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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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38/50

38話 仕掛けられた刺客と、覚醒の施術

新館『AIZAWA skin beauty』のオープンから数週間が過ぎても、クリニックの盛況ぶりは衰えるどころか、増す一方だった。


「……よし、これで経過観察は終了です。傷口の赤みもすっかり引いて、新しい綺麗なお肌に生まれ変わっていますよ」


「まあ……! 本当にありがとうございます、リーナさん。あなたの施術、本当に優しくて安心するわ」


処置室で患者の貴婦人から感謝の言葉をかけられ、リーナは照れくさそうに青紫の瞳を細めた。 かつて治癒術師ギルドで「即効性のない落ちこぼれ」と蔑まれていた少女は、今やクリニックになくてはならない存在として、患者たちから深く信頼されている。


(……私、ここで患者さんたちの笑顔を守りたい……)


数日前、裏路地で元上司のバルトロメウスから受けた激しい脅迫と、「刺客を送る」という不気味な予告。 雄介やアリア、ミーナに打ち明け、全員で立ち向かうと誓い合ったものの、閉院時間が近づくにつれて、リーナの胸には言い知れぬ緊張感が漂っていた。


「リーナちゃん、そろそろ本日の診療終了の札を出してくるね!」


「あ、ミーナさん、ありがとうございます。私も片付けを——」


その時だった。


ドォンッ!!


重厚なオーク材のフロントドアが、暴力的な衝撃音を立てて内側へと弾き開かれた。


「おい!! ここに医者がいるだろう!! 出てこい、相澤雄介!!」


夕闇が迫るエントランスに、男の怒号が響き渡った。 待合室に残っていた僅かな患者やスタッフたちが、一瞬で息を飲んで固まる。


踏み込んできたのは、上質な外套を羽織った壮年の貴族男性だった。 そしてその腕には、顔の半分を黒い布で固く覆った、一人の若き女性がぐったりと抱えられていた。


「どうなさったんですか!? お客様、ここは——」


「引っ込んでいろ! 娘の……娘の顔をどうしてくれるんだ!!」


男は制止しようとしたミーナを激しく突き飛ばすと、抱え込んでいた女性を待合室の長椅子へ強引に横たえさせた。そして、怒りに震える手で、彼女の顔を覆っていた布を容赦なく剥ぎ取った。


「「「ひっ……!?」」」


その場にいた全員から、短い悲鳴が上がった。


女性の右頬から顎にかけての皮膚が、禍々しい赤黒い斑点に染まり、中央部分はすっかり変色して紫色に壊死しかけていた。表皮は剥離しかかり、腐敗の始まりを予感させる痛々しい汁が滲み出ている。


「な、なんて酷い……!」


「おい、見たかよ……あの綺麗な顔が、まるで腐り落ちかけてるぞ……」


扉が開け放たれたことで、通りを歩いていた野次馬や近隣の噂好きたちが、何事かとクリニックの周囲に集まり始めていた。男は外の群衆に見せつけるように、大声で叫び立てる。


「一昨日! この『AIZAWA』で肌を綺麗にする施術を受けたばかりだ! なのに、今朝起きたら娘の顔がこんなことになっていた! 邪術だ……怪しい薬と異国の刃物で、娘の顔を切り刻んで壊したんだ!!」


「そんな……!? 当院ではそのような不具合が起きるような施術は一切——」


ミーナが蒼白な顔で反論しようとするが、男はそれをかき消すように怒鳴り散らす。


「言い逃れはさせんぞ! 治せないと言うなら、今すぐこのイカサマ診療所を潰せ! 相澤雄介を拘束し、処刑台へ送れ!!」


集まった野次馬たちの間で、動揺と疑惑の囁きが波のように広がっていく。


(え……嘘でしょう? AIZAWAの施術で、本当にそんな事故が……?)

(あの相澤先生が、失敗したっていうのか……!?)


緊迫した空気が待合室を支配し、アリアとミーナの顔から血の気が引いていく。


だが——奧の診察室から静かな足音とともに姿を現した相澤雄介だけは、眉一つ動かしていなかった。


「静かにしてください。ここは診療所です」


雄介の低く、芯の通った声が響くと、騒ぎ立てていた男が一瞬たじろいだ。


「ふ、ふん……やっとお出確か、相澤! 娘のこの顔を見ろ! お前の過失だ、どう責任を取るつもりだ!?」


「患者を診せてください」


雄介は男の挑発を完全に無視し、淡々と手袋をはめながら壊死を起こしている女性の元へ歩み寄った。


「診るだと!? 盗人猛々しい! お前が傷つけた顔を、今更どう診るというのだ!」


「それを正しく判断するために、医師として診察するんです。下がってください」


雄介の鋭い眼光に圧され、男はぐっと言葉を詰まらせて一歩後退した。


雄介は女性の傍らに膝をつくと、一切の動揺を見せることなく、研ぎ澄まされた観察眼で患部を凝視し始めた。


(視診——右頬部から下顎部にかけての広範な皮膚壊死。色調は暗赤色から一部紫黒色。触診——皮膚温の著しい低下。毛細血管再充満時間(CRT)の消失。壊死境界は不鮮明……)


