8話 異世界美容ブランド、始めます
翌朝。朝食のために宿の一階に下りた雄介は、カウンターで帳簿をつけていた宿の女将に声をかけた。
「女将さん、少し聞きたいんだが……この街で、ガラス瓶や陶器の容器を作れる腕のいい職人はいないか?」
女将はパチクリと目を瞬かせると、奥の調理場に向かって大声で叫んだ。
「ミーナ! 雄介先生がお呼びよー!」
「はーい!」
バタバタと元気な足音が響き、奥から出てきたのは昨日の少女だった。手に布巾を持った彼女は、雄介の顔を見るなり「先生、おはようございます!」とパッと表情を華やがせた。
「容器や小物のことなら、うちの娘のミーナが一番詳しいわよ。街の雑貨屋や職人街をしょっちゅうブラブラしてるからね」
「娘……? 君、この宿の娘だったんだな」
雄介が意外そうに眉を上げると、ミーナはエプロンの端を少し引っ張りながら、照れくさそうに笑った。
「はい、実はそうなんです。看板娘兼、雑用係です! ……それより先生、容器を探してらっしゃるんですか?」
「ああ。昨日試してもらったスキンケア用品だが……中身の効果は良くても、あの不格好な薬瓶のままじゃ商品として成り立たないと思ってな。何か良い容器の当てはないかと思って尋ねたんだが」
すると、ミーナは「待ってました」と言わんばかりに身を乗り出してきた。
「先生! 私もまさにそのことをお話ししたかったんです!」
「……ん?」
ミーナはきゅっと唇を結び、真剣な眼差しで雄介を見つめた。
「先生の作ったお薬……あうん、スキンケアでしたっけ? 効果はめちゃくちゃあります! 私の頬もこんなにもちもちになりましたし!……でも、正直言って可愛くないですよね」
「可愛くない……?」
「はい。だったら……もっと可愛くした方がいいと思います!」
「先生」
「ん?」
「これ……もう少し、どうにかなりませんか?」
ミーナは腰のポーチから、昨日雄介から受け取った試薬瓶を取り出して机に並べた。
「何がだ?」
「瓶です」
「……瓶?」
「はい。せっかく中身が素晴らしいのに、これじゃただの怪しい薬です。使うたびにテンションが上がるどころか『お薬を塗らなきゃ』って気分になっちゃいます」
雄介は思わず絶句した。 患者の「使い心地」や「医療的な安全性」ばかりを考えていた雄介にとって、ユーザー目線からのその指摘は目から鱗だった。
ミーナの勢いは止まらない。瓶を手に取り、指先でコンコンと叩きながら矢継ぎ早に意見を口にする。
「まず、この瓶、重いです。毎日のことだから、もっと軽くて手に馴染む形状がいいです。それに、この木栓の蓋……固すぎます! 手に乳液がついた状態だと滑って開けられません!」
「確かに……油分がついた手で固い蓋を開けるのはストレスだな」
「でしょう!? それから香りはもう少し控えめがいいです。月光草の露の香りは少し薬っぽさが強いので、ハーブみたいなほのかな甘い香りに包まれたいです!」
雄介は素早くポケットからメモ帳を取り出し、ミーナの指摘を書き留め始めた。
さらにミーナは目を輝かせ、夢を見るように両手を胸の前で組んだ。
「朝、起きて化粧台に向かったとき……そこに並んでるだけで嬉しくなるような、綺麗なガラス細工みたいな瓶がいいです! お部屋のインテリアとしても飾っておきたくなるような……。それに、女の人が街に持ち歩くなら、もう少し小さいサイズのポーション瓶みたいな形があったら絶対に売れます!」
重さ、開閉のしやすさ、香りの質、化粧台での見映え、そして持ち運び(ポータブル)の需要――。
ミーナから次々と飛び出す言葉は、現代日本のコスメ業界でも最重要視される「ユーザーエクスペリエンス(顧客体験)」そのものだった。
雄介はメモを取る手を止め、じっとミーナの顔を見つめた。
「……先生?」
急に黙り込んだ雄介に、ミーナは不安そうに首をかしげた。言い過ぎて怒らせてしまったかと、少し肩をすくめる。
だが、雄介の口から出たのは感嘆の吐息だった。
「ミーナ……君、すごいな。センスがある」
「……え?」
「俺は効果のことばかり考えていて、使う側の気持ちやデザインへの配慮が完全に抜け落ちていた。君の意見はどれも完璧だ。素晴らしい視点だよ」
「……ほ、本当ですか……?」
ミーナの頬が、ぽっと朱に染まった。 単なる宿屋の娘の戯れ言として切り捨てられるかと思いきや、大人の雰囲気を纏う優秀な医師から、まっすぐな瞳で絶賛されたのだ。
「ああ、本当だ。君の言う通り『手に取りたくなる可愛さ』がなければ、どんなに良いものでも普及しない。……よし決めた。ミーナ、容器職人のところへ案内してくれないか? 君のその感性を、新しい容器作りに貸してほしい」
「はいっ……! 喜んでお供します、先生!」
胸の奥が熱くなるのを感じながら、ミーナは心からの満面の笑みを雄介に向けたのだった。
◆
「なるほど……じゃあ、そのサイズやデザインで作れるか、街の職人に直接聞きに行ってみよう」
雄介とミーナはさっそく宿を出て、商業都市グランザの工房が立ち並ぶ職人街へと足を運んだ。
ミーナの案内に従って最初に訪れたのは、ガラス細工の瓶職人の工房だった。 ミーナが熱心に思い描く「持ちやすく、光を透かすとほんのり青く輝く小瓶」のスケッチを見せると、偏屈そうな老職人は最初は不機嫌そうに鼻を鳴らしたものの、雄介が提示した正確な寸法と構造の要望を聞くうちに「……ふん、面白いものを作るじゃねえか」と腕を鳴らした。手になじむ曲線を帯びた、上品で軽量なガラス容器の試作を引き受けてくれたのだ。
