第八話【分からない】
なんだか悠真が疲れてる様子だったから広場で休憩していれば、招かれざる客が来る。
「あれ、樹?」
…最悪だ。
だから、学園祭に来たくなかったんだ。
なんでこのタイミングで彩花と会うんだよ…。
彩花は元カノの一人だ。
派手なメイクと少しキツイ口調で、俺に詰め寄ってくる。
最初は、苦笑いしながら適当に誤魔化していた。
それが気に入らなかったのか、彩花はどんどんヒートアップしていった。
やたらと絡んでくるようになったし、交友関係にも口出してくるようになったし…。
俺は誰かに縛られるのなんてごめんだ。
そもそも俺は最初からそんなに好きだったわけじゃない。
なんとなく流されて付き合って、面倒になったから別れたし逃げた。
…まぁ、俺も大概クズだな。
こいつに見つかったのは、なかなかの誤算だ。
こんだけの人混みから、見つかるとは思っていなかった。
…いや、今は人の少ない場所にいるんだから、見つかって当然か。
まぁ、どうでもいい。
なんてこと考えていれば、彩花はもっと体を寄せてきて、腕に胸を当ててくる。
正直、なにも思わない。
なんなら、今すぐこの空間から悠真と逃げ出したいと思っている。
そういえば、さっきから様子がおかしい悠真を見る。
やたらと静かで、心ここにあらずとでもいうように遠くを見ていた。
…ホントに、大丈夫かよ悠真。
心配になって彩花と話しながらも、悠真を見る。
そんな俺の視線を追うように、彩花も悠真の方を見る。
「…なに、樹の連れ?」
なんて説明しようか、一瞬悩む。
でも、こいつに適当な説明して、悠真に何かあっても面倒だ。
「俺の友達、悠真」
「へぇ、友達なんだ」
そう言えば、じーっと悠真を見つめる彩花。
俺は、その視線を遮るように少し前に出る。
そんな俺の行動が面白くなかったのか、彩花はムスッとした表情を浮かべ、悠真に絡みに行く。
「悠真くんっていうんだ、私彩花、よろしくね?」
「あ…どうも…」
「私、樹の彼女なの」
まさかの爆弾発言。
こいつ何年前の話してんだよ。
お前が今も彼女とかふざけんな。
俺はすぐに訂正しようと、悠真を見た。
悠真は、彩花を見たまま固まっていた。
「…悠真?」
「…」
反応がない。
まるで、さっき俺が友達と話していた時のように、固まっていた。
肩に触れて、覗き込みもう一度呼ぶ。
「悠真」
「え、あ…ごめん…可愛い彼女さんだね」
あまりにも下手くそな笑顔に、胸が締め付けられる。
彩花の言葉をそのままに受け取ったらしく、俺は改めて訂正する。
「こいつの言ってること、噓な」
「え…?」
「”元”彼女」
「……そう、なんだ」
悠真は少し表情を和らげ、ふぅと息を吐いた。
そんな悠真の姿を見て、
さっきまで胸を締め付けていた何かが、少しだけ軽くなった。
…いや、なんで俺も安心してんだ?
