20話 出来損ないと追放された治癒術師、異世界美容外科医の助手になる
『AIZAWA skin beauty』の第一診察室。
重厚な木製のデスクを挟み、相澤雄介の正面に少女――リーナが座っていた。 その脇には、面接の同席としてミーナとアリアも控えている。
リーナは148センチほどと小柄で華奢な身体を椅子にちょこんと座らせ、膝の上で細い指先をキュッと握りしめていた。肩の下まで伸びた淡い銀髪が、彼女が緊張で身体をこわばらせるたびに小さく揺れる。
「では、面接を始めよう」
雄介が静かに声をかけると、リーナは背筋をピシッと伸ばし、青紫色の透明感のある瞳をまっすぐに向けた。
「よろしくお願いします……」
「硬くならなくていい。まずは基礎的な確認だ」
雄介は手元に置かれた羊皮紙の履歴書に目を落とした。
「リーナ。年齢は?」
「……19歳です」
「三年前まで、王都の『治癒術師ギルド本部』に所属していた、と書いてあるな」
「はい」
雄介はふと手を止め、鋭い視線を彼女に向けた。 治癒術師ギルドの本部といえば、この世界における最高峰の医療組織だ。そこに所属していたとなれば、治癒術師としてのステータスも将来も約束されていたはずである。
「ギルドの本部にいたのなら、大きな大聖堂や貴族お抱えの医療機関でいくらでも高給で雇われるはずだ。……なぜ、開院したばかりの怪しげなうちのクリニックに応募してきた?」
「……」
雄介の真っ直ぐな問いかけに、リーナは小さな唇を噛み締め、ゆっくりと視線を落とした。 診察室に一瞬の沈黙が落ちる。
やがて、彼女は消え入りそうな声で呟いた。
「……追放、されたからです」
「追放……!?」
思わず声をあげたのは、脇に立っていたミーナだった。 アリアもまた、驚いたように青紫の瞳を見張り、息を呑んでリーナを見つめている。
「ギルドを……ですか? 一体、なぜ……」
ミーナが不安そうに尋ねると、リーナは自分の膝を見つめたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私の治癒魔法は……皆さんが使う普通の治癒魔法とは、違うんです」
「違う?」
雄介が先を促すと、リーナは弱々しく首を振った。
「一般的な治癒魔法は、溢れ出る魔力によって切り傷や火傷、骨折などの傷ついた組織を瞬時に繋ぎ合わせ、修復します。ですが……私の魔法は、傷を直接治すことができません」
「傷を直接治せない?」
雄介は眉をひそめた。治癒魔法でありながら、傷を塞ぐことができないとはどういうことか。
「……では、君の魔法は何ができるんだ?」
「……身体が自分で傷を治そうとする力を、強くすることしかできません」
「――!」
その瞬間、雄介の目がカッと見開かれた。
現代医学において、傷や皮膚が治るプロセス――それは医師の力ではなく、人間自身が持つ『自然治癒力(細胞の再生能力)』によるものだ。消毒をし、環境を整え、血流を促すことで、身体が本来持っている再生能力を最大限に引き出すのが医療の基本である。
(直接組織を急速形成させるのではなく……生体本来の『自然治癒力』を限界まで活性化・促進させる魔法……!?)
