24話 公爵家の依頼と、置き去りの意思
『AIZAWA skin beauty』の応接室。
普段は患者とのカウンセリングを行う落ち着いた部屋に、かつてない重圧とピリついた緊張感が漂っていた。
応接用のソファに深々と腰掛けているのは、最高級の漆黒の礼服に身を包んだ威厳あふれる老紳士――オルランド公爵だった。その背後には、二人の護衛騎士が微動だにせず控え、静かな圧迫感を放っている。
公爵は机の上に、ずしりと重い皮袋をいくつも並べた。 袋の隙間から覗くのは、一般的な金貨の百倍の価値を持つという純白の輝き――白金貨だった。
「相澤先生。噂は聞き及んでいる。大商人ゴルドーの娘の顔痕を消し去り、王都中の令嬢たちの悩みを解消してみせたとか。実に素晴らしい手腕だ」
公爵はどこか見下すような、しかし確かな期待を込めた眼光で雄介を見つめた。
「本題に入ろう。我が公爵家の娘――レティシアの顔を治してほしいのだ」
「……お嬢様の、顔ですか」
雄介は白衣のポケットに手を入れ、静かに相槌を打つ。
「うむ。娘は幼い頃から鼻筋が低く、小鼻が横に大きく広がっておる。よく見れば微妙に左右差まである始末だ。……実に見苦しい。我が公爵家の血筋に似つかわしくない不完全な顔立ちなのだ」
公爵は吐き捨てるように語り、机の上の白金貨を雄介の方へと押しやった。
「近々、我が家は王太子殿下との極めて重要な縁談(お見合い)を控えておる。それまでに娘の鼻を完璧な美しさに仕立て上げてくれ。鼻筋を高く伸ばし、小鼻を小さく整え、誰が見ても溜息が出るような完璧な『造形』にしてみせろ。報酬は白金貨五十枚。成功すればこの倍を払おう」
白金貨五十枚――王都で小さな城が買えるほどの巨額な提示だった。
傍らで控えていたアリアとミーナが、息をのんで目を見開いている。
だが、相澤雄介の表情は一つも動かなかった。
彼は差し出された白金貨の山を一瞥もせず、ただ静かに公爵の目を射抜くように見返した。
「……公爵閣下。一つ、確認させていただきたいのですが」
「なんだ? 道具や薬の費用ならいくらでも上乗せするぞ」
「違います」
雄介は静かに首を振ると、淡々とした、しかし重みのある声で尋ねた。
「……で、患者であるお嬢様ご本人は、どうおっしゃっているのですか?」
「は?」
公爵は思いも寄らない質問を受けたように、ぽかんと眉をひそめた。
「本人の意思だと? わざわざそんなものを聞く必要がどこにある? まだ本人には今回の来院の理由すら詳しく話しておらんわ」
「言っていない……?」
「当たり前だ。娘は私の所有物であり、公爵家の道具だ。親である私が『顔を直せ』と言えば直せばいい。娘も私の言いつけ通りに顔を綺麗に整えられれば、文句などあるはずがなかろう」
当然のように言い放つ公爵。
その言葉を聞いた瞬間、雄介の瞳から温もりが消え、氷のように冷ややかな色へと変わった。
(自分以外の人間によって決められた美の基準。親の都合で強要される顔の改変……)
現代の日本でも、過干渉な親が連れてくる未成年の整形カウンセリングで、似たような光景を何度も見てきた。本人の意思を無視した整形は、どれだけ技術的に成功しようと、決して患者を幸せにはしない。
雄介は静かに白衣の胸を正すと、立ち上がった。
そして、白金貨の山を前に、一切の躊躇もなく言い放った。
「――それなら、その依頼はお受けできません」
「……なに?」
公爵の顔から笑みが消えた。護衛の騎士たちが一斉に剣の柄に手をかける。
「今、なんと……?」
「聞こえなかったのですか?」
雄介は一切怯むことなく、公爵の威圧を真っ向から受け止め、冷徹なまでに言い切った。
「本人の意思が確認できない施術、本人が望んでもいない整形は……俺たち美容外科医の仕事ではありません。お引き取りください」
応接室の空気が、凍りついた。
ここから第二シーズンです。
個人的には皮膚科系の方が好きなのですが、外科系も描きたいなーと思います!
土日はまとめて3話出していきます!お楽しみに!




