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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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34話 自分の脂肪で美しくなる

「……胸、ですか」


完全個室のカウンセリング室。フードを脱ぎ、消え入りそうな声で胸のコンプレックスを明かした貴族女性——エマに対して、雄介の眼光がすっと鋭くなった。


美容外科医としての思考回路が、一瞬でギアを切り替える。


「エマさん。胸を大きくしたいとおっしゃいましたが……具体的にはどのような仕上がりをイメージされていますか? ただひたすら大きくなればいい、というわけではありませんよね」


「え……っ?」


思いがけない問診に、エマは一瞬呆気にとられた。


「美観におけるバストの悩みは、単純なサイズアップ(巨大化)だけではありません。デコルテからの自然な垂れ線(ドレープ)、おわん型の丸み、あるいは左右のサイズ差の改善、加齢や体型変化によるボリュームロスの補完……。患者さん一人ひとりによって、目指すべき『理想』は全く異なるのです」


雄介の的確な指摘に、エマは何度も大きく頷いた。


「そ、そうです……! 私はただ無闇に大きくしたいわけではありませんの……! 骨格に対してあまりに不自然な大きさになっても困りますし……自然な丸みがあって、お洋服を着た時にすっと美しい立ち姿になれるような、そんな形にできたらと……」


「なるほど。よくわかりました」


雄介はカルテにメモを走らせながら、静かに腕を組んだ。


「身体の外観を変える……特にボリュームを増やす方法として、理論上は体内へ何らかの構造物を入れるアプローチがいくつか考えられます。例えば前世――私のいた世界では『シリコンバッグ』のような安全な人工物を挿入する手術や、高分子の注入剤を使う方法がありました」


「人工物を……お胸の中に、ですか?」


傍らで聞いていたアリアが不思議そうに問う。


「そうだ。だが、この世界には体内に入れて数十年放置しても腐食せず、人体に拒絶反応を起こさないような医療用シリコンや高度な人工物は存在しない。粗悪な異物を入れれば、感染や劇的な炎症を引き起こして取り返しのつかないことになる」


「では……切らずに、あるいは安全に胸を大きくするなんて、やっぱり無理なのでは……?」


エマの表情に再び陰りが差す。だが、雄介の唇にはうっすらと確信に満ちた笑みが浮かんでいた。


「安全に体内に使える人工物がないなら――『自分の身体にあるもの』を使えばいい」


「……え?」


「自分の……身体?」


エマも、スタッフたちも、首をかしげた。


◆


診療終了後。 スタッフだけのミーティングルームで、雄介は羊皮紙に素早く人体の解剖図を描いて見せた。


「人間の身体には、エネルギー貯蔵庫として蓄えられた『余分な脂肪組織』が存在する。腹部、太腿の内側や裏側、腰回り……人によって付いている場所は様々だ」


雄介はペン先で腹部と太腿を指し、そこから矢印を胸へと引っ張った。


「脂肪吸引の技術で、この余った部位から安全に脂肪細胞を採取する。そして、それを精製し、胸の適切な層へ注入移植する。これが『自体脂肪注入による豊胸術』だ」


説明を聞いていたミーナが、目を丸くして自分の身体を見つめた。


「えっ……!? 先生、それって……お腹や太腿のついてほしくないお肉を切り崩して、そのまま胸に持ってこれるってことですか……!?」


「理論上は、まさにそういうことだ」


「な、なんて夢のような話なんですかーっ! 一石二鳥どころの騒ぎじゃないですよ! お腹が凹んで胸が大きくなるなんて……!」


ミーナは感銘を受けたように自分のウエストを両手でさすり、ふと何かを思いついたように雄介を見た。


「……じゃあ先生! 私のお腹の脂肪も、胸に持っていけばDカップから一気に——」


「ミーナ」


「はい?」


「まだ異世界での技術として開発段階だ。自分を実験台にしようとするな」


「ですよねー」


ミーナがてへっと冗談めかして頭をかき、周囲から小さくクスクスと笑いが漏れた。


◆


「だが……問題はここからだ」


雄介は真剣な表情に戻り、羊皮紙を叩いた。


「前世の医療知識がある俺でも、この世界でゼロから脂肪注入を完成させるのは不可能だ。みんなの協力が絶対に不可欠になる」


脂肪注入豊胸において、ただ脂肪を吸って打てばいいというものではない。 最大の難関は二つ。 **『脂肪の精製』と、『移植後の定着率(生着)』**だ。


「まず一つ目の課題は、採取した脂肪の不純物除去だ。吸い出した直後の脂肪には、血液や麻酔液、破壊された細胞の死骸が多く混ざっている。これをそのまま胸に注入すれば、激しい炎症やしこり(肉芽腫)、感染の原因になる」


