第十五話【無意識】
大きな物音を家の中からして数分。
やっと樹は俺を家の中に招き入れてくれた。
樹の家に入ってすぐの玄関には、ゴミ袋が一つ…いや二つあった。
そして俺が視線をゴミ袋に向ければ、樹は少し隠すような仕草を取る。
…なんか子供みたい。
笑いそうになっていれば、樹は俺のことをぐいぐいと押して、部屋の中に入れる。
部屋の中は、思ったより物が少なかった。
テーブルの上には、パンパンになった灰皿。
大学で配られたプリントなのか、乱雑に散らばっていた。
でも、本棚は整頓されてて、ベッドも綺麗だった。
壁には、バスケのポスターなのか選手の写真が飾られて、本棚の上にはボールも飾ってあった。
部屋の入り口でぼーっと樹の部屋の見ていれば、顔めがけて何か飛んできた。
ビックリしながら、受け取ればそれはタオルだった。
冷えた体をさっさと風呂で温めてこい、とのことだ。
「そこの左の扉風呂な」
そう言われて、その扉を開けて中に入る。
部屋の少し荒れた感じとは打って変わって、脱衣所とお風呂は凄く綺麗だった。
脱いだ服どうしたらいいんだろう…。
なんて思いながらも、お風呂に入る。
湯船には、すでにお湯が張られていて空間が暖かい。
寒さから強張っていた体の力が抜ける。
一応、家でお風呂入ってから飛び出したんだよなぁ…頭と体って洗った方が良いのかな……。
そう思っていれば、お風呂場のドアがノックされる。
コンコンコン
「悠真~?」
「な、なに?」
「服、出てすぐのとこ置いとくからな
あ、後左シャンプーで右リンスな、好きに使っていいぞ」
「わ、分かったありがとう」
「おー、ゆっくり浸かれよ」
それだけ言って、樹はすぐに居なくなった。
一回外に出たし、もう1回洗うか…。
そう思い、言われた通り左のシャンプーと右のリンスを使って頭を洗う。
俺が使ってるのとは、また違って不思議な感覚になる。
石鹸で体も洗うと、花みたいな香りが漂う。
…結構香りにこだわりあるのかな?
樹の小さなこだわりに触れるたび、頬が緩む。
体と頭を綺麗にした後、ようやく湯船に浸かる。
じんわりとした温かさが体を包んで、思わず息が漏れる。
樹の家のお風呂に入っているというだけで、なんだか落ち着かなくてキョロキョロと見渡してしまう。
掃除好き?得意?…なのかな、本当に綺麗だと思う。
水場って、結構水垢とかカビとかで汚れるはずなのに。
別にそんな汚れが、全くないってわけじゃない。
でも、ちゃんと掃除が行き渡っているのが分かる。
なんて考えて、数十分。
湯船にしっかりと浸かり、お風呂を出る。
体と頭を拭いて、樹が準備してくれた服を見る。
未開封の下着まで準備してくれていて、細かい気遣いが本当に樹らしい。
服を着れば、やっぱり身長差や体格差からなのかブカブカになる。
少し煙草の匂いもして、改めて樹の服を着ているのが分かる。
濡れた頭を雑に拭きながら、樹の待つ部屋に向かう。
樹はいつもと変わらない様子で、煙草を吸いながらスマホをいじっていた。
俺が部屋に来たのに気づいたら、煙草を消して手招きする。
「こっちこい」
「え、う、うん…」
そう言われベッドに座っている樹の隣に座ろうとする。
そうすれば違うとでも言うように腕を引かれ、樹の前に座る。
「え、な、なに」
「髪乾かしてやるから黙って座ってろ」
「あ、はい…」
ドライヤーの心地いい風が髪をなぞる。
お風呂から上がって体は温かくなったというのに、指先が震える。
…なんか樹、俺のこと子供扱いしてない?
緊張、困惑…。
なにがなんだか分からなくなる。
そしてドライヤーの音に紛れて、何か聞こえてくる。
「~♪~~♪」
「…」
小さく聞こえるその音は、樹の鼻歌だった。
何を歌っているかまでは分からないけど、楽しそうな樹。
困惑しながら樹が楽しそうならいいかと思う。
そして俺の短い髪はすぐに乾かし終わる。
「うっし、終わり」
「…ありがとう」
「服は…ちょっとブカブカだな」
なんて髪に触れながら、覗き込んできて笑う樹。
無邪気な笑顔にドキッとしながら、恥ずかしさでさらに体が熱くなる。
「んじゃ、俺も風呂入ってくるわ~」
「うん、お風呂先にありがとね」
「いいよ別に、体キンキンのやつ差し置いて風呂入るほど薄情じゃねぇし~」
なんて言いながら、樹はお風呂場に向かった。
あ、脱いだ服とりあえず持ってきたけど、どうしようか聞くの忘れた…。
樹が上がってきたらまた聞こ。
ピコンッ
「ん?…あ、姉ちゃんからだ」
口裏合わせに連絡を入れていた姉ちゃんから、やっと返信が来る。
『悠真?どうしたの?』
『ちょっと母さんと喧嘩して、今日友達の家に泊めてもらうんだけど』
『それで?』
『姉ちゃんの家に泊まってたことにしてくれない?』
突然の連絡にも戸惑うことなく、淡々と答えてくれる。
過干渉の親を持ったからなのか、姉ちゃんは必要に探ってこない。
『別にいいけど』
『ありがとう』
『今度ご飯でも作って、それでチャラ』
『わかった』
なんて連絡をして対価がご飯って、姉ちゃんは相変わらずだな…。
そう思いながら、母さんに『今日は姉ちゃんの家に泊まる』と連絡を入れ、スマホを閉じる。
姉ちゃんは、勉強に集中したいからと大学近くで一人暮らしをしている。
姉ちゃんとは別に仲が悪いわけじゃない。
ただ、母さんほど俺のことを気にかけるわけでもない。
お互い、いい距離感で姉弟をしている。
…姉弟をしているってなんか変かな?
……まぁ、いいか。
「…お前飯は?」
「わっ!?樹もう上がったんだ」
「ビビりすぎ…んで、飯は?」
「えーっと…食べてない…」
考え事をしていたら、急に声がしてビックリする。
樹はいつの間にかお風呂から上がっていて、頭を乱暴に拭きながら俺に話しかけてきた。
本当にびっくりした…。
ドクドクと心臓を鳴らしていれば、樹は冷蔵庫を漁り始め、何か考えているようだ。
母さんが作ってくれたけど怒りで忘れて、結局食べていない。
少し空腹感が気になってきていた頃で、正直ありがたい。
「チャーハンつくっけど、食うか?」
「た、食べたい…!」
「ん、じゃあ待ってろ」
なんて冷蔵庫を漁っていた樹が言う。
前話した時、樹は料理できると言っていたけど実際どうなのかな?
純粋に疑問に思い、キッチンでの樹の姿を見たくて覗き込む。
…こっそり覗いていたつもりだったけど、樹にバレてしまう。
「…なんだよ」
「いや話には聞いてたけど、樹料理できるんだなぁ…って」
「チャーハンぐらい誰でも作れんだろ」
「…そうかな?」
「いいから、黙って座ってろ…ってか見んなやりずらい」
「はーい」
誰でも、は難しいんじゃないかな…?
なんて思いながら、樹の話に合わせ頷き。
シッシッと嫌そうな顔をされたので、覗くのをやめる。
キッチンからは、料理するいい音が流れてきて。
それが聞こえると完成品が楽しみになり、少しずついい匂いもしてきては俺の空腹感は増していた。




