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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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18/53

18話 異世界美容外科医、予約制と問診票を導入したら大繁盛しました

朝の清々しい光が、グランザの街並みをやわらかく包み込んでいた。


相澤雄介はいつものように、白衣の入った鞄を片手に徒歩でクリニックへ向かっていた。開院時間の小一時間前。風が心地よく、日課となっている頭の中での本日の診療シミュレーションもスムーズに進むはずだった。


――はずだったのだが。


「……?」


角を曲がり、クリニックの建物が見えた瞬間、雄介は思わず足を止めた。


店舗の敷地前、まだ固く閉ざされた木製ドアの周りに、人だかりができている。 最初は三人か四人、待ちきれない患者が早く来ているだけかと思った。しかし、近づくにつれてその人数が明らかにおかしいことに気づく。


十人……いや、もっといる。 グランザの街で流行中の『AIZAWA』の基礎化粧品で肌を整えたお洒落な若い女性から、身なりの良い貴婦人、果ては隣町から駆けつけたような旅装の女性まで、二十歳前後の女性たちが色めき立ちながら熱心に話し込んでいた。


「あっ、先生!」


混雑する人だかりの隙間から、宿屋の看板娘兼受付手伝いのミーナがパタパタと駆け寄ってきた。翡翠色の瞳をくるくるとさせ、どこか困ったような、けれど嬉しそうな苦笑いを浮かべている。


「おはようございます、雄介先生!」


「……おはよう、ミーナ。どうしたんだ、この早朝からの人だかりは」


「それがですね……」


ミーナが声を潜め、後ろの人だかりを指差した。


「昨日、『ルミナ・ニードル』でクレーターが綺麗になったあの子……覚えていますか? 彼女、昨日の夜に大喜びでお友達や近所の人たちに見せ回ったみたいで。『奇跡の針治療がある!』って大評判になっちゃったんです。それに加えて、いつもの化粧水のお買い求めの方や、口コミを聞いた新規の方まで押し寄せちゃって……」


「なるほど……」


雄介は周囲を見渡した。 「本当にニキビ跡の凹みが目立たなくなってる……!」「私も毛穴を引き締めたいわ」「相澤先生のカウンセリングを受けるだけでも価値があるって聞いたけれど」など、期待に満ちた声が飛び交っている。


口コミの伝播速度が、雄介の想定を遥かに超えていた。


◆


クリニックの通用口から中に入り、受付と待合室の準備を進める。 間もなくして、助手兼研修生のアリアが受付表と羊皮紙のカルテ束を抱えてやってきた。濃紺の髪をひとつにまとめた彼女は、真剣な面持ちで雄介に向き直る。


「雄介先生、本日の来院予定の集計が終わりました」


「ああ、頼む。何人くらいになりそうだ?」


「事前に予約を承っていたお客様が九名。そして今朝、開院前にお並びいただいて受付をした飛び込みのお客様が八名です」


「九……八……」


雄介は眉間を押さえ、一瞬沈黙した。


「合計、十七名です」


「…………」


雄介は懐から時計を取り出し、時間を確認した。 丁寧なカウンセリング、問診、肌状態の観察、そして実際の施術――ピーリングやルミナ・ニードルの照射、術後の冷却とアフターケアの指導。一人あたり最短でも三十分、ニキビ跡のフル照射なら一時間はかかる。


診療時間は八時間。


「……今日、俺一人で診察も施術も全部回すつもりだったんだよな」


「はい」


ミーナが即答する。


「無理だな」


「無理ですね!」


雄介の即断即決に、ミーナが思わず吹き出した。


現代の大型美容クリニックなら、複数の医師、看護師、カウンセラー、受付スタッフがチームを組んで効率よくラインを回す。だが現在の『AIZAWA skin beauty』で、実際に診察と施術を行える「医師」は雄介ただ一人だ。


「一人ひとりの診察と施術を雑にするわけにはいかない。だが、遠くから来てくれた患者を無条件で全員追い返すのもな……」


雄介の脳裏に、前世での記憶がふとよぎった。


日本にいた頃の美容外科時代。 朝から晩までギッシリ詰まった手術とカウンセリングのスケジュール。昼食を食べる時間すらなく、深夜までカルテを書き、後輩の指導をし、過労の極限に達しても「患者が待っているから」「俺が頑張れば現場は回るから」と自分を追い込み続けた日々。


そして結果として過労で倒れ、この異世界へ転移することになったのだ。


(……いや、待て。あの時の二の舞になるつもりか? ここは前世のブラックな労働環境じゃない。俺が倒れたら、このクリニックそのものが止まってしまうんだ)


だが、目の前には助けを求めて集まった患者たちがいる。 根っからの仕事人間であり、医療従事者としての責任感が強い雄介は、無意識のうちにまた昔の悪癖を出しかけていた。


