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僕らの未来に正義は無い  作者: 智恵理侘
第一部『継承編』:第四章
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25/90

四ノ漆

 待合室と言われて案内されたその部屋は和室で中央に大きなテーブルが一つ。

 それを挟むようにテーブルより大きなソファが二つ。

 そのソファに座ると座り心地は最高と単純な表現でしか例えられないくらいで、ふかふかベッドなんて必要ないんじゃないかと思ってしまう。

 掛け布団があれば僕はここで眠っていられるかも。

 そして悲しい事に、待合室は僕の住むアパートの部屋より広い。

 よろしければここに冷蔵庫とベットなどを持ち込んで僕の部屋にしたいね。

 まあそんなくだらない思考はいいとして、だ。

 待つ事数十分、何気に長い時間待っている僕。

 彪光の家に初めて上がりこんでいていて緊張がやや纏わりついているのと部屋が広すぎるのもあってか、一人でいるのがとても寂しい。

 壁側にはなんて書いているか解らない掛け軸や鎧が置かれているが、その鎧がちょっと怖い。

 別に中身は空っぽでただ小さな椅子に座り込んでいるだけなのに、威圧感さえ感じてしまう。

 そんな余計な感情すら膨張させてしまうくらいの寂しさなのである。

 外は日が暮れて小腹も空いてきた。

 はやく彪光、来てくれよと鎧の前で溜息。

「ちょっと」

 沈黙漂う空間へようやく声が漂った。

 小さな声は僕の鼓膜へ何とか漂ってたどり着いたが、声の主である彪光はどこから喋っているかが把握できない。

 まさか鎧の中から? いやそんな馬鹿と思いつつ兜の中を窺ってみるが当然何もないわけでちょっとした恥じらい獲得。

 室内へと視線を向けて右へ左へと流して、僕が入ってきた扉が目に留まった。

 僅かに隙間が空いている、その隙間からは片目が覗いていた。

「どうしたの?」

「いえ……その……」

 ゆっくりと彼女は扉を開ける。

 そこに現れたのは着物姿の彪光。

 黒一色に金の鳥が舞うような模様づけが施されており、帯も金。

 お値段がいくらくらいするのか聞いてみたいが聞いたところで衝撃を受けて悲しみすら抱きそうなので止めておこう。

「似合ってるよ、綺麗だね。どう? お茶しない?」

「……馬鹿!」

 殴られた。

 ナイスボディパンチと賞賛しておく。

「行きましょう」

 無視された。

 というか制服のままだけど僕は大丈夫かな。

 黒っぽい色をしてるからある程度は黒が目立つであろう場の色に溶け込めそうだけど、こういうのって正装が一番なんじゃないかと思うんだが、彪光は何も言わないし周りも気にしていないようだからいいか。

