17話 痛くない……?
『ルミナ・ニードル』の完成から数日後。第一診察室には、頬の凸凹に長年悩み続けてきた若い女性患者が坐っていた。
「先生……私のこの頬の傷、本当に目立たなくなるんですか?」
鏡を見つめる患者の表情は、不安と期待に揺れている。
雄介は手袋をはめた指先でそっと彼女の頬の皮膚に触れ、拡大鏡を覗き込んだ。
「なるほど、ニキビ跡ですね」
「ニキビあと……? 昔、顔に赤いぶつぶつが出来てしまって……気になって指で何度も潰しちゃったんです。そうしたら、ぶつぶつが消えた後にこんな感じの凹みがずーっと残ってしまって……」
「それは『ニキビ』と呼ばれる、毛穴に細菌が感染して起きた強い炎症だ。それを無理に潰してしまうと、強い炎症が肌の奥にある『真皮層』まで破壊してしまう。本来ならきれいに修復されるはずの組織がうまく再生されず、底の方へ引き込まれるように固まってしまうことで、この凹み……『クレーター痕』ができるんだ」
「細菌……真皮層……」
難解な単語に戸惑いながらも、患者は縋るような目で雄介を見つめた。
「どうすれば……どうすれば治るんですか?」
雄介は視線を鋭くし、患者の頬に残る凹みの形状を細かく分析した。
(クレーターの底が緩やかにくぼんでいる『ローリング型』と、平底で輪郭がはっきりしている浅い『ボックス型』の混在だな。底が鋭利に落ち込んでいるアイスピック型ほど深くない。――新しく作った『ルミナ・ニードル』の絶好の適応だ)
雄介は静かにカルテを閉じると、患者の目を真っ直ぐに見つめた。
「これから行うのは、ただ『傷を治す』ための治療じゃない。皮膚が本来持っている再生力を利用して『皮膚を内側から再構築するための施術』だ」
◆
まずはインフォームドコンセント(説明と同意)だ。
「この治療では、極細の針を使って皮膚に微細な穴を無数にあける。当然、一時的な赤みや出血、少しの痛みが伴う。だが、その小さな刺激に反応して肌がコラーゲンを作り出し、数ヶ月かけて凹みを押し上げていくんだ。施術後の日焼け対策も絶対に守ってもらう。……試してみるかい?」
雄介の丁寧で誠実な説明に、患者はしっかりと頷いた。
「はい! 相澤先生を信じます。よろしくお願いします!」
「よし。アリアさん、準備を」
「はいっ!」
まずは助手のアリアが慣れた手つきで患者の顔を低刺激のクレンジングで丁寧に洗顔させ、施術部位を消毒液で徹底的に清拭した。
清潔域が保たれたトレーの前で、雄介はアリアに指示を出す。
「アリア、新しい針を」
「はい、先生」
アリアは棚から『魔導紙』で厳重に封印包装された小さなカートリッジを取り出した。 破離音とともに封印紙が破られ、完全な無菌状態に保たれていた無垢な極細針カートリッジが姿を現す。
「未開封、確認しました」
「よし」
雄介は本体の『ルミナ・ニードル』にカートリッジをカチリと装着すると、先端の『深さ調整リング』をカチカチと回した。
「今回は浅いボックス型とローリング型がメインだ。刺入深度は1.0ミリからスタートする」
カチリとダイヤルが固定され、雄介は患者の脇へと立った。
「じゃあ、始めるぞ。少しチクチクするが、我慢してくれ」
スイッチを入れると、本体に内蔵された『微振魔石』が作動し、フォーンと澄んだ微細な振動音が診察室に響いた。
◆
雄介は絶妙な筆圧で『ルミナ・ニードル』の先端を患者の頬に滑らせていく。 1秒間に数十回という超高速で上下する微細な針が、正確に真皮層まで届き、目に見えない無数の孔を刻んでいく。
「……っ……ん」
「大丈夫か?」
「……痛く、ない……です。少しチクチクして、ムズムズするくらいで……!」
「いい反応だ」
施術が進むにつれ、患者の頬にはほんのりと赤みが差し、微小な点状出血がポツポツと浮かび上がってきた。
それを見たアリアが、ハッとして青紫色の瞳を丸くした。
「先生、点状の血が……! 私、すぐに治癒魔法で塞ぎますね!」
