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通報回数が経験値!? 全身黒タイツ(目出し帽)にならないと戦えない俺、不審者通報が多すぎて配信のアカウントが止まりそう  作者: 折若ちい


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第7話 聖騎士の屈辱、あるいは不審者への殺意

多摩川警察署・ダンジョン対策課の一室。

 深夜三時を回っているというのに、室内には張り詰めた空気が漂っていた。

 

「……信じられない。あんな、あんな不潔で不届きで、法という概念をジャージで包んでゴミ捨て場に放り出したような男に……!」


私、白金凛子は、デスクを拳で叩いた。

 モニターに映し出されているのは、先ほどまで行われていた『あの男』の配信アーカイブだ。

 タイトルは――『【潜入】警察署の裏にあるダンジョンで、バレずにどれだけカツアゲできるかやってみた』。

 

 タイトルを見ただけで、私のこめかみの血管が一本弾けそうになった。


「白金さん、落ち着いてください。血圧が上がっていますよ」


後輩の署員が怯えながら差し出してきた緑茶を、一気に飲み干す。

 茶葉の苦みすら、今の私の怒りを鎮めるには足りない。


私――白金凛子は、代々続く剣客の家に生まれ、覚醒したスキル『聖域の断罪者』を武器に、若くして多摩川警察の要職に就いた。

 世間からは「多摩川の聖騎士」などと呼ばれ、配信者としても常に「正義」と「清廉さ」を体現してきた自負がある。


それなのに。

 あのアクツとかいう、目出し帽を被った動く不法投棄物のような男は、私の剣をあろうことか『バール』で受け止めたのだ。


「これを見てください、白金さん。ネット上の反応です」


署員が掲示板のまとめサイトを画面に表示した。


『【聖騎士敗北?】不審者、凛子ちゃんのレイピアをバール一本でガードw』

『「出すもん出せや」の一喝で、あの凛子ちゃんが怯んだ説』

『不審者ニキ、逃げ際に聖騎士の髪留めを「強奪」していった模様。テクニシャンすぎんだろ』


「…………なっ!?」


私は反射的に、自分のポニーテールを触った。

 ない。

 確かに、いつも着けていた青いリボンの髪留めが消えている。

 

 ……まさか。

 あの時、彼が私の懐に飛び込んできた一瞬。

 

『あんた、粘液ついてるぞ』

 

 あのデタラメな嘘に動揺した一瞬の隙に、彼は私の髪留めを……奪った?


「……っ! あ、あんな、あんな……破廉恥な!!」


顔が熱くなる。

 怒りか、あるいは辱めか。

 乙女の髪に触れるなど、通常の戦闘ではあり得ない。それはもはや、決闘ではなく『痴漢』だ。いや、彼の場合は『強盗』と呼ぶべきか。


モニターの中では、目出し帽の男が崖を飛び越え、「あばよ、聖騎士様!」などと抜かしている。

 

『バール・ジャンプw』

『不審者界の革命児』

『凛子ちゃん、ガチギレで可愛い』


流れるコメントの一つ一つが、私のプライドを逆撫でする。

 特に『ガチギレで可愛い』とは何事だ。私は公務として、凶悪な(見た目の)犯罪者を追っていただけだ。


「……署長。許可をください」


私は、部屋の隅で事の成り行きを見守っていた署長に向き直った。


「白金くん。落ち着くんだ。彼は……確かに不審だが、今のところ明確な余罪は『カツアゲ(魔物限定)』と『不法侵入』、そして『公務執行妨害』の疑いだ。機動隊を動かすには、少しばかりキャラが弱すぎる」


「キャラの問題ではありません! 彼は我が警察署の威信をバールでこじ開け、私の誇りを(あと髪留めも)盗んでいったのです! このまま野放しにすれば、多摩川の治安は『目出し帽が正装』という狂った倫理観に支配されてしまいます!」


署長は困ったように眉根を寄せ、手元の資料を眺めた。


「しかしだね、彼の配信を見なさい。……『警察が怖いから、今日は自室の押し入れで寝ます』と言って震えているじゃないか。おまけに、稼いだスパチャの使い道が『目出し帽の替えを買う』と『お母さんに肩たたき券を買う』だぞ? 悪のカリスマには程遠い」


「それも全て、油断させるための偽装です! 奴は……奴は、もっと深い闇を抱えているはずです。そうでなければ、あんな邪悪なバールの構えができるはずがありません!」


私は確信している。

 あの男の背後に漂う、あの『煮詰まった不条理』の気配。

 あれは、数多の修羅場を潜り抜けてきた者にしか出せない色だ。

 (実際は、職務質問という名の修羅場を毎日潜り抜けているだけなのだが、私には知る由もない)


「分かりました。署長が動かないというのなら、私は個人的に彼を追います。……幸い、彼の『配信』は継続されるようですから」


私は自分のスマホを取り出し、阿久津煉のチャンネルを開いた。

 そして、震える指で『通知設定をオン』にする。

 

 これは捜査だ。

 決して、彼のマヌケな逃走劇が少しだけ気になっているわけではない。

 

「……必ず、捕まえてあげます。阿久津煉。貴方のその剥き出しの悪意(目出し帽)を、私のレイピアでズタズタにしてから、しかるべき場所にぶち込んであげますわ」


深夜の警察署に、聖騎士の黒い笑みが漏れる。

 

 その時、私のスマホに通知が届いた。

 

『【ライブ配信開始】家の中にゴキブリ(黒ずくめ)が出たので、目出し帽を被って成金バールで退治します【真剣勝負】』


「…………」


私は無言で、壁に立てかけてあったレイピアを手に取った。

 

「……待ってなさい。今すぐ、そのゴキブリと一緒に貴方を駆除しに行ってあげます」


聖騎士、白金凛子。

 彼女が「不審者ストーカー」という名の、もう一人の不審者へと歩み出した瞬間であった。

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