 部屋を出て彪光と肩を並べて先行する護衛についていく、しかし長い廊下だ。

 外には松やら色々な木々が生えていて池には鯉が跳ねていた。

 白い砂には綺麗な模様が描かれているけど、これ……なんていうんだったかな。

 カッコン、そんな音が聞こえる先にはししおどし。

 豪華和風セットが置かれたような、そんな庭だね。

 壁に一定距離でついている照明も豪華な金の塊ばかりだし何から何まで僕の住む世界とは違う。

 だから……落ち着かない。

 こんな癒し溢れる庭があってもね。

 それに、だ。

 僕の隣に彪光や目の前には戸上さんはいいとして、もう一人の護衛、そして後ろには更に護衛が二人で彪光の隣にも一人。

 合計五人が僕らを囲んでいて威圧感だけで先ほどから感じる空腹感が消え失せてしまう。

 ようやくたどり着いた先には虎の模様が描かれた襖。

 それが開かれた時、冷や汗が額を通り頬を伝う。

 奥行のあるその広間、いいや大広間。

 左右にはお偉方と思われる人達がずらりと座っており、数えるには少々時間を有するだろう。

 それぞれに豪華な料理が提供されているが誰も手をつけてはいない、要するに彪光待ちの状況。

 彼ら一人一人に護衛もついているため、その場の空気は緊張感が漂っているのを肌で感じた。

 そんな中、大広間の中央を堂々と歩いていく彪光。

 護衛は遠回りしてお偉方の後ろを通るように歩いているが、僕はどうすればいいのか正直解らない。

 すると彪光は立ち止まって僕へ手招き。

 いいのかな? いいんだと思うけど、存在的によろしくなさそうな僕。

 周りの視線も彪光と僕に集中している、小鳥遊家の次期当主である彪光と一般人の僕にだ。

 それでも彪光は僕が来るまで歩くつもりは無いらしいので、仕方が無いなと頭の中で呟きながらも僕は彪光のところまで歩いていく。

 彪光と肩を並べると彼女はようやく快活な足取りで歩行を再開。

 僕もついていくが心臓の鼓動がどうしようもなく激しく脈動して止められない、歩くだけなのにすごく緊張する。

 この場の人物達には誰一人として視線を合わせるのすら恐れ多い気がしてならない、視線は下に落としておこう。

 虎善さんもこの中にいるのかな……まあ、いるはず無いか。

 険悪な仲と周囲には強調しておいたはず、それを理由に継承式を欠席してクーデターは高みの見物をするつもりだろうしね。

 そのクーデターも起きないわけなのだけど。

 大広間の奥には誰も座っていない座布団が二つ。

「隣に座って」

 小声で言う彪光の言葉に、それは彼女と僕のために用意されたものだと察した。

 座布団の隣に立つが彪光はすぐに座る気配を見せず、彼女は懐から扇子を取り出すとお偉方は一斉に立ち上がった。

 その扇子は新しい物に替えられており、虎と鳥の絵が描かれていた。

 既に継承式は始まっているらしく正装した男性が一人近くにやってきて、

「これより十三代目小鳥遊家当主の継承式を始めます」

 と頭を下げるとお偉方も一斉に彪光へ向かって頭を下げた。

 ここからだと嫌でも彼らが目に入る。

 何十人ものお偉方が頭を下げている大広間の全景は足腰が竦んでしまいそうになってしまう。

 チラッと見えたがテレビで見た事のある人物や芸能人やらもいる。

 彪光が座ると彼らも座り始め、僕も遅れながらにあたふたと着席。

 そんな僕を見て彼女は小声で呟いた。

「貴方が緊張してどうするの」

 と言われましても。

 大広間の中央を歩いてくる袴姿の男性は両手で何か長い物を持っていた。

 近づいてくるとそれはようやく形を把握できて僕は知る。

 黒い柄、黒い鞘、それだけの情報から解るとおり刀だ。

 それを彪光の前へ置き、床に手をついて頭を下げて出て行った。

 次に違う袴姿の男性がマイクを持ってきてその刀の前に置いて先ほどの男性と同じ動作の繰り返し。

 彪光がマイクの前に立つのかと思いきや、老人……多分、彪光の祖父であろう人物がマイクの前に立つ。

 ちらりと横目で壁に掛けられていた式典目次の紙を見る。

