひっかえだし。
今日だって元カノさんとちょっと修羅場っぽかったし。
パチンコ沢山行ってるし。
強引だし。
無視するし。
悪戯もよくしてくるし。
でも
見た目に反して意外と真面目で。
誰からも好かれる人気者で。
元って言ってたし修羅場ってたけど彼女さんにも愛されてて。
たまに見せる子供みたいな笑顔が素敵で。
俺みたいなのに絡んでくれるし。
今だって公園だからって煙草を吸わない常識人だし。
そんな人間らしい樹を、俺はクズだとは思わない。
樹だったから、こんなに嫌な所が出てくるし、良い所も出てくる。
それに仲良くなれた…と思ってるのは、俺だけだったのかな。
そんな少しの寂しさを俺は眉を下げる。
「…樹をクズだとは思わないよ」
そう伝えたって樹は信じられないというように、目を見開いていた。
否定しようとした樹の言葉を遮って、改めて違うと伝える。
でも、やっぱり樹は信じられないみたいだった。
真っ直ぐ見つめれば、気まずそうに目を逸らされる。
一歩引く樹と踏み込めない自分。
なんて意気地なしなんだろう。
改めてそう思ってしまった。
その後もなんだかんだ曖昧なまま、他愛のない話をして帰った。
**
そして翌日。
俺は勉強をしながら、昨日の樹のことでいっぱいだった。
…八割ぐらい、埋まっているかもしれない。
お互い確信に触れない、踏み込まない。
なんて意気地なしなんだろうと思う。
話しをしないと、先に進まない。
このモヤモヤとする気持ちの原因を知るには、もっと樹を知れば分かる。
そんな簡単なことは、とっくに分かっているのに。
これだから俺は、いつまで経っても子供のままなのだろうか…。
頬杖を突きながら、ため息をつく。
少しずつ勉強の進みが悪くなってきたな…。
なんて思っていれば部屋がノックされ、急いで勉強している風にする。
コンコンコン
「悠真ー入るよー?」
「…いいよ」
ガチャッ
入ってきたのは、母さんだった。
「どう、勉強は進んでる?」
「…うん、進んでるよ」
「そう、分からない所があったらすぐに聞くのよ?」
「うん、分かってる」
「お姉ちゃんみたいに頑張りなさい」
「…うん」
そう言い残して母さんは、部屋を出て行った。
まただ。
また、姉ちゃんと比べる。
俺だって頑張っているのに、そんなこと関係ない。
まるでそう言うみたいに、母さんは姉ちゃんの話をする。
もう、飽き飽きだ…。
「はぁー……」
大きめのため息をしながら、伸びをする。
今更、家のことを考えたってどうせ意味が無い。
今は成績さえ落とさなければ、生活について何か言ってくることはない。
…だから、こうして樹と出会えたわけだ。
これでもし成績が下がったら、何を言われるか分からない。
樹と話をするためにも、俺は改めてペンを握り、問題を解き始めた。
そして数十分もすれば、今日の分の勉強が終わる。
椅子に座って固まっていた体を、思いっきり伸ばす。
「んん~ッ…つっかれた~」
そのままだらしなく、机に突っ伏す。
こんなところ母さんに見られたら怒られるだろうな…。
頭の片隅でそんなことを考えながらやることが終わり、何をしようかと考える。
これと言って趣味も持って…あ、読書は趣味に入るか…?
読みかけの電子小説を思い出す。
ファンタジーもので、主人公が凄い魔法使い。
やっぱり魔法とか非現実的なものの、あのわくわく感は、何歳になっても変わらないと思う。
その小説のイラストが、SNSに上がっているのを見れば、
あのキラキラした魔法がしっかり描かれていて、背筋にビビビッと来る。
それにもし、ファンタジー世界に飛び込んだとしたら。
俺は絶対魔法使いになりたいし、なると思う。
本好きだし、そういう研究とかしてみたい…!
自分で考えて、試して、成功して、失敗して…。
自由な生活がしてみたい。
冒険者になって、樹みたいな騎士と手を組んで。
いや、樹みたいな人と組むと大変かな、強引だし…。
でも、あれくらい引っ張っててくれるリーダー性が欲しいよな…。
考えれば考えるほど、心が躍る。
現実的じゃないのは、分かってる。
でもやっぱり、こういうことは時折考えたくなる。
それにいつか、自分で小説でも書いてみたい。
現実ものでも、ファンタジーものでも、なんでもいい。
自分の好きを詰め込んだ、何かを作ってみたい。
やっぱり、主人公は――。
なんて考えていれば、昼も過ぎておやつの時間だ。
「もう、十五時か…」
勉強で頭使ったし、何か甘いものでも食べたいな。
でも今日日曜日だから、父さんリビングに居るんだよな…。
別に嫌いなわけじゃないけど、なるべく顔を合わせたくない。
コンビニでも行こうかな。
そう思い部屋着から少しだけ着替えて、上着を着る。
外に出ようと階段を降りて、玄関を向かう。
そっと降りたつもりだったけど、リビングの扉が開く。
「あら、悠真どこ行くの?」
「え、っと、ちょっとコンビニに…」
「またコンビニに行くの?勉強は?終わったの?」
「それはもう終わってるって…」
あぁ、めんどくさい…。
高校生がコンビニに行くなんて、普通のことだろ。
なんて心の中で、ついタメ口になりながら平然を装う。
夕飯前には帰ってくるように言われ、母さんはリビングに戻っていく。
その扉の隙間からチラッと見えた先には、やっぱり父さんが居た。
少し憂鬱な夕飯の時間を考えないように、俺は玄関を出て昼間のコンビ二に向かった。
母さんも父さんも、昔からああだったわけじゃない。
ちょうど樹と変わらない姉が、うちには居るんだけど…。
その姉ちゃんが良い大学に入ったのが、始まりだった。
いや、昔から成績は良かった…。
大体学年トップだし、苦手な教科だって九十点は当たり前。
そんな姉が良い大学に入って、今や教師を目指してまた勉強中だ。
だからなのか。
俺が高校になってからというもの、両親は昔よりも大胆に姉と比べるようになった。
俺だってトップまでは行かないけど、勉強はできる方なのに。
あれだけできる姉が居るから、俺はできない方に見えるんだろうか。
『お姉ちゃんのようになりなさい』
『お姉ちゃんのようにいい大学に入りなさい』
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
そればっかりだ。
中学校まで仲良かった父さんとも、俺は意図的に避けている。
なるべく、口を利かないようにもしている。
口を開けば、同じことしか言わないから…。
もしそれが、俺の将来のために言ってくれているのであれば、大きなお世話だ。
数年前までは偉大に感じていた父さんの背中。
今ではもう、小さく見えて追いかけていない。




