39話 真実の傷痕と、宣告の羊皮紙
手術が完了してから、一夜が明けた。
朝日が優しく差し込む新館『AIZAWA skin beauty』の特別処置室には、雄介たちスタッフだけでなく、昨日から噂を聞きつけて居座り続けていた数名の貴族や、群衆の代表とも言える街の有力者たちが息をのんで詰めかけていた。
ベッドに腰掛けているのは、昨日壊死しかけた痛々しい顔で担ぎ込まれた若い女性——クララであった。
「……それでは、ガーゼを外しますね」
ミーナが緊張した手つきで、ゆっくりとクララのお顔を覆う保護ガーゼを剥がしていく。 室内を支配するのは、針が落ちても聞こえるほどの静寂だった。
「……っ!」
ガーゼが完全に取り払われた瞬間、息を飲む音が室内に伝播した。
昨日の夕方まで、赤黒く腐敗し、肉が削ぎ落とされたように紫色に壊死していた右頬から下顎。 そこに広がっていたのは、悪夢のような怪我の跡でも、治癒魔法特有の盛り上がった不格好な肉の塊でもなかった。
壊死していた部位はふっくらとした健康な皮膚で美しく満たされ、縫合線は解剖学的な皮膚の折り目(ランガー線)に沿って、驚くほど細く、柔らかい一本の薄ピンク色の線となって馴染んでいた。
「な……なんということだ……」 「壊死して腐りかけていた皮膚が……どこにもない……!?」
観衆から感嘆と動揺の声が漏れる。 鏡を渡されたクララは、震える手でそれを受け取り、恐る恐る自分の顔を映し出した。
「……これが……私……?」
そこにあったのは、昨日まで死を覚悟するほど歪んでいた自分の顔ではなく、以前と変わらない——いや、それ以上に瑞々しさを取り戻した自分の姿だった。 ポロポロと、大粒の涙が鏡の上に落ちていく。
「うそ……嘘みたい……! 傷が……消えて……!」
「……クララさん。誤解しないでくださいね」
そっと寄り添った雄介が、優しく、しかし医師としての厳謹さを込めて声をかけた。
「傷痕が完全に『ゼロ』になったわけではありません。メスを入れた以上、わずかな縫合線は残ります。……ですが、ここからが本当の美容医療です」
雄介は解剖図を示しながら、クララに微笑みかけた。
「傷をただ強引に閉じる魔法ではありません。半年、一年とかけて、マッサージや適切な保湿、そしてリーナの『生気湧出』によるアフターケアを重ね、未来のあなたの肌がもっと綺麗になるよう整えていきます。治療は、今日から始まるんです」
「未来の……肌……」
クララは涙を拭い、深く深く頷いた。傷をその場凌ぎで塞ぐのではなく、自分の人生と未来まで考えてくれる医療の温もりが、彼女の心に染み渡っていく。
◆
その感動的な光景の傍らで、ガタガタと膝を震わせ、顔面を蒼白にしている男がいた。 昨日、「AIZAWAのせいで娘の顔が壊死した」と怒鳴り込んできた、あの貴族風の男(工作員)だ。
「……なんでだ……こんなの……あり得ない……」
男は失魂したように呟いた。
「ギルドの高度な腐敗呪導魔法と劇薬を混ぜ合わせたんだぞ……!? 金等級の治癒術師だって『組織が死んでいるから治せない』と突き放した代物だ……! なんで……なんでこんな街医者のところで元通りに治るんだ……!?」
「……ギルド?」
雄介が鋭い視線を男に向けた。 一瞬で、処置室内の空気が氷のように凝固する。
「あ……っ! し、しまった……! 違う、今のは——!」
口を滑らせた男が慌てて自分の口を塞ぐが、すでに遅かった。 ベッドの上のクララが、信じられないものを見る目で男を凝視した。
「あなた……今、なんて言ったの……? ギルドって……私に何を施したの……!?」
「ち、違う! 俺は知らん! 俺はただ——!」
「言いなさい!!」
クララが叫んだ。 自分の顔を意図的に腐らせ、人生を狂わせようとした男に対する、抑えきれない激怒。
「私を騙して『肌が綺麗になるポーションだ』と渡したのはあなたでしょう!? 私に……私に何をしたの!!」
男は周りの貴族や雄介たちの冷徹な視線に追い詰められ、ついに精神を破綻させて床に崩れ落ちた。
「俺は……俺は悪くない! 頼まれただけだ! 治癒術師ギルドのバルトロメウス室長に……『AIZAWAを潰すため、お前の顔を実験台にして潰してこい』と命令されたんだよぉっ!!」
