33話 先生、胸を大きくできますか?
「先生……今日も開店前から、お外に馬車がずらりと並んでいますわ」
朝の準備中、アリアが窓の外を眺めながら溜息をついた。 昨夜の社交界での評判は、文字通り『AIZAWA skin beauty』に劇的な爆発力をもたらしていた。
『ルミナ・フィラー』による切らない美の噂を聞きつけた貴族女性たちが、我先にと押し寄せてきているのだ。
「ミーナ、現在の予約状況は?」
「えーっとですね……今週どころか、来月まで全ての枠がびっしり埋まっちゃってます。カウンセリング待ちのキャンセル待ちリストも、もう紙に書ききれないくらいで……」
ミーナが頭を抱える。現在の店舗は、雄介が異世界に来て最初に借り受けた小さな診療所だ。待合室の椅子は数脚しかなく、施術用のベッドも二台のみ。貴族令嬢同士が狭い待合室で鉢合わせし、気まずそうに視線を外す光景も珍しくなくなっていた。
「……やはり限界だな」
雄介は静かに腕を組んだ。
これまで『AIZAWA』が積み上げてきた収益は膨大だ。ハーブを用いた肌質改善の『ピーリング』、日焼け止め『AIZAWA SUN veil』の物販、ニキビ跡を消し去る『ルミナ・ニードル』、そして高額な外科手術と『ルミナ・フィラー』。 金庫に眠る金貨の山を使えば、王都の一等地で大きな物件を手に入れる資金は十分すぎるほどあった。
「よし、ゴルドーさんに連絡を取ろう。クリニックの拡張を行う」
◆
「ガハハハ! 相澤先生、ようやくその気になってくれましたか!」
連絡を受けた大商人ゴルドーは、豪快な笑い声を上げながら、すぐさま最高の物件を用意してくれた。
かつて悪徳治癒術師ギルドの治療ミスで重度のケロイドに苦しんでいたところを、雄介の完璧な形成外科手術によって救われたゴルドーである。「先生の事業のためなら、この命も金もいくらでも使ってくだされ!」と、驚異的な手回しの早さで動いてくれたのだ。
ゴルドーが提供してくれたのは、王都の中央街に位置する、元・大豪商の広大な敷地と邸宅だった。
「先生の指示通り、内装も完全に医療仕様へと作り替えさせましたぞ!」
数週間後――完成した新『AIZAWA skin beauty』は、まさに異世界における医療美容の権化とも言える素晴らしさだった。
最大の工夫は『動線』だ。高貴な貴族たちがプライバシーを保てるよう、専用の勝手口と完全個室の待合室・カウンセリング室を複数用意。貴族同士が一切顔を合わせずに施術を受けられる設計にした。
さらに、アリアが徹底管理する最新の滅菌室、フィラーや肌治療を同時に並行処理できる複数の処置室。そして最奥には、本格的な無菌手術室と、術後にゆっくり休めるリカバリー室(回復室)まで完備された。
スタッフたちの役割も、より専門的に進化する。
ミーナはコンシェルジュのトップとして、複数人の受付スタッフを統括。 アリアは厳格な薬品・器具の滅菌および『ルミナ・フィラー』等の品質管理責任者。 リーナはリカバリー室と処置室を担当し、術後の腫れや痛みを和らげる再生魔法の専門要員。
「すごい……まるで王城の貴賓館みたいですわ、先生!」
「うわぁ……これなら患者さんたちを何十人も同時に受け入れられますね!」
「……施術室も、すごく静か。患者さんも安心できる」
新装開店したクリニックを前に、アリア、ミーナ、リーナが目を輝かせる。
こうして規模を拡大した新『AIZAWA skin beauty』は、初日から完璧なオペレーションで稼働し、押し寄せる患者たちの悩みを次々と解決していったのだった。
◆
――新店舗のオープンから数日後。
夕刻になり、本日の診療時間が終わりに近づいていた頃のことだった。
「失礼いたします……予約はしていないのですが、少しお話だけでも伺えますでしょうか……?」
貴族用の勝手口の扉がそっと開き、深くフードを被った一人の女性が足を踏み入れてきた。 上質なシルクのドレスを身に纏っているが、その佇まいはどこか怯えるように小さく丸まっている。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
ミーナが優しく声をかけ、他の患者の目に触れないよう、すぐさま完全個室のカウンセリング室へと案内した。
雄介が室内に入ると、彼女は緊張した様子でフードを脱いだ。 現れたのは、透き通るような肌を持つ美しく可憐な貴族女性だった。しかし、その表情は極度の羞恥と悩みに固く強張っている。
「初めまして、相澤雄介です。……どのようなお悩みでしょうか? どのようなことでも、医師として秘密は厳守いたしますよ」
雄介が温かいトーンで問いかけると、彼女は細い指先で自身の胸元をキュッと強く抱きしめた。
「相澤先生……。私、社交界で先生の評判を伺いました。切らずに輪郭を変え、お顔の悩みを魔法のように解決してくださると……」
「ええ。患者さんの負担を最小限に抑える治療を心がけています」
「……あのお伺いしたいのは、お顔や肌のことではないのです」
彼女は頬を真っ赤に染め、恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で、意を決したように切り出した。
「私の……この……胸の小ささを……。切らずに、あるいは綺麗に大きくすることは……できますでしょうか……?」
◆
(……胸、か!)
雄介の頭の中で、美容外科医としてのスイッチが瞬時に切り替わった。
二重や鼻の形成、肌治療、そしてフィラー注入治療――これまで様々な悩みに応えてきたが、ついに美容外科の王道であり、女性の身体の悩みの中心でもある『豊胸術』の相談が舞い込んできたのだ。
(現代における豊胸のアプローチは大きく分けて三つ。人工乳房を入れる『シリコンバッグ挿入術』、自身の脂肪を吸引して移植する『脂肪注入』、そして『フィラー(ヒアルロン酸等)注入』……)
雄介は脳内で素早くシミュレーションを張り巡らせる。
バッグの挿入はこの世界で外科的手術が必要となり、ダウンタイムや被膜拘縮のリスクがある。 脂肪注入は自然だが、脂肪吸引の設備とコンデンス(定着率を高める加工)の技術が必要だ。 そしてフィラー注入は手軽だが、バストのような大容量を注入する場合、スライム核エキスの大量精製と、しこり(肉芽腫)を作らない高度な注入層の見極めが必要になる。
だが――不可能ではない。 この世界の魔法と、アリアたちの精製技術、そして何より形成外科医としての自分の手技があれば、安全で自然なバストアップは必ず実現できる。
「……先生? やはり、そんな不躾な悩み、無茶な相談でしたでしょうか……?」
黙り込んで思考を巡らせていた雄介を見て、彼女が不安そうに身を引いた。
「いいえ」
雄介はハッと我に返ると、彼女の目をまっすぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「決して無茶ではありませんよ。……胸のサイズや形は、女性にとって非常に繊細で、大切な悩みです。誰にも言えずにずっと一人で抱え込んでおられたのでしょう」
「……っ……はい……」
「安心してください。あなたの身体に負担をかけず、自然で理想的なバストを作る方法を考えましょう」
雄介の言葉に、彼女の瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
顔の美しさから、全身のボディメイキングへ――。 相澤雄介と『AIZAWA skin beauty』の挑戦は、新たな領域へと進化を遂げようとしてい
少しセンシティブな施術ですよね。
胸が大きくなると指名が増えると言ってる人もいましたね。
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