第3話 呪いのコインと、不本意なヒーローショー
「……おい、なんだこれ。取れないぞ」
スライムを『カツアゲ』して手に入れた「錆びたコイン」。
配信映えを狙ってカメラに近づけて見せたのが運の尽きだった。
そのうちの一枚が、磁石に吸い寄せられるように俺の左手にパチンと張り付き、そのまま肌に溶け込むように消えてしまったのだ。
「うわあああ!? なんか入った! 俺の左手に五円玉サイズの中古コインが入った!」
パニックに陥り、ぶんぶんと手を振るが何も出てこない。
代わりに、脳内にこれまで聞いたこともないような重々しいシステム音声が響き渡った。
《警告:特殊条件『強欲な不審者』を満たしました》
《隠しクエスト:『タマダンに眠る不浄な貯金箱』が強制開始されます》
《報酬:なし(失敗時、一生目出し帽が脱げなくなります)》
「条件名がひどすぎるだろ! あと失敗のペナルティ! 一生この格好でいろってか!? 死刑宣告よりキついよ!」
スマホの画面越しに、リスナーたちが大爆笑しているのが手に取るようにわかる。
『一生目出し帽www神展開キター!』
『不浄な貯金箱ってなんだよ。お前のことか?』
『運営さん、この不審者に慈悲を……いや、もっとやれ』
『呪いすらネタにする配信者の鑑(笑)』
コメント欄の盛り上がりとは裏腹に、俺の周囲の空気が変わった。
湿った洞窟の匂いが、急に「古い金属の錆びた臭い」に塗り替えられる。
カチ、カチ、カチ……。
どこからか、硬貨が床を叩くような音が近づいてくる。
それは前方からではない。背後、そして左右。
壁の隙間から、まるで意思を持っているかのように「錆びたコイン」たちが這い出してきたのだ。それも、数百、数千という単位で。
「な、なんだこれ……メダルゲームのジャックポットかよ……」
コインの群れは空中で渦を巻き、一つの巨大な形を形成していく。
現れたのは、全身が硬貨で構成された、高さ二メートルを超えるゴーレム――いや、その不気味なフォルムはまさに『巨大な二本足の貯金箱』だった。
【イベントボス:カースド・コイン・コレクター】
モンスターの名前が赤く点滅する。
本来、E級ダンジョンには存在しないはずの隠しボス。
その怪物が、ジャラジャラと不快な音を立てながら、俺(というか俺の左手)に向かって巨大な拳を振り上げた。
「ちょ、待っ……! 交渉の余地はあるだろ! これ、落としたの君!? 今返すから!」
返答は、地面を砕く轟音だった。
ドゴォォォォン! と、俺がさっきまでいた場所が粉砕される。
速い。だが、見える。
スキル『シャドウ・強奪者』が、俺の生存本能を限界まで引き上げている。
『逃走経路の勘』が、次に飛んでくる拳の軌道を、赤い線で視界に映し出していた。
「……やるしかないのか。クソッ、目出し帽のせいで距離感が掴みづらいんだよ!」
俺はバールを握り直し、低く構えた。
配信カメラは、奇跡的にボスの咆哮と俺の孤軍奮闘をベストアングルで捉えている。
同接は一気に一、二〇〇人を突破。
「不審者が化け物と戦ってるw」という噂がSNSで拡散され始めているようだ。
『え、これガチのボスじゃね?』
『タマダンにこんなのいたっけ?』
『バールで勝てる相手じゃないだろ。阿久津、逃げろ!』
「逃げられるなら逃げてるわ! 呪いのせいで足が動かねえんだよ!」
実際、左手のコインが重石のように俺の自由を奪っていた。
ボスの追撃。コインの弾丸がマシンガンのように撃ち出される。
俺は咄嗟に岩陰に滑り込んだ。
ジャラジャラジャラッ! と、岩が削れる。
絶体絶命。だが、俺の頭は驚くほど冷えていた。
「強奪者」のスキル。
相手が強ければ強いほど、奪えるものも多いはずだ。
このボスは全身が金でできている。
なら、叩く場所なんてどこでもいい。
「……よし。リスナー、よく見てろ。これが『不審者の本気』だ!」
俺は岩陰から飛び出した。
ボスは再び拳を振り下ろそうとするが、それよりも速く、俺は奴の足元へスライディングで潜り込んだ。
狙うは、貯金箱の底――つまり、奴の股関節にあたる部分だ。
「出すもん出せやぁぁぁ!!」
本日二度目の、魂の恫喝。
アビリティ『威圧』と『不意打ち補正』が同時に乗り、俺は渾身の力でバールをボスの継ぎ目に突き立て、テコの原理で思い切り抉り取った。
ガキンッ!
