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異世界美容外科医 ~美しくなりたい彼女たちと、俺のクリニック経営~  作者: シャロン=ミ


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12話 その傷、もう焼かせない

『AIZAWA skin beauty』が正式に開院し、真新しい看板が朝日に輝くその日。


クリニックの受付で準備を進めていた雄介は、入り口のドアベルが涼やかな音を鳴らしたのに気づいて視線を向けた。そこに立っていた人物の姿に、雄介は思わず目を細めた。


「やぁ! アリアさんじゃないか!」


そこにいたのは、雄介がこの異世界で初めて執刀した少女、アリアだった。 あの村で包帯を巻いていた頃とは違い、紺色のきれいな旅装に身を包んだ彼女は、少し緊張したようにペコリと頭を下げた。


「お久しぶりです、雄介先生。……先生がこの街でクリニックを開くって村に噂が届いたので、いてもたってもいられなくて……」


「遠くからよく来てくれたね。さあ、中へ入って。まずは傷の状態を診せてもらおう」


雄介はアリアを清潔な第一診察室へと案内し、木製の診察椅子に座らせた。



「うん、抜糸したあとも経過は順調そうだね。触るよ」


雄介は消毒した指先で、アリアの右頬にそっと触れた。 初回の手術から十分な時間が経過している。 かつて顔を歪ませていた強固な瘢痕拘縮ひきつれは完全になくなり、皮膚は平坦を取り戻していた。傷口も綺麗に閉鎖・安定しており、腫れや熱感といった強い炎症もすっかり引き、生々しかった赤みも落ち着いている。


ただ――


「……先生」


アリアが不安そうに、手鏡の自分の頬を見つめながら口を開いた。


「ひきつれが無くなって、笑えるようになったのは本当に嬉しいんです。でも……この傷に沿って残っている黒っぽい跡が、どうしても気になっちゃって。 鏡を見るたび、『あぁ、やっぱり痕が残っちゃったのかな』って……」


アリアの指さす先には、かつての切開線に沿って、わずかに茶褐色がかった薄い線――いわゆる「炎症後色素沈着(PIH)」と、わずかな皮膚の質感の違いが残っていた。


雄介はアリアの目をしっかりと見つめ、優しく微笑みかけた。


「安心しなさい。傷そのものはもう問題ないよ」


「……本当ですか?」


「ああ。引きつれも起きていないし、感染の心配もない。ただ、ここからは『切り傷を治す治療』というより、時間をかけて肌のターンオーバーを促し、色味を整えていく段階なんだ」


アリアは「ほっ……」と大きな胸を撫で下ろした。だが、雄介はあごに手を当て、少し表情を曇らせて考え込んだ。


「傷そのものは、かなり良くなってる。……問題はここからだ」


「ここから……?」


首を傾げるアリアの前で、雄介は視線を転じ、診察室の窓から差し込む明るい太陽の光を見つめた。


「日光だ」


「……え? 日光……ですか?」


アリアだけでなく、診療の補助についていたミーナや、同行していた村の治癒術師までもが顔を見合わせた。


「先生……日光が、傷跡に関係あるのですか? 光は傷を癒やす太陽の恵みだとばかり思っていましたが……」


治癒術師の問いかけに、雄介は首を横に振った。


「現代……いや、俺のいた世界の医学では常識なんだ。傷が治ったあとの新しくできた皮膚は、しばらくバリア機能が低くてとてもデリケートな状態なんだよ。そこに日光……特に『紫外線』と呼ばれる強い光を浴び続けると、皮膚は自分を守ろうとしてメラニンという黒い色素を過剰に作ってしまう。それが、その色素沈着をさらに濃く、落ちにくくしてしまうんだ」


「太陽の光を浴びると、傷跡が濃くなる……!?」


アリアは驚きで目を丸くし、思わず両手で右頬を覆い隠した。


「そうなんだ。せっかく綺麗に縫合して傷が塞がっても、日光の対策を怠ると痕が残ってしまう。だから、これからは何よりも光から傷を守る必要がある」


「どうやって守ればいいんですか!? ずっと部屋の中に閉じこもっているわけにもいかないですし……」


必死に尋ねるアリアに、雄介は日常の習慣を思い返しながら即答しようとした。


「日焼け止めを塗り重ねて遮光するのが一番なんだが――」


そこまで言ったところで、雄介の言葉がピタリと止まった。


(……待てよ)


思考が冷え固まる。


(日焼け止め……? 紫外線吸収剤や散乱剤(酸化亜鉛や酸化チタン)なんて、この世界にあるわけないだろ……!)


