第2話「薬が消えた」
異変に気づいたのは、朝だった。
景光はいつものように薬棚の前に立っていた。朝一番、誰もいない典薬寮で、棚の匂いを確かめる。昨日と同じ匂いであること。それが景光にとっての「異常なし」だった。
甘草。茯苓。当帰。附子。桂皮——
手が止まった。
三段目の左端。芍薬の薬包があるはずの場所。匂いが違う。
景光は薬包を手に取った。見た目は同じだ。包み方も、紐の結び方も。だが匂いが、芍薬ではない。
「……何だ、これは」
もう一度嗅いだ。鼻を近づけるまでもなく、手に持った瞬間にわかっていた。これは芍薬ではない。芍薬に似せた、別の何かだ。
景光は棚全体を嗅いだ。一段目から順に、端から端まで。
三段目の左端だけではなかった。五段目の中央。二段目の右端。三箇所。すべて匂いが違う。
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「景光、早いね。——どうしたの」
綾子が入ってきたのは、景光が三つ目の薬包を棚から抜き取ったところだった。
「薬が差し替えられている」
「え?」
「この三つ。中身が違う」
綾子は景光の手元を見た。それから棚を見た。
「見た目は同じだけど」
「匂いが違う」
「……それ、景光にしかわからないやつじゃない?」
「そうだ。だから私が気づいた」
綾子の顔から、軽い表情が消えた。
「差し替えって——何に?」
景光は一番目の薬包を開いた。慎重に紙を広げる。中の粉末は色も粒度も芍薬に似ている。だが景光の鼻には、まったく別のものだった。
「毒だ」
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典薬寮の朝は早い。
景光が棚を調べ終わる前に、他の薬師たちが出仕してきた。景光は三つの薬包を自分の薬箱にしまい、棚をもとの状態に戻した。
「言わないの?」と綾子が小声で言った。
「まだだ」
「なんで」
「差し替えた人間がこの中にいるかもしれない」
綾子は口を閉じた。
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昼前に、客が来た。
典薬寮の入り口に立っていたのは、景光の知らない男だった。二十代半ば。武士の装いだが、刀の差し方が少し変わっている。右の腰にやや寄せて、柄が体に密着するように。歩くとき邪魔にならない差し方だ。実戦ではなく、警護の差し方。
「清原景光殿か」
「そうだが」
「安倍惟忠殿の命で参りました。源清重と申します」
景光は清重を見た。清重も景光を見ていた。
景光が見たのは、武士の目だった。こちらを値踏みしている——わけではない。ただ見ている。景光の立ち位置、手元の薬包、棚との距離。そういうものを、一度に全部見ている目だ。
「何の用だ」
「典薬寮で不審なことが起きているという報せが惟忠殿に届きました。確認のために遣わされました」
「報せ?」
「はい。惟忠殿の元に治療を受けている者がおります。典薬寮から受け取った薬を飲んだ後、具合が悪化した、と」
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景光の手が止まった。
「いつだ」
「昨日の夕刻に薬を受け取り、昨夜飲んだと聞いています」
景光は棚を振り返った。今朝発見した三つの差し替え——そのうちの一つが、すでに外に出ていた可能性がある。
「その患者に出した薬の種類は」
「芍薬を含む処方だと聞きました」
三段目の左端。一番最初に気づいた薬包だ。
「綾子」と景光は言った。
「うん」
「今朝の話、この人に」
綾子がうなずいて、清重に向き直った。手短に——今朝、景光が薬棚の差し替えに気づいたこと。三箇所。中身は毒に変わっていたこと。
清重は最後まで黙って聞いた。表情が変わらなかった。
「一つ、見てもいいですか」と清重が言った。
「何を」
「差し替えられた薬包を」
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景光は少し迷った。が、薬箱から一つ取り出して清重に渡した。
清重は匂いを嗅がなかった。代わりに、薬包を裏返した。紐の結び目を見た。紙の折り方を見た。端を指先でなぞった。
「この紐は、典薬寮の標準の結び方ですか」
「そうだ」
「でも一箇所、巻きが逆です」
景光は清重の指先を見た。
確かに——紐の最後の一巻きが、典薬寮で使う方向とは逆になっている。景光は匂いに集中していて、気づかなかった。
「右利きの人間が、急いで結んだ跡です」と清重は言った。「典薬寮の薬師は、この結び方を左巻きで仕上げますか」
「……左巻きだ」と景光は答えた。「寮の規則ではないが、師から師へ伝わる癖のようなものだ」
「であれば、差し替えた人間は典薬寮の外の人間か、寮の癖を完全には身につけていない人間です」
景光は清重を見た。
この男は、匂いではなく「目」で、同じ場所に辿り着いた。
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「棚を見せてもらえますか」と清重が言った。