耳を突き破るような金属音が響き、ボスの体から大量のコインが噴き出す。
ただのダメージじゃない。スキルの効果で「強制的な部位破壊とアイテム奪取」が発生したのだ。
《アビリティ『カツアゲ』がクリティカルヒット!》
《ボスの構成資産の15%を強制徴収しました》
「ジャ、ジャラララッ!?」
ボスが初めて怯えを見せた。
足の一部を失った巨体が、バランスを崩して大きく傾く。
俺はその隙を見逃さず、ボスの背中に駆け上がった。
「目出し帽の隙間からしか見えねえけど、そこが急所だな!」
ボスの頭頂部には、コインを入れるための「スリット(溝)」があった。
俺はそこにバールの先を突っ込み、全力で左右に振った。
「金庫破りの真髄、見せてやるよ!」
バキッ、メキメキッ!
貯金箱の口が、物理的にこじ開けられる。
その瞬間、ボスは断末魔のようなジャラジャラ音を立てて霧散し、洞窟内に「コインの雨」が降り注いだ。
《隠しクエスト:『タマダンに眠る不浄な貯金箱』クリア》
《呪いが解除されました。報酬として『成金バール』がインベントリに追加されます》
静寂が訪れる。
左手の違和感は消え、俺の足元には山のような小銭が残されていた。
「はぁ……はぁ……。勝った。死ぬかと思った……」
俺は目出し帽をずらし、額の汗を拭おうとして――止めた。
そうだ、今は配信中だ。正体をバラせばステータスが死ぬ。
カメラの方を向くと、コメント欄は見たこともないお祭り騒ぎになっていた。
『バール一本でボス倒した!?』
『金庫破りの真髄ってなんだよw前科あるだろ絶対』
『「出すもん出せや」の破壊力が凄すぎて涙出た』
『【朗報】阿久津煉、意外と強い』
『投げ銭するわ。通報の代わりに』
画面に「¥500」「¥1,000」と、スーパーチャットの通知が飛び交う。
初めての収益。初めての賞賛。
俺の胸に、かつてない達成感が……。
「いたぞ! あそこだ!」
「確保! 確保しろ!」
……込み上げる暇もなかった。
洞窟の入り口から、ライトを照らしながら駆け込んできたのは、重武装したダンジョン機動隊の面々だった。
「ひっ!? 警察官の方々!?」
「君、おとなしくしなさい! 目出し帽にバール、そしてこの大量の硬貨……言い逃れはできんぞ!」
「違うんです! これは全部ドロップ品で、俺は正当な探索を……!」
「黙れ! 連行だ!」
機動隊員が放った「捕獲ネット」が、俺の頭上に降りかかる。
俺は咄嗟に、さっき手に入れたばかりの『成金バール』を握りしめた。
「クソッ、こうなったら……! リスナーのみんな、今日の配信はここまでだ! 明日、俺が豚箱にいなかったらまた会おう!」
俺は再び、全速力でダンジョンの奥へと駆け出した。
同接はついに二、〇〇〇人を突破。
画面には『逃走中』というテロップが、視聴者の手によって勝手に付け加えられていた。
阿久津煉の不審者冒険譚。
その伝説は、警察との全力鬼ごっこと共に、幕を開けたばかりである。




