四ノ肆
新蔵はさっきからすごく静かだけど、コーヒーも手を出してないし寝てない?
目を閉じてるようにも見えるけど気のせい?
ねえ、新蔵。おーい。
傾いて彼の肩に首を預けるような行為だけはやらないでね、お願いだから。
「リーダーはよく携帯電話でサイトに入って書き込みしてたらしいんだが、一ヶ月くらい前からは書き込みの時にパソコンか携帯かの表示が解らないようになってさ」
一ヶ月くらい前、は秋野嶋さんが何者かにリーダーの座を奪われて異餌命の被害に遭った時期と同じ――そう考えてよさそうだ。
「最初は不具合かと思ったけど、過去の書き込みを調べたらなんかリーダーの感じが変わったとか書き込みがその時期多くてさ、今のリーダーは別人なんじゃないかって思うんだ」
僕達と調べは同じ線を辿っているな。
一人で調べてそこにたどり着くとは。
「サイトにいる頻度は以前から高かったけどそれより高くなって、チャットにいる時間とかを見るとうちの学校の生徒ではないんじゃないかな」
「他校の生徒がわざわざ絡んでくる?」
「そこらへんはどうかは解らないけど、チャットの過去ログを見てると深夜とかも出没するからそもそも学生じゃないっていう線も――」
「――他は?」
リーダーの人物像を推測しても決定打に繋がらないと彪光は思ったのか、他の情報を求めた。
「あとは卵の投げつけは冬の――好子の時から始まってね、先月のは特に激しかったらしい。卵はリーダーがどこからか仕入れて学校周辺に隠して、朝に隠し場所が書き込まれるんだ」
「リーダーが卵を? スーパーにでも寄ってるのかしら」
買い物ついでに、みたいな?
「好子の時によほど卵を投げるのが気に入ったのかもな、ここらのスーパー全部を毎日見て回ったけど、やっぱりスーパーが多いのと俺が行く時間帯にリーダーらしき人物が来るとは限らないからスーパーで張り込むのは諦めたよ」
「私達もスーパー張り込む?」
「リーダーの顔が解らないんじゃあどうしようもないでしょ」
「異餌命の活動に合わせて前日に卵を買いにくる若い人を絞り込めばいい」
「次いつ異餌命が動くか判らないし、やるとしても時間が掛かりすぎるんじゃない?」
「否定的な意見ばかり言うなクズが」
怒られた。
「とりあえず、貴方の話は少しだけ信じてやるわ」
「少しと言わず全部信じて欲しいんだけど」
それもそうだね。
少なくとも小十太さんへの印象は回復した。
「私達に協力させてあげる、感謝なさい」
「扱いが理不尽すぎやしないか?」
そこは我慢してもらいたい、彪光はこういう子なのだ。
根は悪い子じゃないよ? むしろいい子、ただ相手とのキャッチボールは彪光の場合、ナックルボールでいつも返してくるってだけ。
ストレートで返ってくる時もあるがそういう時は大抵が剛速球で体に突き刺さる。
「こちらも異餌命のサイトには入れる、貴方はこちらの一人と一緒に異餌命の内部から調べて」
「わかった、しかし……サイトのほうはリーダーに繋がる情報はまったくと言っていいくらいに無いんだが」
「メンバーとチャット等で会話して情報を集めて頂戴、私達のは他人のパスで入ってるからチャットなんてしたら気づかれるのよ」
メンバーから直接情報を引き出せるのは大きいね。
「今は襲撃されたっていう話題で持ちきりでうまく情報を集めれないかもしれないけどやってみる」
――襲撃?
