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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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7/50

7話 異世界化粧品、作ります

翌朝。雄介は宿を出ると、商業都市グランザで最も大きいという錬金薬局へと向かった。


看板には壺と草を模した紋様。扉を潜ると、乾燥させた薬草の強い香りと、魔法薬品特有のわずかに甘い匂いが鼻をついた。カウンターの奥から現れたのは、眼鏡をかけた初老の薬師だった。


「いらっしゃい。怪我のポーションか、解毒薬かね?」


「いや、ポーションじゃない」


雄介はカウンターに身を乗り出し、静かに切り出した。


「石鹸の原料になるような洗浄効果のある植物と、水分を抱え込んでとろみが出るような香草……それと、肌に使える植物性の油を見せてほしい」


薬師は突拍子もない注文に眉をひそめた。


「石鹸に、とろみのある香草……? 汚れを落とすなら、街で売っている固形石鹸で十分だろう」


「確認のために、その石鹸も見せてくれ」


薬師が棚から出してきた粗悪な茶色の固形石鹸を、雄介は手に取り、水桶で軽く濡らして泡立てようとした。 ……が、ヌルつくだけで全く泡立たない。匂いも獣脂の臭みが強く、アルカリ性が強すぎる刺激臭が鼻を突いた。


(……洗浄力が強すぎる。手洗いや体を洗うものだとしてもこれは酷いな。これじゃ皮脂膜どころかバリア機能を完膚なきまでに破壊してしまう。それに全然泡立たないじゃないか……)


雄介は溜息をつき、石鹸を戻した。


「これじゃダメだ。皮脂を奪いすぎる。……さっき頼んだ素材を見せてくれ」


薬師は半信半疑ながらも、奥の棚からいくつかの素材をカウンターに並べた。 雄介はそれらを一つずつ手にとり、臭いや触感、そして薬師の解説を交えて入念に分析していった。


・水属性の魔力を微弱に含み、汚れを浮かせ浮遊させる性質を持つ『ウミモグサ』

・肌の水分蒸発を防ぎ、洗浄後の乾燥を抑える植物油『カリス油』

・果皮を擦り合わせるとキメの細かい泡が立ち上る木の実『サボン果』


「なるほど……」


「どうだ? 水属性の魔草は、魔力を強く込めれば込めるほど汚れを強力に吹き飛ばすポーションになるぞ」


自慢げに語る薬師に対し、雄介は即座に首を横に振った。


「魔力を込めれば強くなる、じゃないんだよな」


「なに……?」


「重要なのは『落とす力』と『肌を守る力』のバランスだ」


雄介の脳裏に、現代皮膚科学の基本が走る。


(肌を構成する三大保湿因子――細胞間脂質、皮脂膜、NMF(天然保湿因子)が重要なんだよな……。皮脂も落としすぎると肌のバリア機能が崩壊して、過剰皮脂や乾燥を引き起こす。天然保湿因子は後の化粧水で補うから、洗顔では触れなくていい)


異世界の人々のように、汚れを落とそうとゴシゴシ強く擦る文化は、肌の防御反応を過剰にして角質を厚くする(角質肥厚)。しかし、だからといって古い角質や汚れを残したままにすれば、肌のごわつきや角栓の詰まり、くすみの原因になる。


(必要なのは、肌に摩擦を与えないキメ細かい泡と、必要以上の皮脂を奪わないマイルドな洗浄力だ)


「この『サボン果』の泡立ちをベースに、『ウミモグサ』のエキスを極小量混ぜて汚れを浮かせやすくする。そして『カリス油』を少量加えて洗い上がりの突っ張り感を抑える……。薬師さん、この配合率で混ぜ合わせてみてくれ」


雄介が提示した比率は、薬師にとって常識外れなほど薄く、微量なものだった。 だが、言われた通りに調合して練り上げた洗顔フォームを手に取った薬師は、目を見開いた。


少量の水で、手のひらから溢れんばかりのきめ細かく弾力のある白い泡が立ち上ったのだ。


「な……なんだこの泡は!? 魔法薬品でもないのに、吸い付くように柔らかい……!」


「これが、現代の……いや、正しい洗顔料だ」


雄介は試作品を完成させ、小さく頷いた。第一段階クリアだ。



次は「化粧水」の調合に移る。


薬師が奥から持ってきたのは『月光草の露』と呼ばれる、夜間に青く光る希少な植物の精製液だった。肌につけるとスーッとした清涼感と魔力による微弱な活性効果があるという。


