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君だけが、俺を見ていた。  作者: けい


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2/21

第二話【一服の時間だけ】

煙草の煙なのか、外気に触れて白くなった息なのか。

もう、よく分からない。

でも俺は肺に溜まったものを、ゆっくりと吐き出した。

目の前を漂う白さを眺めながら、ポケットに乱雑に入れた肉まんとあんまんを思い出す。

さっきまで、カイロかと思うほど熱かったが

外に出てから少し時間が経ったせいか、今ならちょうど食べやすそうな温度になっている。


「…悠真、腹減ってるか?」

「え、えーっと…ちょっとだけ?」

「じゃあ、肉まんとあんまん半分ずつやるよ」

「…いいの?」

「良くなきゃ言わねぇよ」


食べやすい温度になったとはいえ、やっぱりまだ熱い。

半分に割ると、中から湯気がふわりと立ち上った。


ぐぅ……。


その湯気を見ていたら、忘れかけていた空腹感が一気に戻ってくる。

俺の腹の虫が聞こえたのか、悠真はクスクスと笑い出す。


「おい、笑うな」

「フッ…だ、だって…俺に腹減ったか、って聞いといて、青……樹の方がお腹空いてるじゃん…」

「うるせぇー!腹減ってたから、二個も買ったんだよ!悪いか!!」

「別に、悪いなんて言ってないよ、ちょっと…フフッ、面白かっただけで…」

「だ、か、ら…笑うな!!」

「ご、ごめん…」


そんなことを言いながらも、悠真の口元はわずかに緩んでいる。

俺はわざとらしくため息をついて、悠真に肉まんとあんまんを半分ずつ渡し、残った肉まんを俺は先に頬張った。

喉を通った肉まんの熱が、空っぽだった腹の中にじんわりと広がっていく。

冷え切っていた体まで、少しだけ温まった気がした。

そんな感覚に俺は目を細め、頬も緩ませて噛み締める。


「フフッ…」

「…うるせぇぞ」

「まだ何も言ってないよ」

「顔が言ってる」

「なにそれ」


悠真はそう言って、また小さく笑った。

そんな顔を俺は、まじまじと見つめる。

いつも本を読んで、俺が話しかけても怪訝そうな顔をする悠真。

笑っているより、黙っている方が似合う奴だ。

そう思っていた。

なのに、今は。

緩んだ悠真の表情から、何故か目を離せなかった。


「…なに」

「いや~?」

「また見てる…」

「…悠真の笑い方、いいな、と」

「……は?」


一瞬で、悠真の表情が固まる。

目も見開いて、肩に掛けていた鞄はずるっと落ち、さっき渡した肉まんとあんまんも落としそうになっていた。

そんな悠真の姿を見ては、ハッと自分でも何を急に言っているんだと思った。


「いや、別に変な意味じゃねぇぞ」

「十分変なこと言ってるよ…」


眉を下げながら、悠真が一歩だけ後ろへ下がる。

…そんなに嫌かよ。

でもなんで、そう思ったのか俺にもわからない。

気が付けば口から出ていた。

なんて思いながら肉まんを頬張る。

そして、あんまんもさっさと腹の中に押し込む。

空腹はそれなりに満たされた。


…とはいえ、まだ腹には余裕がある。

物足りなさを誤魔化すかのように、俺は再び煙草を取り出した。

火をつけ、ゆっくり煙を吸い込み、ちらりと隣を見る。

悠真はまだ、ちまちまと食べていた。


「お前、食うの遅ぇな」

「…普通だと思うけど」

「俺はもう食い終わったぞ」

「…樹が早いんだよ」

「そおか~?」


なんて話していれば、ブーブーと俺のスマホが揺れる。


こんな時間に電話とか誰だよ…。


面倒に思いながらズボンから取り出して、画面を見れば『店長』と表示されていた。

この時間に店長から、嫌な予感しかしない…。

出たくない気持ちを押し殺しながら、口元に人差し指を当てて悠真に静かにしてろよと釘を刺し、応対ボタンを押す。


「はい、樹です」

『あー樹?今何してた感じだ?」


なんて言う店長は、大体頼みごとをしたい時だ。

マジで出なければよかった…。

心の中でそう思いながら、店長にはバレないように小さく溜息を零す。


「コンビニで一服中っす」

『相変わらずいつも通りだなお前は…』


それはこっちのセリフだ。

困ったら近くで気軽に来れる俺に電話してくるんだよな…。


「んで?雑談はいいんで、何の用っすかね?」

『あぁ、そうそう夜勤の奴が店来なくてよ~…2時間だけ出れねぇ?』

「…俺さっき上がったばっかっすけど~?」

『ホントわりぃ!!割増しで出すから!なぁ!?』


今度は店長にも聞こえるように、わざとらしく溜息をする。

こんな必死に頼み込まれて、割増しまでも出すと言われたら断りずらい。

ヘルプで二時間出て、いつもより出してくれるなら、こっちとしては得だ。

まぁ、急な電話で夜勤二時間は迷惑なことに変わりはないが…。


「はぁ…しょうがないっすね…いいですよ」

『さっすが、樹!!ありがとう!!

