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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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29話 切らずに美しくする「魔導フィラー」を開発しました

朝の爽やかな光が、『AIZAWA skin beauty』のエントランスに差し込んでいた。


開店準備を進めていたミーナが、扉を叩く音に気づいて出迎えると、そこには公爵家の紋章が刻印された銀の封筒を手にした使者が立っていた。


「相澤先生! アリアちゃん、リーナちゃん! 大変です、公爵家からお手紙が届きました!」


ミーナの慌ただしい声に、奥の処置室から雄介、アリア、リーナが集まってくる。


「公爵家から……? レティシア様からでしょうか」


アリアが固唾をのんで見守る中、雄介が封を切り、中に納められていた上質な羊皮紙を開いた。


そこには、流麗な文字で信じがたい吉報が記されていた。


「――レティシアさんと王太子殿下の、正式な婚約が内定したそうだ」


「えええっ!? 王太子殿下とですか!?」


ミーナが目を見開いて叫び、アリアは胸の前で両手をギュッと握りしめた。


「レティシア様……本当に……! よかった……本当に良かったです……!」


「おめでとうございます……っ」


普段は感情を表に出さないリーナも、青紫の瞳を細めて嬉しそうに微笑んでいる。


雄介もまた、胸の奥が温かくなるのを感じながら、同封されていたレティシア本人からの私書に目を通した。


『雄介先生。私がもう一度、前を向いて人前に立つ勇気を持てたのは、先生が私の心と顔に寄り添ってくださったおかげです。自分の顔を好きになれたからこそ、殿下とも真っ直ぐ目を見てお話しすることができました。本当に、ありがとうございました』


誠実で、感謝に満ちた言葉。 医師としてこれ以上の喜びはないと、雄介は静かに口元を緩めた。


そして、このニュースは瞬く間に王都中へと駆け巡った。 「治癒魔法でも治せなかった顔のコンプレックスを克服し、王太子妃の座を射止めた公爵令嬢」――その陰に『AIZAWA skin beauty』と相澤雄介の存在があるという噂は爆発的に広まり、クリニックのブランド価値は王都の貴族社会において圧倒的なものとなったのだった。



レティシアの成功から数日後。 『AIZAWA skin beauty』には、噂を聞きつけた貴族の女性たちが連日押し寄せるようになっていた。


だが、カウンセリングに入った雄介は、彼女たちの悩みの傾向がこれまでと少し変わってきていることに気づく。


「先生、私の鼻……もう少しだけ、高くすっと通った印象にできませんかしら?」


「あごが少し小さくて、顔全体の輪郭がぼやけて見えるのが昔から悩みで……」


「唇が薄くて冷たい印象を与えてしまうのです。もう少しふっくらと、可愛らしくできたら……」


「年齢のせいか、頬がコケて老けて見えてしまうの。若い頃のような張りを取り戻したいわ」


診察室で次々と語られる悩みに、雄介は顎に手を当てて頷く。


(なるほど……大掛かりな傷跡の修正や総合形成だけでなく、パーツの微調整や加齢によるボリュームロスへの悩みが一気に出てきたな)


しかし、彼女たちに共通していたのは、その後の言葉だった。


「でも……メスで切るような手術は、どうしても怖くて……」


「来週には重要な社交界の夜会がありますの。何日も顔を腫らして休むわけにはいきませんわ」


「わたくしも仕事がございますので、傷跡が残るような治療は困りますの。できれば……明日には普通に人前に出られるような方法はございませんか?」


「切らずに」「腫れずに」「即効性があり」「ダウンタイムがない」。 現代日本でも美容皮膚科を訪れる患者の多くが求める、まさに「手軽な美の追求」であった。


(……切らない美容医療。つまり『注入治療フィラー』の出番だな)


