第十四話【居場所】
「…んで?」
「ん?」
「いや、俺呼んだ理由だよ」
「あぁ…」
煙草を一本吸い終わったタイミングで、そう悠真に話しかける。
悠真は少し顔を下げ、俯いていた。
そしてそのまま話しずらそうにポツリ…ポツリ……と話し始めた。
「えぇーっと…母さんと喧嘩、しちゃって…」
「…ふーん、内容は聞いて平気か?」
「……勝手にスマホ見られてさ…」
その続きを言い淀んでいる悠真。
俺は『なんだよ、くだらねぇ』と思ってしまう。
家族喧嘩なんていいじゃねぇか、と自分への皮肉も交えて言いそうになるが煙草の煙と一緒に飲み込む。
「ロック番号見られてたみたいで…
勝手に開けて、メッセージ見られてさ……」
「ハァ…?」
それを聞いて、俺の浅はかだった頭を殴りたくなる。
そりゃ、プライバシーの侵害だろ…。
人間の当たり前の権利を蔑ろにされれば、怒りたくなる気持ちも分かる。
俺はずっと悠真とは違う人間だと、そう思っていた。
でももしかしたら、根っこの部分ではどこか同じかもしれない。
初めてそんな考えが過った。
それと同時に、悠真がメッセージ見られただけでそんなに怒るか?
…という疑問も湧いた。
確かに、怒るには十分な理由だ。
でも、喧嘩して家を飛び出すほどか…?
悠真の性格的にも、少し謎に思っていれば、その謎はすぐに分かった。
「それに…樹のこと悪く言ったから、ついカッとなっちゃって…」
「…ッ」
胸がざわつき、痛む。
俺が絡んでいる…?
やっと走ったことで上がっていた心拍数が落ち着いていたのに、また上がる。
ヒュッと息が詰まりかけ、出そうと思った声は思ったよりも低かった。
「…なんて言ってたんだ?」
「え?」
「だから母さん、俺のことなんで言ってたんだよ」
「…悪い人と付き合ってるんじゃないか、って」
「…」
煙草を咥えたまま、体が固まる。
悪い人。
その言葉は、俺の胸に引っかかった。
でもそりゃそうだな…。
俺みたいな人間、そう思われて当然だ。
親からすれば、こんな奴と息子が夜に会ってるなんて心配するに決まってる。
下唇を噛み締め、今までの自分の行動が悠真に迷惑を掛けてしまったことを後悔する。
煙草の煙を吐きながら、少し曇った空を見る。
体は少しずつ冷えてきていた。
「…まぁ、そう思われても仕方ねぇなー」
「……でも樹は、そんな人じゃない」
「…」
また、胸が痛んだ。
なんなんだよ、お前。
そんな簡単に人を信じて。
あまりにも俺のことを買い被りすぎじゃないか?