 開会の言葉は先ほど終えたので、元十二代目当主の言葉という項目が現在進行形で行われているようだ。

 祖父はそこで小鳥遊家の歴史やら何やら、彪光の出生やらここまで育つ人生やらを語り小鳥遊を背負う覚悟などを述べていたがなんていうか、うん、すごかった。

 彪光ってすごい奴になるんだなあとか、話が長すぎて自分でそう結論を出す。

「代々小鳥遊家は虎の字が世継ぎと言われているが、この代は彪の字が継ぐ。しかし字は違えど虎の字は確かに残っている」

 その説明に、彪光の名前を思い出してああなるほど……なんて思う。

 虎善さんもそういえば虎という字がついてるし、司会進行役は彪光の叔父を虎正とか言っていた。

 名前にもこだわりがあり、歴史も深いのが窺える。

「元十三代目当主であった亡き息子影虎、その娘が街を、そして近い将来には政界を支えるであろう。その時は力を貸してもらいたい。それでは十四代目当主、彪光に」

 手に持っていた盃を目の位置まで掲げるとお偉方も一斉に盃を手にして掲げた。

 僕も目の前に置かれている豪華な食事に添えられるように置いてあった盃を手にしたほうがいいのだろうか。

 いや、でも未成年がお酒を飲むのは非常にまずいし、飲んだとしても非常に不味いに違いない。

 ただ周りがこうして盃を掲げているので、一応飲むふりとして形だけでも真似ておくべきか。

「……やらなくていいわ」

「そ、そうなの?」

 盃に伸ばした僕の手を彪光は止めた。

 彪光も盃には手をつけておらず、いいのかな? と僕は首を傾げる。

 いいはずはない、よくよく考えればそうだ。

 継承を祝うべくの盃、それなのに本人が盃に口をつけないなんてありえない。

 誰もがその異変に気づき、彪光へ視線を向ける。

 次は彪光の挨拶らしく、彼女は結局盃に手をつけぬままマイクの前へ。

 先ずは一礼をし、頭を上げると肩が少しだけ上下した。

 小さく深呼吸したのだろう。

 流石の彪光も緊張しているのが窺える。

「本日は集まっていただきありがとう御座います」

 その静寂、彪光は味わうかのように次の言葉は留まらせていた。

 視線もやや下に落としているが、その視線が上へ向くと同時に口を開く。

「皆様には言わなければならない事があります」

 ざわめき出す周囲、継承の上で何か重大な発表でもあるのかという疑問を僕含めたこの場にいる皆がそう抱いて彪光を見る。

「私、小鳥遊彪光は……小鳥遊家を出る事を決めました」

 その言葉、思わず口をぽっかりと開けて僕の頭の中にはクエスチョンマークがびっしりと並んでいた。

 お偉方も全員が僕と同じ顔をしていて中々ここからだと見ごたえがあって面白いね。

 ……ってそういう場合じゃない。

 本当に、面白がってる場合でも無く口をぽっかりと開け続けている場合でも無い。

 ざわめき出す中、先に動いたのは彪光の祖父。

「あ、彪光……な、なんと……?」

「おじい様、この家を出ると言ったのです」

 それは清々しいほどにすっぱりと、そしてはきはきとした口調。

「そんな事が許されると思っているのか……?」

「おじい様も、遺言書をすり替えたり小鳥遊グループの不正の隠蔽などが許されると思いまして?」

「な、何を……!」

 誰もがざわめきを抑えて耳を傾けた。

 二人が話している事、それは我々がざわめきで少しでも妨げを生じてはならないと全員が無意識に判断していたのだ。

「姉さんは昔から小鳥遊グループの業務には将来のため、と携わる事がありましたしね。そこで知った……というよりも姉さんは信頼している人達と共に突き止めたのでしょう。でも犯人が解らなかった」

 彪光は扇子を開いて続けて言う。

「だから当主となって正式に小鳥遊グループを継ぎ、総動員して不正を行っている者達を排除しようと考えていた。そんな中、余命宣告をされていたお父様は遺言書の作成も終えようとしていた最後、おじい様は完成した遺言書を盗み出して姉さんが当主になる事だけは避けるために偽の遺言書とすり替えた、そうですよね?」

