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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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19/53

19話 異世界美容外科医、追放された治癒術師を助手にする

翌朝。


クリニック『AIZAWA skin beauty』の扉を開けた雄介は、まず待合室を見渡した。 昨日導入した「完全二部制」と「予約制」の効果はてきめんだった。早朝から人だかりができることもなく、空間は静かで、空気も澄んでいる。


受付のカウンターでは、ミーナが新しい受付表と予約帳を丁寧に整理し、ペンを走らせている。 奥の処置室では、アリアが高圧力魔導釜(オートクレーブ)で滅菌された器具を取り出し、手袋をはめた手で本日の施術用セットを整えていた。


一見すると、昨日までの大混乱が嘘のように、洗練されたスムーズなクリニックの風景が広がっている。


だが――


雄介は受付カウンターに近づき、ミーナがまとめた本日の来院者リストに目を落とした。


「……今日も多いな」


思わず漏れ出た言葉に、ミーナは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「昨日より三人増えてます。朝一番で予約の空きを確認しに来た方たちで、午前中の『当日枠』も一瞬で埋まっちゃいました」


「予約枠はすでに夕方まで完全に埋まっています」


処置室から顔を出したアリアも、どこかわずかに陰のある表情で頷いた。


「Peeling(ピーリング)や『SUN veil』をお求めの再診の方に加えて、『ルミナ・ニードル』の経過観察と、新規のカウンセリング希望の方が引きも切りません。……明日以降の予約表も、すでに数日先まで満席です」


「…………」


雄介は黙って羊皮紙の予約帳をめくった。 びっしりと書き込まれた患者の名前。 需要があるのは素晴らしいことだ。異世界に「美容医療」という概念が着実に根付き、受け入れられている証拠でもある。


だが、現状の医療供給体制(キャパシティ)は、完全に限界を超えつつあった。


(診察時間をあと一時間延ばせば……いや、昼の休憩時間を削ってカウンセリング枠に当てれば、あと二〜三人なら診られるか……?)


無意識のうちに、脳裏に旧来の思考パターンが浮かび上がった。


『自分がもう少し頑張ればいい』 『俺が睡眠時間を削って、診察枠を増やせば解決する』


日本の大手美容クリニック時代、何千回と繰り返してきた悪癖だ。患者の笑顔が見たい、期待に応えたいという一心で、自分の身体を削り、疲労を栄養ドリンクで誤魔化し続けた日々。


――そして最後は、深夜の診察室で意識を失い、死んだ。


(……待て)


雄介は固く目を閉じ、深く息を吐き出した。


(また同じ愚みを繰り返すつもりか? ここは前世の孤軍奮闘の現場じゃない。俺は今、このクリニックの『院長』なんだ。一人で限界まで働き詰めて倒れるのは、プロの医療従事者としても、経営者としても失格だ)


自分が倒れれば、クリニックは止まる。通っている患者たちの治療も途中で頓挫する。 「自分が頑張る」ことで場当たり的に解決しようとするフェーズは、もう終わったのだ。


(一人で抱え込むな。組織を作らなきゃいけない)


雄介は目を開けると、静かに、だが確固たる口調で告げた。


「……人が必要だ」


◆


開院前の朝のミーティング。 雄介は二人を診察室のテーブルに集め、真剣な面持ちで切り出した。


「二人とも、正直に答えてほしい。今の仕事量はどうだ?」


ミーナとアリアは顔を見合わせ、少し困ったような笑みを浮かべた。 まず口を開いたのはミーナだった。


「私は大丈夫……と言いたいところですけど、正直ちょっと手一杯になってきました。受付や予約管理だけなら回せるんですけど、最近は『AIZAWA』の化粧水や『SUN veil』の購入だけに来るお客様も多くて……商品の在庫管理や会計、包装まで一人でやるとなると、受付で患者様をお待たせしちゃう時間が増えていて」