「採取した脂肪を綺麗に精製する……どうやって行うのですか、先生?」


アリアが身を乗り出して尋ねる。


「前世では『遠心分離器』という機械を使っていた。採取した液塊を高速で回転させ、重力の差を利用して【純粋な健全脂肪】【血液・麻酔液】【壊れた油分】の三層に綺麗に分離させるんだ」


「回転させる……遠心力、ですか?」


魔導工学や器具の構造に強いアリアの瞳が、キラリと知的な光を宿した。


「ええ、先生! それなら魔導技術で再現可能ですわ! 精密な魔石の出力調整機構と、高速回転に耐える密閉バケットを作れば……『魔導遠心分離器』として完成させられます!」


「本当か、アリア!?」


「はい! 滅菌可能な金属と回転軸の計算は私にお任せください。先生の求める『純粋な脂肪』を取り出せる機械を、すぐに鍛冶工房と連携して設計してみせます!」


アリアが頼もしく胸を張る。医療助手として、そして魔導工学の専門家としての成長ぶりに雄介は深く感銘を受けた。


「助かるよ、アリア。……だが、最大の壁は二つ目だ」


雄介のトーンが再び重くなる。


「精製した健全な脂肪を胸に注射したとしても、そのすべてがそのまま生き残るわけじゃない。脂肪細胞も生きた組織だ。新しい場所(胸)へ移植された後、急速に周囲から新たな微細血管が引き込まれ、酸素と栄養が供給されなければ……細胞はそのまま壊死してしまう」


壊死した脂肪は体内に吸収されて元のサイズに戻ってしまうか、最悪の場合、硬いしこりとなって残ってしまう。前世でも脂肪定着率は50%〜70%程度と言われ、いかに定着率を上げるかが美容外科医たちの至高の課題だったのだ。


「新しい場所で、脂肪細胞が力強く生き残るための『環境づくり』……こればかりは現代医療でも難題だった」


雄介が腕を組んで思案に暮れた、その時だった。


「……あの、先生」


控えめな、しかし澄んだ声が室内を満たした。 声を上げたのは、元治癒術師の少女——リーナだった。


青紫の瞳をまっすぐ雄介に向け、彼女は静かに言った。


「……移植した新しい細胞が、その場所でちゃんと息をして、馴染めるようにすればいいんですよね?」


「ああ。毛細血管が速やかに引き込まれ、細胞本来の生命力が活性化すれば定着率は劇的に跳ね上がる。……だが、そんな真似が——」


「……できます」


リーナは小さな自分の手をそっと胸の前で握りしめた。


「私の治癒魔法……『生気湧出(アナボリック・ブースト)』なら」


「!」


「私の魔法は、傷口を直接塞ぐことはできません。その代わり……組織が本来持っている『自己再生能力』と『細胞の代謝力』を何倍にも引き上げるだけの魔法です」


かつて治癒術師ギルドで「即効性がない」「傷を塞げない出来損ない」と蔑まれ、追放された彼女の魔法。 だが、雄介の元に来てから、その価値は180度覆された。


切開手術のダウンタイム短縮、フィラー施術後の炎症抑制、そして今——。


「採取して移植された脂肪細胞に、私の『生気湧出』をかければ……細胞の生命力を爆発的に高め、新しい場所での血管形成(血管新生)を強烈に促すことができるはずです。……移植されたお肉が、死なずにそこで『生着』するのを、私の魔法で助けられます」


「……っ……!」


雄介はハッと目を見開いた。


形成外科・美容外科の歴史において、脂肪定着率を上げるための様々な薬剤や成長因子(PRP等)が研究されてきた。だが、細胞そのものの自己再生力と血管新生を極限まで直接引き出す『魔法』の介入——。


それこそが、この異世界において現代医療すら凌駕する**【完璧な脂肪注入術】**を完成させる最後のピースだったのだ。


「すごいよ、リーナ……! それだ! 君の魔法があれば、脂肪の壊死リスクを極限まで減らし、驚異的な定着率を実現できる!」


雄介が感服して称賛すると、リーナはぽっと頬を染め、恥ずかしそうに、けれど誇らしげに小さく微笑んだ。


「……先生の力に、なれるなら……私、頑張ります」


「よし!」


雄介は力強く頷き、スタッフ三人を見渡した。


「アリアの『魔導遠心分離器』、リーナの『細胞定着魔法』、ミーナの『患者カウンセリングと術後ケア』、そして俺の『脂肪採取・注入手技』。——全員の力を合わせて、この異世界で初となる『安全で自然なバストアップ治療』を成功させよう!」


