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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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49話 下がった時を、手繰り寄せる

エルナの診察を終えた後、二人目の患者が診察室へと案内されてきた。


優雅な立ち振る舞いと上質なシルクのドレスを纏ったその女性は、王都でも名高いセリーヌ伯爵夫人だった。年齢は四十五歳前後。肌にはつやがあり、以前に受けた『ルミナ・ファット(自体脂肪注入)』の成果によって、頬や目元のコケ感は綺麗に改善されていた。


しかし、診察用の椅子に腰掛けた彼女の表情は、どこか晴れない。


「お久しぶりです、セリーヌ様。ルミナ・ファットの経過は非常に良好のようですが……本日はどのようなご相談でしょうか?」


雄介が尋ねると、セリーヌはふっと深いため息を漏らし、細い指先で自身の頬を軽く押し上げた。


「ええ、相澤先生。脂肪を入れていただいたおかげで、頬の痩せこけた印象はすっかり消えましたわ。でも……」


セリーヌは手鏡を見つめながら、溜息交じりに言葉を続ける。


「最近、鏡を見るたびにどうしても気になるのです。この……口元のもたつきと、ほうれい線。そして、ぼやけてしまった顎のラインが。なんだか、顔全体のお肉が下へ下へと落ちてきてしまっている気がするのですわ」


「なるほど」


雄介はセリーヌの前に立ち、正面と横顔、そして少し俯いた角度から顔全体の構造を仔細に観察した。


「脂肪の減少によるボリューム不足は、前回のルミナ・ファットで十分に補えています。……ですが、セリーヌ様のおっしゃる通り、問題はボリュームではなく『下がってしまった組織そのもの』ですね」


研修生たちが後ろで「下がった組織……?」と顔を見合わせる。


◆


雄介は研修生たちに見えるよう、黒板に向かって顔面の断面図を描き始めた。


「若い頃の顔というのは、頬の高い位置——いわゆるトップの位置に十分なボリュームと弾力がある。だが、加齢とともに皮膚の弾力が失われ、皮下脂肪やそれを支えるSMAS(筋膜)やリガメントと呼ばれる支持組織が緩み、重力によって下方へと移動する」


雄介のチョークが、脂肪層が下へ滑り落ちる矢印を描く。


「その結果、下がった組織が口元に溜まって『もたつき』を作り、頬と口元の境目に深い『ほうれい線』を刻み、美しい曲線を描いていたフェイスラインを崩してしまうんだ」


説明を聞いていたセリーヌが、縋るような目線を雄介に向けた。


「では相澤先生……あの『ルミナ・フィラー』や脂肪を、その凹んでいるほうれい線や頬の上にもっとたくさん注入すれば、張りが出てたるみも消えるのではありませんか?」


「……いいえ」


雄介ははっきりと首を横に振った。


「足りない場所に安易にフィラーや脂肪を入れすぎれば、顔が不自然にパンパンに膨らみ、いわゆる『ヒアル顔』『膨らみすぎた顔』になってしまいます。それでは美しく若返るどころか、自然な表情すら失われてしまう」


研修生たち、そしてアリアやミーナも息をのんだ。


「美容医療において、『足りないものを足す』だけでは解決できない悩みがあるんだ」


雄介のその言葉は、単なる知識ではなく、数多くの症例と向き合ってきた美容外科医としての深い経験に裏打ちされていた。


◆


セリーヌを見送った後、雄介は一人、黒板の前に立って腕を組んでいた。


黒板には、これまでAIZAWAが提供してきた施術の分類が書かれている。


『補う=ルミナ・フィラー / ルミナ・ファット』


その下に、チョークで新しい項目を書き足す。


『引き上げる=???』


(そうだ……現代美容外科には、切り開いて引っ張るサージェリー(切開フェイスリフト)の他に、もう一つ画期的なアプローチがある)


雄介の脳裏に、一本の細い糸のイメージが鮮明に浮かび上がった。


スレッドリフト——糸リフト。


特殊な返し(コグ)のついた医療用の糸を皮下組織に通し、垂れ下がった筋膜や脂肪層を引っ掛けて、物理的に本来の高い位置へと引き上げる技術。


「……糸なら、メスで大きく切らずに、たるみを引き上げられる」


ぽつりと漏らした雄介の言葉に、隣にいたアリアが鋭く反応した。


「……糸、ですか? 相澤先生」


「ああ」


雄介はチョークを持ち直し、黒板に大きな文字で二つの新しい術式名を書きつけた。


【新技術①:ルミナ・ダブルライン】 ——異世界版・二重埋没法。極細の医療用糸をまぶたの内部に通して固定し、切らずに自然で華やかな二重ラインを形成する。


【新技術②:ルミナ・スレッド】 ——異世界版・スレッドリフト。特殊な形状の医療用糸を皮下に挿入し、下がったSMAS層や脂肪組織を物理的に元の位置へ引き上げる。


それを見た研修生たちが一斉にざわめいた。


「ま、また新しい施術を二つも……!?」 「切り開かずに、糸だけでまぶたの形を変えたり、顔を引き上げたりするなんて……!」


アリアは青紫の瞳を輝かせ、黒板の文字を見つめた。


「魅力的ですわ……! 確かにそれが実現すれば、切開手術を恐れる多くの患者様を救えます。……ですが先生、その施術に使用する『糸』は、どのような素材を使うおつもりですか?」


「そこが最大の課題だ」


雄介は真剣な表情で頷いた。 現代であれば、ナイロンやポリプロピレンといった非吸収性の糸、あるいはPDO(ポリデオキサノン)やPCL(ポリカプロラクトン)といった体内で安全に分解・吸収される生体吸収性高分子の糸が存在する。