いつもなら、俺なんて大したことないって笑って誤魔化しただろう。
でも今日は、それができなかった。
だって悠真は、俺のことを悪く言われただけで喧嘩して、家を飛び出したから。
こんなクッソ寒い所で、俺を待っていた。
その事実が、俺のいつもの調子を崩した。
「…風邪引いたらどうすんだよ」
「……ごめん」
「謝れとは言ってねぇ」
思わず頭を掻く。
こういう時どうしたらいいのか分からない。
でも、嬉しかった。
俺は自分のことで怒るの苦手だし、言われるなりにそういう行動をしていると自覚をしているつもりだ。
…あと、俺が折れて済むんだったらそれでいいとも思っている。
悠真が俺のために怒ってくれたことを嬉しい、なんて思っていいのか。
そう考えて緩みかける頬を、必死に抑える。
本当に悠真は眩しいな…。
「…とりあえず、今日は帰るぞ」
「でも…」
「でもじゃねぇ」
立ち上がって、悠真の前に手を差し出す。
別に無理に帰れなんて言うつもりはない。
ただこんなところで長話は、お互いの体に悪い。
「お前が家に帰りたくねぇってんなら、帰らなくていい
でも、こんな寒い所で一人でいんのは無しだ」
悠真の気持ちが、分からないわけじゃない。
だから否定はしない。
ビックリするように、目を見開く悠真。
俺が差し出した手をじっと見つめる。
それから、少しだけ迷ってそっと俺の手を握った。
冷たい。
さっきよりマシになったとはいえ、それでもまだ冷えていた。
握ってきた手を温めるように握り返す。
あ”あ”…やっぱり調子狂うな……。
「…樹」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
「…別に」
『悠真こそ、居てくれてありがとう』
言いかけた言葉は静かに飲み込んだ。
**
「あ、でも誰かに連絡入れとけ」
「…えぇ、やだ」
「ダメだ、未成年連れ出して怒られるの成人済みの俺なんだぞ」
「うぅ…じゃあ、姉ちゃんに口裏合わせてもらう…」
「…よし」
流石に誰にも連絡なしで、俺のところ来て警察沙汰になるのはごめんだ。
しっかり釘を刺して、悠真を俺の家に招待する。
「ここの404号室な」
「…樹の実家ってマンションなんだ」
「ん?言ってなかったけか…俺、一人暮らしな」
マンションの前に着いて、そんな会話をする。
あれ、俺言ってなかったか…?
なんて考えながら、まぁ関係ないしいいか…と適当に流す。
玄関の鍵を開け、中に入ろうとした瞬間。
待てよ、部屋の中めっちゃ汚れてるよな…。
間一髪のところで、部屋の状況が脳裏を過る。
「…ちょっと部屋片すから待ってろ」
「え、うん」
そう言って急いで部屋の中に入る。
明後日ゴミの日だからって溜め込んでたゴミがぁーー!!
んで、こんなところに缶落ちてんだよ!ふざけんなッ!!
なんて自分にキレながら、ガシャンガシャン音を立てて片付ける。
普段の自分の怠惰さが、身に染みる。
あ、そうだ。
悠真、体冷えてるだろうから風呂の準備もしとくか。
片づけをしながら、湯船にお湯を溜める。
「よ、よし…大体、こんなもんだろ…」
でかいごみ袋二つ分のゴミを玄関に置き、やっと綺麗になる。
まだ多少散らかってるけど、これなら許容範囲だろ。
そう思いながら、数分外で待たせていた悠真をやっと中に招き入れる。
「悪い、待たせた入っていいぞ」
「お、お邪魔しまーす…」
ドキドキしているとでもいうように悠真はゆっくり入り、部屋の中を観察する。
「…見てねぇでさっさと中入れ」
「おわッ、押さないでよ」
「いいからいつまで玄関に居る気だ」
1Kの一人暮らし物件をのろのろ歩く悠真を押して、さっさと部屋に通す。
相変わらず人の家には初めて来ましたみたいに、舐め回すように部屋を見る悠真。
それが少し恥ずかしくて、入り口で固まっている悠真の顔面目掛けてタオルを投げる。
「わぷっ!…な、なに?」
「タオル、さっさと風呂入れ、冷えてんだろ体」
「え、先に入っていいの?」
「家主が良いって言ってんだから、さっさと入ってこい
服は今準備してやっから」
「う、ん…ありがとう…」
なんて会話しながら、悠真をさっさと風呂に入らせようとする。
「あ、そこの左の扉風呂な」
そう補足も入れて、俺は悠真の着替えを準備する。
ちょうど俺が着れない古いのあるし、下着も未開封あるし…。
これでいいだろう。
そう思っていれば、風呂の方から音がする。
そんな音を聞いて、改めて悠真が俺の家に来ているのだと実感した。
あ、そういえばリンスとシャンプー教えてなかったな、と思い出して悠真の着替え片手に風呂場に向かう。




