四ノ伍
脇道をそっと覗いて、様子見。
見てすぐに、異様な光景ってやつが飛び込んできた。
小十太さんは何者かに首を掴まれて壁に押し付けられており、身動きがとれずにいた。
足を動かすが、地面から数センチほど浮いていてどうやっても自力で逃げるのは不可能。
何者か――女性、制服を着ている――女子生徒。
女子生徒、ああ、見間違いでなければ女子生徒だ、スカートを履いた男子生徒などうちの学校にはいない、いないと思いたい。
それにしても男子の首を掴んで片手で持ち上げるその腕力、彼女の細い腕から発揮できるとは信じられない。
「お前は異餌命というの知ってる?」
「ぐ、が、ちょ、ちょっと、降ろして」
「質問されたら自分の要求を言うって最近の日本じゃあ当然の会話なのかー? 首のマッサージはいかがかなあ?」
小十太さんの表情が苦痛に歪む。
すぐにでも助けなければ、と僕は身を乗り出すも彪光に首根っこを掴まれて後ろに引かれ、体勢を崩してしまってごろんと歩道で後転。
無機質の硬さが背骨に当たって中々に痛いっ。
「まだ様子見」
それより僕は君に物申したいけど仕方ない、後にする。
再び僕は彪光達に続いて中を覗いた。
「お前の事は前から見ていた、お前も異餌命だろう?」
「そ、そう、だけど……ある、意味そうじゃ、無い!」
「ある意味って何? あ、いい。知らなくて、お前は虎善さんを撮っていた、画像を加工して貼ったのもお前だな?」
虎善様?
それほど虎善さんを慕っている生徒なのは解ったけど、何者なんだ?
学校では見た事の無い生徒、生徒会や風紀委員にも所属はしていないだろう。
虎善さんを慕っているならば彼女の近くに身を置きたい立ち位置を望むか、機会があれば近づこうとするものだと思うんだが、となれば一度は僕の目にも入るはず。
「お、俺は……写真を撮った、だけだ……」
「そうか、でも異餌命に所属してるだけで重罪。虎善様に酷い事をしただけで死刑」
すぐに拳が小十太さんの頬に。
……あの暴力性。
僕はどこかで知ってる気がする。
気がする? いいや、知ってる、体験してる、彼女の事を、僕は知っている。
「な、なあ……彪光、あの人……」
「――新蔵、行って」
脇道へ新蔵は堂々と入っていった。
そうする事で彼女の目を向けて、小十太さんが一時的に安全になるからであろう。
囮、その役割として新蔵は彼女へ向かう。
軽くステップを踏み、右手を前に、左手は宙をふらふらと舞うような動きをして構える。
「お前、久しいな。あの時のやつか」
「どこかで会ったか?」
会っている、姿は違うけれど、彼女――彼? 本当の性別はどっちなのだろう、口調は男っぽく姿はよく女に化けているこの人、とりあえず彼女で統一する。
以前は新蔵に倒された、とはいえ怪我を負っていたから今回はどうなるのか解らない。
「あの女はいるかい? またお腹に穴を開けてやりたいぜえ」
「お前……あの時の?」
「どの時だったかなあ、一ヶ月くらい前、だったかもなあ」
興味が次第に新蔵へ寄り、小十太さんは一度地面へ下ろされた。
なんとか隙を見て彼を助け出したいがこの脇道、横幅は一メートルほどで広くはない。
両隣に建つ三階建てのビルは光を遮って薄暗い道を作り出しており、無闇に近づいたら地面に散らばっているゴミに躓いてしまうかもしれない。
空き缶が特に多く、心無い通行人がまるでここを燃えないゴミとして利用しているみたいな有様だ。
「お前にやられた傷も痛かったなあ、こいつに同じ事やってもいいかなあ」
尻餅をついてる小十太さんの襟を乱暴に彼女は引っ張った。
「やめなさい」
「おやあ? そこにいるのは、あらあら」
言下に唾を吐き捨てる。
加えて、中指を立てて、
「彪光お嬢様じゃないですかあ、会えて光栄だなあ」
明らかな敵意をぶつけてくる。
彪光は微塵も刺激されず、
「こんにちわ、今回は学校の若い女子生徒に化けたようね」
「リクエストがあればお前に化けて全裸で学校を走り回ってやるよ」
「やってみなさい、やれたらの話だけど。以前私に化けた時も私を連れ去る必要があったのだから化けるのは本人が必要なのでしょう? それも時間が結構かかる」
「頭の良い奴は嫌いだ、やってやる、お前に化けて全裸で走り回ってやる」
「やってみろクズが」
……まあ。
それを防ぐのは新蔵なんですけどね。
強気な発言をした彪光だけど、さりげなく新蔵の後ろに隠れての発言だ。
なんだかなー。
彼女の背中を見て僕の感想はそれ。
「調子乗ってんなあ……」
首の骨を鳴らし、彼女は一歩踏み出すと同時に新蔵も動いた。
左手で先ずは軽く先制、それを避けて同時に攻撃が飛んでくるのは既に予想済み――と新蔵は上体をそらすと、彼の頭部があった場所は回し蹴りが通過する。
僕なら頭が吹っ飛んでたかな。
それよりも少し下がろう、新蔵がいくら前に出てくれて僕らに安全を提供してくれてるとはいえ甘えてこの場に留まるのはよくない。
彼女は下段の蹴り、続いてワンツー。
新蔵は蹴りを後退でかわし、ワンツーは腕を出して防御。
攻撃に転じられていない――いける、そんな笑みを浮かべる彼女。
一瞬の油断を見逃さずに左手を掴む新蔵は逆時計へと腕を回して身動きをとらせぬようにするが、彼女は何をしたかというと――ビルの壁をまるでそこに重力があるかのように駆けて自身が逆時計回りして腕を振り解いた。
やっている事が人間離れしすぎてこれはゲームの世界なんじゃないかと錯覚してしまう。
着地と同時に上体を逸らして新蔵の回し蹴りをかわし、懐へ入って腹部に拳の連打を浴びせる。
後退する新蔵、これはやばいかもしれない。
彼女は新蔵が防御に回って攻撃してこないのを見て勝ちを確信したのか、大笑いしながら右手を大きく振った。
最後の一撃と言わんばかりの、攻撃だ。
「し、新蔵!」
「何?」
その時――
「は?」
彼女の表情は一変した。
新蔵は殴られていたにも関わらず、何事も無かったかのように彼女の頭を掴んだ。
一度、足が浮くくらいに持ち上がって彼女の攻撃は空を切り、新蔵はすぐに手を離す。
不安定な着地に彼女の足がよろめいた。
「あっ」
彼女が最後に見たのはきっと、新蔵の拳だったと思う。