アリアが手かざしの構えをとり、手のひらにほのかな緑色の魔術光を宿そうとした――その瞬間。
「待ってくれ、アリアさん。今回は治さない」
「……えっ?」
アリアは動きを止め、信じられないものを見るような目で雄介を振り仰いだ。
「ち、治さない……ですか? でも、お肌に傷がついて、血が出ているんですよ……?」
治癒術師として「傷や出血があればすぐに魔法で塞ぐ」のが当然だったアリアにとって、雄介の制止は理解しがたいものだった。
雄介は手元を一切狂わせずにルミナ・ニードルを動かしながら、穏やかな声で教え含めた。
「この刺激そのものが、肌の再生能力を引き出す最大のスイッチなんだ。針によって傷つけられた組織を治そうとして、成長因子が分泌され、新しいコラーゲンやエラスティンが爆発的に作られる。ここで魔法を使って瞬時に傷を塞いでしまったら、肌が自力でコラーゲンを作る機会を奪うことになる」
「肌が……自力で再生する機会を奪う……」
「そうだ。魔法で外側から無理やり塞ぐんじゃない。人間が持っている野生の治癒力を信じて、あえて『傷ついた状態』を維持し、経過を見守る。これがこの美容医療の真髄だ」
アリアは息をのんだ。
魔法ですべてを解決するのが当たり前のこの世界で、あえて「魔法を使わずに自然な再生を促す」という逆転の発想。 現代美容外科医・相澤雄介ならではの異色のアプローチに、アリアは胸が熱くなるのを覚えた。
「……わかりました。治癒魔法は引っ込めます。その代わり、施術後の冷却と保湿の魔法を準備しますね!」
「ああ、助かるよ」
◆
「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」
数分後、両頬への照射を終えた雄介がルミナ・ニードルを止めた。使用済みの針カートリッジは、手際よく取り外されて専用の廃棄容器へと捨てられる。
クーリングを終えた患者が、アリアから受け取った鏡を恐る恐る覗き込んだ。
「……あ、顔が少し赤くなってます……」
「正常な創傷治癒の反応だ。火照り感と赤みは二〜三日で引く。そこから約一ヶ月かけて、肌の奥で新しいコラーゲンがじっくりと作られていくんだ。これを月に一回のペースで、あと2〜3回続けていこう」
「はい……! 楽しみです!」
患者は期待に胸を膨らませ、笑顔でクリニックを後にした。
◆
――それから、数ヶ月後。
「相澤先生……! 先生、見てください……!」
第一診察室の扉が勢いよく開き、あの時の女性患者が飛び込んできた。 通算3回目の『ルミナ・ニードル』施術と経過観察を終えた彼女は、震える手で鏡を顔の前に掲げていた。
鏡に映っているのは、かつてゴツゴツと影を落としていたクレーター痕が嘘のように薄くなり、滑らかで張りが出た美しい頬だった。 毛穴もキュッと引き締まり、光を反射してツヤツヤと輝いている。
「あんなに深くて、一生治らないって諦めてた凸凹が……こんなに綺麗に……! お化粧をしなくても、街を胸を張って歩けるようになりました……!」
ポロポロと大きな涙をこぼして喜ぶ患者に、雄介は満足そうに口元を緩和させた。
「頑張って治療に通い、指示通り『SUN veil』でUVケアを徹底してくれた成果ですよ。君自身の肌が頑張って再生してくれたんだ」
「先生……本当に、本当にありがとうございました……!」
何度も深く頭を下げる患者の姿を、アリアとミーナが温かな笑顔で見守っていた。
使い捨ての清潔な針、魔導工学による微細な刺激、そして肌の持つ力を信じる妥協なき情熱――。 異世界の常識を塗り替えた『ルミナ・ニードル』は、また一人、少女の人生に輝くような自信を取り戻させたのだった。
ニードルの痛みですが、麻酔なしでできる方も結構いるみたいですね。
私はできませんでした・・・汗
本当に良い治療なのでおすすめですよっていう宣伝です。
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