第2話 初めてのカツアゲ(※魔物相手です)
「止まりなさい! 止まりなさいと言っているだろう!」
背後から響く、実直そうな警察官の叫び声。
俺、阿久津煉は、自撮り棒を握りしめながら多摩川の河川敷を猛ダッシュしていた。
全身黒ずくめのジャージ。頭には目出し帽。手にはバール。
この格好で走っていれば、例え箱根駅伝のランナー並みの速さであっても、通報されないはずがない。
「はぁ、はぁ……無理! 説明してる暇なんてない!」
スマホの画面では、コメント欄がかつてない速度で流れている。
『【速報】不審者、パトカーを振り切る』
『逃走経路が無駄に洗練されてて草』
『これ、企画じゃなくてガチだろwww』
『誰かこのバール野郎の現在地特定して。俺、今近くにいるから』
同接はいつの間にか300人を超えていた。
普通の新人配信者なら泣いて喜ぶ数字だが、そのほとんどが「野次馬」か「通報者」だ。
目の前に、空間が歪んだような青白い光の渦が見えてきた。
多摩川河川敷ダンジョン、通称『タマダン』の入り口だ。
ここはE級、つまり初心者向けのダンジョンで、本来なら家族連れがピクニックがてらにスライムを叩きに来るような平和な場所なのだが――。
「えいっ!」
「不審者だああああああ!」
入り口で受付をしていたお姉さんが、俺の姿を見るなり防犯ブザーを鳴らした。
俺は心の中で「ごめんなさい!」と一万回唱えながら、ノーチェックで渦の中に飛び込んだ。
――視界が反転する。
次の瞬間、俺はひんやりとした鍾乳洞のような場所に立っていた。
ダンジョン内。ここなら、ひとまず警察の手は及ばない。探索者免許さえ持っていれば(俺は一応、講習だけは受けて持っている)、中での格好に厳密な規定はない……はずだ。たぶん。
「……ふぅ。よし、起動してるな」
脳内に響くシステム音を確認する。
周囲に「恐怖」を振りまいたおかげで、スキル『シャドウ・強奪者』は絶好調だ。
身体が軽い。目出し帽のせいで視界は左右45度ずつくらいしかないが、五感が研ぎ澄まされているのを感じる。
「さて、リスナーの諸君。見ての通り、俺は……ゼェ、ゼェ……無実だ。この格好は、あくまでスキルの発動条件なんだ。信じてくれ」
カメラに向かって必死に弁明するが、コメント欄は冷ややかだ。
『はいはい、設定乙』
『バール持ってる奴のセリフじゃないんだわ』
『でもこいつ、警察から逃げる時だけ異様に速かったぞ』
その時、洞窟の奥から「ペタペタ」という湿った音が聞こえてきた。
現れたのは、このダンジョンの定番、グリーンスライムだ。
体長30センチほどのプルプルした塊。本来なら、棒きれで叩けば終わる雑魚モンスター。
だが、今の俺は『強奪者』だ。
戦い方は、俺が決めるんじゃない。スキルが決めるんだ。
「……ッ、来たな!」
俺はバールを逆手に持ち替え、物陰に隠れた。
スライムが俺の存在に気づかず、無防備に通り過ぎようとしたその瞬間。
脳内にアビリティ『不意打ち補正』のログが流れる。
「オラァッ! 出せよッ!」
自分でも引くぐらいドスの利いた声が出た。
俺は物陰から飛び出すと、スライムの背後(どこが背後か知らんが)からバールの先端を突き立て、地面に押さえつけた。
プルルッ!? とスライムが震える。
恐怖を感じている。魔物相手でも、俺の『威圧』は有効らしい。
「いいか、命が惜しかったら持ってるもん全部置いていけ……!」
最悪だ。自分のセリフが完全に悪役だ。
だが、スキルが「もっとやれ」と囁いている。
バールでスライムの核をツンツンと小突くと、スライムの体が急速に萎み、ポンッという音と共に消滅した。
あとに残ったのは、本来のドロップ品である『粘着液』……だけではなかった。
《アビリティ『カツアゲ』発動:追加ドロップを獲得しました》
【獲得アイテム:スライムの核(微結晶)、錆びたコイン×3】
「……お? おおっ!」
通常、スライムは粘着液しか落とさない。
だが『カツアゲ』の効果で、本来なら低確率でしか出ない核と、なぜか「現金」まで手に入った。
俺は錆びたコインを拾い上げ、カメラに見せた。
「見たか! これが俺のスキルの真価だ! 脅せば脅すほど、魔物は良いもん出すんだよ!」
しばしの沈黙の後、コメント欄が爆発した。
『待て、今「出せよ」って言ったか?』
『魔物をカツアゲする配信者、初めて見た……』
『教育に悪すぎるだろwww』
『スライムが可哀想に見えたのは俺だけか?』
『これ、魔物保護団体から苦情来るぞ』
同接が500人を突破した。
炎上、という二文字が頭をよぎるが、手の中にあるコインの感触は本物だ。
一回の戦闘で、普通の探索者の三倍は稼げている。
「これだ……これなら、無職から脱出できる!」
俺は現金(小銭)への執着心から、目出し帽の下で邪悪な笑みを浮かべた。
その顔がカメラに映り、リスナーからは『ガチの犯罪者の目つき』『通報した(二回目)』というコメントが殺到したが、今の俺にはそれすらも「スキル発動の糧」にしか見えない。
「よーし、次の獲物を探すぞ。……あ、お巡りさん、ダンジョンの中までは追ってこないよね? ね?」
俺は背後の入り口をビクビクと確認しながら、洞窟の暗闇へと消えていった。
この時、俺はまだ知らなかった。
俺がスライムから奪い取った『錆びたコイン』が、実はこのダンジョンに隠された「呪いの遺物」の封印を解く鍵だったなんてことは。
そして、そのせいで俺の「不審者レベル」がさらに跳ね上がることになるなんてことも――。
「……あ、今の音、パトカーじゃなくて魔物の鳴き声だよな? 信じていいんだな!?」
阿久津煉、二十歳。
英雄への道は遠いが、前科への道は驚くほど近かった。