医師としての雄介の思考回路が、猛烈な勢いで回転し始めた。
「……即座に傷を塞ぐことができない。だから、ギルドの人間からは『出来損ない』『無能』だと蔑まれました」
リーナは力なく嘲笑うように微笑んだ。
「戦場や現場で、血を流している騎士様をすぐには助けられない。『そんなもの治癒魔法とは呼べない』『異端の面汚しだ』と言われ……三年前、ギルドを追い出されたのです」
「そんな……!」
アリアが憤りに肩を震わせ、声を荒げた。
「傷を即座に消せないからって……出来損ないだなんて酷すぎます! 傷の形を無視して強引に塞ぐ魔法のせいで、どれだけの人が引きつれや傷痕に苦しんでいるか、あの人たちは何もわかっていないのに……!」
かつて治癒魔法の強引な修復によって顔に酷い瘢痕拘縮を残し、絶望していたアリアだからこそ、その理不尽さが許せなかった。
ミーナも「そうだよ! 酷いよ!」と怒りを露わにしている。
だが――当の雄介は、まったく怒っていなかった。 むしろ、その瞳には見たこともないほどの強い興奮と輝きが宿っていた。
「……雄介先生?」
アリアが不思議そうに雄介の顔を覗き込む。
雄介は机に身を乗り出すと、驚くリーナの目を食い入るように見つめた。
「リーナ。その魔法……俺に試させてもらえるか?」
「……え?」
リーナは拍子抜けしたように、パチパチと瞬きをした。
◆
「本当に、君の魔法を確かめてみてもいいか?」
雄介はデスクの上にあった分厚いカルテ用の紙を一枚手に取ると、迷いなく己の左手人差し指の腹に、スッとその縁を滑らせた。
「っ……!」
微かに走る鋭い痛み。指先に一筋の赤線が入り、ふつふつと血が滲み出てくる。
「せ、先生!?」
突然の行動に、ミーナとアリアが悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫だ。ちょっとした紙傷だよ。真皮の浅い層までしか達してない」
血を指先で押さえながら、雄介は穏やかな笑みをたたえてリーナに向き直った。
「リーナさん、この傷に君の魔法をかけてみてくれ」
「は、はい……!」
リーナは緊張で細い手先を震わせながらも、雄介の手元へ近づいた。彼女がそっと小さな両手をかざすと、淡いエメラルドグリーンの、温かみのある優しい光が雄介の指先を包み込んだ。
光は数十秒ほど持続し、やがてすうっと空気中に溶けるように消えていった。
「……ふぅ」
息を吐いたリーナが手を引く。 だが――
「……あ、あれ? 先生、傷が……治ってませんよ?」
覗き込んだミーナが、不思議そうに眉をひそめた。 一般的な治癒魔法であれば、光が消えた瞬間には皮膚が何事もなかったかのように塞がり、血痕すら消え去っているはずだ。 しかし雄介の指先には、依然として一筋の赤い切り傷がはっきりと残っていた。
「……やっぱり、ダメなんです」
リーナはぎゅっと唇を噛み締め、消え入りそうな顔で伏し目がちになった。
「どれだけ魔力を込めても、私には傷をその場で消すことができません。だから……っ」
「いや」
雄介の低く力強い声が、彼女の悲痛な告白を遮った。
「……え?」
「すごいな。指先の痛みが、魔法を受けた瞬間に完全に引いた」
雄介は指先を拡大鏡でじっくりと観察しながら、感嘆の息を漏らした。
「血小板の凝集が異常なスピードで進み、止血が瞬時に完了している。それだけじゃない……通常なら数時間は続くはずの局所の急性炎症反応(赤みや腫れ、痛み)が、完璧に抑え込まれているんだ。傷口の周囲の組織細胞も、急激な細胞分裂を起こす準備段階に入っている」
「え……? え……?」
専門用語の羅列に戸惑いながらも、リーナは信じられないものを見る目で雄介を見上げた。
「直接、強引に組織をくっつけるんじゃない。生体が持つ『止血・抗炎症・組織再生』のステップを完璧にサポートし、自然治癒力を何倍にも跳ね上げている……。リーナ、これ……めちゃくちゃ使えるぞ」
「つ、使える……?」
「ああ。これほど理にかなった、身体に負荷をかけない再生促進魔法は見たことがない」
