↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

第13章:気高き犠牲

李本徳医師は、机の向こう側に座っていた。

机の表面は、積み上げられた大量のファイルに埋もれ、もはやほとんど見えない。

その一冊一冊には、入居候補者の詳細な記録が収められていた。

何も知らない者が見れば、書類は何の規則性もなく散乱しているように見えただろう。

だが、李医師の「もう一つの仕事」を知る者にとって、その分類方法は極めて明確だった。

すべてのファイルは、三つのカテゴリーに分けられている。

受け入れ。

拒否。

そして――

摘出対象。

今月は、摘出対象の山がこれまでになく分厚かった。

最近、韓博文が絶えず首を突っ込んできたせいで、状況は完全に制御不能へ向かいつつある。

李医師自身、残された時間がほとんどないことは十分理解していた。

だが、それ以上に恐ろしいことがあった。

その事実を、上の人間へ報告しなければならない。

そして――

あの女が。

喜ぶはずがない。

しばらく沈黙したあと、李医師は書類だらけの机へ手を伸ばし、電話を取った。

受話器へ指が触れた瞬間。

動きが止まる。

呼吸には、わずかな震えが混じっていた。

無理やり自分を落ち着かせると、急いで番号を入力する。

その動きは、焦りのせいで乱れていた。

受話器を耳へ当て。

咳払いをする。

「こんにちは」

「李本徳です」

わざと自信に満ちた声を作った。

「処置は予定どおり進んでおります」

「数日以内に、新しい材料が到着する予定です」

「改めまして、このような機会を与えていただいたことに感謝いたします」

「今後とも、良好な協力関係を続け……」

「より多くの命を救えることを願っております」

短い沈黙のあと。

通話は切れた。

李医師の顔に、わずかな満足感が浮かぶ。

だが。

仕事はまだ終わっていない。

受話器を置くことなく。

すぐに別の番号を入力した。

長い間。

呼び出し音だけが続く。

誰も出ない。

李医師は、次第に苛立ち始めた。

そもそも相手に繋がるのかさえ、疑わしくなってくる。

やがて。

留守番電話へ切り替わった。

「ホロウェイ」

「出ろ」

「次の材料の搬送について、進捗を報告しろ」

「それと――」

「例の特別患者は、摘出処置を生き延びたのか?」

そのとき――

受話器の向こうから。

聞き慣れない声が返ってきた。

「残念ながら、今日は話せないと思いますよ」

李医師の眉が。

瞬時に寄った。

「誰だ?」

「ホロウェイはどこにいる?」

「外科医のことですか?」

その声は、妙に落ち着いていた。

「今は対応できません」

「現在、失血死するので忙しいみたいなので」

李医師の顔から。

血の気が消えた。

瞳孔が縮む。

その声を。

知っている。

「韓博文……」

「お前か」

「どうしてまだ生きている?」

博文が。

小さく笑った。

「どうやら……」

「俺を甘く見ていたみたいですね、先生」

李医師は。

数秒間、何も言わなかった。

そして尋ねる。

「どこにいる?」

「先生のオフィスの外です」

博文が答えた。

「話したいことが、山ほどあります」

李医師は。

長く息を吐いた。

言葉では説明できないほどの恐怖が。

身体へ重くのしかかる。

分かっていた。

ついに――

自分の終わりが来たのだ。

「そうだな」

「確かに、話すことはたくさんある」

「いつかこの日が来るとは思っていた」

「入れ」

オフィスの扉が。

勢いよく開いた。

韓博文と林莉が入ってくる。

博文の手には。

血のついた携帯電話。

あの外科医のものだった。

ボタンを押し。

通話を終了する。

林莉は彼の後ろに立ち。

少しでも危険な動きがあれば、すぐ行動できるよう警戒していた。

突然の二人の登場に。

李医師は明らかに驚いていた。

だが――

すぐに。

いつもの冷静さを取り戻す。

脚を組み。

椅子へ深くもたれ。

片手で顎を支えながら。

二人を観察した。

「今言うべきことではないかもしれないが……」

「君たち二人には、本当に感心しているよ」

「その気持ちは、すぐに消えますよ」

博文が冷たく返した。

李医師は。

