第17話 第二階層、あるいは「忖度」という名の沈黙
国会議事堂、第二階層。
階段を駆け上がった俺と白金凛子を待ち受けていたのは、一階のジャングルとは打って変わった、異様に静まり返った「オフィス回廊」だった。
どこまでも続く灰色の廊下。両脇には無数の「秘書室」と書かれた扉が並んでいる。しかし、その扉にはノブがなく、代わりに巨大な『耳』や『口』が壁から直接生え、ヒソヒソと絶え間ない囁き声を漏らしていた。
「……何よ、この気味の悪い場所は。一階よりもずっと精神に障りますわ」
凛子がレイピアの柄を強く握りしめる。
彼女の白銀のプロテクターが、廊下の冷たい蛍光灯の光を反射して青白く光っていた。
「ここが第二階層『秘書たちの回廊(沈黙の壁)』か。……なあ、白金さん。なんかさっきから、誰かに見られてる気がしないか?」
俺がそう言った瞬間、壁に並んだ『耳』が一斉にこちらを向いた。
そして、廊下の奥から影が這い出してきた。
「『……シッ。……ソレハ、イッテハ……イケナイ……』」
「『……キカなかったコトに……シテ、アゲヨウ……』」
現れたのは、第二階層の住人『隠蔽・シャドウ』。
黒いスーツを着ているが、顔には目も鼻もなく、巨大な『×』印が描かれたマスクだけが張り付いている。そいつらは影のように地面を滑り、音もなく俺たちの背後に回り込んできた。
「不審者、後ろですわ!『聖域の盾』!」
凛子が咄嗟に俺の背後に盾を生成する。
シャドウの放った「シュレッダーの刃」のような斬撃が火花を散らした。
「おっと! 助かったぜ白金さん! ……お返しだ、出すもん出せやぁ!!」
俺は黄金のバールを旋回させ、シャドウの胴体に叩き込んだ。
しかし、バールは手応えなく空を切り、シャドウの体は煙のように霧散して数メートル先に再出現する。
「なっ……攻撃が当たらない!? 物理無効かよ!」
「いいえ、彼らは『事実を否定する』ことで実体を消しているのです。なんて厄介な……! 私の剣も、当たる直前に『なかったこと』にされていますわ!」
『【悲報】不審者のバール、物理否定される』
『さすがは永田町、隠蔽工作が完璧すぎるww』
『凛子ちゃんの聖なる光すら「見ていない」で済まされてて草』
『阿久津、もっとこう、否定できないくらいの「不審」を見せろ!』
視聴者のコメントが流れる中、俺の脳内に『逃走経路の勘』が新たな情報を書き込んだ。
《特殊解析:敵個体『隠蔽・シャドウ』は「注目」に弱い》
《アドバイス:もっとも不審で、もっとも目を逸らせない行動をとれ》
「……目を逸らせない行動? よし、わかった。白金さん、ちょっとの間、俺から目を離さないでくれ!」
「何を――ちょっと、何をしているのですか貴方は!?」
俺はバールを地面に置き、目出し帽の上からさらに「拾ったビニール袋」を被り、上半身のジャージを捲り上げた。
そして、そのまま廊下の中心で激しく左右にステップを踏み始めた。
「これを見ろぉぉ! どこからどう見ても通報不可避の、究極の不審者ダンスだぁぁ!!」
「……っ!? ……あまりの醜悪さに、視線が、視線が釘付けになってしまいますわ!?」
凛子が頬を染めながらも、呆然と俺を見つめる。
それだけではない。壁の『耳』も、そして『隠蔽・シャドウ』たちも、あまりにも意味不明で不審な俺の動きに「否定」を忘れ、その動きを凝視してしまった。
《条件達成:全個体の「注目」を確保。隠蔽無効状態へ》
「今だ、白金さん! ぶちかませ!」
「……不本意! 限りなく不本意ですが、このチャンスを逃すほど私は甘くありません! 奥義『真実の断罪』!」
凛子のレイピアから放たれた極大の光軸が、ダンスで釘付けになったシャドウたちを一掃した。
実体化した影たちは、光に焼かれて黒い煤へと変わっていく。
「……はぁ。死ぬかと思った。精神的な意味で」
俺はビニール袋を脱ぎ、乱れたジャージを直した。
凛子はあからさまに俺から距離を取り、震える声で言った。
「阿久津煉……。貴方という人間は、どこまで底知れない『不審』を秘めているのですか。今の動き、網膜に焼き付いて離れませんわ。今夜、夢に出そうです……」
「それは俺のセリフだよ。……お、ドロップ品だ」
シャドウが消えた跡には、いくつかのアイテムが落ちていた。
【獲得アイテム:機密費の入った茶封筒×3、ボイスレコーダー、沈黙のマスク】
「茶封筒! これ、中身ガチの現金じゃねえか! さすが永田町、二階にしては実入りがいいぜ!」
「……それを証拠品として提出しないあたり、貴方はやはり犯罪者側ですわね。ですが、今は先を急ぎます。この回廊の奥に、二階のボスを感じますわ」
回廊の最奥。そこには、巨大な『シュレッダーの化け物』が鎮座していた。
その口からは無数の公文書が吐き出され、刃が回転するたびに「証拠隠滅」という名の衝撃波が放たれる。
「『……スベテ……ハキ……スベテ……ナカッタコトニ……』」
「させるかよ! 俺が生きてるって証拠、この黄金のバールで刻んでやる! 行くぞ白金さん、二階の『お掃除』の時間だ!」
「貴方の汚い部屋も掃除してあげたいくらいですわ! 参ります!」
不審者と聖騎士。
一度は「否定」された二人の連携が、再び永田町の闇を照らし始めた。




