第七話【置いて行かないで】
「ハァ……ゲホッ、ゴホッ……」
「はぁ~、悠真、体力なさすぎ~」
「い、樹が……ゼェ、ハァ……元気すぎるんだよ……」
樹はそんな俺を見て、楽しそうに笑っている。
…絶対、納得してない。
息を切らしながら、樹の背中を睨む。
この人は、さっきからずっとこの調子だ。
屋台を見つければ走っていくし、面白そうなものを見つければ俺の手を引いて連れて行く。
…本当に、元気すぎる。
でも。
そんな樹を見ていると、なんだか笑ってしまう。
「そんな、急がなくても…」
「あ、あのたこ焼き食わねぇ!?」
「聞いてよ!」
相も変わらず、俺の話は聞いてくれない。
呆れて、やっと整った息と一緒にため息を吐く。
大学のキャンパス内は、人で溢れ、樹はいつものように青いサングラスをかけて、金髪を揺らしながら屋台を回る。
俺はそんな樹の後ろを、気後れしながらついて行く。
人混みに圧倒されている俺とは対照的に、樹はまったく気にする様子がない。
むしろ、こういう場所が好きなのだろう。
樹は俺の肩をポンと叩くと、屋台で買ったばかりのたこ焼きを一つ摘まんだ。
「ほら、食ってみ」
「え、ちょ――」
次の瞬間、熱々のたこ焼きが口の中に放り込まれた。
「あっつ!?」
ハフハフと口の中を冷ましながら、涙目で樹を睨む。
…ほんと、めちゃくちゃだ。
樹は、また楽しそうに大口を開けて笑った。
ハフハフと息を吹きかけているうちに、少しずつ熱が引いていく。
ようやく味が分かるようになってきた。
外は少し香ばしくて、中は熱々で、とろりとしている。
…美味しい。
普段そんな食べないのも相まって、美味さを噛み締めてしまう。
「美味いだろ?」
「……美味しいけど」
得意げに笑う樹を見て、なんだか少し悔しくなる。
…こういうところが、ずるいと思う。
でも、まだ口の中が熱い。
さっき買った飲み物を流し込む。
今度は火傷したところに染みて、ヒリヒリと痛んだ。
本当に痛い。
痛みから来る涙は、しばらく引っ込まなそうだ。
口元を抑えて、痛みに耐える。
「大丈夫か?」
「…誰のせいだと思ってるの」
いつもの軽いノリで言ってくる樹に、少しだけイラっとして睨みつける。
すると、樹は急にさっきまでの笑顔をやめて、真面目な表情になった。
「…悪かった、ごめん熱かったよな」
そう素直に謝られる。
面を食らって、なんだか怒りがすっと消えてしまう。
ちょっとしゅんとしている姿に、俺はクスっと笑みが零れそうになる。
初めて見る顔。
あまりにも新鮮すぎて、思わず見つめてしまう。
今は昼間。
普段夜に会う時よりもよく見える。
樹とは十センチほど身長差があって、いつもなら俺が少し見上げるはずなのに。
俺を見上げるように姿勢を下げて、眉も下げる樹は申し訳ないけど犬に見えた。
そんな顔見せられたら、許すしかないじゃないか。
もうどうでも良くなった俺は、溜息を吐いて目を伏せた後に、樹を見つめる。
「…もういいよ、でも次からはやらないで」
「悪かった」
「あと、俺の話も聞いて」
「…おう」
そう俺が言えば、表情を少し和らげほっとしているようだ。
その後は、俺のことを引っ張ったり、無視したりすることはなく、ちゃんと俺の方を向いて話してくれた。
順々に回りながら、校内に入って行く。
さっきとは違い、雑談をしながら歩いていると、あっちこっちから声が掛かる。
勿論俺ではなく、樹にだ。
「去年の学祭いなかった樹がいる!」
「樹、俺たちの教室の出し物寄ってけよ!」
隣にいる俺を無視して、沢山の声が掛かる。
樹は本当に人気者だなぁ…。
少し上の空で、そんなことを思う。