「そうか……」


宿屋の看板娘として接客能力の高いミーナだが、医療受付・レジ・物販・在庫管理を一人でこなすのは、いくらなんでもキャパオーバーだ。


続いて、アリアが申し訳なさそうに眉を下げて発言した。


「私も……申し訳ありません、雄介先生。施術に使う『ルミナ・ニードル』のカートリッジ滅菌や薬液の準備、術後の冷却ケアを一人で担当していると、先生が診察室で患者様と対話されている最中、お側に付いて補助(介助)に入れない時間が増えてしまっています」


「アリアさんのせいじゃない。二人とも、限られた人員の中で完璧以上にやってくれている」


雄介は首を振り、紙にペンで書き出し始めた。


「やっぱりそうか。現場の悲鳴を見過ごすわけにはいかない。現在のクリニックに必要な『人材』を一度具体的に整理しよう」


雄介は羊皮紙に、いくつかの職種を書き出していった。


看護師(医療助手):アリアの負担を分散し、施術の準備、衛生管理、術後アフターケア、そして診察時の医師の介助をスムーズに行う要員。

受付・コンシェルジュ:ミーナの負担を減らし、物販・会計・予約管理と、待合室での患者対応を分離して専念できるようにする要員。

薬師(調剤・製剤師):ピーリングローションや化粧品、日焼け止め、そして今後開発する麻酔クリームや美容製剤の調合と品質管理を専門に行う要員。

「……こんなにたくさんの役割が必要なんですね」


ミーナが感心したように羊皮紙を見つめる。


「ああ。今はアリアとミーナが一人何役もこなしてくれているが、本来ならどれも専門的な知識や集中力が求められる仕事だ。患者が増えれば増えるほど、この『穴』は大きくなる」


「でも、先生。一気に全員を雇うのは……さすがに面接や指導も大変ですし、クリニックのスペースも限られていますよね?」


アリアの懸念はもっともだった。急拡大しすぎて教育が行き届かず、医療過誤やサービス低下を引き起こしては本末転倒だ。


「ああ、分かっている。全員を今すぐ一辺倒に採用するつもりはない。だが、まずは一番のボトルネック……どこから手をつけるべきか、優先順位を決めて募集を出そうと思う」


雄介は力強く頷いた。 一人の優秀な医師の腕に頼る「個人商店」から、信頼できるスタッフと共に患者を守る「医療組織」へ。


『AIZAWA skin beauty』は今、新たな脱皮のときを迎えようとしていた。


◆


「……よし。職種は整理できたが――まずは**『一人』**だ」


雄介が羊皮紙をトントンと指先で叩くと、ミーナが「えっ?」と意外そうに目を丸くした。


「一人だけですか? 看護師さんに、受付の専門の方に、薬師さん……全部で三人くらい必要なんじゃありませんか?」


「気持ちは分かるが、いきなり何人も雇ったら現場が混乱する。俺たちの教える負担が跳ね上がって、返って業務を圧迫するからな。それに何より――」


雄介は二人の目を真剣に見据えた。


「俺たちの医療理念や、衛生に対する考え方をちゃんと理解し、実践できる人間かどうかを見極める必要がある。少人数ずつ確実に教育し、理念を共有しながら組織を広げていくのが筋だ」


「なるほど……」


アリアが深く納得したように頷いた。


「先生の仰る通りです。適当に数を揃えても、衛生観念や患者様への接し方が雑になってしまっては、クリニックの信頼に関わりますものね」


「そういうことだ。だからまずは、最も現場の補助を必要としている『医療助手(看護師)』の枠から一人、募集をかけることにする」


◆


では、どうやって求人を出すか。 現代のように求人サイトやSNSがあるわけではない。このグランザの街で広く人を募るには、現地の手法に頼る必要があった。


雄介は羊皮紙に向かい、インクを浸したペンで求人票の文面を書き上げていく。


『AIZAWA skin beauty スタッフ(医療助手)募集


【応募資格】 一、患者の悩みに心から寄り添える者 一、清潔操作を守れる者 一、新しい医療を学ぶ意思のある者


※性別・経験不問。治癒魔法の有無は問わない。 面接・採用試験あり。詳細は受付にて』


書き上がった紙を覗き込んでいたミーナが、ある単語を指差して頭を傾げた。


「先生……この『患者に寄り添える』と『医療を学ぶ意思』は分かりますけど……この『清潔操作を守れる者』って何ですか?」


「ん?」


「私、聞いたことない言葉です。街の掃除が好きとか、そういう意味ですか?」


ミーナの無邪気な質問に、雄介はハッと息を呑んだ。


(……そうだ。この世界には『無菌操作』や『清潔操作』なんて医療概念そのものが存在しないんだ)