机の向かい側にある椅子を示す。

「どうぞ」

「座りなさい」

言った直後。

博文を見る。

そして。

申し訳なさそうに微笑んだ。

「ああ、失礼」

「君はもう座っていたな」

「この場所がおかしいことは分かってた」

博文が言った。

「でも、まさか住民を誘拐して……」

「違法に臓器を摘出してたとは思わなかった」

林莉は。

もう我慢できなかった。

「摘出した臓器はどこへ送ったんですか?」

「闇市場で売っていたんですか?」

李医師が。

軽く首を振る。

「君の言う闇市場が、汚い路地裏に隠れているような業者を意味するのなら……」

「違う」

「臓器は、本当に必要としている病院へ送っていた」

博文の目が。

さらに冷たくなる。

「自分を守ることのできない人たちを殺して……」

「他の人間を救った?」

「何だ、その理屈は?」

李医師が笑った。

その表情には。

傲慢さが滲んでいた。

「やはり、思ったとおりだ」

「君の視野は、あまりにも狭い」

「説明しよう」

ゆっくりと。

語り始める。

「医師として、私はかつて命を救うと誓った」

「だが、医療の世界に長く身を置くほど、一つの真実が明確になっていった」

「すべての人間を救うことはできない」

「そして――」

「命の価値は、すべて同じではない」

林莉は。

信じられないという顔で彼を見つめた。

「誰がそれを決めるんですか?」

「他人の命の価値を決める権利を、誰があなたに与えたんです?」

「彼らだ」

李医師は。

平然と答えた。

「だが、誰なのかは教えない」

「正直に言えば……」

「私自身、彼らの本当の身元は知らない」

「私はただ、ヒポクラテス研究所の所長という地位を引き受けただけだ」

「最初は、本当に崇高な目的があった」

「だが……」

「やがて、ある者たちから特別な仕事を与えられるようになった」

「正式な職務の範囲を超えた仕事を」

博文は。

すぐにその言葉の意味を掴んだ。

「つまり、あんた一人じゃなかった」

「上に誰かいる」

李医師は。

淡々と答える。

「公式には……」

「すべての責任は私一人にある」

「重要なのは、その事実だけだ」

「非公式には?」

博文が尋ねた。

オフィスが。

静まり返った。

今度は。

李医師は答えなかった。

顔に浮かんでいた傲慢さが。

ゆっくりと恐怖へ変わっていく。

この計画の背後にいる者たちについて話せば。

何が起こるのか。

彼には分かっていた。

それに比べれば――

刑務所のほうが。

まだ安全に思える。

少なくとも刑務所なら。

簡単に「消される」ことはない。

沈黙さえ。

彼にとっては計算だった。

チェス盤の上の。

もう一手。

博文は。

その表情を注意深く観察した。

そして。

すぐに理解した。

李医師は。

絶対に黒幕の正体を明かさない。

なら。

質問を変える。

誰なのかが分からないなら――

なぜなのかを探ればいい。

「後悔してますか?」

博文が静かに尋ねた。

その質問を聞いた瞬間。

李医師は。

ようやく崖っぷちから離れられたような顔をした。

表情が落ち着いていく。

そして。

不気味なほど穏やかな顔になった。

「後悔はある」

彼は言った。

「彼らが、自ら進んで犠牲になることを選ばなかったことだ」

「だが――」

「彼らのおかげで救われた命については、後悔していない」

「犠牲ですって?」

林莉が声を荒らげる。

「何を言ってるんですか?」

「あなたは、あの人たちを無意味に殺したんですよ!」

李医師は。

冷静なままだった。

「君の職業では、一つの命を別の命と交換することなど珍しいのかもしれない」

「だが、私がここへ来る前は……」

「それは、ほとんど毎日のように起きていた」

「患者の命は、全員同じ価値です!」

林莉が叫んだ。

「あなたは、それを完全に忘れてしまった!」

「ほう?」

李医師が。

軽蔑するように笑う。

「実際に選択を迫られたことのない人間は、簡単にそう言える」

「臓器移植を待っている人間が、どれほどいるか知っているか?」

突然。

机の引き出しを勢いよく開けた。

中から取り出したのは。

聖書ほどの厚さがあるファイル。

それを。

部屋の反対側へ投げつける。

ドサッ!

