第六話【昼の待ち合わせ】
樹から突然連絡が来てから、一週間。
連絡が来たときは、正直何事かと思った。
それまでやり取りなんてしてなかったのに、急に『来週土日暇か?』なんて聞かれたのだから。
まさか、そのまま学園祭に誘われるとは思わなかった。
…別に、学園祭に行きたかったわけじゃない。
ただ、樹から連絡が来て、誘われて…。
樹の日常に触れられるような気がして、それが少し嬉しかった。
そして今日は。
初めて樹と約束して会う日だった。
普段、樹と会う時の俺はいつも制服姿だ。
コンビニで会う時も学校帰りだったり、委員会終わりだったりで、樹に私服を見せるのは、今日が初めてになる。
そんなことを考えていると、なんだか普段出かける時よりも服装を考えてしまう。
まるで、あの時。
樹から連絡が来て、返信どうしようか悩んでいる時みたいに…。
**
一週間前。
高校の休み時間。
スマホを触ってもいい時間だった。
教室のあちこちでみんながスマホを見ている。
俺もその中の一人だった。
この日は、たまたま電子書籍で小説を読んでいた。
そうしていると、通知音を消していたスマホがブーッ、ブーッと震える。
…誰からだろう?
そう思いながら通知を開く。
画面に表示されていた名前は…。
『青沼樹』
「ッ!?」
ガタッ
思いっきり膝を机にぶつけた。
一瞬、教室の視線が俺に集まる。
「大丈夫?」
近くにいたクラスメイトに心配そうに聞かれて、恥ずかしくなった。
目を合わせられず、視線を下げたまま。
「……ごめん、大丈夫」
小さくそう返して、何事もなかったかのように座り直す。
…いや、全然大丈夫じゃない。
何で樹から連絡が来てるんだよ。
動揺を抑えながら、送られてきたものを見る。
『おーい悠真』
一言それだけが送られてきていた。
…えーっと、どうしよう。なんて返せばいいんだろう。
少し考えて、平静を装って『なに?』とだけ返信した。
『お前、来週土日暇か?』
樹はいつも急だ。
すぐにスマホの予定表を開いて、予定を確認する。
来週の土日は、何も予定が入っていなかった。
…まぁ、樹みたいに急に何か言ってくる人がいなければ、だけど。
『なんで?多分暇だけど』
送ってすぐに、またメッセージが返ってくる。
『じゃあ俺んとこの学園祭来ねぇか?』
だ、か、ら、急だって…!
思わず、スマホを持つ手に力が入る。
それになんで俺を誘うんだろう?
俺以外にも、樹にはいくらでも友達がいるはずだ。
大学にも、一緒に遊ぶ友達がいるって聞いている。
それなのに。
なのに、なんで俺なんだろう。
しばらく画面を見つめたまま、返事を打つこともできずにいた。
…いや、別に、深い意味なんてないのかもしれない。
暇そうだからとか、たまたま思いついたからとか…きっとそれだけだ。
そう自分に言い聞かせてから、ようやく文字を打ち込んだ。
『え、急だね』
すると、少しして。
『暇ですることねぇなら来いよ』
「…どうしよう」
断る理由はない。
むしろ、樹と一緒なら行ってみたいと思っている。
どうしてこんなに悩んでいるんだろう。
学園祭に行くかどうかなんて、大したことじゃないのに。
誰かにこうして誘われること自体、あんまり経験がなかった。
何度も画面を見返す。
そして、結局。
『樹も一緒に回るなら行くよ』
そう返信した。
送信した直後、少しだけ胸が軽くなった。
すぐに返ってくるだろうか。
そんなことを考えながら、スマホの画面を眺めている自分に気づいて、少しだけ恥ずかしくなった。
**
「んんー…何着てこう……」
そして、約束の一時間前。
俺はまだ、服を決められず自室にいた。
そろそろ準備を終わらせて、向かわなきゃいけないのに…。
学校以外であんまり外に出ない俺にとって、私服は数少ない。
クローゼットから何着か引っ張り出して、ベッドの上に並べる。
「…どれがいいんだろう」
ファッションセンスがあるのかと言われたら、正直ない。
それに、樹の隣に居ても不自然じゃない服装…なんて考え始めると、余計に決まらない。
あれでもない。
これでもない。
そうやって悩んでいるうちに、時間だけが過ぎていく。
気が付けば、三十分が過ぎていた。
「…やばい!もう出ないと間に合わない!」
慌てて時計を見る。
もう家を出ないと、約束の時間に間に合わない。
結局、広げていた服の中から適当に白のTシャツを選んで、青のシャツを羽織る。
寒かったら嫌だからと薄手の上着も手に取って、そのままバタバタと家を飛び出した。
玄関の扉を開けると、十一月下旬の冷たい空気が頬を撫でた。
少しの肌寒さにぶるっと身震いして、持っていた上着を慌てて羽織る。
息を切らしながら走って、待ち合わせ場所へ着いた頃には約束の時間を数分過ぎていた。
「ハァ…ハァ……あ、あれ…い、樹…まだ、来てない…?」
周りを見回す。
大学生らしき人たちが何組も通り過ぎていくけど、あの見慣れた金髪姿は見当たらない。
あの人から誘ったくせに…
こっちは遅れないように、こんなに急いで来たっていうのに…!
なんて思いながら汗を拭い、息を整えていれば、遠くから元気な声が聞こえてきた。
「おーい、悠真ー!!」
無邪気な子供のように手を振りながら、樹がこちらへ近づいてくる。
いつも夜のコンビニで見ている樹の姿は、昼間の太陽の下では、違って見えた。
同じ金髪なのに。
同じ笑顔なのに。
なぜか、今日はいつもより少し眩しく見えた。
「…俺もちょっと遅れてきたけど、樹は完全に遅刻だよ」
「悪い悪い、去年来てなかったせいで今年顔出したらクッソ絡まれてよ~」
「……え?」
去年来てなかった?
笑いながら話す樹を見ながら、思わず首を傾げ、考える。
そんなこと聞いてない。
いや、言う必要も別にないんだけど。
去年来てなかったのに。
それなのに、今年は俺を誘った。
なんとなくなのかな…。
そう、一人で悶々と考えていれば、樹は俺の手首を急に掴んでくる。
「ちょ、なに!?」
「さっき下見したら、結構気になるの色々あったんだよ!さっさと行こうぜ!!」
「い、行く行くから、引っ張らないでよ~!!」
掴んだ勢いのまま、俺を大学の中に引っ張っていく。
太陽に照らされている樹の金髪は、いつもよりもキラキラと光っていた。
太陽の光を受けたサングラスの奥で、青い瞳が一瞬だけ覗いた。
思わず見惚れてしまう。
気が付けば頬が緩んでいた。
「ほら、早く行くぞ!」
「ちょ、だから引っ張らないでってば!」
子供のようにはしゃぐ樹を前に笑いながら、俺はその後を追いかけた。
っていうかちょっとぐらい俺の服装に触れてくれても良くない!?
あんなに悩んだのが馬鹿みたいじゃん…。
緩んでいた頬を少し下げながらも、樹の楽しそうな笑顔を見ていると、なんだかどうでも良くなった。
そんなことを考えているうちに、俺もいつの間にか笑っていた。
樹に手首を引かれながら、俺たちは学園祭の人混みの中へと進んでいく。
「悠真、あっち行こうぜ!」
「ちょっと、待ってよ!」
今度は返事する暇もなく、樹は先に走り出す。
外の騒がしさと樹の元気さに、俺は。
……なんだか、今日も楽しくなりそうだ。
そんな予感を感じていた。