景光は清重を薬棚に案内した。三箇所——三段目の左端、五段目の中央、二段目の右端。
清重は棚の前にしゃがんだ。薬包には触れず、棚板の表面を見ていた。
「埃の乗り方が違います」
「どこが」
「ここ」と清重は二段目の右端を指した。「他の薬包の周りには薄く埃が積もっている。でもこの三箇所だけ、埃が拭われている。触った跡です」
「それは——差し替えのときに触ったからだろう」
「はい。ただ」と清重は立ち上がった。「拭われ方が一定です。三箇所とも同じ角度。右手で、下から持ち上げるように取り出した跡です。それと——」
清重は二段目と五段目を交互に見た。
「二段目に届くのと五段目に届くのでは、姿勢が変わります。でも埃の角度が同じということは、この人間はどちらの段にも同じ姿勢で手が届いた。背丈は中くらいか、それより少し低い」
綾子が景光を見た。景光は何も言わなかった。
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景光は薬箱から三つの薬包を取り出した。並べた。
「匂いを確かめる」
一つ目。芍薬のあった場所のもの。開いた。匂いを嗅いだ。
「苦参に似ているが、苦参ではない。これは——蠡実だ。体に入れば嘔吐と眩暈を起こす」
二つ目。五段目のもの。
「これは白薇の変種だ。過量で心の拍を乱す」
三つ目。二段目のもの。
「……半夏に何かを加えてある。生のままなら口腔を焼く。これはそこまで強くないが、飲み続ければ——」
景光は顔を上げた。
「三つとも、すぐには死なない。じわじわと体を蝕む類のものだ」
「殺すための毒じゃないということですか」と清重が言った。
「殺すつもりなら、もっと手っ取り早い毒がある。これは——弱らせるためのものだ」
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綾子が先に言った。
「誰を弱らせるために?」
「典薬寮の薬を受け取る人間全員だ」と景光は答えた。「特定の誰かじゃない。この棚から薬を出して、患者に渡す。患者は良くなるどころか悪くなる。そうなれば——」
「典薬寮の信用が落ちる」と清重が言った。
景光は清重を見た。清重が先に辿り着いていた。
「そうだ」と景光は言った。「人を殺す毒ではなく、典薬寮を殺す毒だ」
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昼を過ぎて、景光は典薬寮を出た。
清重と綾子が後ろにいる。三人で歩くのは初めてだった。景光の前に二人がいたことはない——綾子だけが例外だった。
「護衛のつもりか」と景光は清重に言った。
「護衛ではありません」と清重は答えた。「見ているだけです」
「何を」
「必要なものを」
景光は少し不快だった。自分の後ろに、自分以外の「目」がある。それが不快なのか、慣れないだけなのかは、まだわからなかった。
「景光」と綾子が横から言った。「清重さん、邪魔はしてないよ」
「わかっている」
「顔が怖い、って言ってるの」
景光は前を向いたまま歩き続けた。
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まず確かめるべきことがあった。
差し替えはいつ行われたか。景光は毎朝薬棚を確かめている。昨日の朝は異常がなかった。つまり、昨日の日中か、昨夜だ。
「夜に典薬寮に入れる人間は限られる」と景光は言った。「宿直の薬師が一人いるだけだ」
「昨夜の宿直は誰ですか」と清重が聞いた。
「……久世道賢だ」
綾子が景光の顔を見た。
「知ってる人?」
「同じ寮にいた。腕は悪くない。ただ——」
景光は少し言い淀んだ。
「ただ?」
「典薬寮の中で、私のことを良く思っていない人間は何人かいる。道賢はその一人だ」
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久世道賢を見つけたのは、典薬寮の裏手だった。
道賢は三十前で、景光より少し年上。痩せていて、目つきが鋭い。景光の顔を見たとき、一瞬だけ表情が動いた。すぐに戻したが——清重はそれを見ていた。
「道賢」と景光が声をかけた。
「……何だ、景光」
「昨夜の宿直はお前だったな」
「そうだが」
「夜中に、薬棚に触ったか」
道賢は少し間を置いた。
「触っていない。宿直は記録をつけるだけだ。知っているだろう」
景光は道賢の手元を見た。指先。爪の間。薬師なら、何を扱ったかが手に残る。
匂いが——ある。
微かだが、蠡実の匂い。手を洗っても、爪の間にはわずかに残る。景光の鼻なら拾える。
景光は何も言わなかった。
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三人が道賢から離れた後、清重が口を開いた。
「あの男、景光殿を見たとき右手を握りました」
「気づいたか」と景光は言った。
「景光殿も気づいていましたか」
