其ノ終
あの日を思い返すと、長い一日だったって感じ。
他にも色々と感想が思いつくけど思いつきすぎて一つにまとめられない。
あの日から数日後、僕はとある部屋を訪ねた。
扉の前に立ち、軽くノックをするとどうぞ――と声が聞こえたのでゆっくりと扉を開ける。
薄暗い室内は以前に来たのとまったく同じ状態で後ろ向きになった大きな椅子が反転されると虎善さんが座っていた。
それも以前とまったく同じ通りだ。
机に置かれていたリモコンを手にとって、遊ぶように回して転がして空いた手の指でボタンを押してカーテンがゆっくり開かれるまでの行動は彼女の身体に刻み込まれた動作の一つなのであろうか。
「何の用かしら?」
「ちょっと伺いたい事がありまして」
「ええどうぞ、何でも聞いて頂戴」
ご機嫌そうだ。
まあそれもそのはずである。
十四代目当主小鳥遊虎善、小鳥遊グループ次期代表取締役、この二つを彼女は頭の中に浮かべるだけで笑みが零れるだろうしね。
情報を集めたところ、最近は小鳥遊グループが過去に犯していた横領などの不正を行った人物らを全員グループから追い出したらしい。
虎善さんは彪光の言っていた小鳥遊家の膿を取り除いたのは間違いない。
「継承式当日、彪光は何者かに襲われて誘拐されました」
「……そうなの、それは物騒ね」
白々しいな、少しはその笑みを隠したりとかしないと言葉に説得力がまったく宿らないですよ。
「まあなんとか彪光は救われたわけですけどね。ちなみに犯人は大怪我を負って病院に運ばれたのですが、その夜に消えたそうです」
彪光や僕を襲うつもりかと不安になったけど、流石に大怪我を負っていると何も出来ないだろうから今は心配無い。
怪我が治ったらどうなるかは解らないけど、彪光を襲う理由はもう無いから心配しなくていいが僕は襲われるかも。
アンナから護身術でも今のうちに習っておくか。
それはいいとして。
「その犯人、彪光そっくりに変装できてですね。目的は継承式にクーデターを起こして彪光のせいにするつもりだったそうです」
「……それで? 何が言いたいのかしら?」
眉毛がぴくりと動いた。
あいつ、喋ったのか? とか頭の中で呟いたのかもね。
「本来は彪光がそのクーデターを起こした事にして、それをネタにして虎善さんは十四代目を引き継ごうとしたのかなって思いまして」
「ふふ、面白い事言うわね」
虎善さんは笑っているが、目はまったく笑っていない。
「自分を差し置いて彪光が十四代目になるなんて、彪光は祖父と共謀して自分を小鳥遊家から追い出すに違いない、そう思っていたんじゃないですか? だから貴方は彪光に冷たい態度を取ったりしていたんですよね。十二代目はどうも悪い行いをしていたようですしね、彪光も仲間だと貴方は思い込んだのでは?」
「……さあ、どうかしら」
少なくとも彪光が家を出た事によって虎善さんの思い込みは無くなった。
でも深くなりすぎた亀裂を埋めるのは難しいのかもしれない。
今まで散々彪光を突き放してきて、追い込まれた彪光は家を出る決意までしてしまったのだから。
虎善さんはどう思っているのやら。
「それとクーデターの件ですが、偽彪光はお偉方を殺すつもりだったらしいですよ」
「なんですって……?」
やっぱりね……と僕は心の中で呟いた。
虎善さんの驚愕に満ちた表情を説明するとしたらこうだ。
「貴方の指示したクーデターの内容はきっと十二代目を追い込む事と、彪光が十四代目を継げないようなちょっとした騒動を引き起こすだけ、そうですよね?」
虎善さんは椅子を反転させて背を向けた。
でも話は聞いてくれるだろう、だから僕は続けて口を開く。
「小鳥遊グループに対して株の空売りと見られる動きがあったんです、知ってました? 大体一週間くらい前だと思うのですが」
この情報は音々子さんに調べてもらったもので、渡してもらったUSBメモリに全て記されていた。
これに対しての返答は沈黙。
