35話 お腹の脂肪を胸に移しただけなのに、貴族女性から予約が殺到しました
「……これが、私のお腹や太腿の脂肪を胸に移す施術……『ルミナ・ファット移植(自体脂肪注入術)』ですか」
完全個室のカウンセリング室。 説明を終えた雄介の前に置かれた羊皮紙の図解を見つめ、貴族女性エマは感嘆の息を漏らした。
「ええ。異物を一切使わず、ご自身の身体から余分な脂肪組織を採取し、高純度に精製した上でバストの適切な層へ注入します。人工物を入れるリスクがなく、触り心地も仕上がりも極めて自然です。さらに——」
雄介は落ち着いたトーンで付け加える。
「脂肪を採取した部位……例えば太腿やお腹周りは、その分だけすっきりと引き締まります。言わば、部分痩せとバストアップを同時に叶える施術です」
「自分の脂肪を使うから安全で、形も自然……しかも、気になっていた太腿まで細くなるなんて……」
エマの瞳に、かすかな迷いは消え、強い希望の光が宿った。
「相澤先生。……私、その施術を受けたいです。どうか、よろしくお願いいたします!」
「承知いたしました。全力を尽くします」
雄介が力強く頷くと、傍らに控えていたミーナ、アリア、リーナも一斉に微笑みを浮かべ、それぞれの準備へと動き出した。
◆
無菌管理が徹底された、新クリニックの第一手術室。
中央の手術台に横たわるエマは、着慣れない清潔な施術着に身を包み、緊張で少し身を強張らせていた。
「エマ様、大丈夫ですよ。先生の腕は確かですし、私もずっとお側にいますからね」
ミーナが優しく声をかけながら、エマの手を握る。
「……はい。ミーナさん、ありがとうございます」
「麻酔を始めます。局所麻酔と軽い鎮静薬を配合したブレンド液です。意識はぼんやりと穏やかになり、痛みは全く感じなくなりますよ」
雄介が声をかけると、エマの表情が次第に和らぎ、ゆったりとした呼吸へと変わっていった。
「よし。オペを開始する」
雄介の眼光が、一瞬で職人のそれに切り替わる。
「アリア、吸引用のカニューレとシリンジを」
「はい、先生。滅菌済みカニューレですわ」
アリアから器具を受け取った雄介は、エマの太腿の付け根——シワに隠れるごく小さな目立たない部位に、ミリ単位の切開を加える。 そこから細身の金属管を滑り込ませ、組織を傷つけないよう滑らかな手技で余剰脂肪を吸引していく。
(吸引のスピードと陰圧の強さが命だ。脂肪細胞を押し潰さず、生きたまま採取する……)
無駄のない洗練された手さばきで、必要な量の脂肪がシリンジへと溜まっていく。
「脂肪の採取完了。アリア、精製を頼む」
「お任せください!」
雄介からシリンジを受け取ったアリアは、即座にそれを『魔導遠心分離器』の専用バケットへセットした。 アリアが魔石に魔力を通すと、精密なギアが音もなく噛み合い、遠心分離器が高速回転を始める。
ブゥーン……という静かな回転音が収まると、シリンジの中身は見事に三層へと分離していた。 壊れた油分と、血液・麻酔液が取り除かれ、中央には黄金色に輝く最高純度の脂肪——『ピュアファット』が抽出されていた。
「遠心分離、成功ですわ! 純度の高い健全脂肪のみを抽出しました!」
「見事だ、アリア。……次は注入に入る」
雄介は細密な注入用カニューレに持ち替え、エマの胸元へと向かい合う。
(一箇所に固めて大量に注入すれば、血流が行き渡らずにしこり(肉芽腫)になる。皮下組織、大胸筋上、乳腺下……複数の層へ、微量ずつ散らすように注入する『マルチレイヤー(多層微量注入)法』だ)
雄介の指先が、まるで精密機械のようにミリ単位の感覚でカニューレを操作する。 デコルテから胸の頂点にかけての滑らかな傾斜。おわん型の美しい丸み。左右のわずかな容積差を完璧に計算し、黄金比のバストラインを描き出していく。
そして——最後の仕上げだ。
「リーナ、頼む」
「……はい」
前へ進み出たリーナが、深く息を吐き、注入されたエマの胸元へ静かに両手をかざした。
青紫の瞳が神秘的な光を放ち、彼女の掌から柔らかい魔力の波動が溢れ出す。
『生気湧出』——!