現代では当たり前のようにドラッグストアに並んでいる日焼け止めクリーム。しかしここは、スキンケアの概念すら存在しなかった異世界なのだ。UVカット塗料も、日傘のUV加工技術すらない。


「……ないよな、そんなもの」


雄介はポツリと漏らし、頭を抱えた。


美容皮膚科医としてアフターケアの重要性を知り尽くしていながら、肝心の日光(紫外線)遮蔽手段がないという、思わぬ壁にぶち当たったのだった。


「……やっぱり、これを作るしかないな」


アリアの繊細な肌と傷跡を紫外線から守るため、雄介は即座に思考を切り替えた。 傷の縫合や形成術がどれほど完璧であっても、術後のアフターケア――とりわけUVケアを怠れば、炎症後色素沈着を起こして台無しになってしまう。美容皮膚科医として、そこだけは絶対に妥協できなかった。


「無いなら、作るまでだ」


雄介はさっそく、薬局の老薬師エルマのもとへと向かった。


「光を遮る性質を持つ鉱物や、強い陽光に耐える植物の成分はないか?」


唐突な質問にエルマは首をかしげたが、奥の棚からいくつかの素材をテーブルに並べた。


「光を遮る鉱物なら、この『白晶石はくしょうせき』があるね。すり潰すと非常に細かな白い粉末になる。魔力を通しにくく、強い光を弾いて散らす性質があるから、日よけの塗料なんかにも使われるがね」


「これ……使えるかもしれない」


雄介は白晶石の粉末を指先でつまみ、質感を確かめた。 現代の日焼け止めにおいて、紫外線散乱剤として使われる「酸化チタン」や「酸化亜鉛」に非常に近い特性を持っている。


だが、ためしにその粉末を少量の水で溶き、ミーナの腕に薄く塗ってみると――


「……先生。これ、顔が真っ白になりますよ。外に出られません」


塗った部分がまるで歌舞伎の白粉のように真っ白に浮き上がってしまい、ミーナが呆れ顔で腕をかざした。


「……だよな」


苦笑しつつも、雄介の頭の中で美容皮膚科医としてのスイッチが入る。


(単に光を遮る成分(散乱剤)を配合すればいいってものじゃない。肌に塗る以上、クリアしなければならない条件が山ほどある)


肌に引っかからず均一に伸びること

白浮きせずに自然に馴染むこと

汗や皮脂で簡単に落ちない耐水性

毎日使っても肌に負担がかからない低刺激性

何より、アリアのようなデリケートな傷跡の上からでも安心して使えること

「どんなに医学的・遮光的に正しい成分でも、使い心地が悪くて患者が塗り続けてくれなければ意味がないんだ」


「先生、何か言いました?」


「いや、独り言だ。……よし、この白晶石の粒子をもっと細かくして、ベースとなる基剤クリームに均一に分散させるぞ」


「そんなことできるんですか? 道具で磨り潰すのにも限界がありますよ?」


首をかしげるミーナに、雄介はフッと笑みを浮かべた。 ここで彼が目をつけたのは、この世界に当たり前に存在する「魔法」の力だった。



雄介は近所の魔導技師を頼り、製造工程に魔法を組み込む試みを開始した。


「この白晶石の粉末を、魔法の力で目に見えないレベルまで細かく細砕(ナノサイズ化)してほしい」


「可能ですが……何に使うのです?」


「肌に塗るんだ。できるだけ滑らかに、均一にしたい」


「はぁ……肌にですか……?」


首をかしげる技師だったが、雄介の細かな指示に従い魔法を試した。


微細化魔法:白晶石の粒子を限界まで極小化し、白浮きを防止する。

風魔法:極小化した粉体を、基剤の中でダマにならないよう超高速で均一に攪拌かくはんする。

水魔法:水分と油分のバランス(エマルジョン)を精密に保持し、テクスチャーを調整する。

火魔法:弱火の微熱で温め、乳化剤と基剤を安定して結合させる。

作業工程を見守りながら、雄介は思わず感嘆の溜息を漏らした。


(……魔法って、なんて便利なんだ)


現代なら何百万、何千万円もする超音波ホモジナイザーや特殊な乳化装置が必要な工程が、熟練の魔導制御によって一瞬で、しかも完璧に再現されていく。異世界技術と現代医療知識の、理想的な融合だった。