「手ではなく匂いだ。あの男の爪の間に、差し替えた薬と同じ匂いが残っている」
清重は少し黙った。
「……匂いと、動きが一致した」
「ああ」
綾子が二人を交互に見た。
「今の、すごく息が合ってたけど、本人たちは気づいてる?」
二人とも答えなかった。
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景光はすぐに道賢を問い詰めなかった。
「泳がせるのか」と清重が聞いた。
「泳がせるんじゃない。道賢が一人でやったかどうかを確かめたい」
「一人じゃないと?」
「あの三種の毒は、典薬寮の中だけでは手に入らない。蠡実は寮に置いていない。外から持ち込んでいる」
「誰かが道賢に渡した」
「そうだ」
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夕刻まで待った。
景光は典薬寮に残り、いつも通り薬の調合をしていた。清重は寮の外で待っていた。綾子は宮中の女官たちの間を回って、道賢の最近の行動を聞いて歩いた。
綾子が戻ってきたのは、日が傾いてからだった。
「一つわかった」と綾子は言った。「道賢、最近お金に困ってたみたい」
「金か」
「もともと家がそんなに裕福じゃなくて。でも最近、急に羽振りが良くなったって女官が言ってた」
「いつから」
「ひと月くらい前から」
景光は黙った。
「それと——」と綾子は続けた。「道賢のところに、宮中の人間じゃない客が来てたらしい。顔は知らないけど、身なりがいい。道賢は『薬のことで相談を受けている』と言ってたそうだけど」
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清重が入ってきた。
「一つ報告があります」
「何だ」
「道賢が寮を出ました。裏口からです。まっすぐ南へ向かっています」
景光は薬箱を閉じた。
「行くか」と綾子が言った。
「行く」
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道賢の後を追ったのは清重だった。
「私は人の後ろを歩くのが得意です」と清重は言った。得意というより、事実を述べている口ぶりだった。
景光と綾子は少し離れてついていった。月はまだ出ていない。暗い道を、清重の背中だけが見えた。
しばらく歩いて、清重が足を止めた。
「入りました」
「どこに」
「あの屋敷です」
景光が見た先に、小さいが手入れの行き届いた屋敷があった。門前に灯りが一つ。
「誰の屋敷かわかるか」と景光が聞いた。
清重は少し間を置いた。
「門の紋を見ました。藤の紋です。ただし——宮中でよく見る藤原の紋とは少し形が違う。枝が一本多い」
綾子が小さく息を吸った。
「それ——」
「知っているのか」と景光が言った。
「噂で聞いたことがある。藤の枝を一本加えた紋は、ある家の分家が使う。宮中では表に出てこないけど、裏で力を持っている家だって」
「どの家の分家だ」
綾子は少し声を落とした。
「物部の——筋だと聞いた」
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景光は屋敷を見ていた。
道賢が入っていった屋敷。物部の筋。典薬寮の薬を差し替えた男が、物部に繋がる屋敷に出入りしている。
「景光」と清重が言った。低い声だった。「今夜はここまでにした方がいい」
「なぜ」
「あの屋敷には護衛がいます。門の左手、暗がりに一人。屋根の下にもう一人。こちらに気づかれる前に退くべきです」
景光には見えなかった。だが清重の目が見ている。それは、もう疑う余地がなかった。
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帰り道は三人とも黙っていた。
しばらく歩いて、景光が口を開いた。
「道賢を明日、問い詰める」
「証拠は」と清重が聞いた。
「匂いが証拠だ。あの男の手に、差し替えた薬の成分が残っている」
「それと——」と清重が続けた。「あの屋敷に出入りしていることも、惟忠殿に報告するべきです」
「物部の筋、ということもか」
「はい」
景光は足を止めなかった。
「……私の仕事は毒を見つけることだ。その先は惟忠殿に任せる」
「同じことを言いますね」と清重が言った。
景光は振り返った。
「あの件を知っているのか」
「惟忠殿から聞いています。『毒を特定してくれればいい。あとは私がやる』——景光殿はそう言った、と」
景光は何も言わなかった。
「でも今回は少し違う」と清重は続けた。「典薬寮の薬棚が狙われた。景光殿自身の場所が」
景光は前を向いた。
「……違わない」
「本当に?」
景光は答えなかった。
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翌朝。
景光は典薬寮に入る前に、道賢を待った。門の脇で、薬箱を膝に置いて座っていた。
道賢が来た。景光の姿を見て、足が止まった。
「道賢」
「……何だ」
「昨夜、どこに行った」
