32話 社交界に出席しただけなのに、美容クリニックの予約が爆発しました
王都の中央にそびえる王城の大広間。 頭上には幾千もの魔導光を反射して輝く豪華絢爛なシャンデリアが吊り下げられ、宮廷楽団が奏でる洗練された旋律が会場を優雅に満たしていた。色鮮やかなドレスや豪華な礼装を纏った貴族たちが、杯を片手に歓談している。
そこへ――案内係の重厚な声が響き渡った。
「『AIZAWA skin beauty』代表、相澤雄介殿。ならびに、お連れの方々ご入場!」
大広間の重厚な扉が開かれ、雄介たちが一歩足を踏み入れた瞬間。
ガヤガヤと賑やかだった大広間の空気が、ピタリと止まった。
洗練されたナイトブルーの特注礼装を完璧に着こなし、圧倒的なスタイルと知的で美しい顔立ちを覗かせる雄介。そしてその傍らには、それぞれ趣の異なる極上のドレスに身を包んだアリア、ミーナ、リーナの三人が並んでいる。
「……あの方が、噂の……?」
「『AIZAWA』の相澤先生……? なんて洗練された凛々しいお方なの……」
「治癒魔法を使わぬ異端の医者と聞いていたが……まさか、これほどの男とは」
「公爵令嬢様を救い、あの『フィラー』という切らない美の技術を生み出した名医よ……」
ざわ……ざわ……と、会場のあちこちから視線と囁き声が押し寄せてくる。
(……参ったな。病院勤務時代も症例発表や学会で視線を集めることはあったが……これは全く別物だ)
普段は患者の肌や骨格を「診察する側」である雄介にとって、貴族たちの欲望や好奇の入り混じった目線で「自分自身が値踏みされている」感覚は、何とも居心地の悪いものだった。
「……先生、なんだか皆さんの視線が凄いですわね」
隣でアリアが小さく囁く。緊張で少し手を震わせている彼女に、雄介は優しく「大丈夫だ、俺の横にいろ」と声をかけた。
その時――楽団の演奏が一際高く鳴り響き、大広間の最奥から一対の男女が静かに姿を現した。
王太子殿下――そして、その隣に寄り添うレティシアである。
会場中の視線が二人へと注がれる。かつては伏し目がちで、コンプレックスから自分の顔を隠すように歩いていたレティシア。しかし今の彼女は、すっと伸びた気品ある鼻筋と気高さあふれる笑顔を浮かべ、胸を張って堂々と王太子の隣を歩いていた。
(……素晴らしいな。解剖学的な完成度もさることながら、何より彼女自身が自信を取り戻したことで、表情の美しさが極限まで引き出されている)
遠目から観察し、仕上がりの完璧さに胸を撫で下ろす雄介。 すると、会場の視線に気づいたレティシアが、雄介たちの姿を見つけるなりぱっと表情を輝かせた。
「雄介先生……!」
レティシアは王太子の腕を優しく解くと、しなやかな足取りでまっすぐ雄介の元へと歩み寄ってきた。
「ようこそお越しくださいました、先生。……殿下、こちらが私に前を向く勇気をくださった、私の恩人……相澤雄介先生です」
レティシアに紹介され、凛とした佇まいの王太子が雄介の前に立った。
「君が相澤か。レティシアから何度も話を聞いている。治癒魔法の常識を覆し、彼女の心を救ってくれたこと、深く感謝する」
「勿体無きお言葉です、殿下。私はただ、一人の医師として彼女の願いに応えたまでに過ぎません」
礼儀正しく、しかし怯むことなく言葉を返す雄介に、王太子は感心したように頷いた。
「素晴らしい佇まいだ。……さて、長話で主賓を足止めするのも野暮だな。レティシア、最初の一曲は私と踊ろう」
「はい、殿下」
曲が始まり、フロアの中央で王太子とレティシアが華麗に舞い始める。 まるで絵画のように美しい二人のダンスに、会場からは惜しみない拍手が送られた。壁際で見守っていた雄介も、温かい眼差しで二人へ拍手を贈る。
やがて一曲目が終わり、王太子が挨拶のために他の歓談の輪へと向かうと、息を少し弾ませたレティシアが再び雄介の元へと戻ってきた。
「雄介先生。……私と、一曲お相手していただけませんか?」
「俺が……ですか? しかし、最初の一曲は殿下と踊られたのでしょう?」
戸惑う雄介に、レティシアはいたずらっぽく、そしてどこか切なさを秘めた美しい笑顔を向けた。
「はい。……王太子妃内定者としてではなく、ただの『一人の患者』として……最後にもう一度だけ、先生と踊りたかったのです」
その真摯な瞳に、雄介は静かに頷いた。
「……光栄です」
雄介は差し出された彼女の白い手を取り、ゆっくりとフロアの中央へと歩み出た。
