25話 お父様のための整形はお断りします! ――追い詰められた公爵令嬢の「自分を好きになる」鼻整形
「お引き取りください」
雄介の冷徹な一言が、応接室の張り詰めた空気を凍りつかせた。
白金貨の山を前にしても微塵も動じず、ただ患者本人の尊厳を守るために言い放たれた拒絶。
「な……なんだと……!?」
オルランド公爵の顔が怒りで真っ赤に染まる。背後に控える二人の護衛騎士が同時に刃を半ば抜き、カシャンと硬質な金属音を響かせた。
「無礼者め! このオルランド公爵に対して何たる言いぐさだ! たかが街の医者が、白金貨五十枚を蹴って私に説教するつもりか!?」
「金額の問題ではありません」
雄介は微動だにせず、真っ直ぐに公爵の眼差しを受け止めた。
「俺たちが提供しているのは、親の都合で娘を飾り立てるための道具作りではない。……患者本人が自分を好きになり、自分の人生を前を向いて生きるための美容医療です。ご本人の意思がそこにない以上、俺がメスを握る理由はありません」
「戯けが……っ! 誰か、この生意気な男を――」
公爵が怒号を飛ばそうとした、その時だった。
「……お父様、おやめください」
静かに、しかし震える声が応接室の扉の向こうから響いた。
細く開いたドアの隙間から、恐る恐る部屋の中へと入ってきたのは――豪奢なドレスを纏った、一人の小柄な少女だった。
彼女こそが、公爵の娘・レティシアだった。
父親の威圧感に怯えるように肩をすくめ、深いフードを目深に被り、下を向いたまま手元を固く握りしめている。
「レティシア!? なぜ馬車を出た! 部屋に入ってくるなと言っただろうが!」
「……すみません、お父様。ですが……私、先生のお話を……お聞きしたくて……」
レティシアは小さく身体を震わせながらも、フードの隙間からすがるような瞳で雄介を見つめた。
「……先生。本当に……私は、綺麗になれるのでしょうか……?」
公爵は吐き捨てるように鼻を鳴らした。
「馬鹿め、こんな無礼な医者の言葉など聞く必要はない! 別の従順な治癒術師を探すぞ、行くぞレティシア!」
「公爵閣下」
雄介の低く力強い声が、部屋を制した。
「少しの間、お嬢様と二人だけでお話をさせてください。……それ以上のご判断は、その後でも遅くはないはずです」
「チッ……気取った真似を。おい、外で待つぞ!」
公爵は不機嫌そうに舌打ちをすると、白金貨の袋を奪うように掴み取り、護衛を連れてドカドカと部屋を出て行った。
◆
バタンと重い扉が閉まり、静寂が戻った応接室。
ソファにポツンと座るレティシアの前に、雄介は温かいハーブティーを置き、向かいの席に静かに腰掛けた。
「大丈夫ですよ、レティシア様。ここはもう、あなたを責める人は誰もいません」
ミーナが優しく声をかけると、レティシアはゆっくりとフードを外した。
そこに現れたのは、整った輪郭の中に、確かに少し低めの鼻筋と、やや横に広がった小鼻を持つ少女の顔だった。左右の鼻翼の高さにも微妙な差があり、全体として中央の立体感が少し控えめな印象を与える。
だが、決して「見苦しい」などというものではなかった。
レティシアは自分の鼻を手で覆うようにして、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「私は……自分の顔が嫌いです」
消え入りそうな声で、彼女は胸の奥に溜め込んでいた泥のような痛みを吐き出した。
「幼い頃から、お父様や周囲の人たちに『不完全な顔』だと囁かれ続けてきました。鏡を見るのも、人前に出るのも、息をするのすら苦しくて……。王太子殿下との縁談も、私という人間ではなく、ただ『公爵家の完璧な道具』として買い叩かれるためのものなのです……」
「レティシア様……」
アリアが胸を痛めるように唇を噛み締める。
雄介は静かに彼女の言葉を受け止め、肘を膝について目線をレティシアと同じ高さに合わせた。
「レティシアさん。一つ、聞かせてください」
「……はい」
「あなたは、どうなりたい?」
雄介の問いかけに、レティシアは一瞬ポカンと目を丸くした。父親からも、周囲の大人たちからも、「どうなりたいか」などと聞かれたことは一度もなかったからだ。
彼女は震える手で膝のドレスを強く握りしめ、溢れる涙を拭いもせず、まっすぐに雄介の目を見つめ返した。
「私は……お父様が満足するような、完璧で冷たいお人形になりたいわけじゃありません。……ただ、普通に、人前で自分の顔を隠さずに笑えるようになりたい。自分の顔を……好きになりたいんです……!」
「……そうか」
その言葉を聞いた瞬間、雄介の口元に温かい笑みが浮かんだ。