雄介の目が興奮に輝いていた。 無理やり魔法の力で細胞を引っ張り合わせて塞ぐ治癒魔法は、時に傷痕(瘢痕)やひきつれの原因になる。だが、この魔法は「人間自身の治癒力」を極限までブーストさせるのだ。美容皮膚科や形成外科の術後ケアにおいて、これ以上の魔法はない。
リーナは、生まれて初めて自分の魔法を褒められたことに衝撃を受け、青紫色の大きな瞳をポロポロと揺らした。
◆
雄介は指先を拭うと、まっすぐにリーナの目を見た。
「リーナ」
「は、はいっ……!」
「採用だ。今日からうちのクリニックで働いてくれ」
「……え?」
ぽかんと口を開けるリーナ。自分が何を言われたのか、理解が追いついていない様子だった。
「だ、ですが……私の魔法は……ギルドでも出来損ないだと……役立たずの異端だと捨てられたのに……!」
「俺は、君の魔法を出来損ないだなんて思わない」
雄介は優しく、だが断固とした口調で告げた。
「むしろ、俺が目指す医療にとって、君のその魔法は喉から手が出るほど欲しい『宝物』だ。君の力があれば、救える患者が間違いなく増える」
「あ…………」
胸の奥に、温かいものが一気に押し寄せてくる。 『役立たず』『出来損ない』と蔑まれ、行き場所を失っていた三年間。冷たくなった自分の心を、この目の前の医師はたった一言で解かしてしまった。
「……っ、う……ぅ……」
リーナの瞳から、ボロボロと大きな涙の粒がこぼれ落ちた。彼女は何度も目元を拭いながら、深々と頭を下げた。
「あ、ありが……とうございます……っ!」
◆
「ただし――採用にあたって、一つだけ条件がある」
涙を拭うリーナに、雄介は少し表情を崩して告げた。
「条、条件……ですか?」
身構えるリーナに、雄介は指を一本立てた。
「医療を一から学んでくれ」
「……医療、ですか?」
「そうだ。治癒魔法だけに頼る時代は終わりだ。消毒の重要性、感染管理、創傷の正しい処置(創傷管理)、そして何より……患者の心に寄り添う丁寧なカウンセリングと術後説明。これら全てを、俺とアリアから徹底的に学んでもらう」
「……っ」
リーナは涙を拭い、力強く何度も頷いた。
「はい……! どんなことでも勉強します! 私にできることなら、喜んで……!」
「よし。じゃあ、明日からよろしく頼むな、リーナ」
「はい! よろしくお願いいたします!」
胸を張って一礼するリーナの表情には、先ほどまでの怯えや陰りはもうどこにもなかった。
◆
面接を終え、明日からの準備のためにリーナが嬉しそうにクリニックを後にした夕暮れ時。
診察室の片付けをしていたミーナが、ふと心配そうな顔で雄介に話しかけた。
「先生……あの子、本当に大丈夫ですか? すごく良い子なのは分かりましたけど……魔法でパッと傷を治せないんですよね?」
アリアも器具を整理する手を止め、不思議そうに雄介を見つめた。
「私も気になります、雄介先生。確かに彼女の魔法は痛みを引き、抗炎症効果が見られましたが……患者様は『今すぐ傷や悩みを消してほしい』と思って来院されます。即効性がない魔法で、本当に現場が回るのでしょうか?」
「ふふ」
二人の疑問に対し、雄介はカルテに書き留めたリーナの魔法の観察記録を眺めながら、満足そうに口元を綻ばせた。
「どうしてです、先生?」
アリアが首を傾げると、雄介はカルテをパンと閉じ、二人に向き直った。
「美容医療において、一番大切なのは何だと思う?」
「え……傷を綺麗にすること、ですか?」
「それもある。だが、一番重要なのは**『いかにダウンタイム(施術後の赤みや腫れ、痛みの期間)を短くし、綺麗に治すか』**なんだ」
雄介は窓の外の夕焼けを見つめながら、楽しそうに言葉を続けた。
「ピーリングで剥がした皮膚の再生促進、ルミナ・ニードルを刺した後の創傷治癒、そして将来的に行うであろう切開手術のアフターケア……。彼女の『炎症を抑え、生体の再生力を爆発的に高める魔法』は――」
雄介は少し悪戯っぽく笑ってみせた。
「――俺たちがやっている『美容医療』と、完璧すぎるくらい相性がいいんだよ」
現代美容医療においてこの能力は喉が出るほど欲しいですね。
私も欲しいと思いながら書きました美容界隈で言うとまさにチート・・・
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