孤独
前期の授業はもうこのまま全ての講義が遠隔授業になるのかと思うほどに新型ウイルスは世界規模で大流行しており、日本国内の感染者数も止まることを知らず増加の一途を辿る一方だった。憂鬱な気分に追い打ちをかけるかの如く今年も梅雨はやってきた。湿気に満ちた空気が肌にまとわりついて鬱陶しく不快であった。梅雨が来た今は遠隔授業で良かったとそう思う。雨に打たれた肌が痒くて痒くてたまらないなんて思いを遠隔授業の今だけはしなくて済む。不安と孤独感はいまだ消えてはくれないけれど、最初の頃より遠隔授業で感じる不安は時間とともに薄れていった。
この授業形態に慣れてきた頃、学校のアプリの掲示板やホームページに対面授業の再開の目処が立った旨の連絡があった。対面授業は一部の講義のみとのことであったが、漸くこの生活にも慣れてきたというのにと残念に思う気持ちと、通学の間の電車や学校で新型ウイルスに感染するのではないかという不安感と遠隔授業と対面授業の両方をこなせるのかという不安でいっぱいいっぱいだった。
対面形式での授業の再開は7月からとのことで、梅雨入りして10日程経ってしまった6月の下旬になってしまっている今、心の準備をしている暇もなく、通学用定期券の購入と通学用の鞄を用意している間にその日はやってきた。
3年間過ごした高校と同じ敷地内にある系列の大学といっても施設名なんて分かるわけもなく学内マップを開き、今日の講義室の位置を確認した。とはいっても高校入学時は進学先なんて明確に決まっていたわけでもなく、系列校への進学だと施設費用等が安くなることや受験する際の費用が掛からないといった経済面の負担から系列校を選んだのは友達にも内緒だ。
高校でできた友達は全員夢をもっていてそれに向かって3年間、勉学に励み志望校に進学した。高校ではほとんど関わりのなかった中学生時代の習い事での友達が同じ大学だと気づいたのは5月の初めにあった必要な資料の配布のためのオリエンテーションに向かう電車の中でたまたま見かけたときだった。そのたまたまがなければきっと私は気づけていなかったのかもしれないと思う。
大学生活に淡い期待を抱きながら通いなれた門をくぐる。高校一番に近い施設が私が所属する学部がメインで利用する施設であった。これから増えていくだろう対面授業において、講義によっては結構な距離を移動することになる事に日頃運動をしない私は不安を感じた。
大学生はもっと自由なものだと思っていた。というのが対面授業の初日の感想だった。教室の出入り口に貼られた学籍番号順になっている座席表の写真を撮り、講義資料を取って指定された座席に着くと除菌シートで机を拭く。友人と会っても会話なんてなく、講義が終われば足早に駅に向かう。そんな日が続き、いつの間にか前期の講義の試験も終わり夏休みとなっていた。
大学生になったらきっと楽しい学生生活が待っているなんて夢物語で、実際は大流行の新型ウイルスによって友達作りの機会も失い、出会いもろくになかった。入学式がなく始まった私の大学生活はどこか寂しいもので、その寂しさを埋めるためなのか、見て見ぬふりをしていた私の夢が膨らんでいった。
大学生活はどうかと聞かれると、思っていたものとは程遠いけれどどうにか前期は終わったといった感じだったと答える他ない。