雄介の手指が、ミリ単位で女性の患部周囲を繊細に触診していく。


(……おかしい)


雄介の瞳の奥で、冷徹な論理のスイッチが入った。


「……この患者さん、いつ当院で施術を受けたと言いましたか?」


「一昨日だと言ったろう! 『ルミナ・ニードル』という針の施術を受けた後、急激に悪化したんだ!」


男が間髪入れずに主張する。 だが、雄介は視線を患部から外さないまま、静かに、そして断固としたトーンで言い放った。


「違います」


「な……なに!?」


「この壊死は、一昨日の施術で始まったものではありません。組織の虚血状態と変性の度合いから見て、少なくとも数日前から不可逆的な組織障害が進行している」


ざわり、と外の野次馬たちが揺れた。


「な、なにを適当な言いがかりを! お前が失敗を隠すために嘘を——」


「さらに決定的な証拠がある」


雄介は男の言葉を遮り、女性の肌の境界線を指し示した。


「もし当院のニードル施術による熱傷や感染症であれば、壊死の分布は穿刺点に沿って局所的に広がるはずだ。だが、この壊死は解剖学的な解剖線(ランガー線)や血管走性を完全に無視し、まるで『特定の薬品を皮膚へ塗布・注入したかのような面状の壊死』を起こしている」


雄介は壊死組織の微小な滲出液をピンセットで僅かに採取し、臭気と性状を確認した。


「……強酸性の薬品、あるいは……組織を壊死させる特異な毒性を帯波させた過剰な治癒魔力だ」


「薬物……? 毒性……?」


傍らに控えていたアリアが息を呑む。


「ああ。これは施術の失敗などではない。……誰かが意図的にこの患者の皮下血流を完全に遮断し、組織を壊死させた『人工的な病変』だ」


雄介の完璧な解剖学的ロジックによる看破。 男の顔が、一瞬で分かりやすく引きつった。


(な、なぜだ……!? 治癒魔法の過剰投与で意図的に腐らせた痕など、普通の人間どころか宮廷医術師でも見抜けるはずがないのに……!)


男の動揺を見た観衆の間で、一気に空気が変わり始める。


(おい……もしかしてあの患者、AIZAWAのせいじゃないんじゃないか?)

(誰かが罠を仕掛けたってことか……!?)


真相を見破られた男は、焦りのあまり半狂乱になって叫んだ。


「だ、騙されるな! こいつは自分の保身のために出たらめを言っているんだ! 壊死の原因がなんであれ、お前のところで治せないなら同じことだ! 治せないなら今すぐ営業を停止しろ!!」


追い詰められた男の汚い怒号。


しかし、雄介は静かに立ち上がると、医療用の滅菌手袋をキュッと音を立てて手に馴染ませた。


「誰がどんな意図でこんな傷を作ったかは、後だ」


雄介の瞳には、一切の迷いも無かった。


「理由がどうであれ、目の前で苦しんでいる患者を放って帰すわけにはいかない。……今から治療を行う」


「ち、治療だと!? 冗談だろ、こんなに皮膚が腐り落ちているんだぞ! 治癒魔法をかけたって、歪な塊になって塞がるのが落ちだ!」


「だからこそだ」


雄介はアリアとミーナ、そして固まっているリーナを見つめた。


「ここまで壊れ、死んでしまった組織の上から、ただ傷を塞ぐだけの治癒魔法をかけても意味がない。腐敗した組織を閉じ込めれば、内部で菌が繁殖し、やがて全身の敗血症を引き起こして命を落とす」


雄介は手術室の灯りを点灯させるよう指示を出した。


「死んだ組織を完全に切り取り、清掃する(デブリードマン)。そして、健康な組織の血流を再建した上で、正しく皮膚を再生させる。……それが、本物の医療だ」


雄介は振り返り、怯えていたリーナの前に立った。


「俺一人じゃ足りない。……リーナ、君の力が必要だ」


「私……の……?」


「ああ。俺が壊死組織を完璧に除去し、土台を整える。その上で、君の『生気湧出』で細胞の再生力を限界まで引き出すんだ。……異世界で唯一、この患者を元通りに綺麗に救えるのは、俺たちだけだ」


雄介の力強い言葉と信頼の眼差しに、リーナの胸の奥で、くすぶっていた炎が激しく燃え上がった。


(……逃げない。私はもう、過去のトラウマからも、ギルドの脅迫からも逃げない……!)


