第十三話【駆け出す】
「…楽しかったなぁ……」
次の日になったというのに、俺はしっかりと学園祭の余韻に浸っていた。
色々ありながらも楽しかったし、面白かった。
これなら、去年のも行っとけばよかったな。
なんて考えるが、きっと一緒に行ったのが悠真じゃなきゃここまで楽しめなかったかもしれない。
余韻に浸り考えながら、ベッドに寝転がる。
だらしなく腹を出しながら、課題やらねぇとなぁ…上の空で考える。
明日提出だけど、まだ一日あるし…。
なんて思う自分の怠惰さ。
きっと明日の俺はキレるんだろうな。分かり切ったことを思う。
寝っ転がりながら、カチッと煙草に火を付ける。
危ないからやめろ。
そう言われてしまえば何も言えない。
でもまぁ誰も居ないし、俺の家だしいいだろう。
なんて言い訳を並べる。
少し遠くにある灰皿の所に行くのが面倒で、灰が長くなる。
まるでチキンレースでもしているように、落とさないようにギリギリまで渋る。
そんなことをしていれば、ベッドにポロッと灰が落ちる。
急いで起き上がり確認するが、幸い火種は落ちていなかったようでベッドは無事だった。
「…あっぶねぇ……横着するもんじゃねぇな…」
さっさと落とした灰を掃除して、流石にベッドから降り、
灰皿が置いてあるテーブルの前に座る。
そして棚の上に置いてある、バスケットボールを自然と手に取る。
撫でるようにボールを触り、誰でも一回はやるであろう指の先でボールを回す。
最近触ってないとはいえ、感覚は鈍っていなかったようでしばらく回してられた。
「…なんか、久々に触った気する」
別に大学の授業で、なかったわけではない。
多分、自分の意思でこうやって触ったのが久々だからなのか。
凄く懐かしく感じた。
しばらくボールを触って、満足した俺はまた棚に戻そうとすれば…。
そのタイミングでスマホの通知がなり、ビックリして頭に落とす。
「あで…ッ!」
なんてジャストタイミングで通知くんだよ…。
コロコロと転がっていくボールを見ながら、少し痛い頭を摩りながらスマホを取る。
「…たっく、誰からだ?」
通知を見れば、友人からだった。
『課題進んだか~?』…なんて呑気な連絡だよ、ざけんな。
少しのイライラを込めて『まだ終わってねぇよバーカ』と返す。
それだけ返し、俺はスマホをベッドに投げつける。
めんどくさいと思いながら、友人からの連絡で課題に意識が行く。
重たい腰を上げ、パソコンを開いて俺は課題を確認した。
**
プルルルルル…
プルルルルル……
「んー誰からの電話だー?
この時間ってことは飲みか…?」
現在時刻は二十時。
課題も終わりのんびりしていれば、電話がかかってくる。
この時間にかけてくる奴なんか大体飲み友なんだよなぁ…。
なんて画面に表示された名前なんか確認せずに、電話に出る。
「はーいもしもしー?今日は飲みにh―」
『…樹?』
「!?」
名前を呼ばれ、俺は驚いた。
それは、俺が思っていた友人の声じゃなかった。
慌てて、スマホの画面を確認すればそこには――。
『佐藤悠真』
と表示されていた。
なんでこんな時間に悠真から電話掛けてくるんだよ!?
突然のことに、頭がパンクしそうになる。
今までお互いメッセージですら連絡してこなかったのに、突然の電話。
なんで電話?
なんの用だ?
