28話 異世界美容外科医、侯爵令嬢の鼻を整形したら社交界が大騒ぎになりました
手術から数日後。 『AIZAWA skin beauty』の経過観察室で、レティシアは静かにベッドの上に座っていた。
彼女の鼻には、施術部位を保護するための白いギプスと固定テープがしっかりと貼られている。
「レティシア様、体調はいかがですか? 痛むところはありませんか?」
ミーナが温かいハーブティーのカップを差し出すと、レティシアはそっと首を横に振った。
「ええ、痛みはほとんどありませんわ。……ただ、ギプスの下のがどうなっているのかと思うと、胸が押しつぶされそうに緊張してしまって……」
本来、鼻の総合形成術を行えば、数日間は強い腫れや目の周りの内出血(紫斑)が出るのが普通だ。しかし、今回は術直後に治癒魔術師・リーナが「自己治癒力を高める再生魔法」を施したことで、炎症や腫れは驚異的な速度で収まり、内出血もほぼ皆無という信じがたい経過をたどっていた。
「大丈夫ですよ」
ベッドの脇で術後経過のメモを取っていたアリアが、優しく微笑みかけた。
「相澤先生の手技に間違いはありません。私だって……顔の半分を覆うようなひどい傷跡を、あんなにも綺麗に治していただいたのですから。先生を信じて待っていてくださいね」
「アリアさん……」
レティシアの強張っていた表情が、少しだけ和らいだ。
「よし、準備は整ったな」
処置室の扉が開き、清潔な白衣を纏った雄介が入ってきた。その手に握られているのは、ギプスを外すための専用ハサミと、極細の医療用ピンセットだ。
「レティシアさん。いよいよギプスオフと、小鼻の縫合糸を抜く『抜糸』を行う。……処置室へ移動しよう」
◆
処置室には、すでに異様な緊張感が漂っていた。
腕を組み、いかめしい顔で壁際に立つのは、レティシアの父・オルランド公爵である。 「もし失敗して変な形になっていたら、即座に全員打ち首だからな……」と言いたげな重圧を全身から発している。
そして、その公爵のすぐ後ろには――見覚えのない、派手な法衣を着た中年男がニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて控えていた。
王都治癒術師ギルドのマスター・リュウである。
「くっくっく……相澤先生とおっしゃいましたかな? メスで皮膚を切り刻み、変な異物を体内に埋め込むなどという異端の療法、噂には聞いておりましたぞ」
リュウはわざとらしい仕草で肩をすくめ、公爵に向かって揉み手をした。
「公爵閣下、治癒魔法も使えぬ流れ者の真似事など、所詮はこの程度。今頃ギプスの下は、腫れあがった紫色の肉塊と醜い傷痕で目も当てられぬ惨状になっているに決まっております。失敗の証拠が確認され次第、この不法な診療所を即座に潰してご覧に入れましょう!」
リュウは『AIZAWA skin beauty』の評判を妬み、失敗の現場を公爵に見せつけて雄介らを失脚させようと、権力を笠に着て強引に見学へ押し入ってきたのだ。
「……静かにしろ。雑音が酷くて処置に差し支える」
雄介はリュウの煽りを一害すら留めず、冷ややかに言い放つと、集中力をレティシアへと向けた。
「ひっ……! 異端の分せいで生意気な……!」
「黙れリュウ。……相澤、早く外すがいい」
公爵の一言でリュウが口をつぐむ。
雄介は手際よくギプスの端にハサミを入れ、慎重に固定テープを剥がしていった。パキッと軽い音とともに、数日間レティシアの鼻を覆っていた白のギプスが外される。
続いて、小鼻の溝に沿って縫合されていた透明な極細糸を、ピンセットで一本ずつ滑らかに抜き取っていく。真皮縫合と合わせ、目立つ傷口は一切残っていない。
「よし……完了だ。アリア、鏡を」
「はい、先生」
アリアが手渡した大きな手鏡を、雄介はそっとレティシアの手に持たせた。
「レティシアさん。目を開けて、自分の顔を見てごらん」
静まり返る処置室。 レティシアは小さく息を呑み、ゆっくりと瞼を開けた。
手鏡に映っていたのは――。
「……っ!?」
レティシアの息が、ピタリと止まった。
そこにあったのは、かつて彼女が「不完全で醜い」とコンプレックスを抱き続けていた自分の顔ではなかった。