まあいい、続けよう。
「それも大金が動いていました。株価が下がる確信が無ければそんな大金を回して空売りはしないでしょう」
空売りは株価が上がって利益が得られるものとは違い、株価が下がる事で利益がえられるものだ。
もしも株価が下がらなければ空売りをした人物は逆に大きな損害を被る。
落ち気味の傾向、小鳥遊グループにそんなものは一切見られないのに空売りをしたのは何らかの情報を得ていたからだ。
「おそらくは空売りを仕掛けた人物が偽彪光にお偉方殺害の指示をしたと思われます。彪光は挨拶回りをしていたし、それでも継承式へ出なかった人物が怪しいですね」
虎善さんはまだ沈黙を保っていた。
彼女の口から何かが聞けるとは思っていないから別にいいけど。
「クーデターが起きなかったために大損害かと思いきや内部告発のおかげで株価が下がり大損は免れたようですけど」
「クーデターは……利用されていた、と?」
ようやくして彼女は反転して椅子を戻し、僕の目を見て口を開く彼女は先に僕の言うべき結論を見出していた。
「そのようですよ。まあでも当主になれた貴方には関係の無い事ですよね」
虎善さんは小さな溜息をついた。
利用していたつもりが利用されていた、その悔しさを少しでも抱いてくれればいい。
「別に今更色々と掘り返すつもりは無いですけど、一つだけ解って欲しいんです」
「……何を?」
「貴方は小鳥遊家を守っていたのでしょうけど、貴方を守っていたのは彪光ですよ」
きっともう解っているとは思う。
それでも今まで冷たく扱ってきてしまったために引き換えせず、振り向けずにいる。
だからこそ虎善さんはその気持ちを悟られないよう、もう一度椅子を反転させて背を向けたのだ。
「彪光は叔父の手下でも無い、それでも貴方は――」
「もう話は終わりよ、出て行って頂戴」
すると言葉を遮られて遠まわしに追い出された僕は、部屋を出て直ぐに溜息をついた。
素直じゃない、この姉妹は本当に。
姉妹だからこそ似ているところは似ているわけで、やっぱり姉妹だなあと頭の中で呟いた。
これから虎善さんは果たして彪光に歩み寄ってくれるだろうか。
誤解は解けた、でも自分から広げた溝を埋めるには時間が掛かりそうだ。
まあ、気長に待つとするさ。
それから僕は隠し部屋へと足を運んだ。
部屋に入るや、
「よし、来週にはそのサークルに攻撃仕掛けるわよ」
「準備しておきます」
何の話をしてるの? なんていう質問などしたくない言葉が飛び交っていた。
「新蔵も来週には来るでしょうし、手伝ってもらうとして戦力は問題無いわね」
君らの会話には問題あるがね。
「あら、来てたの?」
ようやく僕の存在に気づいた彪光。
挨拶は溜息で済ます。
「何の溜息よそれ」
眉間にしわを寄せて彼女は小さな潤いのある唇でそう言う。
「いや……物騒な会話してるなあって思って」
「裏サークル見つけたのよ、しかもかなりあくどいから来週潰すわ」
懐を弄る彼女だが、扇子は無く物足りなさそうにぎゅっと手を握る。
いつもならここで扇子を開くはずだろうけど、あの扇子は小鳥遊家であってこそのものらしい。
故に扇子を持つ事は金輪際無い。
彪光も寂しいだろうけど、凛とした扇子を開く姿を持つ彼女の姿をもう拝めないとなると僕も寂しいな。
「そろそろ帰りましょうか」
僕が来た時にはすでにやる事は終えていたようで、折角だからお茶でもとは思うものの後は音々子さんに任せて彼女は隠し部屋を出て行ってしまったので僕もついていく。
あれからの事を、僕は音々子さんに包み隠さず話していた。
音々子さんも知るべきであって、こうして前以上に彪光に協力してくれているのでギクシャクするかもと不安にはなったものの僕らのサークルは絆が深まったと言える結果にほっとしている。
「病院、寄りましょう?」
「ああ、行こう」
もうこうして皆で一緒にサークル活動する日なんて無いと思ってた。
