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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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5話 先生、鏡を見てもいいですか?

手術から一夜が明けた。


朝日が昇ると同時に、雄介はアリアが休む診療用の部屋へと向かった。 粗末な木製ベッドの上で、アリアは上体を起こし、少し不安そうに壁を見つめていた。


「おはよう、アリアさん。気分はどうだ?」


「あ……先生。おはようございます」


雄介はベッド脇に歩み寄り、目線を合わせるように屈み込んだ。


「いくつか確認させてくれ。……痛みは?」


「あ……少しだけ、チクチクする感じがあります」


「腫れは?」


「昨日より、少し膨らんでる気がします……」


「なら問題ない」


雄介は手袋をはめ、慎重にガーゼの端を持ち上げて傷口を視診した。


皮膚の発赤、局所的な激しい腫脹、異常な出血や濁った浸出液はない。縫い合わせた縫合線もしっかりと密着しており、創離開(傷が開くこと)の兆候も見られなかった。 生体の正常な炎症反応の範囲内だ。


その背後から、様子を窺っていた治癒術師が恐る恐る声をかけてきた。


「せ、先生……傷口はもう開いていませんし、ここで私の『小治癒ヒール』を使えば、腫れも痛みも一気に引き飛ばせるんじゃないですか?」


治癒術師は自慢げに手に魔力を込めようとしたが、雄介は即座に制した。


「まだ駄目だ」


「えっ……なぜですか!? 魔法を使えば一瞬で——」


「今は、身体自身が傷を治そうとして炎症反応を起こしている段階だ。ここで安易に外部から魔法のエネルギーを流し込めば、せっかく精密に組み替えた組織が予期せぬ増殖を起こし、また肥厚性瘢痕に逆戻りする可能性がある」


雄介の冷徹な一言に、治癒術師は「ひっ」と息を呑んで手を引っ込めた。


「余計なことをする必要はない。人体の持つ自己治癒力を正しく導くのが、俺たちの仕事だ」


雄介は治癒術師を下がらせると、椅子を引き寄せてアリアの前に座った。 ここからは、美容外科医として最も重要な「アフターケア指導カウンセリング」の時間だった。


「アリアさん。手術はうまくいったが、ここからの過ごし方で傷跡の仕上がりが何倍も変わってくる。いくつか絶対に守ってほしいことがあるんだ」


雄介は指を一本立てた。


「まず一つ目。傷口を絶対に触らないこと」


「触らない……はい」


続いて、二本目の指を立てる。


「二つ目。洗顔のときや着替えのときに、傷口を強く擦らないこと」


アリアは真剣な表情でコクリと頷いた。


そして、三本目の指を立てる。


「三つ目。傷口を絶対に『日光』に当てないことだ」


「え……? 日光……ですか?」


アリアが不思議そうに首を傾げた。異世界において「太陽の光を傷に当ててはいけない」という概念は存在しない。


「太陽の光――紫外線は、傷が塞がった後にも大きな影響を及ぼすんだ」


「でも……お日様はたくさん浴びた方が身体にいいって、おばあちゃんから教わりました。元気になるし……」


「健康面ではその通りだ。太陽の光を浴びることで骨が頑丈になり、脳内でセロトニンという物質が出て気持ちも前向きになる。……だが、傷口にとっては天敵なんだ」


雄介はわかりやすく噛み砕いて説明した。


「今、君の傷口の皮膚は生まれ変わろうとしている(ターンオーバー)。そこに強力な太陽の光が当たると、皮膚を守ろうとして色素が過剰に作られ、傷跡が黒ずんで消えなくなってしまうんだ。だから、外出するときは深めに布をかぶるか、日陰を選んで絶対に光を遮(遮光)してくれ」


「黒ずんじゃう……わかりました。絶対にお日様には見せません」


アリアの目つきがガラリと変わり、必死な顔で約束した。


雄介は満足そうに頷き、さらに細かな注意事項を提示していった。


・清潔なぬるま湯で優しく押し洗いすること。 ・ガーゼの交換手順。 ・渡した軟膏の塗り方。 ・皮膚の再生に必要なタンパク質と栄養を摂るための食事。 ・夜はしっかり休む睡眠。 ・血流が激しくなって腫れが強まるため、激しい運動は避けること。 ・笑顔を作ったりして、傷口の皮膚を強く引っ張らないこと。


怒涛の指導を一通り終えると、雄介は確認のためにアリアに問いかけた。


「よし、復習だ。もし、傷口が急に赤くなって熱を持ったらどうする?」


アリアは少し緊張しながら、答えた。


「……先生に、言う?」


「そうだ。じゃあ、傷から嫌な匂いのする膿が出たら?」


「先生に言う!」


「熱が出て身体がだるくなったら?」


「先生に……すぐ言います!」


「正解だ。よく出来たな」


雄介が優しく微笑むと、アリアの表情がパッと華やいだ。


しかし、一通りの確認が終わると、アリアは少し躊躇うように自分の膝の上で両手をギュッと握りしめた。


「あの……先生」


「なんだ?」


アリアは上目遣いで、意を決したように尋ねた。


「あの……私、いつになったら、鏡で自分の顔を見てもいいですか……?」


ずっと気になっていたのだろう。傷がどうなったのか、ちゃんと治っているのか、少女にとってそれは生きた心地がしないほどの不安だった。


しかし、雄介の返答はブレなかった。


「まだ駄目だ。今は腫れのピークだからな」


「……はい」


「数日後、縫った糸を抜く『抜糸』をする。それまで待て。いいな?」


「……わかりました。我慢します」


アリアは悲しそうにうつむいたが、雄介の言葉を固く信じ、ベッドの脇に置かれた手鏡からそっと視線を逸らした。 見たい衝動を必死に抑え込む少女の姿に、雄介は心の中で「偉いぞ」と呟いた。


