第四話【名前が増えただけ】
引き込まれるような綺麗に染められた金髪。
少し乱れた髪も、その人の派手な印象を余計に強くしていた。
切れ長で少し鋭い目。
その奥にある青い瞳は、澄んだ海を思わせる程綺麗で、しっかり俺を見据えていた。
耳たぶに三つずつ、軟骨にも一つ、ピアスが光り主張していた。
左の口元には小さなほくろが一つ。
それが無造作な笑みをこぼしたとき、妙に目を引いた。
正直、最初は苦手だった。
父さんに連れられて、居酒屋に行った時。
突然名前を呼ばれ、話しかけられて怖い人だと思った。
父さんと話している姿も、俺とは住んでいる世界が違うように見えた。
だからコンビニで声を掛けられた時も、できれば関わりたくなかった。
本を読んでいても話しかけてくるし、勝手に隣に座るし、名前で呼ぶように言ってくるし、居酒屋で会う時と違って、青い丸サングラスつけてるし…
怖いし面倒くさい…。
でも俺は、コンビニに行くのをやめなかった。
面倒くさいと思いながら、家から近いコンビニはここだけだし…。
まぁ、それだけが理由と言うわけでもないけど。
仕方なく、受け入れるしかなかった。
会う回数が増えるたびに、あの人の事が少しずつ分かってきた。
大学生なのは元々知っていたけど、話すほどに私生活が垣間見える。
友達がたくさんいてずっと遊んでいるとか、意外と自炊しているとか、同じバイトを続ける程真面目とか…。
見た目から想像できないような一面を、少しずつ知っていった。
俺が思っているより怖い人じゃないのかもしれない。
そう思い始めた時だった。
またコンビニで本を読む。
その日、あの人は来なかった。
あの人が来なかった夜のコンビニは、
あまりにも静かで、どうも落ち着かなかったのをよく覚えている。
夜のコンビニから始まった、この日常。
樹は相変わらず、大学やバイトで忙しそうだった。
それでも、本人は楽しいらしい。
疲れたなんて言いながら、次の日にはまた友達と遊びに行く。
そんなことを聞いていれば、俺もバイトでも始めようかな…と考えるが、今の生活に手一杯の俺には樹のように要領よくできないだろうな。
そして今日も今日とて約束もしてないのに、コンビニで会う。
「よぉ、悠真~
またこんな時間にうろついて、補導されるぞ~?」
最初の頃は、声が聞こえれば体に力が入っていたが、最近はもう違う。
この軽い口調なのに、低く、落ち着いた声に安心する。
「今日は、委員会終わりで遅くなっちゃったから、休憩がてら…」
「ふーん、なるほどな」
「樹こそ、なにしてんの?」
自然と会話が続く。
いつの間にか、樹に対しての怖いという印象は無くなっていた。
そして樹は、俺の隣に来るなりすぐに、煙草に火を付けた。
「あ~…飲み帰り?」
「…何ではてなマーク?」
「陰キャくんにはまだ早い話だな!」
「またそうやってはぐらかす…」
…なんとなく、察しはつく。
女の人と遊んでいたんだろう。
樹の話の中で出てくる女の人は、いつもコロコロ変わっている。
きっと、そういう意味で遊んでいるのだろう。
なんだかチクリと胸の奥が痛む。
「…よし、今日は気分がいいからなんか奢ってやる!」
「おわっ!?ちょ、ちょっと!」
吸い終わった煙草を、灰皿に押し付けて消したと思えば、俺の手首を急に掴んではそう言い、店内に引っ張っていく。
慣れてきたとはいえ、やっぱり少し怖いし強引かもしれない…。
それに今日は、と言いながらもなんだかんだ会うたびに、なにか奢ってくれるからいつもと変わらない。
最初こそ遠慮していたが、樹の勢いに負けてもう素直に受け取ることにしている。
「じゃあ、これで」
「ん、ホットコーヒー?それだけでいいのか?なんか飯食わねぇの?」
「うん、さっき買って食べたから」
「あっそ」
少しつまんなそうに、口を尖らせながら樹は会計をしてくれた。
何で不服そうなんだろう、なんて口には出さないで、ありがとうと一言。
外に出てからも、特にいつもと変わりない。
他愛のない話をして、笑って、怒って…。