じゃあ、適当に来てくれゆっくりでいいぞ』

「うーっす…じゃあまた後で」

『ありがとな、よろしく!』


電話を切り、静かに待っていてくれた悠真に視線をやる。

溜息を零す俺を、不思議そうに眺める。


電話が来る前に吸っていた煙草は、もうほとんど吸い終わっていた。

長く伸びた灰が、ぽとりと足元に落ちる。


あぁ、もったいねぇ…。


「こんな時間に電話って…何かあったの?」

「あぁ…店長からだよ、ヘルプで二時間出てくれってさ…はぁ……」

「え、バイト終わってここ来たんだよね?」

「そうだよ!あぁー電話出なきゃよかった…ッ!!」


イライラしながら、夜だというのに少し声を荒げ、頭を乱雑に掻く。

吸い終わった煙草を灰皿に強めに押し付ける。

悠真は眉を下げて、まるで『大変だね』とでも言いたげに俺を見ていた。


「はぁ…急に呼び出される身にもなって欲しいわ…」

「はは…お疲れ様」

「…もう一本煙草吸ってから行くかな……」

「早く行ってあげなよ」


なんて冗談をいいながら、時計を確認する。

ゆっくりでもいいとは言われたが、そろそろ行かないとな。


「じゃあ、行ってくるわ…めんどいけど」

「…うん、気を付けてね」

「おう、もうそろそろ二十二時になるし、お前も補導されないようにさっさと帰れよ~」


なんて本当はどうでもいいと思っていることを、悠真に忠告し背中を向けて、手を振りコンビニの明るい場所から夜の闇に向かう。


「い、樹!」

「ん?」


たった数十歩。

歩いた先で、すぐに呼び止められる。

なにかと思って振り返れば、悠真は口を噤んで、言い淀む。

数秒の沈黙…。

顔を俯かせていた悠真は、やがて顔を上げ、へらっと笑った。


「…に、肉まんとあんまん…ありがと」


それだけ言うと、悠真は俺とは逆方向へ、夜の中に消えていった。


「…それだけかよ」


くだらねぇ。

なんて思いながら、これからまた始まるバイトの事を考え、憂鬱な気持ちを押し殺しながら、俺は歩いた。


さっきまでいたコンビニから漏れる光すら、やけに明るく見える。

そんな夜の道を。



**


「ゆっくりでいいとは言ったけど、おっせぇよ、樹~!」


店に着くなり、早々に店長は声を上げた。

遅いって…二十二時半からの約束だ。

そもそも急な連絡でたった二十分遅れの、

二十二時五十分に来れる俺に感謝して欲しい。


「わりぃけど、すぐ入ってくれ!なんか客が急に来て、今忙しいんだ!!」

「うーっす…」


せかせかと動き回る店長を横目に、更衣室へ向かって着替える。


何で急に忙しくなってんだよ。

さっさと帰れ。


なんて、客商売としてありえない文句を心の中で吐きながら、俺は早々にホールへ出た。

…出た瞬間、やっぱり電話に出たことを後悔した。


「すみませーん!生一つ追加で!」


「こっち、レモンサワーね!」


「お兄ちゃん、さっき頼んだのまだ~?」


次から次へと飛んでくる注文。

あっちに行って、こっちに行って。

店内を目まぐるしく動き回っているうちに、さっきまで店長に文句を言おうとしていたことすら忘れていた。


「樹!ぼーっとすんなぁ!!?」

「してねぇ!!」


してねぇよ。

ただ…ただ、一瞬。

別れ際に見せてきた、悠真のあのへらっとした笑顔が頭をよぎっていただけだ。

何か言いたげに俺を呼び止めておいて…。

たった一言。


『…に、肉まんとあんまん…ありがと』


それだけ言い逃げするみたいに残して、悠真は帰っていった。


「…ったく、ガキの考えることはやっぱわかんねぇな……」


客が居なくなったテーブルを片付けながら、ボソッと呟く。

片付いた席へ、すぐに次の客を通した。


「お待ちのお客様ー!お待たせしました、こちらどうぞ!!」

「樹!次、これ4番卓!!」

「今持ってきます!」


余計な思考は、すぐに忙しさの中へ消えていく。

悠真のことも、さっきまで見ていた、あのへらっとした笑顔も。


なのに。


さっきまでの一服の時間だけは、酷く恋しく感じた。


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