四ノ参
彪光は正面から、僕達は後ろ左右から囲むように近づいていった。
警察が容疑者を確実に捕らえるために作る陣形が如く。
後方、死角から出ないよう意識して、その距離もう一メートルほどまで近づいた時。
小十太さんは、ぴたりと足を止める。
「こんにちわ」
彪光は彼の前に立つ。
「あ、や、やあ……」
小十太さんが彪光に意識を寄せている間に僕達はいつでも彼の腕を掴めるような距離まで近づいた。
「貴方、妹はいるかしら?」
「いる……けど?」
「妹さんから電話、きた?」
「ああ、きたよ。どうしてそれを……?」
「実は私、エスパーなの、超能力者なの、スーパーマンなの」
「マジで!?」
小十太さんは驚愕する、本当に信じられちゃあ困るなあ。
「違うでしょ!」
思わず、つっこんでしまった。
びくっと肩を上下させる小十太さんは、囲まれてる事を知って嫌な予感といわんばかりに青ざめて、
「き、君達……いつの間に……」
声を震わせる。
その主な原因は、僕よりも僕の隣に立って腕を組んでいる新蔵だが。
「私、人を探してるの」
「人を? 俺に聞くって事は俺の知ってる人?」
「間違いでは無い、ええ、そうね、間違いでは、無いわ」
帰宅する生徒も多く通行の邪魔になっている――との理由で彼を連れ出すが、逃げられないような場所へと誘導する方便のほかならない。
――喫茶店にでも行きましょう。
本来ならば女性へのその言葉と誘いは男子たるもの皆嬉しいものだが、彼は嫌な予感に心を突付かれてるのか、引きつった顔でついていく。
喫茶店は以前にも彪光と入った店にした。
それほど月日は経ってないけどやけに懐かしく感じる、あれから色々とあったから、かな。
「好きなものを選びなさい。お金は気にしなくていいわ、彼が払うから」
彼?
えっと、気のせいかな彪光。
扇子で差しているのは僕な気がするんだけど、彼というのは僕の事を言ってるのかな?
「あの、それで、探してる人ってのは……?」
それぞれにコーヒーが届き、鼻腔に香ばしい香りが届いた頃に話は再開された。
「異餌命の画像提供者」
僕と新蔵はコーヒーを頂く。
小十太さんも、頂こうとしたがその手は止まった。
「……い、いやあ、俺に聞かれても解らないよ」
「貴方の所属しているファンクラブ、その会員ナンバーはいくつだったかしら?」
「168、だけど」
「へえ、そう。その会員ナンバー168番の生徒なら学校の廊下にいたわ、どういうことかしら? 会員証はなくしたらしいの」
どう言い逃れするのだろう。
僕達に嘘をついていた、前回捕まった時に容疑を解くべく必要な要素だったファンクラブの会員。
「き、聞き間違えたんじゃないかな?」
「解るはずよ、解ってるはず、解らないわけもなく、こうなる事は解ってたわよね」
――携帯。
――見せて。
――見せられるわよね、前にも見せてくれたのだから。
一つ一つの言葉に、重みを感じる。
僕達は前とは違い異餌命のサイトに載せられている画像を確認している。
彼の携帯電話にもその画像が保存されたまま残っていれば、確定。
そうじゃないとしても、関わりは確実にある人物だ。
彼の隣には新蔵、コーヒーを静かに飲んでいるが視線は彼に、それも鋭く向けられている。
コーヒーの香りと共に威圧感が漂う。
小十太さんは、逃れられないと悟って、携帯電話を取り出した。
先ずは機種。
「あら、BUのZafariね、携帯電話は機種変更してどれくらい?」
「一年くらい、かな」
「中、見ていいかしら? いいわよね?」
了承も得ず彪光は携帯を奪うように取った。
次に彪光は自分の携帯電話を取り出して、パソコンから送った異餌命サイトに載せられていた画像と一致するものを探していく。
「む……?」
彪光は眉をひそめた。
「無い、わね」
「無い? どこにも?」
懸命に彪光は指を走らせるも見つからないようだ。
「な? 何も無いだろ? ほ、ほら、これでお終い! 会員ナンバーは聞き間違いだった、って事さ」
どうする? 小十太さんが画像提供者なら異餌命やそのリーダーについてここで知ってる事を問い詰めたかったものだが。
しかし、だ。
小十太さんの態度からして何か焦燥感にかられているように見える。
早く携帯電話を返してもらいたい、前回とは違う様子だ。
「前回画面表示」
「えっ?」
「何か、解る? この機能、使った事はあるわよね? ええ、あるはずよ」
ああ、あの機能か。
確か携帯電話で何かサイトを見て画面を閉じた場合、前回画面表示機能を使えば最期に見たサイトが画面に出てくる便利な機能。
「あ、ちょっと、待って」
小十太さんは焦りだした、これはもしかするともしかしなくとも……。
「待たない、あらっ――」
彪光は携帯電話の画面を見せてくる。
「異餌命のメンバーさん、こんにちわ」
そこには、異餌命のサイトが表示されていた。
思えば暴力事件が起きて、もしも異餌命のメンバーなら異餌命のサイトを見て様子を窺うはず、しかも柳生さんが小十太さんへ電話をしていたから他のサイトを見る暇も無かった。
前回画面表示機能、こういう時に役に立つとは思わなかったね。
「か、返せ!」
「店内では、お静かに」
彪光は扇子で小十太の伸ばした手を叩く。
彪光は彼が携帯で何をしていたのかを一つ一つゆっくりと調べていった。