カウンセリングを終えた雄介は、スタッフを集めてカウンセリング室の黒板の前に立った。


「みんな、ちょっといいか。これからのクリニックの新しい柱になる治療について説明する」


雄介は黒板に、人間の顔の簡単なイラストをチョークで描き入れた。


「額、こめかみ、頬、ほうれい線、唇、鼻、そして顎……。これまで行ってきた皮膚の縫合やプロテーゼ手術は『組織を切って形を変える治療』だ。だが、今の患者たちが求めているのは『組織を切らずに形を整える治療』なんだ」


ミーナが首をかしげながら尋ねる。


「切らずに……ですか? でも先生、メスを使わないでどうやって鼻を高くしたり、唇をふっくらさせたりするんですか?」


「フィラー――つまり『注入治療』を使う」


雄介は黒板のイラストの各パーツを指差した。


「専用の極細針を使い、皮下組織や骨膜の上に安全な製剤を注入する。それによって、 ・足りないボリュームを補う ・加齢による凹みを埋める ・鼻や顎の輪郭を整える ・唇の形を立体的にふっくらさせる といった変化を、たった十数分の施術で、傷跡も残さず直後から作ることができるんだ」


「たった十数分で……!?」


アリアが驚きに目を見開く。


「ええ、それなら社交界を控えたお貴族様でも、お仕事を休めない方でも治療を受けられますね……!」


「……すごい治療法。でも、先生」


静かに話を聞いていたリーナが、疑問を口にした。


「その『注入する製剤』は……この世界にあるのですか?」


「……そこが最大の課題だ」


雄介は苦笑いを浮かべた。 現代日本であれば「ヒアルロン酸」が第一選択となる。生体内にも存在する安全な多糖類で、保水性に優れ、万が一の際にも酵素ヒアルロニダーゼで溶かして元に戻せるという完璧なフィラー素材だ。


だが、この異世界に「製剤化されたヒアルロン酸」など存在するはずもない。


「ないなら、作るしかない。安全で、適度な硬さと弾力があり、体内に吸収されても害のない素材をな」



その夜。雄介は一人、クリニックの奥にある研究室に籠もっていた。


机の上には、異世界の様々な素材が整然と並べられている。


薬草から抽出した保水成分、魔獣のゼリー状組織、精製された魔石の微粉末、さらには既存の治癒薬の基材……。 だが、どれも粘度が足りなかったり、体内に注入するには異物反応のリスクが高すぎたりと、一長一短であった。


そんな中、雄介が最後に手に取ったのは、小さなガラス容器に入った透明なゲル状の物質だった。


「……高純度魔導スライム核のエキス」


先日、プロテーゼの素材集めとして市場で調達した素材の余りだ。 普通のスライムは単なる雑魚モンスターだが、高位の魔力を帯びた「魔導スライム」の核には、莫大な水分を安定して保持する特殊な性質がある。


雄介は自作の倍率の高い魔導顕微鏡にそのエキスをセットし、レンズを覗き込んだ。


「……素晴らしいな。分子構造が規則正しく、大量の水分を抱え込んだ網目構造クロスリンクを形成している」


雄介は思わず感嘆の声を漏らした。


水分子を強く結合し、簡単には崩れない適度な粘弾性。それでいて、生体組織になじみやすい柔軟性。


「……これだ。ヒアルロン酸に極めて近い『保水性』と『物性』を持っている。これなら、異世界版のフィラー(注入製剤)が作れるぞ!」


暗い研究室の中、雄介の瞳に新たな挑戦への確固たる光が宿っていた。



「それなら、先生!」


雄介の言葉を聞いて、作業台の隣に立っていたアリアが目を輝かせた。


「この高純度スライム核のエキスを、そのままシリンジで患者様の肌に注入すれば良いのではありませんか?」


「ダメだ。そのまま注入するのは絶対にいけない」


雄介は即座に首を横に振った。真剣な眼差しに、アリアは小さく首を傾げる。


「なぜですの? こんなにも保水力があって、綺麗に澄んだ液状なのに……」


「医療において『生体内にものを入れる』というのは、そんなに甘いことじゃないんだ」


雄介は黒板に近づき、チョークでいくつか重要な単語を書き連ねていく。


「もし生のまま体内に注入すれば、生体反応によって数日で急速に分解・吸収されてしまい、全く効果が持続しない。……それならまだマシな方で、最悪の場合は身体が『異物』として強烈な拒絶反応を起こし、激しいアレルギーや組織の壊死を引き起こすリスクがある」