しかし、この世界にそんな石油化学製品は存在しない。ごく普通の絹糸や木綿糸を体内に埋め込めば、強い異物反応や感染を引き起こして惨事になるのは目に見えていた。


◆


「——それなら、この素材はどうでしょうか?」


アリアが研究室から持ってきたのは、ガラス瓶に収められた、銀色に妖しく輝く極細の繊維だった。


「これは『魔導蜘蛛(ルミナ・スパイダー)』の糸を、魔導工学的に精製した特殊繊維です。鋼鉄以上の引張強度を持ち、魔力を通す性質があります」


「ほう……」


雄介はピンセットでその糸を取り出し、感触を確かめた。驚くほどの強靭さだが、雄介は少しだけ眉をひそめた。


「強度は申し分ない。だが、これだと硬すぎる。しなやかさが足りず、皮下に通した時に違和感が出たり、組織を切り裂いてしまう危険があるな」


「では、こちらの柔軟性を高めた複合抽出液に浸し、糸の太さと表面の微小な『返し(コグ)』の形状を微調整してみますわ」


アリアがすぐさま計算用紙に魔導式を書き込み始める。


そこへ、リーナがそっと手を挙げた。


「あの……雄介先生、アリアさん」 「どうした、リーナ?」


「その糸に……私の『生気湧出』をあらかじめ馴染ませておくのはどうでしょうか」


リーナは銀色の糸にそっと手をかざし、静かな青紫の光を注ぎ込んだ。


「糸の表面に微弱な生命素子をコーティングしておけば、体内に挿入された時に、患者さんの体が『嫌な異物』として拒絶するのを防げます。それどころか、糸の周りに新しいコラーゲンや組織が穏やかに集まって、より強く定着するようになります」


「……!」


雄介は目を見開いた。


アリアが「素材」と「精密な物理構造」を設計し、 雄介が「顔面解剖学」と「適切な層への刺入ノウハウ」を提示し、 リーナが「生体適合性」と「定着力」を魔法で補強する。


かつて知識を授けられる側だった三人が、今や対等なプロフェッショナルとして、新医療の開発チームとして完璧に機能していた。


「素晴らしい……! いけるぞ、これなら現代のスレッドを超える『最高の糸』ができる!」


雄介の胸に、熱い興奮がこみ上げてきた。


◆


試作品として完成した、美しくしなやかな『ルミナ・スレッド』と『ルミナ・ダブルライン用の極細糸』を手に取り、雄介は二人と研修生たちに向かって力強く宣言した。


「ルミナ・フィラーは、足りないボリュームを『補う』」 「ルミナ・ファットは、自分自身の組織を『移植する』」 「そして今度は——」


雄介は光に透ける糸を高く掲げた。


「重力に負けて下がった組織を、あるべき『元の位置』へと戻す」


アリアが歓喜に満ちた笑みを浮かべた。


「つまり……お顔を切ることなく、若々しい造形そのものをデザインする……ということですわね?」


「そういうことだ。患者が望む美しさに合わせて、俺たちが提示できる選択肢を、もっと増やしていく」


◆


夕方、カウンセリングルームに再びエルナが呼ばれた。


テーブルの上に置かれた小さな試作針と極細の糸を見つめるエルナに、雄介は穏やかな声で問いかけた。


「エルナさん。施術の準備に入る前に、一つだけ確認させてください」


「はい……?」


「二重になりたいというのは……誰かに『その目が嫌だ』と言われたり、誰かに良く思われたいからですか?」


エルナは少し驚いたように目を見開いた。そして、自分の胸にそっと手を当て、じっくりと考えた後、まっすぐな目で雄介を見つめた。


「……違います」


彼女の唇から、温かい決意の言葉がこぼれ出た。


「誰かのためじゃありません。私……鏡を見るたびに、もっと自分の目を好きになれたらいいなって。自分をもっと好きになって、胸を張って笑顔で生きられたらって……そう思ったんです」


雄介の表情が、柔らかく崩れた。


「……そうか。それなら、俺たちにその手伝いをさせてください」


雄介はカルテを開き、力強い筆致でペンを走らせた。


『施術名:ルミナ・ダブルライン(二重埋没法)臨床試験』


「さあ……新しい時代の美容外科を、始めよう」


◆


診察室の外では、夜遅くまで明かりが灯っていた。


作業台の上には、新しい医療器具の設計図や魔導素材のサンプルが所狭しと広げられ、アリアとリーナが白熱した議論を交わしている。


「アリアさん、この糸の太さでは、まぶたの裏側に違和感が残ってしまいます!」 「ですがリーナさん、これ以上細くすると引き上げのテンションに耐え切れず断線してしまいますわ!」 「じゃあ、私の魔力で糸の引張強度を一時的に補強して……」


その光景を、腕を組んで見守る雄介の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。


ただ病や傷を治すだけではない。 足りないものを補うだけでもない。


人が「こうなりたい」「自分を好きになりたい」と心から願う姿そのものを、確かな医学と魔法の力で形にしていく。


『AIZAWA skin beauty』の美容医療は、今まさに、まだ誰も見たことのない新たな未来へと一歩を踏み出そうとしていた。

プチ整形といったら、埋没、糸リフト、フィラーあたりですかね…、最初にしたかったのですが…外科を書いてるのでが楽し過ぎて…ってエピソードです。


是非読んでくれたかたは口コミ、⭐︎評価、ブクマをお願いします!投稿頻度が1.5倍くらいになります!(きっとね…)

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