「了解した。君のオペを引き受けよう」
「え……? でも、さっきお父様を拒絶されて……」
「俺が拒絶したのは、『娘を道具扱いする父親の依頼』だ」
雄介は力強く頷き、まっすぐな瞳でレティシアに告げた。
「親が望む道具としての美人を作るんじゃない。――君が、君の人生を笑って歩むための医療だ。自分の意思で変わりたいと願う人間を、俺たち美容外科医は絶対に見捨てない」
レティシアの目から、ボロボロと大きな涙が溢れ出した。しかし今度の涙は、悲しみではなく、救われた安心感の涙だった。
◆
診察室へ移動し、雄介はレティシアの顔立ちを精密にアセスメント(観察・計測)し始めた。
「よし、現状の分析と手術方針の説明をするぞ」
雄介は羊皮紙に素早く鼻のデッサンを描きながら語りかける。
「君の鼻の悩みは主に三点。第一に、鼻根部(鼻筋)の高さが不足していること。第二に、鼻尖(鼻先)の軟骨が弱く丸みがあり、わずかに左右差があること。そして第三に、小鼻(鼻翼)がやや横に広がっていることだ」
「はい……その通りです」
「これらを解消するために、複合的なアプローチを行う。まず、小鼻の広がりに対しては**『小鼻縮小(鼻翼縮小術)』**を行う。鼻の穴の内側から小鼻の根元にかけて不要な皮膚をわずかに切除し、幅をキュッと小さく引き締める」
「皮膚を切るのですか……!?」
レティシアが少し怯えたように息をのむと、側に立つアリアが優しく微笑んだ。
「大丈夫です。相澤先生の縫合技術は神業ですから、傷跡は鼻の溝に隠れてほとんど目立たなくなりますよ」
「そして、最も重要な鼻筋と鼻先だ」
雄介はデッサンを指差す。
「鼻先には、君自身の耳の裏から小さな軟骨を一部採取して移植する**『自家軟骨(耳軟骨)移植』**を行う。自分の組織を使うからアレルギーや拒絶反応が一切なく、丸い鼻先をキュッと引き締めて、左右差を自然に整えることができる」
「耳の軟骨を……! そんなことができるのですね……」
「ああ。そして最後に、低く平坦な鼻筋には、鼻の穴の内側から**【プロテーゼ(人工軟骨)】**と呼ばれる薄い器具を挿入し、美しい鼻筋のラインを作る」
「プロテーゼ……?」
首をかしげるレティシアとスタッフたちに、雄介は頷いた。
「簡単に言えば、体内に入れても害がなく、半永久的に鼻の形を高く保つための医療用クッションのようなものだ。これら三つを組み合わせることで、自然で、かつ劇的に洗練された鼻立ちを作ることができる」
「自分の顔を……好きになれるでしょうか」
「約束する。鏡を見るのが毎日楽しくなるはずだ」
雄介の確信に満ちた言葉に、レティシアは力強く深く頷いた。
◆
カウンセリングを終え、レティシアを一時帰宅させた後。
処置室に残った雄介、アリア、ミーナ、リーナの四人は、重大な問題にぶつかっていた。
「……先生。その『プロテーゼ』という人工軟骨ですが」
アリアが神妙な面持ちでカルテを開く。
「この世界には、シリコンなどの医療用樹脂という素材が存在しません。一体どうやって調達するのですか?」
そう、現代医療で当たり前のように使われているシリコンプロテーゼは、異世界には存在しないのだ。
「無いなら、作るしかない」
雄介は一切の迷いなく言い切った。
「体に害がなく、拒絶反応を起こさず、適切な柔軟性と強度を持ち、かつメスで自由に削り出し(加工)ができる素材……。アリア、この世界でそれに当てはまる素材に心当たりはあるか?」
アリアはしばらく顎に手を当てて考え込み、ハッと目を見開いた。
「……高純度の『スライム核のエキス』を錬金術で硬化させた素材や、耐久性の高い魔獣の軟骨成分を凝縮・滅菌加工したものであれば……人間の軟骨に極めて近い弾力と安定性を持たせることができるかもしれません!」
「よし、それだ」
雄介の目がギラリと光った。
「ミーナ、すぐにその素材の手配を頼む。リーナは手術用具の滅菌と、術後の再生促進魔法の準備だ」
「「はいっ!!」」
雄介は机の上に置かれた医療用メスを手に取り、静かに刃先を見つめた。
「レティシアの鼻のカーブ、骨格の角度に合わせて、俺の手で完璧なオーダーメイド・プロテーゼを削り出す。……公爵家の鼻をあかしてやろう」
異世界初となる「鼻形成&プロテーゼ挿入手術」。 相澤雄介の挑戦が、ついに始まろうとしていた
美容だと割と親同伴が少ない数います。
未成年は同意が必要ですが、本人の意思です…?なんてことを思いながら書いておりました。
ブクマありがとうございます!!是非是非評価コメントおねがいします!とてもモチベーションが上がります!