でも彪光が小鳥遊家を出たために僕らはこうしてまた一緒に過ごしていられている。
彼女の事を思うと正直、複雑な気持ち。
嬉しいには嬉しい、けど嬉しいって思っちゃいけない。
途中、お見舞い用に果物をいくつか選んで購入した。
果物の詰め合わせって中々高いものだから、所持金を考えると安いものを見繕うしかなかった。
いつも多めにお金を持つのもどうかとは思うけど、いつも少なめにお金を持つのも考えものだね。
「ほら、バス来たわよ」
これからは彪光専用の車での移動も無いので、バスは彼女の生活に必要な移動手段となった。
最初は覚束無い動きだったが今や乗車券を取るのも手馴れている。
病院に到着して受付で僕らは面会の手続きを済ました。
今回の面会は新蔵の妹の今日子ちゃん、それとアンナだ。
「彪光お嬢様、連絡してくだされば出迎えたのですが」
受付を済ませて僕らは廊下を歩いていると急ぎ足でこちらへと向かってきた中年男性は彪光の前に来ると頭を下げてご挨拶。
「よしてください、私はもう小鳥遊の人間ではないのですから」
「小鳥遊は関係御座いません、これからも貴方への接し方に何一つ変わりはありませんよ」
たとえ小鳥遊の人間では無くとも彼女についていく人達は確かにいる、彪光の人徳ってやつかなこれは。
院長直々の案内の元、僕らはあの事件で刺傷し入院したアンナの病室へ。
「オオ、キテクれた嬉シイねー」
意外と元気そうで何より。
院長の話によるとまだしばらくの入院は必要らしい。
身体を起き上がれずにいるところから、元気そうではあるものの元気では無いのが感じられるな。
「無理しないで」
アンナはまだ彪光が小鳥遊を出た事を知らされていない。
きっとここで話すつもりだろうから、僕はそっと部屋を出て二人にしておいた。
話は長くなるだろう。
その間、僕は今日子ちゃんのいる病室へと足を運ぶ。
手術は無事に成功、その知らせを受けたのは今日の昼だ。
「……あれ?」
記憶としてはまだ新しいために僕が病室を間違える事は無い、病室の番号もしっかりと覚えてるしね。
でも犬飼と表示されているはずのプレートは服部になっていた。
そういえば彪光は以前、親権と養育権がどうとか言っていたな。
ということはその問題も解決したと窺える。
病室の扉を叩くと中からは新蔵の声が聞こえてきたので僕は扉を開けると、椅子に座る新蔵とベッドには今日子ちゃん。
彼女は眠っているようなのでそっと扉を閉める。
手術を終えてまだそれほど時間は経過していない、あとは彼女が目を覚まして激励するのを待つだけ。
僕は新蔵に果物を渡して空いた椅子に座る。
「あいつには感謝し尽くせないな」
「今にきっと見返りを求められるから気をつけてね」
「構わないさ、何でもしてやるよ」
その笑顔、見ていてこっちも思わず笑顔になってしまうくらいに良い笑顔だ。
「退院はいつ?」
「来月には退院できるそうだ。体力の回復と、念のために病院でしばらく様子を見るのも兼ねて少し長めの入院だとさ」
それほど警戒せねばならないほどの大病であったと把握できる。
「俺も来週には学校に行くぜ、あまり休みすぎるのも授業についていけなくて困るしな」
「うん、待ってるよ」
それから僕らは学校では何があったとか、多くの事を話した。
君やアンナがいないから桐生さんは退屈そうにしてるとか、授業中は僕によく悪戯してくるとか、そういう話。
一時間ほど話したあたりで日が暮れ始めたのを知り、そこで新蔵とはお別れ。
彪光もアンナと話を終えたようで僕らは廊下でばったり出くわしてそのまま一緒に帰宅した。
彪光の帰路はもうあの高くて長い塀に沿って歩く場所へは向かわない。
これからはいつもよりも一緒に帰る時間が長くなり、沈黙を漂わせながらの帰宅で退屈だったけど、彪光と会話をしながらく帰宅できるとなると楽しい帰宅だ。