細菌や感染症の概念がない異世界では、いくら手先が器用な者であっても、「滅菌された器具の清潔域を素手で触らない」「手払いや飛沫を防ぐ」といった基礎的な無菌概念(アセプシス)を知るはずもないのだ。


「……そうか。この世界じゃ『清潔操作』と言われてもピンとこないな」


隣にいたアリアも苦笑いを浮かべた。


「はい。私も先生に弟子入りするまで、手洗いや消毒の厳密さに驚かされてばかりでしたから……」


「よし、なら募集要項はこれで出す。そして、面接に来た応募者には簡単な『採用試験』を受けてもらおう。魔法の上手さや経験よりも、衛生観念や考え方の適性を見るためのテストだ」


雄介が作成した求人紙は、ミーナの手によって商業ギルドの掲示板、治癒術師ギルド、さらには街の中央広場の大掲示板へと提出された。


「異世界の美容クリニック」初のスタッフ募集。 果たしてどのような人物が集まるのか、雄介たちも期待と不安が入り交じる思いで翌日を迎えた。


◆


――翌日。


午前の診療が始まる少し前、カランコロンとクリニックのドアベルが涼やかな音を立てた。


「はいっ、いらっしゃいませ! ……あ、本日のお申し込みですか?」


受付カウンターからミーナの声が聞こえ、続いて控えめな足音が診察室へと近づいてきた。


「雄介先生、求人を見て面接に来られた方がいらっしゃいました!」


「入ってもらってくれ」


診察室の扉が開き、一人の若い女性が滑り込んできた。 落ち着いた薄緑色の修道服風のローブに身を包み、肩の下まで伸びた柔らかい銀色の髪をひとつに束ねている。控えめだが芯の通った、凛とした佇まいの女性だった。


彼女は深々と一礼し、静かな声で挨拶をした。


「初めまして。掲示板の募集を拝見して参りました。……こちらでスタッフを募集していると伺ったのですが」


雄介は椅子から立ち上がり、彼女に向き直った。


「ああ、俺が院長の相澤雄介だ。……お名前は?」


「……リーナと申します」


「リーナさんだな。どうぞ、そこに掛けてくれ」


対面の椅子を勧めると、彼女は「失礼します」と丁寧にスカートの裾を揃えて腰掛けた。 雄介は彼女から受け取った経歴の書かれた羊皮紙――この世界における履歴書のようなものに目を落とした。


整った文字で書かれた経歴欄を見て、雄介は眉をひそめた。


「……治癒術師、か」


「はい」


「治癒術師ギルドの本部に三年前まで所属……だが、現在は『退会』になっているな。君ほどの治癒術師なら、大聖堂や大きな病院でいくらでも重宝されるはずだが……」


治癒魔法が使える治癒術師は、この世界では超が付くほどの高給取りであり、ステータスも高いエリート職だ。わざわざ開院したばかりの怪しげなクリニックの「医療助手」に応募してくる理由が見当たらない。


雄介が問いかけると、リーナは少し寂しげに、けれど自分の言葉を踏みしめるように答えた。


「……はい。ですが――私は、ギルドを追放された身なのです」


「追放……?」


「はい。私の治癒魔法は……他の治癒術師の方々から『出来損ないで、役に立たない異端の魔法だ』と嫌忌され、追い出されてしまいましたから」


彼女は伏し目がちに、静かにそう打ち明けた。 その言葉の裏に隠された「異端の理由」とは何なのか――。


相澤雄介と新たな仲間となるかもしれない少女、リーナとの面談が、静かに始まった。

新キャラ加入です。

特に追放系を描こうと思ってはなかったんですが、プロット考えてたら、自然とというやつです!


次回活躍いたします!

ブクマ、コメント、評価をお願いします!次回も楽しみに!

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