第25話 第八階層、あるいは「長老」という名の時間停止
警視庁が白旗を掲げ、蛇喰エリカが祝杯を挙げているとは露知らず。
俺と白金凛子は、永田町・魔議場の深淵――第八階層へと足を踏み入れていた。
「……何だ、ここ。空気が……重いというか、粘り気があるぞ」
第八階層『長老の庭(沈黙のキングメーカー)』。
そこは、これまでの執務室や廊下といった風景とは一変し、見渡す限りの「枯山水」が広がる日本庭園だった。ただし、砂紋は複雑に絡み合った「利権の糸」で描かれ、庭のあちこちには、苔の生した巨大な「石碑」が点在している。
「阿久津、足元に注意して。ここは『時間の流れ』が歪んでいますわ」
凛子が警告した直後、俺は自分の動きが急激にスローモーションになったことに気づいた。バールを振り上げようとしても、水中で動いているかのように身体が言うことを聞かない。
《第八階層:『長老の庭(沈黙のキングメーカー)』へ潜入しました》
《特殊フィールド:『終身雇用・停滞の領域』。若き者の速度は奪われ、古き者の経験が重圧となります》
「『……ホッホッホ。……若イノハ、元気ガ良イノウ……』」
庭園の奥、樹齢千年を超えそうな枯れ木の根元に、一人の老人が座っていた。
着物の上から不自然なほど重厚な法衣を纏い、手には数珠……ではなく、黄金の「そろばん」を持っている。
ボス、『キングメーカー・オサ(長老)』。
奴がそろばんの玉を一つ弾くと、空気が「物理的な質量」を持って俺たちに圧し掛かってきた。
「ぐっ……! 身体が、固まる……。これが『老害』の重圧かよ!」
「阿久津、抗いなさい! ここは、変化を嫌う『過去の残滓』が支配する場所。……彼らは、新しい風が吹くことを何よりも恐れているのです!」
凛子がレイピアを地面に突き立て、聖なる光の波動で「停滞」を強引に吹き飛ばそうとする。だが、オサがそろばんをもう一度弾くと、その光すらも「過去の出来事」として処理され、霧散してしまった。
「『……ワシノ許シガ……ナケレバ……ナニモ、動カセン……。……日本ハ、ワシラガ、作ッタノダ……』」
「作ったんなら、責任持ってメンテナンスしやがれ! こんなドロドロのダンジョン放置しやがって!」
俺は必死に脚を動かそうとするが、砂紋から伸びる「見えない鎖」が俺の足首を掴んで離さない。
配信画面は、阿久津のピンチに今日一番の盛り上がりを見せていた。
『【悲報】不審者、老害の重圧に屈する』
『これ、日本の若者の現状を風刺してて辛いんだがw』
『凛子ちゃんの光も効かないとか、オサ強すぎだろ』
『阿久津、お前には「未来」があるだろ! ……あ、無職だったわ』
「無職を未来がないみたいに言うな! 俺には……俺には、明日をもしれぬ『不審』という名の無限の可能性があるんだよぉ!!」
その瞬間、俺の成金バールが、共鳴するように振動を始めた。
《アビリティ『不法侵入(世代交代)』が覚醒しました》
【効果:古いルールの隙間に潜り込み、新しい不条理を強制的に上書きする】
「オジイさん……アンタの時代はもう終わったんだよ。これからは、目出し帽の時代だ!」
俺は全身の力を一転に集中させ、停滞した空間を「物理的にこじ開ける」ようにバールを突き出した。
ギギギ、バキィィィン!!
オサが支配していた『停滞の領域』に、目に見える亀裂が走った。俺の周りだけ時間の流れが正常に戻り、むしろ「若さゆえの暴走」で加速していく。
「白金さん、今だ! あんたの光で、この古臭い庭をライトアップしてやれ!」
「……ええ! よく言いましたわ、不審者さん! 『聖騎士の夜明け(アポカリプス・ブライト)』!」
凛子の全身から、朝日のような眩い閃光が放たれた。
停滞を愛するオサにとって、その「未来を照らす光」は猛毒に他ならない。
「『……マ、マブシイ……。……ワシノ、権威ガ……溶ケテイク……!』」
「権威なんて、カツアゲの対象でしかねぇんだよ! 出すもん……出しやがれぇぇ!!」
俺は加速した勢いのまま、オサの持つ黄金のそろばんをバールで叩き割った。
《アビリティ『カツアゲ』極大成功!》
【獲得アイテム:不老長寿の霊薬、黄金のそろばん(破片)、遺言の書(白紙)】
そろばんが砕けると同時に、枯山水の庭園は一瞬で風化し、元の殺風景な会議室へと戻っていった。
オサの姿も、一枚の古い肖像画となって壁に張り付いている。
「……ふぅ。一時はどうなるかと思ったぜ。年寄りの愚痴を十時間聞かされてる気分だった」
「……お疲れ様です、阿久津。貴方の『世代交代』……少し、胸に響きましたわ。……私も、組織の古臭いルールに縛られすぎていたのかもしれません」
凛子が優しく俺の肩を叩く。その表情は、どこか吹っ切れたような明るさがあった。
『【祝】8層突破! ついにラスボスまであと2層!』
『阿久津のバール、概念破壊系武器になってて草』
『凛子ちゃんの笑顔、守りたい(不審者と一緒に)』
『同接95万……! 100万の大台が見えてきたぞ!!』
「……さあ、次は九階。ボスの側近、あるいは『守護神』か……」
「ええ。ですが、今の私たちなら、どんな闇もこじ開けられますわ」
俺と凛子は、固く(不審なまでに固く)握手を交わし、九階への階段へと一歩を踏み出した。
永田町の闇を暴くこの旅も、いよいよクライマックスが近い。
九階層:『聖域(憲法の番人)』。
そこには、国会議事堂最大の、そして最後の「守り」が待ち構えていた。