友達と話している樹は、俺と話す時とは違う笑い方で楽しそうにしている。
まるで父さんと樹が喋っていた時のように、違う世界にいるみたいだ…。
周りのざわざわと騒ぐ音が、少し小さく感じる。
「……俺といる時より、楽しそう」
心の中で呟いたつもりだった。
けれど、気づけば声になっていた。
でも、俺の声は樹には届いていない。
友達と楽しそうに会話を続けている。
聞こえてなくて良かったと思う反面、聞こえても欲しかったという矛盾に、俺は気づかなかった。
小さくため息をつきながら、そんなことばかり考える。
「……ま」
あぁ、やっぱり俺って樹とは釣り合わないんだろうな。
俺陰キャだし…。
「ゆ……ま」
俺と一緒に来てるんだから、少しくらい俺のことも気にしてくれればいいのに。
なんでそんなに話し込むんだよ。
「悠真!」
「ッ!?…い、樹」
その大きな声で、聞こえなくなっていた周りの音が戻ってくる。
樹は心配そうに、俺の顔を覗き込む。
顔が近くなって、俺は心臓がヒュッとし距離を取る。
「な、なに?」
「ずっと呼んでんのに返事しなかったのは悠真だぞ」
「え、嘘」
「ホント、大丈夫か?」
大丈夫。
そう言いかけて、俺は言葉を詰まらせる。
また一人の世界に戻っていくかのように、考え込みそうになる。
でも俺は、頭を振って考え込まないようにする。
「だ、大丈夫!」
「ホントかー?」
怪しまれて少しギクッとしながらも、樹の背中を押して次に行こうとする。
押すな押すな、と慌てる樹を、今度は俺が無視した。
なんだかんだ歩いて、広場のような所に着いた。
さっきまで人が密集していたが、この広場は休憩所みたいな感じで、人は数人しかいなかった。
なんか疲れた…。
なんて思っていれば、目の前に飲み物を出される。
「ほら、そこの自販機で買ってきた
疲れたろ?ちょっと休憩」
「あ、ありがとう」
樹はぶっきらぼうにそう言って俺に飲み物をくれた。
ちょうどさっき買ったものが飲み終わって、買いに行こうかと思っていたから、素直にありがたい。
樹からそのお茶を受け取って、飲む。
冷たい麦茶が火傷して痛い口と喉を通って、胃に落ちていく。
ゴクっと飲み込む。
さっきまで考えていた余計なことも、一緒に飲み込むように。
「…はぁ……」
「疲れたか?」
「…ちょっと」
小さくため息をついたつもりが、樹には聞こえていたみたいで、心配そうに声を掛けてくれる。
無理すんなよ、なんて言いながら樹は俺の隣に座る。
ふぅと息をついているのを見て。
もしかして樹も疲れているのかな…なんて思うけど、俺は気づかないふりをして、目を逸らした。
熱を持っていた体が、お茶を飲むたびに冷やしてくれた気がする。
…なんだか喋る気になれない。
樹が話しかけてきたら答えるけど、自分から口を開く気になれなかった。
いつもなら思いつく会話の話題も、今は何も思いつかなかった。
そんな感じで俺だけギクシャクしていれば、後ろから声が掛かる。
「あれ、樹?」
振り返って確認すれば、その人は女性だった。
まだモヤモヤしているのに、次から次へと…。
本当に樹は人気者だな。
そう思っていれば、樹の表情が少しだけ曇った気がした。
「…彩花」
面倒くさそうというか嫌そうに樹は言い、眉に力が入る。
彩花という女性は、逆に嬉しそうに口角を上げていた。
「樹じゃん!去年の学祭来なかったから、今年も来ないのかと思ってた!」
彩花さんは樹に詰め寄り、腕に触れる。
胸の奥がヒヤッとした。
熱かったはずの体は、急激に冷えていく感覚が襲う。
さっきまで友達との距離感ではない。
きっとこの人は樹の恋人だ。
……なんとなく直感でそう思った。