ファイルが。

韓博文と林莉の近くへ落ちた。

突然の動きに。

林莉が身体を震わせる。

だがすぐに立て直し。

腰を屈めて。

書類を調べ始めた。

最初の一枚だけでも。

びっしりと情報が書き込まれていて。

一目では処理しきれないほどだった。

「何が書いてある?」

博文が。

わずかに震える声で尋ねた。

林莉が。

書類へ目を走らせる。

「名前……」

「生年月日」

「住所」

「それぞれの人の横に、必要な臓器と移植予定日が書いてある」

「埋まっている欄もある……」

「空白も」

「そのとおり」

李医師が言った。

「空白の一つ一つが、ゆっくり死んでいる人間を意味する」

「本来なら、明るい未来が待っていた人間だ」

林莉が。

鋭く顔を上げる。

「じゃあ、あなたが命を奪った住民たちは?」

「あの人たちの未来は、どうでもよかったんですか?」

「あの人たちにだって、生きる権利があった!」

「未来?」

李医師が。

嘲笑した。

「本気で言っているのか?」

「どんな未来だ?」

「誰にも覚えられない場所で、ゆっくり朽ちていく未来か?」

「家族も会いに来ない」

「愛してくれる人間もいない」

「人手も金も足りない施設で、どうにか生き延びるだけ」

「今日とまったく同じ明日を迎えるためだけに、一日一日を生きる」

「それでも、俺たちが決めることだ」

博文が。

静かに答えた。

李医師が。

ゆっくりと彼へ近づく。

急ぐ様子はない。

敵意さえ感じさせない。

車椅子の前まで来ると。

博文と同じ目線になるまで。

腰を落とした。

そして。

想像できる限り。

最も残酷な質問をした。

「正直に答えてくれ、韓さん」

「君には……」

「明日が見えるか?」

博文は。

何も言わなかった。

いや――

正確には。

怖かった。

答えを探して。

必死に自分の内側を探る。

何も。

見つからない。

今まで向き合うことを拒んできた。

あらゆる恐怖が。

一斉に表面へ浮かび上がってきた。

李医師は。

さらに追い詰める。

「まだ夢はあるのか?」

「まだ希望を持っているのか?」

「今のその身体で――」

「一体どうやって、それを実現するつもりだ?」

「もう十分です!」

林莉が。

二人の間へ入った。

患者を守る看護師のように。

李医師から博文が見えないよう。

完全に身体で遮る。

「言いすぎです!」

「彼にそんなことを言う権利が、あなたのどこにあるんですか?」

李医師は。

ゆっくり立ち上がった。

表情は。

冷たいまま。

「自然だ」

「強者と弱者」

「多くの人間は、強者には弱者を守る義務があると勘違いしている」

「だが、私もかつては弱かった」

「一段ずつ、自分の力だけで這い上がった」

「誰も助けてくれなかった」

「そして、残酷な真実を学んだ」

「雑草は……」

「道を譲らなければならない」

「そうして初めて、作物は育つ」

「あんたの言う『道を譲る』ってのは」

博文が冷たく言った。

「人間を消すってことだろ」

「やれやれ」

李医師は。

苛立たしそうに手を振った。

「私は豚を屠殺場へ追い込む肉屋ではない」

「必要なものしか取っていない」

「多くの場合、提供者は施設へ戻される」

「もちろん……」

「何も覚えてはいないが」

「そういうことか……」

博文が囁いた。

これまで調べてきた謎が。

頭の中で。

一つずつ繋がっていく。

「だから、一部の住民はどんどん弱っていった」

「やっと分かった」

「そのとおり」

李医師が答えた。

「ただし――」

「生きるために必要不可欠な臓器が必要な場合は別だ」

「その場合……」

「君が言ったように、完全に消える」

「だが同時に――」

「別の命が救われる」

「そして、その人間は心から感謝する」

林莉は。

怒りで震えていた。

「でも、移植を受けた人たちは知らない!」

「自分の身体にある臓器が、殺された人から取られたものだなんて知らないんですよ!」

「あなたには、そんな臓器を勝手に渡す権利なんてなかった!」

「もし、自分が誰かの命を奪ったことで生き延びたと知ったら――」

「その人たちがどう感じると思いますか?」

「残念ながら……」

李医師が。

静かに答えた。

「それを知ることはないだろう」

そう言いながら。

両手を。

机の端へ置いた。

そして。

片方の親指で。

机の下に隠されたボタンを。

そっと押した。

カチッ。

机の内部から。

微かな機械音。

隠された収納部分が。

ゆっくりと開いた。

その瞬間――

李医師の目が。

完全に変わった。