不思議に思いながらも、また彩花が絡んでくる。
「あーあ、つまんないの~」
…こいつ、悪びれもなく何言ってんだ。
いい加減、面倒くさくなってきたな。
早くこいつをどうにかしないとだ。
「めんどくせぇな…用ないならどっか行けよ」
「樹、ひどーい!冷たくない!?」
「うるせぇ、嘘ついて絡んでくる奴なんか知らねぇよ、帰れ」
シッシッと手でジェスチャーしながら、そんな毒を吐く。
顔を真っ赤にして、頬も膨らませながらプルプルとする彩花。
再度、悠真に視線をやれば少し気まずそうに、視線を下げていた。
お前が気にすることなんてないのに、なんでそんな表情するんだよ。
「悠真大丈夫か?」
「え?」
「さっきから変だぞ、お前」
そう言えば、口をキュッと噤む。
視線を泳がせながらも、最後には俺の方を見て。
「別に、なんでもないよ」
なんて言う、悠真の表情は相変わらず硬い。
こいつ、誤魔化すの下手だな。
いつもは、夜のコンビニで少し見ずらい表情も、今日は見える。
「…ふーん、本当に?」
「本当」
「絶対嘘だろ」
「嘘じゃないって」
少しムキになったように、悠真は言う。
なるほどな…喋る気はないってことな。
俺も、そこまで野暮じゃない。
言いたくないなら、言わなくていい。
ただ俺が気になってるだけだし…。
悠真の頭を軽く撫でれば、ビクッと体が揺れる。
「…まぁ、いいわ
言いたくないなら俺は無理に聞かねぇよ
ただ、なんかあったら言えよ」
なんて言えば、静かにコクッと頷く。
何故か、頭を撫でることを拒まない悠真。
俺はそのまま頭を撫でた。
気が付けば彩花は居なくなっていた。
この後、何をするかなんて考えながら時間だけが過ぎて行った。
それから数十分。
「…そろそろ、煙草吸いに行っていいか?」
俺は、我慢の限界が来ていた。
今の雰囲気で言うのも、なんだが…ヤニ切れだ。
悠真と一緒に行動してから、ずっと吸わずにいたから。
悠真にはここで待っててもらって、さっさと一本だけでも吸ってくるか…。
そう思っていれば、悠真はボソッと言う。
「…俺も行く」
「んあ?」
予想と違う回答に面を食らう。
こいつが吸うとは思ってないが、喫煙所に着いてくるって…。
なかなか、暇だぞ?
…でも、逆にいいか。
様子おかしいこいつを置いていくぐらいだったら、一緒にいた方がいい。
「別にいいけど…することないだろ?」
「…うん、いい」
「んじゃあ、行くか」
悠真は特に口を開くことなく、俺の後ろを着いてくる。
少しの気まずさに、なんとなく背筋が伸びる。
早く煙草が吸いたくて、いつもなら早足になる歩幅も悠真に合わせて、ゆっくりと歩く。
少し離れた場所にある喫煙所。
いつもなら、そんな遠く感じないのに、今はなんだか遠くに感じた。
やっと喫煙所に着いた。
さっき言っていた通り、悠真も中に入ってくる。
ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を付ける。
深く吸い込んでは、ゆっくり吐きだす。
くっっそ、うめぇ…!!
煙草が身に染みる。
そんな、煙草を堪能している俺を、悠真はじっと見ていた。
「…そんな見てきて、なんか用か?」
「いや…」
「ん?」
「…なんでもない」
まただ。
歯切れ悪すぎんだろ。
煙草の煙を吐きながら、横目で悠真を見る。
だいぶ前から、なんだか様子がおかしいとは思っていた。
今はもう明らかに、いつもの悠真ではない。
お前に何が分かるんだって言われたら、まぁ、何も言えねぇけど。
それでも、なんだかんだ関係を築いてきたつもりだ。
いつもと様子が違うことくらい、すぐに分かる。
でも、こういう時。
どう声を掛けるべきなのか、俺には分からない。
聞かれたくないことは、聞かない方が良い。
そう思うが、歯切れの悪い悠真をこのままにしておくのは忍びない。
いつもならくだらないことを話題にするのに、なんだかどれも違う気がして口が重たくなる。
一体なにが悠真に引っかかって、悩ませているのか。
今日の行動を思い返したところで、俺には分からない。
結局、悠真の問題は悠真にしか分からない。
俺が考えた所で無意味だ。
隣で静かにしている悠真。
一本だけにしようと思っていた煙草を、俺は自然ともう一本吸っていた。
俺と悠真しかいない喫煙所。
俺が吸う煙草の煙だけが、空に向かって漂っていく。