雄介はそれを自分の腕の内側(皮膚の薄い部位)に一滴垂らし、パッチテストを行った。


じわじわと広がる赤み。わずかなピリつき。


「……ダメだ。このままだと刺激が強すぎる。敏感肌の多い女性なら毎日使ったら一発で肌荒れを起こすぞ」


「なに? 月光草の露は傷を癒やす高級薬品だぞ?」


「これは魔法薬じゃないんだ。毎日、朝晩安心して使える濃度に落とさなきゃ意味がない」


雄介は腕を拭き取りながら、深く思考を巡らせた。


(できればアミノ酸が入っているものがいい。三大保湿因子のうち、肌の水分を保つNMF(天然保湿因子)の約半分はアミノ酸で構成されている……。単に表面を濡らすだけじゃなく、保湿力とろみと身体の構成物質をしっかり補えるような化粧水が欲しい)


「薬師さん、この月光草の露を蒸留水(精製水)で十倍に希釈してくれ。それと、アミノ酸を多く含む滋養植物……例えばこの『発酵穀物エキス』をわずかに抽出して加えたい」


「発酵穀物のエキスだと……!? そんな食品のカスみたいなものを、肌に塗る薬品に混ぜるというのか!?」


「いいから試してくれ。身体に必要な成分は、肌にとってもご馳走なんだ」


魔力を極限まで抑えた『月光草エキス』、NMFを補う『アミノ酸含有発酵エキス』、そしてベースとなる『精製水』。


出来上がった液体を再び肌に塗布する。 すっと角質層まで染み込むような浸透感と、塗った後に肌が手に吸い付くようなしっとりとしたもちもち感。赤みや刺激は一切なかった。


「魔法薬じゃない……。毎日使える、肌を育てるための濃度だ」


雄介の言葉に、薬師は出来上がった透明な液体を呆然と見つめていた。



最後は「乳液(保湿剤)」だ。


「化粧水で水分と保湿成分を入れただけじゃダメだ。すぐに蒸発して逃げてしまう。油分でフタをする必要がある」


異世界では傷口の保護に魔獣のラードのようなギトギトしたものを使うのが一般的だったが、雄介は首を振った。それでは毛穴が詰まり、ニキビ(面疱)の原因になってしまう。


「魔獣の脂は使わない。さらっとした植物油と、微弱な保水効果を持つ樹液……この『琥珀樹脂のエキス』を乳化させて使う」


「油と水を混ぜ合わせるだと? そんなこと、魔法でも使わなきゃ分離してしまうぞ!」


「界面活性作用を持つ天然の植物成分を使えば、乳化は可能だ」


雄介は手際よく比率を指示し、水と油をじっくりと練り合わせさせた。 やがて、滑らかな白いエマルジョン――乳液が完成した。


「女性は男性に比べて皮脂分泌量が比較的少ない。だからまずは油分をやや多めに含んだこのタイプで作る。(……後々、脂性肌やオイリー肌用のさっぱりタイプも検討してみよう)」


出来上がった『洗顔料』『化粧水』『乳液』の三つの試作品が、試薬瓶に並んだ。


一連の手順を横で見守っていた薬師は、額の汗を拭いながら、信じられないものを見る目で雄介を見つめていた。


「……あんた、一体何者なんだ? 痛みを消すわけでも、傷を一瞬で塞ぐわけでもない……。病気や怪我を治す『薬』ではなく、皮膚そのものを健康に、美しく整える……そんな発想、この世界のどこにもないぞ」


「言っただろ」


雄介は完成した瓶を大切そうに持ち上げ、真っ直ぐな瞳で薬師を見据えた。


「これは治癒魔法やポーションじゃない。——人を美しくするための『美容医療』だ」


異世界の素材と、現代日本の美容皮膚科の知識が融合した瞬間だった。 雄介の手に宿る新しい『武器』が、ついに完成したのだった。



調合したばかりの試薬瓶を大事に布で包み、雄介は宿屋へと戻った。


一階のロビーでは、一昨日部屋まで案内してくれたあの若い女性従業員が、テーブルの雑巾がけをしていた。 雄介は彼女の前に歩み寄ると、小さな木箱を差し出した。


「これ、使ってみてくれないか?」


「えっ……? 私がですか? これを……?」


少女は手を止め、差し出された木箱と雄介の顔を交互にじーっと見つめた。 箱の中には、先ほど錬金薬局で作ったばかりの洗顔料、化粧水、乳液が入ったガラス瓶が収まっている。


(……冷静に考えたら、素性の分からない男から急に謎の液体を渡されたら怪しいよな)