雄介はアリアと、興味深そうに近づいてきたリーナの顔を交互に見つめた。


「安全で効果的なフィラー(注入製剤)を作るには、いくつもの条件をクリアしなきゃならない。 ・粒子サイズと濃度(滑らかさと硬さのバランス) ・体液と同等の浸透圧とpH(注入時の痛みや組織の腫れを防ぐ) ・完全な無菌状態(感染症リスクの徹底排除) ・粘性と弾性(押しても形が崩れない保形性) ・そして、体内でゆっくりと自然分解される適切な『分解速度』


これらすべてを制御して、初めて患者の体内に安全に入れられる『製剤』になるんだ」


ただの膨らませるためのジェルではない。 徹底的に計算された「医療薬品」でなければならない――雄介の厳しい説明に、アリアもリーナも息を呑んで深く頷いた。



「問題は……どうやって持続性と物性をコントロールするか、だな」


雄介は顎に手を当てて思考を巡らせた。


現代の美容医療におけるヒアルロン酸製剤は、単なるヒアルロン酸の分子をそのまま使っているわけではない。分子同士を化学物質で繋ぎ合わせる『架橋クロスリンク』という処理を施すことで、網目状の構造を作り出し、体内での分解速度を遅らせ、適度な弾力と硬さを持たせているのだ。


しかし、化学薬品による架橋技術など、この世界には存在しない。


(……待てよ。化学結合(化学架橋)ができないなら、この世界の理を使えばいいんじゃないか?)


「アリア、リーナ。このスライム核のエキスに、微弱で安定した魔力を通して分子同士を繋ぎ止めることはできるか?」


「分子同士を……魔力で繋ぐ、ですか?」


「ああ。現代医学でいう『架橋』……いや、この世界なら『魔力結合』と呼んだ方が分かりやすいか。保水成分の分子を魔力の鎖で網目状に結びつけるんだ。そうすれば体内で簡単には分解されず、形を保つ適度な弾力が生まれるはずだ」


雄介の提案に、二人の目が輝いた。


「できますわ、先生! 精製と滅菌のプロセスで魔導炉の温度と魔力密度を緻密にコントロールすれば、均一な『魔力結合』を行えます!」


「……私も、注入した後に生体が拒絶しないよう、微弱な安定化魔法をかけて組織となじみやすくする手伝いができます」


「よし、完璧だ!」


雄介は力強く頷いた。


雄介――美容医学の知識、構造設計、適応と安全性の判断。 アリア――精度の高い素材精製、滅菌、製剤化のプロセス管理。 リーナ――魔力結合の安定化と、生体適合性を高める魔法的サポート。