ああ、あれだ。
「そういえば今日の暴力事件、何だったんですかね? 小十太さんは大丈夫でした?」
ふと、それを思い出した。
「俺は距離が離れてたから大丈夫。あの女、やべえよ」
「どんな女だったの?」
「うちの学校の制服だったけど、見た事は無い奴だったなあ。髪は短めで身長はやや高め、俺と同じくらい。顔は結構な美人だったよ、目つきが今にでも人を殺しそうなヤバイ感じだったけど」
「僕達と同じく異餌命に反感を抱いてる生徒でしょうかね」
「それならいい――とは、怪我を負った生徒の具合を見ると素直には言えないな」
人の手を借りなければ歩けないくらいの重傷。
「もういきなり女子にも容赦なく、女子とは思えない殴り方で、女子とは思いもよらない攻撃力でさ。遠くで見てても怖くて逃げ出しちまったよ」
「苛められる側の痛みを物理で知れる素晴らしい体験を出来たのだからいいんじゃないかしら」
素晴らしい体験と言えるのだろうかそれは。
「サイトではうまく逃げれた奴が早速書き込んでて、異餌命だけを狙って襲ってきたんだってよ。異餌命を敵対する裏サークルの仕業かとか、皆騒いでる」
「敵対裏サークルが一人だけ、しかも女子を寄こして襲撃は……考えにくいわ」
確かに。
いくらその女子生徒が何か武術でも学んでいて強いといっても一人だけを数人相手に向かわせるなんて、それも目撃者多数の廊下でやらせるのは表に出ないで行動する裏サークルとは思えない行為だ。
話を聞く限りでは――衝動的。
怒りに身を任せた結果、あの暴力事件へと発展したとして。
その怒りは何故沸いたのか、
「総生徒会長が異餌命の被害に遭ったのを知って衝動的に、異餌命へ個人的に襲撃……とか」
動機を無理やりにでも考えるならば、の話として僕は呟いた。
言下にコーヒーを口へ運び、戯言だと思って流して欲しい雰囲気を作る。
「相手は総生徒会長を慕う人物、と考えるとしても――」
言いたい事は解ってる。
衝動的にやったとはいえ異常とも言える暴力性を持つ生徒は虎善さんを慕う生徒の中にいるとは考えがたい。
顔を隠さずにいたのも妙だ、顔を見られたらまずいだろうに何故堂々と廊下で暴力を振るったのやら。
意外と長い時間、僕達は話をしていた。
気がついたら橙色の空が元気をなくしはじめており、僕達は会計を済ませて店外へ。
話も済んだ、会員証は以前に偶然拾ったもので、届け忘れていたところに僕達が現れてそれを思い出して利用したとの事、明日にでも落し物として届けるそうだ。
後は軽くお別れの挨拶をしてそこで解散となったのだが。
彪光は数歩歩数を重ねたところで足を止めた。
「どうしたの?」
踵を返す。
「店に忘れ物?」
「違うわ」
僕達も彪光についていくとする。
……正確には小十太さんの後ろを、かな。
「様子見、確認、そういう類」
「小十太さんが本当に白か、みたいな?」
「みたいな」
まあ、それくらい慎重になるべきだね。
僕も賛成だ。
彼が携帯電話を取り出したら異餌命のサイトを開いて様子見、怪しい行動をしたら何をやったかを確認したらすぐに確保、気は抜けないね。
小十太さんが本当に南方さんのために異餌命に入った、というより潜入したのならば僕達も安心出来るが。
尾行して数分経った頃、唐突にそれは起きた。
小十太さんは、普通に歩いていただけだった。
今日の晩御飯は何をしようかなと台詞の吹き出しをつけてやれば似合いそうな背中で、軽く空を仰いでいるように見えた。
そう、何も変わった様子も無く普通に歩いていただけだった。
向かい側からは仕事終わりであろうサラリーマンが、彼とすれ違ったその時、まるで脇道に巨大な掃除機でも設置されたかのように、小十太さんは吸い込まれるかの如く消えた。
「えっ!?」
何が起きたのか解らず、彼のいた場所へと駆け寄ろうとしたが新蔵がそれを止めた。
「手だ」
「……手?」
「細い手、手首や指の太さからいって女性。あいつの手を掴んで素早く引いて、襟を掴んで投げるように脇道に引き込んだ」
よくあの一瞬でそこまで見えたね、新蔵の動体視力はすごいもんだ。
何故体育の時間にやった卓球でそれを発揮できなかったのだろう、手を抜いてたとか? もしもそうならばあの時の優越感に浸っていた自分が恥ずかしい……。
って今はそんな事考えてないで、追うとしよう。