数時間後、ガラスの小瓶に入った最初の試作品が完成した。


「これが1号だ。ミーナ、手の甲に塗ってみてくれ」


ミーナが指先に少し取り、塗ってみる。


「……うーん、さっきよりはマシですけど、やっぱり白いですね」


「よし、まだ失敗だな」


「えっ、即答ですか?」


「塗った場所と塗っていない場所の境目がはっきり分かりすぎるだろ」


「たしかに……これは塗って外に出るのは、ちょっと嫌ですね」


「だろ? 次へ行くぞ」


速やかに改善タイムへと突入する。


粒子をさらに極小化し、伸びを大幅に改善させた**「2号試作品」**。


「あ、今度はすーっと伸びます! 白くならないです!」


ミーナが声を弾ませたが、数分後にふと首をひねった。


「……でも、ちょっとお肌がカサカサして、乾燥する気がします」


「なるほど。白晶石の皮脂吸着作用が強すぎて、肌の水分を奪っているな。保湿成分が足りない」


雄介はすぐさま、以前開発した化粧水にも使った「霧氷草の葉液」と「白銀樹のオイル」を配合し、水分と油分のバリア機能を補強した。


そして出来上がった**「3号試作品」**。


ミーナが慎重に手の甲へ伸ばす。すーっと透明に伸び、しっとりとした潤いが肌を包み込んだ。


「……あ」


「どうだ?」


「今度は……普通です」


「普通?」


「はい。塗った感じが、全然しません。白くもならないし、ベタつきもしないし、カサカサもしません。……何も塗ってないみたいです」


その感想を聞いた瞬間、雄介は満足そうに大きく頷いた。


「それでいい」


「えっ? 普通でいいんですか?」


「ああ。日焼け止めっていうのはな、塗っていることを患者に意識させないくらい自然なのが、一番なんだよ。毎日ストレスなく続けられることこそが、最高のUVケアなんだ」


雄介は完成した試作品を小さな陶器のケースに詰め、さっそく診察室で待っていたアリアのもとへ運んだ。


「アリアさん、これを使ってくれ。朝起きて洗顔したあと、このクリームを顔全体、特に傷跡のところに優しく塗るんだ。これで太陽の光から傷を守ることができる」


「これを……? わぁ、全然嫌な匂いもしないし、しっとりして気持ちいいです……!」


アリアは嬉しそうに頬を撫で、何度も雄介に深々と頭を下げた。



――そして、翌日。


アリアに渡した日焼け止めだったが、余った3号試作品をミーナも日常のスキンケアとして試しに顔に塗って過ごしていた。


宿屋の受付でミーナが接客をしていると、常連の女性客がじっとミーナの顔を覗き込んできた。


「あら……? ミーナちゃん、なんだか最近、お肌が一段と透き通るように綺麗になってない?」


「えっ? 本当ですか?」


「ええ、日差しが強いのに、全然焼けてないし、ツヤがあって柔らかそう。何か特別なことでも変えたの?」


ミーナは少し考え、パッと笑顔を咲かせた。


「あ、これです! 雄介先生が作ってくれた『日焼け止め』っていうクリームを塗ってるんです! 太陽の光からお肌を守ってくれるんですよ」


それを聞いた女性客は、身を乗り出してミーナの手を握りしめた。


「太陽の光から守る……!? まあ! 私、最近日差しで顔がヒリヒリして黒くなるのが悩みだったのよ! ねぇミーナちゃん、それ、私にも売ってくれないかしら!?」


「ええっ!?」


奥の調剤スペースでそのやり取りを聞いていた雄介は、思わず手元を止め、額を押さえて天を仰いだ。


「……またか」


アリアの傷跡を守るためだけに作った試作品だったが、紫外線による肌の衰えや日焼けに悩む異世界の女性たちにとって、それは喉から手が出るほど欲しい「魔法のクリーム」だったのだ。


「先生! 患者さんたちが『日焼け止めを売ってほしい』って押し寄せてきてます!」


飛び込んできたミーナに、雄介は苦笑しながらも腹を括った。


「分かった……量産体制を整えよう。『AIZAWA』の第二弾プロダクトとして正式にリリースする」


こうして、傷跡保護のために生まれた異世界初のUVカットクリームは、のちにクリニックを代表する大ヒット美容スキンケア商品――


【 AIZAWA SUN veilあいざわサンヴェール


として、街中の女性たちの必需品となっていくのだった。

化粧品で1番大事なのは日焼け止めだと思います。

なんか、熱量違うな?って思ったらそういうことです!


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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また次話でお会いしましょう!

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