「何を根拠に言っておる! 証拠もないであろう!」

「ええ、根拠も証拠もございません。ただ……後は姉さんが必ず小鳥遊家の膿を取り除くでしょうね。強いて言えば、根拠こそ姉さんで証拠こそ姉さん、ですよ」

 そして彪光は扇子を床へ置き、僕を見てこう言った。

「行きましょう」

 笑顔、ああ……笑顔だった。

 この状況で、彼女は笑顔を見せていた。

 彼女の差し伸べるその手、掴んで立ち上がり、行方は彪光に任せる。

「彪光! 待て!」

 怒声、しかし彪光の足は止まらない。

「考え直せ! 小鳥遊を出てどうするというのだ! 今まで小鳥遊に頼り育てられてきたお前がどう生きる!」

 その言葉に彪光は足を止めて振り向かずに言う。

「生きてみせます、これからは母の性だった梔子(くちなし)を継いで……」

 継承式はそのような終わり方をし、大広間から出てくるお偉方は戸上さんが止めに入ってくれたおかげで彪光を追いかける人はいなかった。

 急ぎ足で歩く彪光、そんな彼女の背中を見つめて言葉が溢れるように思いつくが僕は彪光にしばらく何も言えずにただただついていく。

 一先ず、ああ、一先ず状況が落ち着いたら話をしたい。

 彪光は家を出る準備をしていたらしく、生活のために必要なものを詰め込んだ鞄が正門の傍に置いてあった。

 着替えを終えた彪光の私服姿、何気に初めて見るがやはり何を着ていても栄えがある。

 鞄を回収して僕らは小鳥遊家を出る事数歩目。

「いつから……決めてたの? 家を出ることを、さ」

 僕は頭の中を占領していた質問をぶつけてみる。

「一時間くらい前、かしら」

「え……? 一時間前?」

「一時間、くらいよ」

 いや、ぴったり一時間だとか五十九分だとか一時間一分だとかそういう正確さは置いといてだ。

「これ、見る?」

 すると彪光は一通の手紙を取り出した。

 それはしわくちゃになってて、所々朱色が点々としており何だか妙なものを纏っているような、そんな雰囲気を醸し出していた。

「着物の中に入ってたの。父さんの遺書」

「遺書……? って事は……」

「私も知らなかったわ。父さん……病死だと思ってたけど、自殺だった」

 手紙を渡されたので読んでみると、そこには小鳥遊家に対する疑念が綴られており小鳥遊家の黒い部分に対してもそれを知らずにいた自分と、数々の人々が影で不幸に見舞われていた事に責任を感じていたという後悔で最後は文字が震えていた。

「父さんは……家族を信じられなくなってたのね。その遺書は父さんを最初に見つけた人が多分、着物に忍ばせたと思うけどいつ誰がそうしたかは解らないわ」

 でもその結果、継承式を控えた彪光の目に留まったわけだ。

「前々からおじい様の行動も不自然な事が多かったし、私……きっと自分で見てみぬ振りしてた。当主という地位に目が眩んでたのよ」

「違うよ」

「違わないわ」

「違う、絶対違うね。君は優しいから」

「……馬鹿」

 唐突に彪光は顔を伏せた。

 涙がぽろぽろと地面へ向かって落ちていく。

 ちょっと僕に見えないよう伏せつつさらに顔を逸らしているところが彼女の強がりであって、こういう時くらい強がらないでいいのになあとか思ったり。

 車の中だと素直だったのにさ。

 彪光は涙を拭って空を見上げた。

「すう……はあ、ふう……」

 深呼吸して最後は小さめの溜息一つ。

 気持ちの切り替えでもしたのかな。

「姉さんは多分、当主が私に選ばれたのは私がおじい様と繋がってると思ったのかもしれないわ。もちろんおじい様も私達の仲を裂くためにそれを狙ったのでしょうけど」

 彪光は何一つとして悪い事はしていない。

 それなのにこれほどまでに大きな渦に巻き込まれて、その結果家を出るにまで至るなんて僕には悲劇すら軽い言葉に感じた。

「でももう後は姉さんが全て終わらせてくれる、私は小鳥遊家とはもう関係無いしこれからは一人で生きていかないといけないわね」

「一人じゃないよ、僕がいるじゃないか」

 途端に顔が真っ赤になる彪光は懐に手を突っ込むが、生憎ながら彼女の顔をいつも隠してくれた扇子はもう無い。

 それに気づいて彼女は慌てて顔を背ける。

「……ありがと」

 小さな声。

 まったく、可愛い奴。

「さて、これからどうしようかな」

 時刻は既に夜の七時。

 すると、隣から腹の虫が聞こえてきた。

「……とりあえず美味しいラーメン屋でも探そうか?」

「……そうして」

 せめて顔をこっちに向けて欲しいなあ。

 ま、そんな後姿も可愛いから僕は満足なわけなんだけど。




 好きなラーメンの味は? てかラーメン食べた事ある?


 あるわよ、数える程度だけど。


 数える程度、ね……。


 こってりの、ほら、あれ、豚……ええっと、豚骨、そう! 豚骨味!


 太るよ?


 殴るわよ?


 ……ごめんなさい。




次で最終話になります。

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