いろんなことが頭に浮かびながらも、とりあえず会話をする。
「…悠真?」
『……うん、ごめんね急に電話して…』
「別にいいけどよ…どうした、こんな時間に」
『…』
少しの沈黙。
俺は瞬時になにかあったのかと思う。
でも、俺からは聞かない。
きっと悩みながらも、俺に電話をかけてくれたから。
悠真が何か言うのを待っていれば、一言。
『…樹、今どこに居る?』
そう聞いてきた。
「今?今、俺家にいるけど…」
『……樹が良いなら、今から会えないかな…?』
「は…?」
平然を装おうと思っていたが、
思ってもない言葉に開いた口が塞がらなくなり、つい単語が漏れる。
突然の連絡。
突然の電話。
そして、突然の言葉に。
一気に思考が止み、まるで時間が止まっているような感覚になる。
『今から会えないか』
今までそんなこと一回も言ったことない言葉を、悠真は俺に言ってきた。
困惑して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
昨日も会ったというのに、悠真に何があったんだろう。
考えようとしたが、俺が考えた所で全部お門違いだ。
とりあえず会って、悠真の状況を確認しよう。
「…別にいいけど、どこ集合にする?」
『俺今、いつものコンビニいるんだけど…』
「分かった、んじゃあちょっと待ってろすぐ行くから」
『…うん、ありがとう』
「ん、じゃあ切るぞ?」
『うん、後でね』
驚きから来る心拍数の高鳴りに胸が痛くなりながらも、部屋着からすぐに着替える。
バタバタと準備を終わらせては、急いでコンビニへ向かう。
別に急がなくていいし、走らなくてもいいはずなのに、俺は何故か走って向かっていた。
冷たい空気が肺の中を刺し、喉が痛む…。
久々のガチダッシュはヘビースモーカーにとって結構なダメージになる。
横っ腹が痛くなり、痰が絡み、息がしづらくなる。
走って温まってきた体から出る息は白く、外の寒さを強調していた。
「はぁ…はぁ……な、なんで、おれは、しって…ゲホッゴホッ!」
ゼェゼェと息が上がる。
少し歩いて息を整えれば、またすぐに走る。
自分でもなんでこんなに急いでいるのか、まったくもって分からない。
友人の待ち合わせに遅れそうになっても走らないのに…((((
何故か、急がなきゃいけない。
俺の直感がそう言い続ける。
「ん”ぁ”ー、コン、ビニ、とおく、ねぇかぁー!!」
走りながら、誰に向かって言っているのかも分からない愚痴を叫ぶ。
足が重たい。
腕が疲れる。
肺が痛い。
喉が痛い。
横っ腹が痛い。
いつもの癖で出る時に、掛けてきたサングラスが邪魔で外す。
走っている今、ポケットに入れたら落ちそうで壊れない程度に手で握って持つ。
やっとコンビニの光が見えてきて、俺は走るのをやめる。
「はぁ…はぁ……ゲホッゲホッ!…ん”ん”ッ!!」
咳払いもしながら、息と声を整える。
少しの発音練習をして、ゆっくりと物陰からいつものコンビニに向かう。
少しずつ近づいて行けば、いつもの場所に一人寒そうに体を丸めて座っていた。
手を擦り合わせ、はぁーと息を指に当てていた。
ホントに居た…。
なんて安堵に俺は全く気付く余裕なんてなかった。
近づいて行けば、行くほどに悠真が薄着であることが分かった。
鼻、耳、頬、指先…。
全部が赤く、染まっていた。
悠真に近づいて行きながら、急いで自分のデニムジャケットを脱ぐ。
いつもより厚着をしてきた数分前の自分を褒め称えたい。
まぁ、そもそも走ってきて暑かったしちょうどいい。
悠真にそっと掛けてやる。
「よ、待ったか?」
「あ、樹…別に…」
「嘘つけ、どこもかしこも真っ赤だぞ」
「…へへ」
「とりあえず、なんかあったかいもん買うぞ」
寒そうにしゃがみ込んでいる悠真を引っ張り、店内に入ってすぐ温かい飲み物を買い与える。
じんわりとかいていた汗がコンビニの外に出れば、寒くてブルッと身震いする。
そんな俺の様子を見ていたのか、悠真は…。
「樹が寒いでしょ?いいよ上着…」
「いいんだよ俺は
ってか隣でそんな寒そうな恰好されても迷惑だから着とけ」
着せていた上着を脱ごうとしたから、俺はすぐに着せ直した。
不意に触れた指先が、氷かと思うほどに冷たくてこのまま外に居ていいのか考えてしまう。
俺の心配をよそに、悠真は買い与えた温かいお茶を飲んでいた。
冷えた体に染みたのか、ふにゃっとやわらかい表情をする。
そんな抜けた表情に、俺の心配返せと一瞬だけ思う。
「温まったか?」
「うん…だいぶ……」
寒さからなのか、少し強張っていた悠真の声も、いつもの声に戻っていた。
ほっと一息つきながら、いつも通り俺も煙草に火を付けた。