そこから。

人間らしさが。

すべて消え去ったようだった。

残っているのは。

空っぽの殻だけ。

オフィス全体に。

終わりを予感させる空気が満ちる。

同時に――

韓博文の湾曲した背骨を。

冷たい悪寒が這い上がった。

本能が。

危険を告げている。

理由は分からない。

だが。

思考より先に。

身体が反応した。

手が。

車椅子のジョイスティックへ向かう。

モーターが起動する。

逃げる準備。

数秒後――

李医師が。

隠し収納へ手を入れた。

何かを取り出す。

博文と林莉の位置からは。

まだ見えない。

そして――

見えた。

九ミリ拳銃。

李医師の指は。

すでに引き金へかかっていた。

何が起ころうとしているのか理解した瞬間。

林莉は。

一切迷わなかった。

韓博文へ。

自分の身体を投げ出した。

両腕で。

彼を強く抱きしめる。

自分の身体で。

博文を完全に覆った。

「韓博文!」

「危ない!」

初めて――

博文は。

本当の意味でパニックになった。

どれほど知識があっても。

どれほど推理できても。

今は。

何の役にも立たない。

目を閉じた。

全身が。

硬直する。

最後の瞬間を。

待った。

意識が。

暗闇へ沈んでいく。

世界が。

静かになった。

すでに。

この世界の向こう側へ落ちてしまったような感覚。

そのとき――

バァン!

銃声が。

オフィスを揺らした。

……

韓博文が銃撃について知っていることの。

ほとんどすべては。

映画から得た知識だった。

撃たれれば。

耐え難いほど痛いものだと。

ずっと思っていた。

だが今――

何も感じない。

激痛も。

ない。

ほんのわずかな痛みさえ。

ない。

鼻の蚊に刺された場所だけが。

まだ少し痒かった。

ゆっくり。

息をする。

肺の中に。

血はない。

呼吸も。

問題なくできている。

林莉は。

まだ彼を強く抱きしめていた。

博文は。

ようやく目を開けた。

目の前の光景は。

凄惨だった。

林莉は。

無傷。

ただ。

呆然としたまま。

前を見つめている。

部屋の向こう側では――

李医師の頭部の側面が。

吹き飛んでいた。

脳組織が。

オフィスの窓へ飛び散っている。

身体は。

床の上で。

まったく動かなかった。

「大丈夫……?」

林莉が。

震えながら尋ねた。

「大丈夫だ」

博文自身も。

何が起こったのか。

まだ理解しきれていなかった。

そして。

彼女を見る。

「今……」

「本当に、俺の代わりに撃たれるつもりだったのか?」

少し間を置く。

そして。

小さく首を振った。

「馬鹿だよ」

「でも……」

「勇敢だった」

「ありがとう」

林莉は。

俯いた。

そして。

ゆっくり博文から離れる。

「私の務めだから」

小さく囁いた。

二人は。

一緒に机の反対側へ回り込み。

慎重に遺体へ近づいた。

本当に危険が去ったのか。

確かめる必要がある。

李医師の右こめかみには。

一発の銃創。

致命傷なのは。

明らかだった。

最後の瞬間。

唇から漏れていたのは。

途切れ途切れの。

かすかな呼吸だけ。

さらに近づこうとしたとき――

扉のほうから。

落ち着いた声が聞こえた。

「何にも触るな」

「証拠が汚染される」

「言われなくても分かってます」

林莉が。

長く息を吐いた。

「ただ、安心しただけです……」

「これで、やっと終わったって」

「いや」

博文が。

静かに言った。

「まだだ」

「俺たちが殺したんじゃないって証明しないといけない」

「それに……」

「全部、あいつがやったことだって証明する必要がある」

「それなら……」

林莉の顔に。

かすかな笑みが浮かんだ。

「ちゃんと準備してきたと思う」

制服の胸ポケットへ手を入れ。

携帯電話を取り出した。

そして。

再生ボタンを押す。

画面には。

音声録音が。

今も続いていることが表示されていた。

二人がオフィスへ入った瞬間から。

ずっと録音していたのだ。

違法な臓器摘出について。

その背後にいる組織について。

犠牲者について。

李医師が口にした。

すべての言葉が。

完全に記録されていた。

博文は。

林莉を見つめた。

そして。

何週間ぶりか分からないほど久しぶりに。

心から安心した笑顔を浮かべた。

「どうやら……」

静かに言った。

「俺の影響が、やっと君にも移ったみたいだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。