9話 異世界ピーリング
「AIZAWA skin beauty」の容器とデザインの打ち合わせを終えた翌日。
雄介は宿屋の自室で、ミーナの肌の状態を改めて観察していた。窓から差し込む朝の光を受けながら、雄介は視診と触診を念入りに行う。
「……肌の状態は、最初と比べてかなり良くなったな。乾燥による突っ張りも消えているし、水分保持量もしっかり上がっている」
「本当ですか!?」
ミーナはぱっと表情を明るくさせたが、すぐに少し困ったような顔で小鼻の横を指先でさすった。
「でも……まだ、小鼻のあたりがざらざらしたり、詰まったりして小さな膿ができちゃうんです。で、たまに赤みが出たりして……」
「どれ、見せてごらん」
雄介が顔を近づけて注視すると、確かに小鼻から頬にかけて角栓による毛穴の詰まりが見られ、一部が軽度の comedo(面皰)となって炎症を起こしかけていた。
「ああ。これは古い角質が残っていて、毛穴が詰まってしまってニキビができてるんだ。そのざらざらした凹凸は、光の反射を不均一にするから、肌全体のくすみとしても残ってしまうんだよ」
「角質……くすみ……? なんか、難しいですね……。どうすればいいんですか? 朝晩の洗顔じゃだめなんですか?」
「洗顔は表面の余分な皮脂や汚れを落とすものだ。だが、ターンオーバー……つまり肌の新陳代謝が滞って、こびりついてしまった不要な角質までは落としきれないことがある。……よし、『ピーリング』を試してみるか?」
「ぴーりんぐ……ですか?」
聞き慣れない単語に、ミーナは首をかしげた。
「ああ。酸性の薬液を使って、表面の不要で古い角質を穏やかに溶かして取り除く治療法だ。そうすることで肌の新陳代謝が活性化して、毛穴の詰まりも解消される。肌の生まれ変わりを促すんだよ」
「酸で……角質を溶かす……!? それって、なんだか怖くないですか?」
「もちろん、肌を傷つけない適切な濃度と成分調整が必要だ。ちゃんと安全な配合で行えば、剥きたてのゆで卵みたいにツルツルの素肌になるぞ」
「剥きたてのゆで卵……! とっても気になります!」
ミーナの瞳が一気に輝いた。
「そうだな……。ちょうど良い酸性と鎮静成分の素材がないか、またあの錬金薬局に行ってみるとしよう」
二人が再び足を踏み入れたのは、商業都市グランザの錬金薬局だった。 カウンターの奥から現れた老薬師は、雄介たちの顔を見るなり「また来たのかね、おかしな注文をするお医者様」と眼鏡の奥の目を細めた。
「今日はどんな奇妙な素材を探しにきたんだ?」
「強い酸性を持つ果実で、肌の角質細胞を緩めるのに適したものはないか? それから、酸を和らげる粘性のある植物と、皮膚の炎症を抑える消炎効果のある樹皮が欲しい」
薬師は呆れ顔で頭を振ったが、雄介の真剣な眼差しに押され、奥の棚からいくつかの素材を運んできた。
「強い酸なら『酸蝕橘』だな。かじれば口の中が痺れるほどの酸味がある。粘り気なら『霧氷草』の葉液、消炎なら『白銀樹の白皮』だ」
雄介は提示された素材を手に取り、成分を慎重に見極めた。
(酸蝕橘……現代でいうAHA、グリコール酸や乳酸に相当する有機酸が豊富に含まれているな。だが野生種ゆえに酸が強すぎる。精製と希釈、そして緩衝剤の調合が必須だ)
雄介は薬局の調合台を借りると、さっそく「ピーリングローション」の試作に取りかかった。
【Step 1:酸の抽出と濾過】
まず、黄色く熟した「酸蝕橘」の果肉を木鉢ですり潰し、布で固く絞って新鮮な果汁を採取する。 「不純物や微細な繊維が残っていると、肌への局所的な刺激になる」 雄介は、目の非常に細かい『精霊の白布』と呼ばれる濾過布を使い、果汁を丁寧に2度濾過した。透明感のある鮮やかな黄色の酸性液が抽出される。
【Step 2:粘性と緩衝性の調整】
次に、別の陶器鉢に「霧氷草の葉液」を入れ、微弱な生活魔法の熱で弱火で温めていく。水分が飛び、トロンとした透明なとろみが引き出されたのを確認すると、雄介はフラスコをとった。 「ここが一番重要だ。酸が強すぎると化学火傷を起こす。果汁1に対して、粘液3の割合で少しずつ混ぜていくぞ」 ピペットのようにガラス管を使い、滴下しながら慎重に撹拌する。粘液が酸を包み込み、肌へ穏やかに作用するよう緩衝性を高めていく。
【Step 3:鎮静成分の融和と安定】
最後に、乾燥させて細かく砕いた「白銀樹の白皮」の粉末を少量加えた。白銀樹に含まれる消炎成分が、酸による一時的な赤みや刺激を最小限に抑えてくれるのだ。 ガラス棒で一定の速度で混ぜ合わせると、薬液全体が乳白色のなめらかなローション状へと変化した。 最後にミーナに手伝ってもらい、微量の魔力を注ぎ込んで成分同士を融合・安定させると、冷暗所の保管箱へと収めた。
「これで半日寝かせれば、安全で効果的なAHAピーリングローションの完成だ」
雄介が額の汗を拭うと、脇で見守っていたミーナが感嘆の溜息をついた。
「すごい……なんだか魔法のポーションを作ってるみたいでした……!」
「魔法じゃない、科学と皮膚科学の応用だよ。……よし、明日はいよいよ君の肌で、このピーリングの成果を試してみよう」
「はいっ! 楽しみです、先生!」
新しい施術の道具を手に入れた雄介は、異世界での「美容皮膚科」の領域を着実に広げつつあった。
今回はやや短めです。異世界×医療だとやはり花形は外科系になってしまうのですが、こういう細かい治療にフォーカスが当たるように書いております。ピーリングとはなんぞや・・・?と思った方はぜひ調べてみてくださいね、ファンタジーなので実際の成分とは関係ない部分もあります・・・!
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