「とりあえず……診察だけでも全員分、急ぎ足でやれば……」


ボソッと呟いた雄介に、ミーナがすかさずジト目を向けた。


「先生。診察『だけ』で済むわけないじゃないですか。みんな先生の施術を受けたくて来てるんですよ?」


「……うっ」


「それに」


今度はアリアが、静かだが凛とした声で雄介の隣に立った。青紫色の瞳でじっと雄介を見つめてくる。


「先生。昨日も最後の患者様のお見送りが終わったのは、すっかり夜になってからでした。先生は『大丈夫だ』とおっしゃっていましたが、お顔に疲労の色が出ていましたよ」


「……そうだったか?」


「そうでした!」


ミーナとアリアの声が綺麗に重なる。


「先生はすぐ『自分が頑張ればいい』って顔をします。でも、先生が倒れちゃったら元も子もないんですよ?」


「そうですよ、雄介先生。先生が私たちに『肌の健康には十分な睡眠と休息が必要だ』と教えてくださったんじゃありませんか? 先生ご自身が体を壊してしまっては、説得力がありません」


二人の正論すぎる指摘に、雄介はぐうの音も出ず、苦笑いするしかなかった。


(参ったな……。前世では、誰も俺の過重労働を止めてくれなかった。だが――今は違う)


自分一人で抱え込もうとする愚かさを、厳しくも温かく諫めてくれる存在が、ここにはいる。 ミーナとアリア。頼もしい二人の助手の存在を、雄介はあらためて強く実感していた。


◆


「……全員、今日じゃなくていい」


受付表を眺めていた雄介が、ぽつりと呟いた。


「えっ?」


目を丸くするミーナに、雄介は受付表をトントンと指先で叩いた。


「長時間患者を待たせて、質の落ちた診察や施術をするくらいなら、日程を分けるべきだ。そもそも、来た順番にひたすら押し込むから限界が来るんだよ」


雄介の頭の中で、前世で培った「効率的なクリニック運営」のスイッチがカチリと切り替わった。


雄介は壁に掛かった黒板の前に歩み寄ると、チョークを取って一筋の線を引き、手際よく文字を書き込んでいく。


【午前】初診・カウンセリング 【午後】施術・経過観察(再診)


「これからは完全な二部制にする。午前中はじっくりお悩みを伺う初診とカウンセリング専用。午後はそれに基いて集中して行う施術とアフターケア専用だ」


「午前と午後で分けるんですか……?」


さらに雄介は、その横に大きな字で書き足した。


「それと、基本は『予約制』にする」


「よ、予約制……? 来た順番に診るんじゃないんですか?」


「ああ。あらかじめ患者ごとに来院する日時を決め、枠を確保しておくんだ。そうすれば待合室がパニックになることもないし、患者側の待ち時間も最小限で済む」


「でも、先生」


アリアが心配そうに身を乗り出した。


「街の外や遠くから、知らずに飛び込みで来られるお客様もいらっしゃいますよね? その方たちを追い返してしまうのは……」


「もちろん、飛び込み用の当日枠も午前と午後に数枠ずつ設けておく。完全に締め出すわけじゃない」


異世界にはまだ存在しない現代の医療予約システム。 だが、この混雑を収拾し、医療の質を担保するためには不可欠な改革だった。


◆


「それと……もう一つ、導入したいものがある」


雄介はあらかじめ羊皮紙に書き出しておいたフォーマットを二人に提示した。


そこには細かな項目が整然と並んでいる。


お名前・年齢

本日の一番のお悩み(ニキビ痕、毛穴、シミなど)

これまでの病気や怪我の歴史(既往歴)

現在使っているお薬や薬草

体質・アレルギーの有無

過去の治療歴(治癒魔法の利用経験など)

本日希望する施術

「……こんなにたくさん書くんですか!?」


ミーナが目を白黒させて羊皮紙を見つめた。


「ああ。『問診票』だ。患者を診察室に呼び込む前に、この紙で患者自身の基本情報と悩み、リスクを事前に把握しておく必要がある」


「なるほど……!」


羊皮紙を覗き込んでいたアリアが、納得したように大きく頷いた。


「これがあれば、先生が診察室でお話を聞く前に、どのような施術が適しているか、アレルギーなどの危険がないかをある程度予測できますね。お話の時間もギュッと短縮できます!」