怪しまれたかと内心で苦笑しつつ、雄介は補足するように言葉を重ねた。


「ああ。この前話した、肌のコンディションを整える試作品だ。君の肌に合うかどうか、経過を確認したいんだよ。もちろん無理にとは言わない」


「これ……あの時おっしゃっていた、お肌を綺麗にするための……?」


少女は木箱の中の滑らかな白い乳液や、すき通った琥珀色の液体を輝くような目で見つめた。 異世界の女性にとって、美しくなるための特別な薬などおとぎ話の中の存在だ。それを自分のような一従業員に試させてくれるというのだから、胸が跳ね上がらないはずがなかった。


(先生……私の肌のこと、ちゃんと覚えててくれたんだ……)


少女はほんのり頬を染めながら、緊張した面秘で木箱を両手で大切に受け取った。


「つ、使わせていただきます……っ! どうやって使えばいいですか?」


「まずはこの洗顔料だ。手に取って水でよく泡立て、擦らずに泡の力で優しく洗う。洗い流したら、この透明な化粧水を手に取って顔全体になじませる。最後にこの白い乳液で水分を閉じ込めるんだ。朝と夜の二回、やってみてくれ」


「泡で優しく……化粧水……乳液……はい! しっかり守ります!」


雄介としては、あくまで新薬のモニター投与――臨床評価のつもりだったが、少女はまるで宝物でも賜ったかのように、大事そうに木箱を抱えて自分の部屋へと走っていった。



それから三日後の朝。


雄介が部屋で今後の活動資金の計算をしていると、ドアがドンドンドン!と勢いよく叩かれた。


「先生! 雄介先生!」


ドアを開けるや否や、飛び込んできたのは例の女性従業員だった。興奮で息を荒らげ、目を限界まで輝かせている。


「どうした? 何か肌にトラブルでも起きたか?」


雄介が眉をひそめると、少女はぶんぶんと激しく頭を振った。


「違います! これ、すごいです! 本当にすごいです先生!」


「……そうか。具体的にどう変わった?」


興奮冷めやらぬ少女に対し、雄介は腕を組み、いつもの診察室のような冷徹なまでに冷静なトーンで尋ねた。


「えっ? あ……えっと、とにかくお肌がすごくモチモチするんです!」


「……他には?」


雄介は少女の顔にぐっと顔を近づけ、皮膚の状態を視診した。


「え、えっと……あ、白粉を塗ったときの、化粧のりが全然違います! いつもなら粉っぽく浮いちゃうのに、ピッタリお肌にくっつく感じで……!」


「なるほど。表皮の水分保持量が向上した証拠だな。……赤みはどうだ?」


「赤み……? あっ、そういえば! 小鼻の周りのヒリヒリした赤みが、すごく引いてます!」


「よし。皮脂膜とバリア機能が正常化して、炎症が収まりつつあるな」


矢継ぎ早に行われる完全な「医師の問診」に、少女は「は、はい……!」と圧倒されながらも、嬉しさを隠しきれずに自分の頬を何度も手で撫でまわした。


雄介は少女の頬のコンディションを観察し、満足そうに頷いた。


(乾燥による角質の肥厚が収まり、キメが整い始めている。たった三日でここまで劇的な効果が出るとはな。異世界の人々は普段のスキンケアがゼロだった分、正しいケアをした時の反応速度が現代人より圧倒的に早い)


「経過は良好だ。そのまま朝晩のケアを続けてくれ」


「はい! ありがとうございます、先生!」


少女は飛び跳ねるようにして部屋を後にした。



変化は、すぐに周囲の目にも留まることとなった。


その日の昼下がり。宿屋の一角で、案内役の少女が同僚の女性従業員とお盆を持ってすれ違った時のことだ。


「ちょっと、ミーナ」


同僚の少女が足を止め、ミーナの顔をじっと覗き込んできた。


「なに? どうかした?」


「どうかした、じゃないわよ……なんか最近、すっごく肌綺麗になってない? 遠くから見てもお肌がツヤツヤしてるんだけど……」


「えっ……! わかる!?」


ミーナは待ってましたとばかりにパッと顔を輝かせた。


「わかるも何も、全然違うじゃない! いつも頬のところがカサカサして白粉が浮いてたのに、今日はなんだか透き通るみたいにもちもちして見えるわよ! 一体何をしたのよ、ズルい!」