異世界の技術と現代美容外科の知識が結びつき、最高のチーム医療の体制がここに構築されたのだった。



「……ふう。先生、出来上がりましたわ!」


何時間もの試行錯誤の末、アリアが誇らしげに掲げたのは、小さな透明なガラス瓶だった。 中には、光を反射してキラキラと輝く無色透明な物質が満たされている。


研究室の様子を覗きにきたミーナが、小瓶をまじまじと見つめた。


「……うーん、見た目はただの綺麗な透明ゼリーにしか見えませんね?」


「見た目はな。だが、中身は全く別物だ」


雄介は試作品の一号を小さなシリンジに取り、安全な実験用魔導生物の皮下に慎重に試用した。


しかし――。


「ダメだ……一号は結合が弱すぎる。柔らかすぎて、たった二日で体内に完全に吸収されてしまった」


「では、魔力結合の密度を上げて硬くしてみますわ!」


アリアがすぐさま調整し、二号を作成。


「……今度は硬すぎるな。皮下に注入するとゴツゴツして触ると明らかに異物感がある。これじゃ鼻や顎に入れても不自然だ」


「ならば、粘度を調整して柔軟性を持たせましょう!」


続く三号。


「形は保てるし触感も悪くないが……粘度が高すぎて針を通す時の抵抗が強すぎる。これだと注入時に強い圧力が必要で、細かく意図した場所に注入できない」


腕を組み、雄介はうーんと唸り声を上げた。


「これじゃダメだ……。フィラーに必要なのは、もっとこう……指で触れた時に『耳たぶ』くらい適度に柔らかく、かつ押し返してくるような絶妙な弾力なんだよな……」


すると、横で聞いていたアリアがぽんと手を打った。


「耳たぶ、ですか? ……先生、宜しければ私の耳を触って参考にしてみてくださいな」


「え? いいのか?」


「はい! 美しい製剤のためですもの!」


アリアはストレートの紺髪をサラリと耳の後ろへかき上げ、透き通るような白い耳たぶを雄介へ差し出した。


「じゃあ……失礼して」


雄介は真面目な顔で、アリアの柔らかい耳たぶを指先で優しくつまみ、プニプニと触感を確認した。


「ふむ……適度な厚みと柔軟性、押した時に跳ね返る弾力……。なるほど、これくらいの組織の硬さが理想的だな。すごく参考になる……!」


「ふふ……少し耳がくすぐったいですわ、先生……っ」


アリアは頬をぽっと赤らめ、上目遣いで雄介を見つめる。二人の距離が急接近し、なんとも甘い雰囲気が研究室に漂い始めた――その時。


「~ッ!! ちょっとそこーッ! 先生のすけべ! 何アリアちゃんとどさくさに紛れていちゃいちゃしてるんですかッ!?」


ミーナがぷくーっと頬を膨らませて、二人の間に割り込んできた。


「い、いちゃいちゃなんてしていませんわ! 私は医療のためのサンプルとして……!」


「ミーナ、これは至って真面目な組織弾性の比較研究だ」


「もう、先生たら真面目な顔してそういうこと言うんだから……! ほら、私の耳たぶだって触っていいですよ! こっちの方がもっと柔らかいんですから!」


「えっ、いや、それは……」


「ズルいですミーナ! 先生、私の耳も……っ!」


「……先生、大人気」


冷やかすようなミーナと焦るアリア、それに乗っかるミーナに挟まれ、ポーカーフェイスのリーナまでじっと耳を出してくるカオスな事態に、雄介はたじたじになった。



そんな賑やかなハプニングを経て――ついに作成された『試作品四号』。


雄介は滅菌済みの極細針を装着し、手の甲の皮膚へ慎重に注入を試みた。


「……! 針通りは滑らか。注入抵抗も理想的だ」


皮膚を持ち上げるようにふっくらとした美しいボリュームが形成され、指で押すと「耳たぶ」のような自然で心地よい弾力で押し返してくる。


「時間経過による体内の馴染みも完璧だ。自己組織を圧迫せず、安定して形を保持し、やがて数ヶ月から一年かけてゆっくりと安全に自然吸収される……!」


雄介は手応えを噛み締めるように、力強く微笑んだ。


「完成だ。……これこそ、異世界初のフィラー『魔導スライム・ヒアルロン酸(仮)』だ!」


「やったーッ! 完成ですね、先生!」


「おめでとうございます、アリアちゃん、先生!」


「……すごい」


歓声を上げるスタッフたち。 メスを使わない、傷痕も作らない、即効性の「切らない美容医療」――。


異世界の美容医療に、また一つ新たな革命の光が灯った瞬間だった



フィラーは通称プチ整形の代表的な所がありますよね。

やりたかったかいです!


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