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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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4話 最初の手術

整えられた簡易手術室の中に、張り詰めた緊張感が漂っていた。


オーク材で作られた強固な手術台。 その脇に置かれた器械台。 煮沸消毒を施された清潔なドレープ。 手袋のフィット感を確かめるように、雄介は自分の両手を何度か握り締めたり開いたりした。


手術台の傍らには、村の治癒術師が緊張した面持ちで立っている。


そこで、雄介の手がふと止まった。


「……」


そういえば、と雄介は心の中で思った。 これまで状況に追われ、治療のことばかり頭にあったが、肝心なことを聞いていなかった。


雄介は視線を落とし、手術台の横に立つ少女を見つめた。


「……君、名前は?」


少女は少し驚いたように目を丸くし、それから緊張をほぐすように小さく息を吐いた。


「……アリアです」


「アリアさん」


雄介は一度だけ静かに頷いた。


そして、手術台へとゆっくり横たわるアリアの顔をまっすぐに見つめた。


「アリアさん。これから、手術を始めます」


(……時計はない。正確な時間なんて分からない)


雄介は目を開けたまま、心の中で呟く。 モニターの発光も、心電図の規則的な電子音もない。タイムインを知らせるタイマーもない。


(だが、手術を始める前の確認だけは、いつもと同じだ)


胸の中にふっと過るのは、現代の清潔で完璧に制御されたオペ室の風景だった。


(本来なら、執刀前にチーム全員で『タイムアウト』を行う。術式、患者名、術部位をスタッフと声を出して確認する。麻酔科医がいて、バイタルを監視する看護師がいて、手際よく器械を渡してくれる器械出しのナースがいる……)


いま、この部屋にいるのは、俺と、医療の心得もない一人の治癒術師だけだ。


(……まあ、ないものを嘆いても仕方ないな。俺のやるべきことは変わらない)


雄介は意識を切り替え、静かな、しかし通る声で宣言した。


「アリアさんの、右頬顔面瘢痕拘縮はんこんこうしゅくに対する修復術を始めます」


その厳かな響きに、治癒術師の男が背筋を伸ばし、慌てて声をかけてきた。


「せ、先生! 私は何をお手伝いすれば……!?」


「俺が言ったら魔法を使ってくれ。それまでは勝手には動かないでくれ」


「分から……わかりました……!」


「よし。まずは照明だ」


雄介の指示で、反射板を取り付けた光具が角度を調整され、アリアの顔元へ集光される。術野がぱっと明るく照らし出された。


次いで、精製された琥珀色の殺菌液で手指を丹念に消毒する。 滅菌済みのガウンを羽織り、薄手の革手袋を滑り込ませた。 アリアの顔の周りに清潔なドレープを敷き詰め、露出させるのは手術部位――右頬の瘢痕とその周辺だけに限定する。


仕上げに、琥珀色の液体を浸したガーゼで、アリアの右頬を中央から外側に向けて円を描くように入念に消毒した。


「アリアさん、術野の消毒が終わった。……先生、痛覚遮断の魔法を」


「は、はい! 『痛覚遮断ペイン・ディレイ』――!」


治癒術師が手をかざすと、淡い光がアリアの頬を包み込んだ。


「アリアさん、痛みはどうですか?」


雄介がピンセットの柄でそっと皮膚を刺激しながら問う。


「……少し、むずがゆいような……鈍い感じがあります」


「その程度なら大丈夫だ。もし切られている途中で鋭い痛みが来たら、声を上げずに手を少し動かして教えてくれ。無理はしないように」


「……はい」


オペ室の空気が、一瞬にして冷たく凝縮した。 雄介の雰囲気が完全に切り替わる。柔らかな「お兄さん」の気配は消え去り、そこには一切の妥協を許さない執刀医の姿だけがあった。


雄介は滅菌済みの器械台から、一本のメスを取り上げた。


(……重いな)


現代のステンレス製使い捨てメス(15番替刃)と比べれば、鍛冶屋のガルドが叩き出したこのメスは少し重心が後ろにあり、ずっしりとした手応えがあった。


だが――光を透かして刃先を見る。


(……刃は悪くない。職人の執念を感じる仕上がりだ。これならいける)