術後の管理は順調だ。あとは皮膚の再生速度を見極め、適切なタイミングで抜糸を行うだけだった。



数日後――。


消毒と観察を欠かさず行い、約束の抜糸の日を迎えた。


アリアは診療室の椅子にちょこんと腰掛け、肩をすくめて緊張した面持ちで固まっていた。


「緊張しなくていい。糸を抜くだけだから、手術の時みたいな痛みはない」


雄介はピンセットと専用の細小ハサミを手に取り、アリアの前に立った。慎重にガーゼを取り外すと、数日前まで腫れ上がっていた右頬の炎症はすっかり引き、縫合線が綺麗に落ち着いているのが見て取れた。


「……順調だな。感染の兆候もない」


雄介は静かに頷くと、細い糸の結び目をピンセットで軽く持ち上げた。


チョキン、と小さな金属音が響く。


「……っ」


「痛むか?」


「いえ……ちくっと、くすぐったい感じがするだけです」


一本、また一本と、丹念に真皮と表皮を固定していた糸を切除し、引き抜いていく。 アリアは息を殺し、じっとそれに耐えていた。


「よし……終わったぞ」


全ての糸を抜き終えると、雄介はアルコールを含ませたガーゼでそっと頬を拭い、傍らのテーブルから一枚の手鏡を取り上げた。


「さあ、見てごらん」


雄介から鏡を手渡されたアリアは、震える手でそれを受け取った。 息を呑み、ゆっくりと鏡の表面に自分の顔を映し出す。


そこに映っていたのは――。


かつて右頬を酷く歪め、引きつれて口角すら引きずり上げていた醜い瘢痕ではなかった。 口元は左右均等になり、頬のつっぱり感は完全に消え去っている。引きつれによって不自然に引き伸ばされていた皮膚が、柔らかく本来の位置に戻っていた。


「……これ……私……?」


アリアは信じられないといった様子で、自分の頬にそっと指先を寄せた。 引きつれがない。笑おうとしても、口元が歪まない。普通に頬が動く。


しかし、鏡をじっと見つめるうちに、アリアの表情がわずかに陰った。


「……あ……でも……傷、残ってます……」


頬には、メスを入れた跡がくっきりと赤い線となって残っていた。 元の綺麗な肌に戻るとどこかで期待してしまっていたのだろう、アリアは少し悲しそうに眉をひそめ、落ち込んだように声を落とした。


その様子に、雄介は淡々と、しかし毅然とした口調で答えた。


「当然だ」


「え……?」


「まだ手術から数日しか経っていない。皮膚の表面が塞がっただけで、中で組織が組み替わっている最中なんだからな」


雄介はアリアの目線に合わせてかがみ込み、丁寧に説明を重ねた。


「今はまだ赤みがあって目立つが、ここから数ヶ月の時間をかけて、傷跡は少しずつ変わっていく。最終的には元の肌とまったく同じとまではいかなくても……『成熟瘢痕せいじゅくはんこん』と呼ばれる、白くてうっすらとした目立たない線に落ち着くはずだ」


(……現代なら、フラクショナルCO2レーザーやダーマペンみたいなニードル治療を組み合わせることで、さらに傷跡を平坦にして目立たなくできるんだが……今の異世界の技術じゃ、流しくそれを用意するのは難しいな)


雄介は心の中で惜しみつつも、現時点で出し切れる最高の美容外科手技を施した自負があった。時間の経過とともに、傷跡は確実に馴染んでいく。


アリアは雄介の言葉を聞きながら、何度も鏡に映る自分の顔と、雄介の真摯な瞳交互に見つめた。


引きつれが消え、普通に表情を作れる喜び。 もう鏡を見て絶望しなくていいという安堵。


ポロポロと大粒の涙がアリアの瞳から溢れ出し、頬の赤い線を伝ってこぼれ落ちた。


「あ……ありがとう……ございます……っ! 先生……本当に……本当にありがとうございます……っ!」


アリアは鏡を抱きしめ、子供のように声を上げて泣きじゃくった。


だが、雄介は喜びで感極まるアリアに対し、少し困ったように眉を下げて首を振った。


「礼を言うのは、まだ早い」


「え……?」


アリアが涙を拭い、ぽかんと首を傾げる。


「言っただろ。傷口が塞がったら終わりじゃない。ここからのアフターケアと経過観察が本番なんだ。治療はまだ終わっていない」


雄介は白衣のポケットに手を突っ込み、カルテ代わりのメモ帳にペンを走らせながら告げた。


「また一週間後に見せに来てくれ。傷の赤みの引き具合と、硬さのチェックをする」


「……はい! 絶対に来ます、先生!」


涙を拭ったアリアの顔には、かつての陰りは一切なく、花が咲いたような心からの笑顔が広がっていた。


異世界で初めて咲かせた、患者の笑顔。 雄介はそれを見届けながら、美容外科医としての新たな一歩を確信していた。

無事OPE終了です!


外科の先生の受け売りですが、手術は前と後が非常に重要です!ということをしっかり書きたかった今日この頃、、、あくまでファンタジーですからね!

ダウンタイムはもう少し長いのでというマジレスは置いておいてくださいね!

別作品で、ハイファンタジーを投稿してますので、そちらも確認をしてください!


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、

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皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。

また次話でお会いしましょう!

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