第1話 その格好、職質不可避につき
現代の日本にダンジョンが出現して十年。
若者たちが「一攫千金」や「英雄」を夢見て配信用カメラを回す中、俺、阿久津煉は、自宅の鏡の前で絶望していた。
「……これ、やっぱりアウトだよな」
鏡に映っているのは、どこからどう見ても『令和の時代に絶滅したはずの銀行強盗』だった。
頭には、目だけがくり抜かれた黒いニット製の目出し帽。
全身を覆うのは、闇に紛れるための漆黒のジャージ。
そして右手には、ホームセンターで買ったばかりの、鈍い銀光りを放つバール(Lサイズ)。
これが俺の、世界に一つだけのユニークスキル『シャドウ・強奪者』の起動条件だ。
「なめやがって。神様だかシステムだか知らねえが、適性検査の基準がおかしいだろ……」
ステータス画面を呼び出す。
【ユニークスキル:シャドウ・強奪者】
・発動条件: 『不審者』と認識される格好(目出し帽・黒服・鈍器)を着用。
・発動効果: 全身体能力を「中の上」程度に向上。
・固有アビリティ: 『逃走経路の勘』『不意打ち補正』『威圧(微)』
・制約: 善行を行う、または正体をバラすと全ステータスが90%減少。
強すぎるわけじゃない。せいぜい「一般人よりは動ける」程度だ。
だが、この格好をしない限り、俺のステータスは「運動不足の引きこもり」以下。ダンジョンの入り口でスライムに突き飛ばされて死ぬレベルだ。
二十歳。無職。実家暮らし。
背に腹は代えられない。俺はスマホの配信スイッチを入れ、自撮り棒にセットした。
「……よし。やるか」
タイトルを入力する。
『【悲報】目出し帽を被らないと戦えない体質になったんだが【助けて】』
配信開始。視聴者は、もちろんゼロだ。
俺は意を決して、自宅の玄関の扉を勢いよく開けた。
――ガチャンッ!
「ひっ……!?」
運が悪すぎる。
目の前の廊下を、隣の部屋に住む女子大生のサヤさんが通りかかったところだった。
彼女は、手に持っていたゴミ袋をボトッ、と落とした。
「あ、いや、サヤさん。これには深い訳が……」
「…………キ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
炸裂する悲鳴。
同時に、俺の脳内にシステムメッセージが流れる。
《条件:周囲からの恐怖を確認。スキル『シャドウ・強奪者』が起動しました》
《身体能力が向上。現在、警察に通報される確率:98%》
「向上した能力を逃走に使わなきゃいけないんだよチクショウ!」
俺はサヤさんに謝る間もなく、マンションの階段を全力で駆け下りた。
速い。風を感じる。これならいける。
スマホの画面を見ると、同接(同時接続者数)が「0」から「15」に増えていた。
『待て待て、今の悲鳴何?』
『ガチの強盗じゃねーか通報した』
『不審者配信とか新しいな。住所特定していい?』
『バール持ってて草。ホームセンターの刺客かよ』
「違うんだリスナー! これは正当な攻略スタイルなんだ! 頼むから通報だけは……ああっ、パトカーの音が聞こえる!」
ファンファンファン、という忌々しい電子音が遠くから聞こえてくる。
俺は目出し帽のズレを直しながら(視界が異様に狭いのだ)、駅前の「E級:多摩川河川敷ダンジョン」へと突き進んだ。
この物語は、最強を目指すわけでもなく、世界を救うわけでもない。
ただ、目出し帽を被った一人の男が、職務質問を回避しながら日銭を稼ぐ、あまりにも世知辛い記録である。
「止まりなさい! そこの黒ずくめの君!」
背後から響く警察官の怒声。
俺の初配信は、開始三分で「逃走中」へと姿を変えた。