「……新しい場所で……力強く、生きて……」
リーナの繊細な魔力コントロールにより、移植された無数の脂肪細胞一つひとつに魔力が染み込んでいく。 細胞本来の生命力が爆発的に跳ね上がり、周囲の毛細血管が引き寄せられるように急速に形成されていく。
(すごい……! 移植された脂肪が、リアルタイムで患者の組織と結合し、生き生きと馴染んでいくのがわかる……!)
現代医療の技術と、異世界の魔法。 二つの力が完璧に融合し、異世界初の『自体脂肪注入豊胸術』は、一つの傷も過度な出血も出すことなく無事終了した。
「オペ終了だ。全員、お疲れ様」
「「「お疲れ様でした!」」」
緊張の糸が切れ、手術室に達成感に満ちた空気が広がった。
◆
術後、完全個室のリカバリー室。
麻酔から完全に覚めたエマは、ベッドの上に体を起こしていた。
「エマさん、お体のお痛みやご気分はいかがですか?」
雄介が問いかけると、エマは夢から覚めたような顔で自分の胸元に手を添えた。
「痛みが……驚くほどありませんわ。……それに、なんだか胸のあたりが、ずっしりと温かいような……」
「ええ。手鏡をお渡しします。……見てみてください」
雄介から受け取った姿鏡を、エマはおそるおそる自分の胸元へと向けた。
施術着の胸元から覗くのは、かつてのような平坦で自信の持てないラインではなかった。 ドレスの映えるデコルテからの美しいドレープ、自然で豊かなハリを携えた丸み。触れてみると、柔らかく温かい、どこからどう見ても『自分自身の胸』そのものだった。
「これが……私……? まるで夢みたい……! いえ、本当に私の……私自身の身体なんですのね……!」
さらにエマが掛け布をめくって太腿を確かめると、脂肪を採取した部位はすっきりと引き締まり、脚のラインまで美しく整っていた。
「切ってもいないのに……こんなに綺麗で、自然な丸みが……! 傷跡も、小さな点のような跡しかありませんわ……!」
エマの瞳から、ポロポロと大きな涙が溢れ出した。 長年、誰にも言えず、美しいドレスを着るたびに一人で抱え込んできた深いコンプレックス。それが今、完璧な形で救われたのだ。
「相澤先生……! 本当に……本当にありがとうございました……!」
感動に震えるエマの感謝の言葉に、雄介は優しく微笑みを返したのだった。
◆
数日後。経過観察のために訪れたエマの脂肪生着率はほぼ100%に近く、しこりや腫れも一切見られなかった。 背筋をピンと伸ばし、溢れんばかりの自信と笑顔を取り戻した彼女は、晴れやかな足取りでクリニックを後にしていった。
そして——物語はそこで終わらなかった。
「……ねえ、聞いた? あのエマ様、最近急に雰囲気がお艶やかになられたと思わない?」
「ええ! 先日の夜会でお召しになっていたドレス姿、胸元から背中へのラインが溜息が出るほど美しかったわ……!」
「聞けば、切らずに自分の身体を整える秘術を受けられたのだとか……」
「まさか……あの『AIZAWA』の相澤先生の……!?」
社交界でエマの劇的な変貌が話題に上るやいなや、噂は瞬く間に王都中の貴族女性たちの間へ広がっていった。
『顔だけでなく、身体の悩みまで完璧に叶えてくれる場所——AIZAWA skin beauty』
その評判は決定的なものとなり、翌週からのクリニックの予約枠はまさに「パンク状態」となった。 待合室の予約リストは記帳が追いつかないほどの勢いで埋まり、貴族の馬車が連日長蛇の列を作る事態となったのだ。
「先生〜っ! 予約の問い合わせが多すぎて、ミーナちゃんだけじゃ受付の手手が回りませんわ〜!」
「コンシェルジュの追加要員の手配をゴルドーさんに頼もう……!」
多忙を極める受付の悲鳴を聞きながら、雄介はカルテに新しいメニュー名を書き込んだ。
【ルミナ・ファット(自体脂肪注入)】 ・バストアップ(豊胸) ・こめかみ・頬のこけ補正 ・ほうれい線・額の若返り
少量の『ルミナ・フィラー』による形態修正と、大容量の『ルミナ・ファット』による若返りとボディメイク。
「ふっ……忙しくなるな」
雄介は心地よい苦笑を浮かべ、白衣の袖をまくり上げた。
現代の形成外科手技と異世界の魔導・魔法が織りなす総合美容クリニック『AIZAWA skin beauty』。その名は今や、王都全体の「美の聖地」として、揺るぎない輝きを放ち始めていた。
タイトルがちょっと被ってるようなしてないような、、、困った。
ストックが切れそうで、そろそろ執筆をしないと思う今日頃ごろ。
とにかく頑張りますので、ブクマ、⭐️評価をお願いします。