「「「はいっ!!」」」


一致団結した『AIZAWA skin beauty』チーム。 美を求める女性の悩みに応えるため、新たな美容医療の開拓が今、幕を開けようとしていた。


◆


翌日から、新クリニックの地下にある研究室で、三人による怒涛の実証実験が始まった。


役割分担は明確だ。 相澤雄介が【採取】を、アリアが【分離】を、そしてリーナが【生着】を担う。


だが――世界初の技術開発が、一朝一夕でうまくいくはずもなかった。


「……ダメだ。定着率が低すぎる。三日経たずに大半の脂肪細胞が死滅して吸収されているな」


顕微鏡を覗き込んだ雄介が、深く溜息をついた。 素材市場で買い付けた豚の皮膚組織を用いた第一回目の臨床実験。採取した脂肪をそのまま移植したものの、組織内での生存率は惨憺たるものだった。


「アリア、遠心分離の回転速度はどうだ?」


「回転数が足りず、破砕された細胞の油分と不純物がまだ混ざっていましたわ。分離バケットの構造を改良し、回転数を1.5倍に引き上げます!」


アリアが魔導遠心分離器の魔石回路をドライバーで締め直し、バケットの遠心バランスをミリ単位で再調整する。


そして、二回目の実験。 アリアの改良により、驚くほど純度の高い黄色い健全脂肪層を取り出すことに成功した。だが、それでも定着率は目標値に届かない。


「……次は、私の番です」


二回目の結果を受け、リーナが静かに立ち上がった。


「これまでは、移植した後の組織全体に魔法を広範囲に掛けていました……。でもそれだと、魔力が分散して個々の脂肪細胞まで届いていなかったんです」


リーナは青紫の瞳を細め、集中力を極限まで高める。


「細胞の一つひとつに……新しい場所で生きろと命じるように。『生気湧出(アナボリック・ブースト)』の出力を、微小領域に集約させます」


三度目の実験。 アリアの手によって完璧に精製された純粋脂肪が移植され、そこへリーナが細かく魔力をコントロールした『生気湧出』を浸透させていく。


さらに三日が経過した、ある朝。


培養プレパラートをセットし、顕微鏡のレンズに目を押し当てた雄介の身体が、ぴくりと固まった。


「……残ってる」


「え……?」


アリアとリーナが、息を呑んで雄介の顔を見上げる。


「脂肪細胞が……生きている。毛細血管が強烈に引き込まれて、完全に周囲の組織と一体化している……!」


「「……っ!!」」


「二人とも、見てみろ!」


雄介に促され、アリアとリーナが代わる代わる顕微鏡を覗き込んだ。 レンズの向こうには、生命力に満ち溢れた鮮やかな細胞群が、確かにそこに息づいていた。


「すごいです……! 私たちが精製した脂肪が、完全に『生着』していますわ……!」


「本当に……生きている……」


顕微鏡から顔を上げた雄介は、抑えきれない笑みを浮かべて二人の肩を叩いた。


「やったな! 大成功だ!」


「はいっ! 私たちの……研究成果、ですね!」


アリアが嬉しそうに胸を張り、眩しい笑顔を弾けさせる。 一方、リーナはぽろぽろと大粒の涙を瞳から溢れさせていた。


「……私の魔法が……こんな……素晴らしい技術に……」


かつて治癒術師ギルドで「即効性がない」「傷も塞げない出来損ないの落ちこぼれ」と蔑まれ、行き場を失っていた自分の魔法。 それが今、異世界の天才医師の手によって、誰も見たことのない最高の美容医療を生み出す原動力になっている。