「そういえば貴方にこっくりさんのお願いはしたけど、貴方からのお願いは何か無いの? こっくりさんってそういうものなんでしょう?」
自分でも忘れていた。
お願いして願いを叶えてもらったら、こちらからも何かお願いをする事がこっくりさんの所謂取引みたいなもの。
「お願い、ね……」
しかしながら特にお願いというお願いも無い。
普段、どう使っているかというと新しくお願いしてきた人がいた時に手伝ってもらう形でこちらから他の人にお願いをしているだけだが、今は活動していない。
暫くそのつもりだし、別に僕だけがこっくりさんじゃないからね。
「どうしようかな?」
「決めてなかったの?」
「うん、全然」
結局こちらからお願いせずに未だにお願い待ちの状態である人もいるしね。
見返りを求めているわけでも無く、ただ単に人を助けたいだけ。
僕らはそういう風にやってきた。
「じゃあ今から考える」
「何でもいいわよ」
でもすぐに思いつかず、そのまま僕のアパートまでついてしまった。
彪光も隣にいる、それはあれから彼女は一人暮らしを始めてここに住んでいるからだ。
お隣さんは去年に引っ越してずっと空き部屋だったし、そこを彼女に紹介したらすぐに住むとの事で現在に至る。
表札は小鳥遊ではなく梔子だ。
金銭面については院長のように彼女を慕う人達がいるためにしばらくは援助してもらえるらしい。
卒業後は是非うちに就職を、そういうアピールも含まれているようで。
僕も彼女の助けになればなと、夕食はよく僕が食材を購入して作ったり、作ってもらったりでなるべく彼女の食費を浮かせられれば、というのを口実に彼女の手料理ってやつを食べたかったりなんていう気持ちがあったりもするが、僕なりの援助である。
それに彪光の手料理、かなり美味しい。
「よく自分で作ってたのよ、料理できない女の子って需要ないでしょ?」
「なくはないけど、まあ料理できると好印象だね」
今夜は彪光の部屋で夕食。
まだ荷物も少なく冷蔵庫やベッド。それに丸型テーブルとテレビくらいしか無く座布団すら無いので座り心地はあまりよろしくない。
なら僕の部屋で、という選択肢は些か散らかった室内を見渡せば流石に女性を一人招き入れるのは失礼すぎるとの結論に至ったわけだ。
今日の夕食はオムライスで、彪光曰く得意料理らしい。
どうして僕のオムライスにはケチャップでバカと書いてあるのかは知らないけど食べてみると確かに得意料理なんだと言える美味しさ。
卵の焼いた香ばしさも濃すぎず甘すぎずのライスが良い具合に口の中に入れるとすぐさまに美味しいと言わせてしまう味を生み出している。
「あ、そうだ。お願いの件なんだけどさ」
「決まったの?」
今後、平和な学園生活を送るべく、
「まあ、僕らのサークルを今後正義の味方として活動を――」
「却下」
予想外な返答に僕は思わず握っていたスプーンを落としそうになる。
「な、何でもいいって言ったじゃん……」
「私がいいと言うものなら、と付け加えておくわ」
困ったもんだ。
そのうち考えておくか。
むしろ彪光へのお願いなんて何も考えてない。
だって、僕のお願いはもう叶ったからね。
君とこうして一緒に過ごしたい、それはもう現在進行形で迎えているわけでこれ以上彼女に何を求めればいいのか、まったく思いつかない。
だからサークルを持ちかけたけど見事に玉砕。
まあいいさ。
僕らの未来に正義は無いけど、明るい未来ならあるからね。
なあ、彪光……そうだろう?
今まで僕らの未来に正義は無いを読んでいただき誠にありがとうございました。これにて僕らの(略)は連載終了となります。
九月に初めてからお付き合いしてくれた読者様には感謝しつくせません。尚、この作品についての続編は現在考えておりません故ご了承ください。次はまた別の作品を更新していくのでよろしければそちらにも目を通していただければ感激で御座います。
ではでは、改めまして。
今まで読んでいただき誠にありがとう御座いました。