40話 追いつめられたギルドと、公開審問
翌朝。
王都中央街の朝日が、新館『AIZAWA skin beauty』の磨き上げられたガラス窓を優しく照らしていた。
「よし、本日の処置用器具の滅菌、完了いたしましたわ。薬液の補充も万全です」 「ミーナちゃん、受付の予約票の整理、手伝うね!」
アリアとミーナが手際よく開院準備を進め、リーナも昨日救った患者・クララのアフターケア計画書を真剣な表情で見直している。 いつものように活気あふれる朝を迎えるはずだった。
コンコン、コンコン。
フロントのドアを叩いたのは、患者のそれとは明らかに異なる、重く厳格な足音だった。
姿を現したのは、王都の行政をつかさどる『王立医療監察院』の紋章が刻まれた正装を纏う、三人の役人たちだった。
「相澤雄介殿、および当診療所の関係者にお間違いはないか」
「……ええ。私が院長の相澤雄介ですが。どうかされましたか?」
カルテを整理していた雄介が前へ出る。役人の長らしき男は、一切の情情を交えない硬い声で宣言した。
「王都医療管理規定に基づき、貴院に対し【緊急営業停止命令書】を交達する」
男が差し出したのは、王立監察院の金印と、赤蝋で厳重に封印された重厚な羊皮紙だった。
「え……!? ぎ、営業停止……!?」
ミーナが手にした羊皮紙を落としそうになりながら、蒼白な顔で叫んだ。
「ど、どうしてですか!? 私たちのクリニックが一体何をしたっていうんですか! 昨日だって、ひどい怪我をした患者さんを綺麗に救ったばかりなのに……!」
「理由はそこに記載されている通りだ」
役人は冷淡に理由を読み上げた。
『一、王都医療ギルドの許諾を得ない無許可の外科的医療行為。 二、成分未認可の魔導薬品および危険な医療器具の使用。 三、治癒術師資格を持たぬ者による違法な医療補助行為。 四、人体の解剖学的構造を改変する禁忌的術式の実施。』
「なっ……! 禁忌ですって……!? 私たちの医療を、そんな不吉な言葉で片付けるなんて……!」
アリアが憤りに肩を震わせ、リーナは自分の名前を呼ばれたことで怯えたように身を縮めた。
しかし、雄介は取り乱すことなく、差し出された書状をゆっくりと受け取ると、眼光を滑らせた。 そして、文章の最後の一文——『本件は、治癒術師ギルド本部からの告発および申告を受理したものである』という一節に留まった。
「……なるほど。やっぱり来たか」
雄介の呟きは、怒りではなく、どこか納得したような静けさを帯びていた。
「せ、先生……! こんなの酷すぎますわ!」 ミーナが涙目になって訴える。 「私たちが患者さんのためにどれだけ一生懸命やってきたか、あの人たちは何も知らないのに……! すぐに抗議しましょう!」
だが、雄介は静かに手を挙げてミーナを制した。
「いや。法を破っていると言われた以上、まずは冷静に確認する必要がある」
「では……言われた通りに閉院するのですか……!?」 アリアが信じられないといった様子で問う。
「違う」
雄介は書状をデスクに静かに置くと、アリアとミーナ、そして不安そうに自分を見つめるリーナの目を順番に見つめた。
「もし俺たちが本当に『患者を危険に晒すような違法行為』をしているなら、真摯に改めなければならない。……だが、今回の件はそうじゃない」
雄介の言葉には、揺るぎない論理と確信が宿っていた。
「彼らが『違法』だと主張しているのは、俺たちの医療が悪いからじゃない。……そもそも、この国の医療制度や法律が、現代の美容形成外科という『新しい概念』を想定していないからだ」
「制度が……想定していない……?」
「そうだ。傷を塞ぐことしか知らない法規の中に、形を整え、美しくし、患者の人生を前向きにする医療を持ち込んだ。枠組みからはみ出しているから『邪法』と呼ぶしかないんだよ。……だからこそ、ここで逃げるわけにはいかない」
雄介はフッと口角を上げた。
「これは、俺たちの技術を否定された戦いじゃない。新しい医療の価値を、この世界に認めさせるための戦いだ」
◆
同時刻——王都の中心にそびえる『治癒術師ギルド』本部の最高会議室。
重厚な円卓の周囲には、王都の医療を牛耳るギルド幹部たちがずらりと顔を揃えていた。 上座に立っていたのは、第一施術室長・バルトロメウスであった。
「……皆様、すでに報せは届いている通りです。あの街医者・相澤雄介に対し、王立監察院から即時の営業停止命令が下されました」