「そういうことだ。アリアさん、察しがいいな」


「ふふ、先生の助手を伊達にやっているわけではありませんから!」


アリアは誇らしげに胸を張った。医療助手としての成長が、目覚ましいほどに頼もしい。


◆


「さて、ここからが一番重要だ」


雄介は二人の顔を交互に見つめた。


「今までのように俺一人で全部の作業を抱え込んでいたら、いずれ破綻する。今日から二人にも明確な役割分担を与えたい」


「「役割分担……?」」


雄介はまず、ミーナに向き直った。


「ミーナ」


「は、はい!」


「君には『受付・クリニックコンシェルジュ』の全権を任せたい」


「えっ……わたしが、ですか!?コンシェルジュ?」


ミーナは驚いて自分の胸を指さした。


「ああ。予約管理、患者の呼び出し、会計、問診票の記入案内、それと待ち時間中の接客だ。ミーナは宿屋で培った人当たりの良さと、街の人たちの顔と名前を覚える天才的な能力がある。患者たちの不安を和らげ、流れをスムーズに仕切れるのは君しかいない」


「……あ」


ミーナは言葉を詰まらせた。 ただの賑やかしや手伝いではなく、クリニックの「顔」として必要とされている。


「患者の名前、来院時間、予約の枠、そしてお会計……。全部、私が管理するんですね」


「そうだ。できるか?」


ミーナはぎゅっと拳を握りしめると、弾けるような笑顔を咲かせた。


「……やってみます! 先生のお手伝い、もっとちゃんとできるんですね!」


「ああ、頼りにしているよ」


「はいっ!」


「頼りにしている」という雄介の真っ直ぐな言葉に、ミーナの頬がほの明るく染まる。胸の奥がキュッと熱くなり、ただ手伝う以上の、特別な喜びが込み上げていた。


◆


続いて、雄介はアリアへと視線を移した。


「アリアには『医療助手』として、臨床の現場を任せる」


「はいっ!」


「診察前の問診内容の確認、施術に必要な器具の準備と滅菌管理、そして患者の体調確認と術後のケア指導。これをアリアに主導してほしい」


「えっ……術後の説明や、患者様の体調確認まで私がやっていいんですか……!?」


アリアは思わず目を丸くした。


「もう十分できるだろ。ルミナ・ニードルの仕組みも、衛生管理の重要性も、君は誰よりも理解している」


「先生……」


アリアは自分の両手をそっと見つめた。 かつて自分の傷痕に泣き、何もできなかった元・治癒術師の少女。だが今、彼女は雄介の隣で、確実に「医療従事者」としての第一歩を踏み出しているのだ。


(私は……ただ守られる患者じゃない。先生の医術を支える、先生の助手なんだ……!)


アリアの青紫色の瞳に、熱い決意の光が宿る。


こうして―― 【ミーナ=受付・予約管理・接客】 【アリア=問診補助・施術準備・医療アフターケア】 という、異世界初の美容クリニックチームの完璧な布陣が完成したのだった。


◆


――それから、一日の診療が終わった夜。


導入された「予約制」と「問診票」、そして二人の完璧なサポートにより、十七人の対応は想像を遥かに超えるスムーズさで終了した。大混乱もなく、患者たちの満足度も極めて高い。


「ふぅ……」


誰もいなくなった診察室で、雄介は椅子に深く身体を預け、長い溜息をついた。


効率化されたとはいえ、十七人分の集中した診察と施術だ。首や肩はカチコチに凝り固まり、まぶたが鉛のように重い。


「先生、お疲れ様でした! お茶を淹れましたよ」


ミーナがパタパタと湯気の立つカップを運んできてくれた。


「ありがとう、ミーナ」


「先生、本当にすごいですね! 予約制と問診票のおかげで、最後のお客様まで落ち着いてお見送りできました。先生、大丈夫ですか?」


労わるように覗き込んでくるミーナに、雄介は無理に口元を作って答えた。


「ああ……大丈夫だ。問題ない」


「……嘘ですね」


そこへ、後片付けを終えたアリアが静かに歩み寄ってきた。


「え?」


アリアは両手を胸の前で組み、少しおこったような、けれど心底心配そうな目で見つめてくる。


「お顔に……ものすごく疲労が出ています。お声も少し掠れていますよ」


「……」


雄介は返す言葉を失い、沈黙した。


隠せているつもりだった。前世の限界を超えた労働に比べれば、この程度はどうということはないはずだった。 だが、鋭いアリアの観察眼を誤魔化すことはできなかった。


(……俺は、また同じことをやろうとしているのか……?)


脳裏に過ったのは、前世で倒れたあの夜の冷たい感覚。


システムを作り、優秀な仲間が得られても――根本的に「自分が何でも背負い込もうとする性質」を変えなければ、遅かれ早かれまた同じ過断を犯してしまう。


自分の限界を認め、他人に頼ること。 それもまた、この異世界で相澤雄介が学び直さなければならない、大きな課題なのかもしれなかった。

保険診療の病院も最近は予約制が多くなりましたよね。

自由診療はたまに凸来院がいますけど、予約制って便利だな〜って思います。

外科は予約通りいかないことも多いですよね〜。


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