「ふふん、実はね……」


ミーナは胸を張り、こっそり声を潜めて自慢げに囁いた。


「二階にお泊まりの雄介先生に、お肌を綺麗にする特別な仕掛けをもらったの!」


「ええっ!? あの怪我を治すお医者様だっていう男の人!? お肌を綺麗にする薬なんて、本当にあるの!?」


「薬じゃないんだって!『美容医療』のケア用品なんだって! 洗顔して、お水をつけて、乳液を塗るの!」


「なになにそれ!? 私にも教えてよ! 私も最近乾燥が酷くて、鼻の頭が剥けて困ってるのよ!」


二人の会話は、通りかかった別の女性客の耳にも届いていた。


「ちょっとあなたたち、今なんの話をしているの……? そのお肌の綺麗さ、本当にその先生のおかげなの……?」


「はい! 先生の『びよういりょう』のおかげです!」


たった一人へのモニター施策。 それが、美に対して貪欲な女性たちの好奇心と口コミに火をつけた瞬間だった。


「その先生に会わせなさい! 私もお金なら払うわ!」 「私も! 私のこのお肌も見てもらいたい!」


宿屋の廊下に、女性たちの騒がしい声が響き渡る。


二階の部屋で一人、これからの事業計画を練っていた雄介は、ドアの外から押し寄せる熱気に気づき、「……なんだ?」と首をかしげるのだった。


「やれやれ、美容クリニックで働いてた頃を思い出すな……」


この街で初めて、「美容医療」への圧倒的な『需要』が生まれた瞬間であった。



外の騒がしさを一旦やり過ごし、雄介は静まり返った自分の部屋の木机に向かい合っていた。


机の上には、先ほどミーナに手渡したものと同じ、自作のスキンケア用品が三つ並んでいる。


澄み切った透明な化粧水。 滑らかな質感を持つ乳白色の乳液。 そして、水と合わせればきめ細やかな泡を生み出す洗顔料。


成分の調合も、皮膚科学に基づいた配合比率も完璧だ。ミーナの肌が見せた劇的な改善が、その効果を何より雄介自身に証明していた。


「……中身は悪くない」


雄介は腕を組み、うーむと唸りながらその試薬瓶を見つめた。


「……問題は、これだな」


ぽつりと溢れた言葉とともに、指先で無骨な瓶の側面を軽く突く。


机の上に置かれているのは、錬金薬局の棚の奥で埃をかぶっていたような、不透明で茶色く味気ないただの薬瓶だ。お世辞にも「美しくなりたい」と願う女性たちが、高揚感を覚えて手に取りたくなるような代物ではない。


怪しげな万能薬か、せいぜい不味い苦薬が入っているようにしか見えなかった。


(これじゃ……どれだけ効果が高くても、手に取る前に敬遠される。商品としての『美しさ』や『特別感』が決定的に欠けているな……)

《《》》

溜息をついた雄介の脳裏に、ふと前世のクリニックでの出来事が蘇った。


オペ室での執刀を終え、手洗いをしていた時のことだ。 通りかかったベテランのオペ看護師が、雄介のヨレヨレの私服と無頓着な身なりを見て、呆れたように笑っていたっけ。


『相澤先生って、手術のデザインと美センスは超一流なのに、ご自分の見かけとか私生活には本当に無頓着ですよね。いくら顔立ちの素材が良くたって、そんな地味な格好じゃ女性に手に取ってもらえませんよ? モテたいなら、まずはパッケージから整えないと!』


当時は「医者に必要なのは腕と結果だ」と聞き流していたが――今になって、その言葉が強烈なリアリティをもって突き刺さっていた。


「……確かに、彼女の言う通りだな」


雄介は自嘲気味に苦笑した。


中身(効果)がどれだけ本物であっても、それを受け取る側がワクワクするような「パッケージ」や「デザイン」がなければ、人は心を惹かれない。


美を提供する『美容医療』だからこそ、使う道具や容器そのものにも、人を魅了する美意識と気品が必要なのだ。


「中身の次は……容器と、見た目か」


武骨な薬瓶を見つめながら、雄介の思考はすでに次の課題へと動き出していた。


魅力的な容器。手に取りたくなるようなデザイン。そして、この世界に「美容」という新しい価値観を定着させるためのブランディング。


異世界での本格的なクリニック開業と事業展開に向け、雄介の挑戦はまだ始まったばかりだった。

化粧品作りですね!好きな分野なので力と熱が入っちゃいました!

ファンタジーなのでアラをアラとわかって楽しんでください!

早速ブクマありがとうございます!感想や評価をいただけるととても嬉しいです!

もうひと作品ハイファンタジー投稿してます!遊びに来てくださいね!

こちらの作品は一日一回更新予定です!

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