幹部の一人が不審そうに口を開く。
「バルトロメウス室長。昨日、貴殿が送り込んだ患者の件はどうなったのだ? AIZAWAの失策を糾弾するはずが、逆に我がギルドの関与が疑われ、街中で噂になっていると聞くが……」
昨日の失敗を突かれたバルトロメウスだったが、その顔には微塵の動揺も無かった。むしろ、巧みに論点をすり替えてみせる。
「それこそが、あの男の使う『邪術』の恐ましさなのです!」
バルトロメウスは熱弁を振るい、幹部たちを威圧した。
「あの男は、腐敗し切っていた組織を刃物で削り取り、異形の薬と魔力を流し込んで強引に見た目を繕ってみせました。……考えもしなさい! 我ら治癒術師の魔法とは、神から与えられた聖なる力です! 人間が勝手に肉を切り刻み、身体の形を改変するなど……医療に対する冒涜! 邪法以外の何物でもありません!」
バルトロメウスの語気には、単なる嫉妬や金銭への執着を超えた、強固な選民思想と既得権益への執着が満ちていた。
「傷が塞がれば十分なのです。見た目を美しくするなどという愚かな欲のために、神聖な人体にメスを入れる……そのような不敬を認めれば、神から授かった治癒魔法の価値は失われ、我ら治癒術師ギルドの存在意義そのものが崩壊するのですよ!」
「う、む……確かに……」 「ギルドの威信に関わる問題だな……」
幹部たちが頷き合うのを見て、バルトロメウスは心の中で醜い笑みを浮かべた。
(相澤雄介……いくらお前が腕の立つ医師だろうと、権威と法規、そして歴史という名の壁には勝てん。……お前の医療も、あの出来損ないのリーナも、すべて歴史の闇に葬ってやる)
◆
だが——バルトロメウスたちの思惑は、数時間後、社交界から巻き起こった「巨大な濁流」によって根底から崩れ去ることになる。
『AIZAWAに営業停止命令が下された』
その一報が王都の貴族街を駆け巡った瞬間、社交界の重鎮たちが一斉に激怒したのだ。
「……冗談じゃないわ!!」
扇子を激しく机に叩きつけたのは、かつて顔の大きな火傷痕に苦しみ、雄介の『瘢痕形成術』によって美しい素顔を取り戻した貴族女性・エノレアであった。
「あのクリニックが閉鎖されるですって!? 私はあそこで相澤先生の手術を受けて初めて、仮面を外し、自分の顔を隠さずに人前に出られるようになったのよ! あの誠実な医療のどこが『邪法』だというの!?」
さらに、伯爵家の令嬢・レティシアも、美しい鼻筋を誇らしく気品高く持ち上げ、毅然と声を上げた。
「AIZAWAの治療によって救われたのは、私の顔立ちだけではありません。……長年のコンプレックスから解放され、社交界へ戻る『生きる勇気』をいただいたのです。それを『危険な人体改変』などと蔑むことは、患者の想いそのものを踏みにじる暴論ですわ!」
エマやマリアンヌ伯爵夫人をはじめ、雄介の手によって人生を変えられた貴族女性たちが、次々と声を上げ、ギルドの横暴に対する非難の声は瞬く間に巨大なうねりとなった。
そして——その怒りの頂点に立ったのは、王都でも屈指の権力を持つ重鎮、オルランド公爵であった。
公爵は即座に監察院と治癒術師ギルドの幹部たちを呼び出し、雷のような怒号を叩きつけた。
「我が最愛の娘の人生と未来を救ってくださった尊い医師を……ろくに調査もせず、噂と偏見だけで『邪法使い』と断定し、営業停止を命じたというのか!?」
「こ、公爵閣下……! しかしこれは、古くから続く王都の医療制度と法規に関わる問題でして——」
ギルドの幹部が冷汗を流しながら弁明しようとするが、オルランド公爵はその言葉を鋭い一喝で遮った。
「制度だと!? 制度が患者の救いと幸福を阻むというなら、その制度そのものを改めればよいではないか!」
公爵は立ち上がり、圧倒的な威圧感でギルド幹部たちを睨みつけた。
「一方的な処分など断じて認めん! 数日後、王立裁判所にて【公開審問】を執り行う! 治癒術師ギルドと相澤雄介——双方の主張を王都の民と貴族たちの前で戦わせ、何が真の医療かを白日の下に晒すのだ!!」
公爵の一言により、事態は一クリニックの処罰を超え、国の医療の在り方を懸けた「前代未聞の公開審問」へと発展していった。
本当はこういう流れにしようとは思ってなかったんですが成り行きでこういう流れになりました…。
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