「…でよ~ひどくねぇか?俺何もしてなかったんだぜ??」
「ふふっ…」
「あ、笑ったな!!」
「いや、樹は見た目で誤解されやすいから…ふふっ…」
「悠真もなかなか酷いこと言うな」
そう言いながらも、樹はどこか楽しそうに笑っていた。
…最初は、あんなに怖かったのに。
「そんなこと言ったら、悠真だって放っておいたら本の世界に逃げるじゃねぇか、見た目通り」
「…うるさい」
「あ、悠真が怒った!」
「……」
本当に、面倒くさい。
そう思いながらも、不思議と嫌な気はしなかった。
もうすぐ十一月も終わる。
そんな冬になろうとしている時期に、俺は少し心の奥を温めた。
同級生とは違う、この関係性に…。
なんて気軽な関係なんだろ。
ただコンビニで再会した、青沼樹という人に、なにかをほぐされるような感覚は、なぜか心地いい。
そんなことを思っていれば、樹がボソッと呟く。
「…そういえばさ~」
「ん?」
「俺達、連絡先知らなくね?」
言われて初めて気が付いた。
これだけ何度も会っているのに。
何度も話して、隣に座っていたのに。
樹の連絡先を知らない。
…っていうか、なんて今更なことに、樹は気づいたんだろう。
今でも、きっとこれからも、知らなくても支障はない関係だ。
別に個人的に用もない。
「今更?」
「ホント今更だな」
「…何か用あった時どうしてたの?」
「会えばいいかなって」
「会えなかったら?」
「…知らん」
「適当すぎでしょ」
思わずそう言うと、樹は悪びれる様子もなく笑って、スマホを取り出す。
「スマホ」
樹は、そう言って俺の前に手を差し出した。
言われるがままロックを解除して、スマホを渡す。
…あ。
渡した後になって、ロック番号を見られてないかな、なんて思った。
そんな俺の心配も知らずに、樹は慣れた手つきで操作をしている。
「ん」
それだけ言って返されたスマホの画面を見る。
そこには、新しく追加された名前が表示される。
『青沼樹』
…たったそれだけなのに。
何故か、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
「たまに、くだらねぇことでも連絡しろよ~」
なんて言いながら、樹は夜勤だとバイト先へ向かっていった。
その背中を見送りながら、俺もそろそろ帰らなきゃな、なんて思う。
スマホをポケットにしまって、歩き出した。
さっきまでホットコーヒーで温まっていた体は、とっくに冷えていた。
**
「…ただいま」
家に帰って、そう言っても誰からも返事はない。
まぁ、夜中だし仕方ないか…。
なんて思いながら物音を立てないようにし、自分の部屋に向かうために、階段を上がる。
部屋に入って、持っていたバッグは適当に机に置いて、着ていた制服を脱いでハンガーにかける。
部屋着に着替えては、制服のポケットにしまっていたスマホを取り出し、画面を付ける。
『青沼樹』
また、その文字を見る。
別に特別なわけでもないのに、頬が緩む。
ベッドに体を沈め、せっかくなら何か送ろうかなと思っていれば…。
ピコンッ
「わっ…!」
通知が鳴った。
急な通知音に、スマホを落としかける。
すんでの所で、キャッチして画面を見る。
どうやら、樹に先を越されたようでメッセージが来ていた。
『さっさと帰れよー陰キャくーん』
一言そう送られてきた。
…樹はメッセージでも変わらないな。
笑いながら言っているのを、安易に想像できる。
『樹こそバイト頑張って』
そこまで入力して、消した。
『今帰ってきて、お風呂入ろうと思ってた』
今度こそと返信をする。
『報告いらねぇわ笑』
そんな返信に、思わず小さく笑ってしまった。
『そっちが連絡してきたんでしょ』
『確かにそうだけどよ笑
ま、俺これからバイト始まるし、またな』
『またね』
それだけ返して、スマホを閉じた。
着替えを準備して、俺はお風呂に向かう。
少し浮足立ち、鼻歌を歌いながら…。
……今日は悪くない一日だったかも。
そんなこと思いながら、俺は目を閉じて眠りについた。