雄介はアリアの瞳を一度だけ見た。


「始めます」


メスの刃先が、アリアの皮膚へ静かに降ろされた。


滑らかな手つきで、引きつれた傷跡の輪郭に沿って切開線を描いていく。 グッ、と皮膚が切れ、皮下組織が露出する。


雄介の視線は、刃先と組織の微細な変化だけに集中していた。 皮膚を切開し、創部を開いていく。


(……やっぱりな)


雄介は心の中で吐き捨てた。 創内部の観察――引きつれの原因となっている瘢痕組織は、予想通り粘土のように引き締まり、ガチガチに硬化していた。


無理な治癒魔法によって無秩序に形成された過剰なコラーゲン線維が、周囲の正常な筋膜や皮膚を強く引きずり込んでいるのだ。


「思っていた以上に、組織の固着が強い……」


雄介の目が、一層鋭さを増した。


(……ここまで癒着してるのか)


メスの柄から伝わる感触は、肉というよりもむしろ乾いた木の幹を削っているかのようだった。 表面のひきつれを切り開くだけでは収まらない。治癒魔法によって急速に修復された組織は、皮膚の浅い層だけでなく、その下にある皮下組織、さらには表情筋の表面に位置するSMAS(表在性筋膜群)にまでべったりと硬く固着していた。


無闇に削り取れば、頬を動かす重要な顔面神経や血管を傷つける。 だが、この硬化した瘢痕組織を残したまま縫い合わせても、再び引きつれが起きて元の木阿弥だ。


「ヒッ……」


創部の奥で鈍く光る肉の塊と、血を止めるために鉗子を巧みに扱う雄介の手元を見て、横に立つ治癒術師が青ざめた。


「せ、先生……大丈夫ですか……!? 傷がどんどん深くなって……本当に大丈夫なんですか!?」


「問題ない」


雄介は視線を一ミリも逸らさず、短く即答した。 声には一切の動揺もない。だが、その胸中には歯がゆい思いが渦巻いていた。


(……現代の設備があれば、高周波メスや精密な吸引器、オペ用ルーペでもっと楽かつ迅速に剥離できた)


照明は素朴な光具、拡大鏡もない裸眼、器械は鍛冶屋の手作り。 異世界の圧倒的な環境の不足が、重い制約となって重くのしかかる。


(……だが、道具が不十分なら、腕で補うまでだ)


雄介の脳裏に、かつての日々が鮮明に蘇る。


美容外科医として独立する前、大学病院の形成外科で専門医を目指していた過酷な修練時代。 三日三晩ろくに寝ず、重症の熱傷(火傷)患者の皮膚再建手術に叩き込まれた。 「手元が狂ってるぞ!」「剥離の層が浅い! 全く見えてない!」と、上級医から容赦なく肘打ちを食らいながら、必死で組織の境界線を見極める感覚を身体に叩き込まれた。


あの死ぬ気で積み重ねた経験と、何千回と触れてきた人体解剖の記憶が、今の雄介の指先を迷いなく動かす。


(ここだ……! 正常な組織と瘢痕の境界は、この一枚一枚皮を剥ぐような薄い層にある)


微細なピンセットと刃先を滑らせ、血管や神経を注意深く避けながら、引っ張りの原因となっている硬い組織だけをミリ単位で丹念に切り外していく(皮下リリース)。


やがて――ふっと、引っ張られていた周囲の皮膚が解放され、柔らかく弛んだ。


(良し……! つっぱりが消えた)


周囲の正常な皮膚と筋肉が、本来の柔軟性を取り戻した。 ここからが、美容外科医――そして形成外科医としての真骨頂だった。


(ただ傷を閉じるだけなら、誰でもできる。町医者でも治癒術師でもな)


傷口を引き寄せて、真っ直ぐ縫い合わせるだけなら簡単だ。 だが、それでは皮膚にかかる張力が一点に集中し、再び傷跡が太く盛り上がってしまう。


(重要なのは――どう閉じるかだ)


皮膚が自然に寄るラインを見極める。 表情を作ったときに皮溝(顔のシワの方向)へ傷跡が隠れるよう、切開線の角度を微調整し、皮膚の張力を分散させる『Z形成術』の要領で皮膚のフラップを組み替える。