前世では無縁だったダンスだが、異世界に来てからの身体能力の向上と、外科医としての完璧な間合いの感覚(空間把握能力)により、雄介のステップは驚くほど滑らかだった。
「……先生の手は、温かいですね」
ダンスの旋律に乗せ、レティシアが小さく呟く。
「あの処置室で、私の震える手を握ってくださった時のことを思い出します。あの時、先生が『綺麗になりますよ』と言ってくださったから、私は今日、こうして笑っていられます」
「レティシアさん。綺麗になったのは、君が自分自身の美しさを信じたからです。俺はそのお手伝いをしたに過ぎません」
「ふふ……どこまでも誠実な医師なのですね、先生は」
レティシアは嬉しそうに目を細めた。 そこには恋愛感情を超えた、「命と心を生み直してくれた恩人」への深い信頼と感謝だけが存在していた。
回転するドレスの裾の合間、雄介は会場の貴族たちへ視線を滑らせた。
(……ほう)
雄介の目が、何人かの令嬢たちの顔立ちを捉える。
(あの方は……先日うちで頬にフィラーを入れた方だな。ボリュームロスが補われて若々しい。あちらの令嬢は唇のフィラーか。縦ジワが消えて品のある立体感が出ている……)
『AIZAWA』の手がけた「切らない美容医療」を受けた彼女たちが、社交界の光の中で誇らしげに輝いている。自分の提供した技術が、この世界の女性たちの人生を確実に彩っていることを実感し、雄介は密かな満足感を覚えた。
踊りが終わり、レティシアと深々と礼を交わして壁際へ戻ると――待っていたのは大変な騒ぎだった。
「相澤先生! 先日は素晴らしい顎のフィラーをありがとうございました!」
「先生、私のこの目元の小ジワも、あの『切らない治療』で治していただけますかしら!?」
「次の予約を今すぐ取りたいのですけれど!」
ダンスを終えた雄介の周りに、口コミを聞きつけた貴族令嬢や奥様方が我も我もと殺到してきたのだ。
「あ、順番にお願いします! カウンセリングの予約はクリニックで――」
押し寄せる貴族の波に揉まれる雄介を見て、少し離れた場所でジュースを飲んでいたミーナがくすくすとおかしく笑った。
「ふふっ、先生、大人気ですねぇ」
「……患者さん、いくらなんでも多すぎないか……?」
苦笑いを浮かべながら対応に追われる雄介。 こうして、社交界での夜は『AIZAWA』の圧倒的なブランディングの確立とともに、大盛況のうちに更けていったのだった。
◆
――そして、社交界の翌朝。
『AIZAWA skin beauty』のエントランス前には、開店前からかつてないほどの馬車の列が出来上がっていた。
クリニックの受付デスクで、予約帳をめくっていたミーナが、ひゅっと息を呑んで固まった。
「せ……先生……っ! 大変です……!」
「どうしたミーナ、朝からそんなに慌てて」
白衣に着替えた雄介が処置室から顔を出すと、ミーナが引きつった笑顔で予約帳を突き出してきた。
「先生……昨日の社交界だけで、新規の予約が三十七件です……!」
「……三十七!?」
思わず雄介も素の声を上げた。
「ええ……それも、ほとんどが『ルミナ・フィラー』の指名予約だけで、この数ですの……」
隣で器具の滅菌を行っていたアリアが、困惑気味に予約カルテの山を掲げる。
「どうしましょう、先生……今の診療所のベッド数とカウンセリング枠では、どう考えても物理的に対応しきれません……」
普段は冷静なリーナも、青紫の目を丸くしてパチパチと瞬きさせている。
待合室のキャパシティ、施術室のベッド数、カウンセリングの回転率。 現在の『AIZAWA skin beauty』の規模では、この爆発的に膨れ上がった需要を受け止めきれないのは明白だった。
雄介は頭を抱え……そして、覚悟を決めたようにふっと不敵な笑みを浮かべた。
「……よし。決まりだな」
雄介はスタッフ三人の顔を順番に見つめ、力強く宣言した。
「――クリニックを、拡張するか」
異世界初の美容皮膚科クリニック『AIZAWA skin beauty』。 溢れ出す患者たちと美への探求に応えるため、雄介たちはさらなる巨大なステージへと足を踏み出すのだった。
色々なクリニックを見てますが、フィラーで有名になると一瞬で人気店になることも多くありますよね。
異世界だったらどのように広がるんだろ・・・?と思いながら書きました。
ブクマありがとうございます!ぜひ、評価⭐️をお願いします!めちゃくちゃ喜びます!