「出来損ないなんかじゃない。君の魔法は、世界中の女性を救う唯一無二の力だ。胸を張りなさい、リーナ」


雄介が温かく頭を撫でると、リーナは「ふへ……っ」と涙を拭いながら、心の底からの幸せそうな笑顔を咲かせたのだった。


◆


研究が一区切りつき、器具の片付けを行っていた夕暮れ時のこと。


棚に並べられた人体の解剖模型を見つめていたリーナが、ふと思い立ったように雄介へと視線を向けた。


「……先生」


「ん? どうした、リーナ」


片付けの手を止めずに答える雄介に、リーナは少しだけ頬を朱に染め、指先をモジモジさせながら尋ねた。


「あの……先生は……胸の大きい女性のほうがお好きなんですか……?」


「……ハ?」


予想外すぎる質問に、雄介の手がピタリと止まった。


「な、なんで急にそんな話になるんだ?」


「だ、だって……今回の研究って、その……女性のお胸を大きくするためのものですし……。男性って、やっぱりそういう……大きい方がお好きなのかなって……」


上目遣いでじーっと自分を見つめてくるリーナ。 雄介は困惑気味に頭を掻いた。


「違うぞ。今回の豊胸術の開発は、あくまで患者さんの悩みを解決し、美の選択肢を増やすためだ。俺個人の嗜好なんて一ミリも関係ない」


「……本当に?」


「本当だ。医師として当然だろ」


疑い深そうに目を細めるリーナ。そこへ、隣で医療器具を薬品に漬けていたアリアが、淡々とした調子で口を挟んだ。


「リーナ、安心しなさい。先生は患者さんの胸を見ている暇なんてありませんわよ」


「え?」


「だってこの先生、診察中はずっと患者さんの『顔の骨格』と『肌の質感』しか見ていませんから。どんなにグラマラスな女性が来ても、見ているのは鼻筋と輪郭の角度だけです」


「……アリア、なんでそんなこと知ってるんだ?」


雄介が突っ込むと、アリアはフッと澄ました顔で視線を逸らした。


そこへ、差し入れのティーセットを持ったミーナがパタパタと部屋に入ってきた。


「あはは、アリアちゃんの言う通りですよ〜! 先生って本当に女性のスタイルとかに興味ないですよね! ……あ、でも気になるな! じゃあ先生、ズバリ『好きな女性のタイプ』ってどんな人なんですか!?」


目を輝かせて身を乗り出してくるミーナ。 アリアもリーナも、急に耳をピクッと立てて雄介の答えを固唾を呑んで待ち構える。


「……なんで急に採用面接みたいになってるんだよ! ほら、片付けが終わったら今日のカルテの整理をするぞ!」


「えぇ〜っ! ごまかしたーっ!」


「先生の意地悪……」


「……教えてくれてもいいのに」


三者三様のブーイングが飛ぶ中、雄介は苦笑いを浮かべてお茶を濁すのだった。


◆


しかし――不意に、雄介の脳裏に電撃のような閃きが走った。


カルテの束を整理していた手を止め、雄介は目を見開いて自分の手元を凝視した。


(……待てよ?)


「先生……? 急に黙って、どうしたんですか?」


不審そうに覗き込んでくるミーナたち。だが、雄介の頭の中では、今回の『自体脂肪注入』の医学的可能性が爆発的な勢いで広がっていた。


(胸だけじゃない……! 自体脂肪注入の真価は、全身のあらゆる部位に応用できることだ!)


雄介はすぐさま羊皮紙を取り出し、素早く女性の顔のデッサンを描き始めた。


(年齢とともにボリュームが失われる『こめかみ』や『頬のコケ』、深くなった『ほうれい線』、丸みを失った『額(おでこ)』、あるいは生まれつきの『顔の左右非対称』……! これら全てに、自分の脂肪を精製して注入することで、極めて自然で劇的な若返りと形態補正が可能になる!)


「先生……? 一体何を書き込んでいるんですの?」


アリアが驚いたように羊皮紙を覗き込む。


「アリア、ミーナ、リーナ。俺たちはとんでもない武器を手に入れたぞ」


雄介は興奮を隠せない様子で言った。


「『ルミナ・フィラー』は、少量の注入で鼻筋や顎のラインをピンポイントで整えるプチ整形。そして、この『自体脂肪注入』は、大容量のボリューム補正と、全身の若返りを実現する根本治療だ!」


少量のフィラーと、大容量の脂肪注入。 現代美容外科における【二大注入治療】の柱が、いま完全にこの異世界で揃ったのだ。


「これで……『AIZAWA skin beauty』は単なる皮膚科の枠を超え、顔からボディまで全身の美を叶える『総合美容クリニック』として完成する……!」


雄介の力強い言葉に、アリア、ミーナ、リーナの三人も息を呑み、そして誇らしげに顔を見合わせた。


「エマさんの豊胸術だけじゃない……これで、もっとたくさんの人の深い悩みを救えるんですね!」


「ええ。私たちの作った『魔導遠心分離器』と『生着魔法』が、クリニックの看板メニューになりますわ!」


「……私、先生と一緒に……もっとたくさんの人を綺麗にします」


「ああ。頼むぞ、みんな」


技術は整った。 相澤雄介と最強のスタッフたちが織りなす『異世界美容医療』は、ついに前人未到の領域へと大きく羽ばたこうとしていた。

シリコンバッグ、脂肪注入…と色々悩んでましたが、ここは異世界もっと自由でいいじゃないか!


ブクマありがとうございます!

ぜひ星評価お願いします!ブクマも勿論うれしいです!励みになってます!

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