「「「……っ!?」」」
周囲から激しいざわめきと、怒号が巻き起こった。
「治癒術師ギルドが……患者を実験台にして罠を仕掛けただと!?」 「なんと恐ろしい……! 嫉妬に狂って、若い女性の顔を犠牲にしようとしたのか!?」
企みは完全に暴かれた。 ギルドの不快な陰謀は潰え、逆に『AIZAWA』の圧倒的な医療技術と誠実さが、王都中に証明された瞬間だった。
◆
「……リーナさん」
連行されていく男を見送った後、クララがベッドから降り、リーナの前で深く頭を下げた。 そして、小さく震えるリーナの両手を、両手でしっかりと包み込んだ。
「ありがとう……本当に、ありがとうございました。あなたがいなかったら、私は一生、あの恐ろしい傷と陰謀の中で生きていくことになっていました……」
「クララさん……」
「あなたの優しい手と魔法が、私の肌を……私の人生を救ってくれたの」
心からの感謝の言葉。 かつてギルドで「即効性のない出来損ない」「無能の役立たず」と罵られ、追放された記憶が、クララの温もりによって優しく上書きされていく。
「……私……私の魔法でも……誰かを……誰かを救えました……っ」
ぽろぽろと、リーナの目から涙が溢れ出した。 そこに、雄介が歩み寄り、リーナの肩にポンと温かい手を置いた。
「違うよ、リーナ」
「え……?」
顔を上げたリーナに、雄介は誇らしげな笑みを向けた。
「『君の魔法でも』じゃない。……『君の魔法だから』救えたんだ。俺の外科技術と、君の生気湧出。どちらが欠けても、彼女の顔をここまで綺麗に直すことはできなかった。……自信を持ちなさい。君は最高の医療従事者だ」
「先生……っ……相澤先生……っ!!」
リーナは涙を拭うのも忘れ、声を上げて泣いた。 だが、それはかつて追放された時の惨めな涙でも、誰かに守られた時の安堵の涙でもない。 自分の技術で患者を救い、仲間と共に立ち上がった——自分自身への誇りと覚悟の涙だった。
◆
事件は解決し、クララの事件を通じて『AIZAWA』の名声はさらに揺るぎないものとなった。
だが——その日の深夜。
診察室で一人、カルテの整理を行っていた雄介のもとへ、アリアが青ざめた顔で駆け込んできた。
「先生……! 大変ですわ……! 門前に……これが差し出されていました……!」
アリアの手には、重厚な赤蝋の封印が施された羊皮紙が握られていた。 紋章は——治癒術師ギルド本部。
雄介が受け取り、静かに封を切って目を通す。
『通告書 ——AIZAWA skin beauty 代表、相澤雄介殿。 汝の行っている施術は、神聖なる治癒の理を冒涜する「無許可医療行為」であり、人体の理を歪める「危険な邪法」と断定する。 また、ギルドの正式な治癒術師資格を持たぬ者による違法な診療行為、および患者の身体を意図的に改変する「禁忌術」の疑いにより——
数日後、貴院に対し、ギルド監査委員会による【正式な異端医療査察】および【営業停止命令】を言い渡す。』
手紙を横から覗き込んだアリアが、唇を震わせる。
「先生……これ……ギルドが本気で、権力と法規を使って我がクリニックを叩き潰しに来る気ですわ……! 営業停止なんて出されたら……!」
奥の扉から不安そうに顔を覗かせるリーナとミーナ。
しかし——羊皮紙を机の上に静かに置いた相澤雄介の唇には、驚くべきことに、薄い笑みが浮かんでいた。
「……なるほど」
「先生……? 恐怖なさらないのですか……!?」
雄介は立ち上がり、窓の外、暗闇に佇むギルドの塔を見つめた。
「陰謀が失敗したから、今度は権力とルールで押し潰すつもりか。……結構じゃないか」
雄介の瞳に、現代の激戦区を勝ち抜いてきたプロの開業医としての、圧倒的な闘志が宿る。
「逃げる必要も、コソコソ隠れる必要もない。向こうから来てくれるっていうなら——」
雄介は振り返り、アリア、ミーナ、そして固い覚悟を宿したリーナを見つめて言った。
「俺たちの美容医療がどんなものか……真正面から見てもらおうじゃないか」
よく、医療ドラマで公開オペとかあるんですが、本当にあるんですかね?見たことはないですが…
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