張力を殺し、歪みを逃がし、最も目立たない方向へ傷を逃がす。


持針器じしんき


「は、はい……!」


治癒術師から極細の縫合針が装填された持針器を受け取る。


ここからは、静寂の刻だった。


無駄な会話は一切絶たれた。 室内に響くのは、金属がかすかに擦れ合う音と、静かな呼吸音だけ。


ピンセットで皮膚の連続性を寸分の狂いもなく合わせる。 表皮だけでなく、下の真皮層をしっかりと引き寄せる真皮縫合(埋没縫合)。表面に力がかからないよう、内部で強固に固定する。


針が皮膚を滑らかに貫く。


一本目。


結び目をしっかりと作り、糸を短くカットする。


二本目。


コンマ何ミリの狂いも許さず、等間隔に針を落としていく。


三本目。


四本目――。


引きつれて歪んでいたアリアの右頬が、針を通すごとに、まるでパズルが組み合わさるように綺麗な平面を取り戻していく。


最後の結び目を丹念に作り上げた雄介は、ハサミで糸をパチンと切り落とした。


持針器を器械台へ静かに置く。


「……終わった」


長呼吸とともに吐き出されたその声に、張り詰めていた室内の空気がふっと緩んだ。


横で食い入るように手元を見ていた治癒術師が、大きく息を吐き出し、感嘆の声を漏らした。


「す、すごい……! あれだけ醜く引きつれていた皮膚が、まるで最初からそうだったみたいに、平らに揃っている……! 先生、これで……これで完全に治ったんですか!?」


だが、雄介は浮かれた様子もなく、静かに首を横に振った。


「違う」


「え……?」


「今は……治すためのスタート地点に立っただけだ」


「スタート地点……?」


「手術は成功した。だが、傷を綺麗に治すのはこれからのアフターケアだ。感染を防ぎ、縫合した部分に余計な引っ張りを与えないように保護しなければならない」


雄介は手際よく琥珀色の消毒液をもう一度創部に塗布し、無菌のガーゼを当てると、包帯を優しく、しかし確実に巻き上げていった。


包帯を巻き終えると、手術台の上でじっと耐えていたアリアが、不安と期待の混ざった瞳で雄介を見上げた。


「先生……っ。私の顔……どうなりましたか……? 鏡を見てもいいですか……?」


「まだ見ないほうがいい」


雄介は静かに、けれど毅然とした口調で首を振った。


「……どうしてですか? 失敗……したんですか……?」


アリアの声がかすかに震える。雄介は彼女の目線をしっかりと受け止め、柔らかく微笑んだ。


「違うよ。手術の直後は、切った刺激で皮膚が強く腫れるんだ。今見ても、パンパンに腫れていてショックを受けるだけだ。傷口が落ち着き、糸を抜くまでは……数日待とう」


「……数日」


「ああ。俺を信じて待ってくれ。」


雄介の確信に満ちた瞳と優しい言葉に、アリアは溢れそうになる涙をグッと堪え、小さく、しかし力強く頷いた。


「……はい。待ちます……先生」


アリアを別室のベッドへ移動させ、静かになったオペ室で、雄介はポツンと一人たたずんでいた。


手袋を外し、使い終えた器械台を見つめる。


ガルドが叩き出した無骨なメスや鉗子。エルマが作った琥珀色の消毒液。大工が作った木製の手術台。


(……一応、成功した)


完璧な設備も、使い捨ての医療資材もない異世界で、自分の技術だけを頼りにやり切った。胸の奥に、確かな手応えと小さな達成感が広がる。


――だが、相澤雄介自身は、まだ何も知らなかった。


現代の知識と美容外科の技術を用いて成し遂げたこの小さな「手術」が、やがて傷に悩む人々を救い、常識を覆し、この異世界における「美容医療」という概念そのものを大きく変えていく最初の第一歩となったことを。

形成外科の手術って本当器用じゃないとできないと思います。

すごいですよね〜っていう今日この頃、あくまで、ファンタジーです!間にうけないでくださいませ〜



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

「続きが気になる!」「面白かった!」と思っていただけましたら、

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皆さまの応援が、執筆を続ける大きな力になります。

また次話でお会いしましょう!

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