「……はい! 相澤先生、私に……私に手伝わせてください!」


リーナが強く頷いた。


「オペ室へ搬入だ! アリア、デブリードマン用器具と無菌ドレープの準備! ミーナは外の野次馬の誘導を!」


「「はい!!」」


罠として送り込まれた刺客を前に、相澤雄介とチーム『AIZAWA』による、極限の修復手術(デブリードマン&皮膚再生術)の幕が切って落とされた。


オペ室へと緊急搬入された女性患者。無菌灯の白い光が彼女の顔を照らすと、室内の緊迫感は一気に跳ね上がった。


雄介が慎重にメスを滑らせ、腐敗し変色した表皮を切開・剥離した瞬間、傍らに立つアリアが息を呑んだ。


「先生……! これ……表皮だけではありませんわ……!」


「ああ……予想以上に深い」


雄介の表情が険しく引き締まる。 皮下組織どころか、その奥の表情筋の浅層にまで、毒性の魔力と劇薬による壊死が到達していた。赤黒く変性した肉芽と、血流の途絶えた灰色組織が、右頬から下顎にかけて広大に落ち込んでいる。


「これでは……死んだ組織をすべて削り取ったら、顔の半分に巨大な窪みが残ってしまいますわ……! どんなに皮膚を繋ぎ合わせても、元の顔立ちを保つなんて……」


アリアが唇を噛みしめる。 もしもすべての組織を切除すれば、若い女性の顔に決定的な組織欠損と大きな変形が残ってしまう。


扉の向こう、待合室や外の通りからは、未だに不穏な野次馬や工作員の怒号が聞こえていた。


「どうした!? 手術室に入ったまま出てこないじゃないか!」 「やっぱり治せないんだ! AIZAWAの医療なんて、目騙しのインチキだったんだよ!」


室内にまで届く不躾なノイズ。 雄介は一瞬だけ瞳を閉じ、深く静かな息を吐いた。


そして——。


「……リーナ」


「っ……はい……!」


名前を呼ばれたリーナの身体が、ビクッと跳ね上がった。


「君の力を貸してほしい」


「私……の……?」


言われた瞬間、リーナの頭の中に、あの冷酷な声が恐ろしい真実味を帯びて蘇った。


(『出来損ないのお前に何ができる』)

(『お前の魔法では何も救えない』)

(『お前は治癒術師失格だ』)


バルトロメウスの嘲笑。ギルドを追放された日の惨めさ。 目の前の手術台で、赤黒く腐敗し、深く壊死している痛々しい傷口。


「私……には……」


視界が恐怖で大きく歪む。カゴを持つように差し出そうとした両手が、ガタガタと激しく震えて止まらない。


「無理です……! 相澤先生……私の魔法は、ギルドの治癒魔法みたいに、傷を一瞬で塞ぐことなんてできません……! 組織を一度に元通りにするなんて……そんな凄い魔法じゃないんです……!」


「知っている」


雄介の答えは、驚くほど静かで、温かかった。


「だったら……! だったら私じゃ……!」


「だから、君なんだ」


「え……?」


涙で濡れた瞳を上げたリーナに、雄介は患者の傷口をピンセットで指し示しながら、はっきりと告げた。


「俺が死んだ壊死組織を完璧に取り除く。血流のある健康な組織まで削り出し、傷の形態を整える。……だが、俺のメスでできるのは『土台を作る』ところまでだ」


雄介の青黒い眼光が、真っ直ぐにリーナの瞳を貫く。


「その先……失われた広大な組織を芽吹かせ、患者自身の身体をここまで強く再生させられるのは、俺の外科手技でも、アリアの魔導具でもない。……君の『生気湧出』だけだ」


「先生……」


「俺は傷を綺麗に切り整えることはできても、細胞そのものに『生きろ』と命じることはできない。……これは、君にしかできない仕事だ」


「君にしかできない仕事」——。


かつて「役立たず」と捨てられ、即効性がないと蔑まれてきた自分の魔法。 それが今、異世界の偉大な医師によって、何よりも代えがたい「唯一無二の医療技術」として定義された。


その時、手術台の上で局所麻酔に包まれていた女性患者が、弱々しく目を開けた。 恐怖と痛みに歪んだ瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。


「……れん……せい……」


かすれ切った細い声が、小さく漏れた。


「私……綺麗に……なれますか……? この恐ろしい顔……元に戻りますか……?」


その問いかけに、リーナは息を呑んだ。


かつての自分だ。 顔を失う恐怖に怯え、未来を絶望し、誰にも救ってもらえずに泣いていた、あの頃の自分と同じだ。


(逃げちゃダメだ……。ここで私が怯えたら……この人は、昔の私みたいにずっと闇の中で泣くことになる……!)