続いて向かったのは、包装用の紙を漉く紙職人の元だ。 清潔感のある純白の紙に、金箔をあしらった上質な外箱。箱を開けたときに胸が踊るような工夫を凝らすため、ミーナと紙職人が喧々囂々の議論を重ねていく。
さらに雄介は、魔道具を専門に扱う魔導技師の工房も訪ねた。
(日本なら防腐剤やパラベンを使って品質を保つが、この世界なら……)
雄介の発想に応えた魔導技師は、極小の『防腐・保冷の魔石』を瓶の底やキャップの裏側に仕込むアイデアを出してくれた。魔力をほんのわずかに帯びたその魔石は、中の液体の酸化や腐敗を防ぎ、常に新鮮な状態を維持してくれるという。
現代のプロダクトデザインと、異世界の職人技・魔導技術が融合し、見る者を魅了する洗顔料・化粧水・乳液の「完成形」が、着々と形作られていった。
◆
職人街からの帰り道。夕暮れに染まる街並みを歩きながら、ミーナがふと思い出したように試薬瓶をかざしながら尋ねてきた。
「ねえ、先生。ちなみに……この化粧水や乳液って、なんていう名前なんですか?」
「名前……? あー、考えてなかったな」
雄介は頭をかいた。医療機関で使う処方薬なら「ヘパリン類似物質」や「ステロイド軟膏」といった成分名や製薬会社名で呼ぶが、製品として世に出すならブランド名が必要だ。
「責任元が分からないとダメだしな……。そういえば、日本のクリニックで働いていたとき、スタッフの看護師でコスメが好きな子が何か言ってたな。海外の有名ブランドで、人の名前をそのまま冠した化粧品があるって……なんだっけな」
「人の名前ですか?」
「ああ。創業者や、そのスキンケアを作った医師自身の名前をつけるんだ。製品に対する責任と自信の証としてな」
ミーナはパッと目を輝かせ、くるりと雄介の方を振り返った。
「じゃあ、先生の名前にしたらどうですか!?」
「俺の?」
「はい! 先生が悩み抜いて、この世界で最初に作ってくれたものなんですから!」
「相澤……AIZAWA、か」
雄介はその響きを口の中で転がした。
「『AIZAWA』……うん、すごく素敵です! 響きもかっこいいし、何より『雄介先生が作ったもの』って一目で分かります!」
「……そうか。じゃあ、このブランドは『AIZAWA skin beauty』と名付けよう」
異世界の地に、初めての美容皮膚科ブランド『AIZAWA』が誕生した瞬間だった。
◆
街灯に明かりが灯り始める中、ふとミーナが足を止めた。 前を歩いていた雄介が振り返ると、ミーナは自分の胸の前でしっかりと両手を握りしめ、まっすぐな瞳で雄介を見つめていた。
「……先生」
「ん? どうした?」
「私……これ、もっとたくさんの人に使ってほしいです」
その声は少し震えていたが、強い意志がこもっていた。
「どうしてそこまで思うんだ?」
雄介が尋ねると、ミーナは少し気恥ずかしそうに下を向き、ぽつりぽつりと胸の内を明かし始めた。
「だって……私、ずっと自分の肌が嫌だったんです」
「……」
「毎日鏡を見るたびに、粉を吹いた頬や赤い毛穴が目について……自分に自信が持てなくて。白粉で隠しても、余計に汚く見える気がして……。街のおしゃれな女の子を見るたび、羨ましくて、自分が惨めで……」
ミーナは一度言葉を切り、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は夕暮れの光を受けてウルウルと潤っていたが、表情は晴れやかに輝いていた。
「でも……先生のこれを使ったら、朝起きて鏡を見るのが、少し楽しくなったんです。『あ、今日もモチモチしてる』って、すごく嬉しくなって……! 自分をもっと好きになれそうな気がしたんです」
「……」
雄介は言葉を失い、ミーナの言葉を噛み締めた。
(……そうだったな)
過密な業務と数値目標に追われ、いつしか忘れかけていた感覚。 病気を治すだけじゃない。怪我を塞ぐだけじゃない。
コンプレックスを解消し、自分の素肌や姿を好きになり、前を向いて生きていくための力を与える。 『鏡を見るのが少し楽しくなった』――その一言こそが、自分が美容外科医として追い求めていた原点であり、美容医療が存在する本当の理由だったのだ。
「先生の作ったものは、ただお肌を綺麗にするだけじゃありません。私みたいに悩んでいる人の心を救ってくれるものです」
ミーナは一歩前に踏み出し、深く頭を下げた。
「だから……私にも、手伝わせてください! 先生の『AIZAWA』を、もっとたくさんの人に届けるお手伝いをさせてほしいんです!」
夕風が二人の間を吹き抜けていく。 雄介は静かに息を吐き出すと、ふっと口元を緩め、温かい眼差しで少女を見つめた。
「……頼む、ミーナ。君の力が必要だ」
「はいっ……! 喜んで、先生!」
小さく、だが確かなパートナーシップが結ばれた。 異世界の美容医療は、もう雄介一人だけの挑戦ではない。
美しくなりたいと願う人々へ希望を届けるための、新しい物語が動き始めていた。
美容ブランドやアパレルブランドは創業者の名前がついてること多いですよね。
そういう意味でのブランド名です。私のイメージは某クレンジングで有名なブランドなどって感じです!
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次回もお楽しみに!