「予測変換でも、貴方が異餌命に書き込んだ文章と一致するものが多いわね。真っ黒もいいところね、画像提供者さん」
「いや、その……あはは……」
誤魔化しきれない状況ではあるも、乾いた笑い声で小十太さんはコーヒーを口へ運んだ。
「人を苛めるのが好きなの? 異餌命に入って間もないけど総生徒会長が嫌いだったのかしら?」
「ち、違う! け、決してそんなんじゃない!」
音を立ててコーヒーカップをテーブルに置いた。
店内にいる数名の客がこちらを見てくるも、新蔵が目に入った途端に視線を戻す。
誤解しないで欲しいが今音を立てたのは新蔵じゃないんだよなあ。
「あら。そうなの? 異餌命は人を苛めるのが好きなクズの集まりじゃなくて? 隠さなくていいのよ」
「違う、違うんだ……」
何か、理由がありそうだ。
「でも画像を提供していたのは間違いないんですよね?」
「そう、だけどさ……」
「異餌命に以前から提供して協力的で、最近リーダーにスカウトされて異餌命に入った――のよね。それなのに、何が違うの?」
彼に対する僕の印象は、中々の速度で落下していっている。
それは彪光も同じだと思う。
流石に、異餌命に協力的で影から画像を撮って異餌命へ提供し、メンバーになったとあればこちらとしても印象を変えてしまうのは仕方の無い事。
「勘違いしないでくれ、あいつらとは違う!」
「あいつらよりもクズだって? 知ってるわよ、このドクズが」
「待て待て、話を聞いてくれ!」
彪光はまるでゴミを見るような目で彼を見て、仕方ないから聞いてやると言わんばかりに溜め息をついた後に――はいはい、何よと言葉を吐き捨てて扇子で頬を扇いで耳を傾ける。
「その前にさ、君達は異餌命について調べてるようだけど、異餌命のメンバーとか、生徒会とか、そういうんじゃないんだよね?」
「ええ、違いますよ」
「違うわよクズが」
何だろう、この確認の意味は。
「なら、ああ、ならいい」
彼は周囲を見て何かの安全を確かめてから口を開いた。
「実は画像提供には理由があってね」
「苛める人の画像を撮って誰かに最悪な加工を施してもらい、その画像に興奮を覚えるという特殊な性癖の持ち主という理由かしら。残念ながら解ってたわ」
「君は俺をどんな変態に仕立て上げたいんだ!」
彪光、あんまりからかわないであげて。
「画像提供をしなきゃならない理由が、って事ですか? 脅されたとか?」
「そうでは、無いんだけど……俺は、異餌命のメンバーになって、調べたい事があったんだ……」
「調べたい事?」
「そう、リーダーについてね」
「リーダー……?」
僕達と目的は同じ――?
「なら、リーダーを調べるために異餌命に? そして異餌命に入るために画像提供?」
「ああ、そういう事だ。とある筋から、異餌命は画像提供者が不足していると聞いた。それで写真を撮って、掲示板に貼り付けたり、異餌命らしき書き込みした人達と積極的に絡んで、ようやく異餌命に入れたのさ。他は何もやってない。それとな、画像をどう使うかは知らなかったんだ、言い訳にしか聞こえないだろうけど」
とある筋……誰だろう、それに気になるのはいくつもある。
「コーヒーメーカーのポットに醤油を入れたのは……小十太さんじゃないんですか?」
「ポット? 醤油……? 何だそれ、俺は写真撮る以外何もしてないぞ」
……小十太さんじゃないならやはりあれは偶然か。
「貴方の言葉自体、嘘の可能性だってある」
「彪光、ここはとりあえず最後まで聞こうよ」
聞く必要は無いでしょと言いたげではあったものの、彪光は腰を上げずに留まってくれた。
何故か、それはショコラケーキを注文したからだ。
同時に――ケーキが届いて食べ終えたら帰ると訴えている。
「どうしてリーダーを調べてるんですか? 異餌命に入り込んでまでとなるとよほどの理由があるように思いますが」
その――と言葉を詰まらせるも彼は立て直して、
「南方」
続けて、
「南方好子……知ってるだろ? 彼女にあんな事をした奴が、許せなくて……」
コーヒーカップを握る手に力が入っている。
表情は変わっていない、怒りを面に出さないようにはしているも指先から滲み出ていた。
「薄っぺらい嘘臭い理由ね、こういう時のために台詞を考えてたの?」
「嘘じゃない」
「本当は、総生徒会長が嫌いだった」
「違う」
「何かあったら会員証で言い逃れ、それでも追い詰められたら知り合いの南方をダシにしよう」
「違う!」
「うまくここを切り抜ければこいつらを異餌命の標的として潰そう」
「違うって言ってるだろ!」
びっくり、した。
いきなり机を叩かれたから。
周囲の客も僕と同じく、目を丸くして、こちらのテーブル席を見るも新蔵のおかげですぐに目を逸らしてくれる。
店長と目が合った。
店長は人差し指を立てて静かにと無言で伝えてくる、怒ってはいないようで店内に流れる曲の音量を大きくしてくれて僕は小さく頭を下げて感謝した。
いい店だ、とても、暖かい。
「異餌命のリーダーには絶対に好子に謝らせて、またあいつと一緒に、学校……行きたいたいんだ」
南方さんのために、彼の瞳にはそんな強い意志が込められているように僕は見えた。
「……そう。それで、リーダーの情報は掴めたの?」
届いたショコラケーキにフォークを刺して、先ほどとは若干柔らかい口調で彪光は言う。
「……少しは、だけど」
「教えて」
食べながら聞く、彪光はそういう姿勢。