リーナは震える両手を強く、強く握りしめた。溢れ出る涙を拭い、まっすぐに患者の目を見つめる。


「……大丈夫です」


掠れていた声が、静かな強さを帯びて響く。


「私が……相澤先生と一緒に、あなたを治します。……絶対に、綺麗なあなたに戻します」


リーナは雄介に向き直り、深く息を吐いた。青紫の瞳から迷いが消え、揺るぎない覚覚醒の光が宿っていた。


「相澤先生。……私、もう逃げません。指示をください!」


「よし……! オペを再開する!」



手術室の空気が、一瞬で超集中の極致へと切り替わった。


「アリア、メスと小型の吸引カニューレを!」


「はい、先生! 滅菌メスです!」


雄介の手元が、精密機械のごとき精度で動き始める。 ミリ単位の狂いもなく、腐敗した不鮮明な壊死組織だけを鋭利に削ぎ落としていく。健康な血管や神経走行を寸分違わず回避し、壊死の最深部——鮮血が滲み出す「生きている組織(生血管床)」まで、見事な速さで到達させた。


「アリア、生理食塩水で術野を洗浄! 吸引!」


「洗浄します! 吸引完了、術野クリアですわ!」


「よし……! 壊死組織の完全切除デブリードマン、完了だ」


雄介はメスを置くと、一歩下がってリーナを見つめた。 切り整えられた傷口は、余分な腐敗組織が一切消え去り、フレッシュな血液が均一に滲み出ている。最高の土台が、完璧に整えられていた。


「——今だ、リーナ!」


「はい……っ!!」


リーナが静かに前に進み出た。 両手を患者の患部からわずか数センチの高さへかざす。


(落ち着いて……。組織の層を感じて……毛細血管、皮下組織、表皮の細胞……全部に、生きる力を流し込むの……!)


生気湧出アナボリック・ブースト——!!」


次の瞬間、リーナの手のひらから、今までとは比べ物にならないほど濃厚な、エメラルドグリーンの光が爆発的に溢れ出した。


その光は、ただ傷口を覆うだけではない。 雄介がメスで削り出し、血流を確保した「生の組織」を導火線にして、光の粒子が細胞の奥深くへと吸い込まれていく。


シュゥゥゥ……! と心地よい生体反応の音が手術室に響く。


「な……なんですの、この再生速度は……!?」


アリアが思わず声を漏らした。 雄介が血流を確保したことで、リーナの魔法が爆発的なシナジーを引き起こしていた。 落ち込んでいた頬の肉芽組織が、まるで芽吹く若草のようにみるみると持ち上がり、微細な毛細血管が網の目のように急速に網羅されていく。


「すごい……! 血管が繋がっていく……肉芽が盛り上がっていく……!」


リーナ自身も、自分の手から繰り出される奇跡のような光景に目を見張った。


「もっとだ、リーナ! 君の魔法なら、もっと行ける!」


「はい……っ! 伸ばして……綺麗に繋がって……! 『生気湧出』!!」


光がさらに輝きを増す。 盛り返した肉芽の上に、滑らかな新しい皮膚がシートを敷くように急速に再生し、変色していた赤黒い痕跡を上書きしていく。 ひきつれも、傷痕も、凹みすらも残らない。ただただ柔らかく、瑞々しい「元の健康な素肌」が、完璧な形で復元されていった。


奇跡のような光景。 だが、これは決して神がかり的な偶然(奇跡)ではない。


雄介の現代形成外科による「正確なデブリードマンと血流確保」という土台。 アリアの「完璧な術前準備とアシスト」。 そして、それに応えたリーナの「細胞の再生力を限界まで高める最高の魔法」。


医療の手技だけでも間に合わなかった。 魔法の力だけでも、腐った組織を閉じ込めて全滅していただろう。


「……ふぅ……術野の生着、完了だ」


光が収まった時、手術台の上には、先ほどまでの悲惨な壊死が嘘だったかのように、滑らかで美しい肌を取り戻した女性が横たわっていた。


雄介は汗を拭い、感嘆の息をつくリーナとアリアを見つめて、力強く言い放った。


「魔法だけでもダメだった。外科手技だけでも足りなかった。……二つの力を完璧に融合させて患者を救う。これが——『AIZAWA』の医療だ」

デブリードマンは一年目で経験した時にとても印象に残ったという記憶です。

リーナちゃまの活躍と陰謀の影とはクライマックスです!


ブクマ、コメント、評価を是非是非お願いいたします!

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