道賢の目が泳いだ。一瞬だった。すぐに戻したが、景光にはその一瞬で十分だった。
「何のことだ」
「薬棚の中身を入れ替えたのはお前だ」と景光は言った。静かな声だった。「芍薬を蠡実に。茯苓を白薇の変種に。半夏に別のものを加えた」
道賢の顔から血の気が引いた。
「お前の手から、まだ蠡実の匂いがする」
「……証拠もなしに」
「匂いが証拠だ」と景光は言った。「私の鼻を疑うなら、薬包を検めればいい。差し替えた三包は私が預かってある」
道賢は動かなかった。
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「なぜだ」と景光は聞いた。
道賢はしばらく黙っていた。朝の光が、道賢の顔を横から照らしていた。痩せた頬の影が、深い。
「……お前にはわからない」
「何が」
「お前には——何もかもわかるんだろう。匂いを嗅げば、何の薬かわかる。毒もわかる。調合した人間の癖までわかる。お前には全部わかって、私には何もわからない」
景光は黙っていた。
「私だって薬師だ」と道賢は言った。声が低くなっていた。「十年やってきた。それなのに——お前の鼻一つに、全部持っていかれる。お前が典薬寮にいる限り、私は——」
道賢は言葉を切った。
「金を受け取ったのか」と景光は聞いた。
道賢は答えなかった。それが答えだった。
「誰からだ」
「……知らない」
「嘘をつくな」
「本当に知らない」と道賢は言った。「名乗らなかった。ただ——身なりのいい男が来て、典薬寮の薬を少しだけ入れ替えてほしいと言った。誰も死なない。ただ少し——効かなくなるだけだと」
「効かなくなる? 毒を盛っておいて?」
「毒だとは——聞いていなかった」
景光は道賢を見た。嘘かどうか。匂いではわからない。だが道賢の目が、嘘をつくときの目ではなかった。
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「お前は利用されたんだ」と景光は言った。
道賢は何も言わなかった。
「身なりのいい男は、お前の嫉妬を見抜いていた。金を渡して、『少しだけ』と言った。お前は典薬寮の信用が落ちれば、私の評判も落ちると思った——だろう」
道賢の肩が、わずかに震えた。
「でもお前に渡されたのは毒だ。典薬寮の薬を飲んだ患者が、実際に具合を悪くしている。お前のせいだ」
「——知らなかったんだ」
「知らなくても、やったのはお前だ」
景光の声は平らだった。怒りではない。事実を並べている。それだけだ。
道賢の膝が折れた。その場にしゃがみ込んだ。
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清重が近づいてきた。いつの間にか、門の向こう側にいた。見ていたのだろう。最初から。
「惟忠殿に報告します」と清重は言った。景光にではなく、道賢に向けて。
道賢は顔を上げなかった。
「一つだけ聞かせてください」と清重は続けた。「その身なりのいい男、顔の特徴を覚えていますか」
「……覚えていない。ただ——」
「ただ?」
「衣の裏地が、紫だった。深い紫。あんな色は——宮中でもそう見ない」
清重は景光を見た。景光も清重を見た。
深い紫の裏地。物部の筋の屋敷。
まだ何もつながっていない。だが——何かの輪郭が、ほんの少しだけ見えた。
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道賢は惟忠の元に引き渡された。
差し替えられた薬包は景光が預かり、すでに患者に渡った一包分については景光が解毒の処方を出した。惟忠の関係者は快方に向かっている。
惟忠は景光の報告を、前回と同じように黙って聞いた。
「物部の筋、か」と惟忠は繰り返した。
「まだ確定ではない」
「だが方向は見えた」
景光は答えなかった。
「……景光殿は、自分の領分を守る人間だな」と惟忠は言った。
「当然です」
「今回は少し違ったのではないか」
景光は惟忠を見た。
「典薬寮は、あなた自身の場所だ。それが狙われた。前回とは——質が違う」
景光は何も言わなかった。
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屋敷を出ると、清重が待っていた。
「惟忠殿から、引き続き景光殿のそばにいるよう命じられました」
「護衛か」
「見ているだけです」
景光はため息をつきそうになって、やめた。
綾子が笑った。
「三人になったね」
「なっていない」と景光は言った。
「なってるよ」と綾子は言った。
清重は何も言わなかった。ただ、二人の半歩後ろを歩いた。
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帰り道、景光は一度だけ振り返った。
清重はそこにいた。景光が振り返ることを、最初からわかっていたような顔で。
景光は前を向いた。
「……見ているだけ、か」
小さな声だった。清重に聞こえたかどうかはわからない。
月が出ていた。
三人分の影が、道に伸びていた。
第二話「薬が消えた」 了