目と目の間からすっと綺麗に通った、滑らかで洗練された鼻筋(プロテーゼ効果)。 丸く広がっていた鼻先は、自家軟骨移植と鼻尖形成によってツンと気品高く上を向き、横に張り出していた小鼻はキュッと小さく引き締まっている(小鼻縮小)。
顔全体のパーツバランスが劇的に整い、元々持っていた彼女の可憐さが、まるで磨き抜かれた宝石のように一気に開花していた。 どこからどう見ても、息をのむほど美しく、上品で気品あふれる貴族令嬢の顔立ちそのものだった。
「これ……本当に……私……?」
レティシアの瞳から、ポロポロと大きな涙が溢れ出した。
「綺麗……すごく、綺麗……! 鼻の形が変わるだけで、こんなにも……私、自分の顔が……大好きになれそうです……っ!」
彼女は感極まり、胸の前で手鏡を抱きしめて泣きじゃくった。
「な……ッ!??!???」
その光景を目にしたギルドマスター・リュウの目が、今にも飛び出さんばかりに見開かれた。
「ば、バカな……!? 治癒魔法も使わずに、なぜこんな短期間で……!? 傷痕すら……傷痕すらどこにも残っていないだと!? どんな禁忌の魔法を使ったんだッ!?」
顎が外れそうなほど口を開け、ガタガタと震え出すリュウ。
そして――もう一人、衝撃で固まっていた男がいた。 オルランド公爵だ。
「お、おお……レティシア……我が娘よ……」
公爵は絞り出すような声を漏らすと、威厳も何も投げ捨ててレティシアの元へ駆け寄った。 穴が開くほど娘の顔を見つめ、その完璧すぎる仕上がりに全身を打ち震わせる。
「なんという……なんという洗練された美しさだ……! これならば、王太子殿下どころか王様すらも一目惚れされるに違いない……! 我が公爵家の最高傑作……いや、最高の誇りだ!」
公爵は感涙にむせびながら、ガバッと雄介の方へと振り返った。 そして、数日前には「打首にする」と脅していたその頭を、雄介の前で深々と下げたのだ。
「相澤先生! 先日の無礼、平に許してほしい! 貴様……いや、貴方は誠の神技を持つ名医だ! 報酬の白金貨五十枚どころか、百枚支払おう! 今すぐだ!」
最高の掌返しを見せる公爵。だが雄介は、一切奢ることなく静かに首を振った。
「報酬は約束通りの五十枚で十分です。俺が欲しかったのは金でも閣下の謝罪でもありません。……彼女が、自分の顔を好きになれた。医師としてそれ以上の報酬はありませんから」
「相澤先生……っ」
レティシアが涙の浮かぶ瞳で、雄介を眩しそうに見つめる。
その時、公爵の鋭い視線が、まだ部屋の隅で「ぐぬぬ……あり得ん、こんなことが……」と立ち尽くしていたリュウへと向けられた。
「おい、リュウとやら」
「ひっ……!? は、はいっ、公爵閣下!」
「貴様は我が娘の顔が『紫色の肉塊になる』と言ったな? 我が公爵家の至宝を嘲笑いに来たのか?」
「め、滅相もございません! 私はただ、この異端の医者が危険かと――」
「失せろ」
公爵の冷徹な一言が叩きつけられた。
「二度と我が公爵家の敷居を跨ぐな。そして、相澤先生の診療所に邪魔立てしてみろ。我が公爵家の権力をもって、貴様と治癒術師ギルドを王都から叩き潰すぞ」
「ひ、ヒイィィィッ!? ご、ご容赦をぉぉぉッ!」
リュウは顔面を蒼白にし、悲鳴を上げながら逃げるように処置室から走り去っていった。 ミーナとアリア、リーナの三人は、その哀れな後ろ姿を見送りながら、すっきりとした笑顔を浮かべた。
◆
「相澤先生、本当に……本当にありがとうございました!」
数日後。ギプスも完全に取れ、美しく生まれ変わったレティシアは、馬車に乗る直前、雄介に向かって深々と頭を下げた。 その表情には、かつて陰を落としていた不安や卑屈さは微塵もなく、気品と自信に満ち溢れた完璧な笑顔があった。
「気をつけてな。お見合い、上手くいくことを祈っている」
「はい! 行ってまいります!」
晴れやかな表情で旅立っていくレティシアとオルランド公爵の馬車。
「総合鼻形成術」の大成功――そして公爵家の令嬢が劇的な変貌を遂げたという噂は、この日を境に、王都の社交界と貴族社会全体へと爆発的な勢いで広まっていくのだった。
鼻のギブス痛いしいし、ダウンタイムも相当長いですが、鼻と目はめちゃくちゃ重要ってかいですね
かなり印象変わりますよ…!
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