第10話 裏社会のスカウト、あるいは不審者、事務所(オリ)に入れられそうになる
「……ふぅ、一仕事終えた後の空気は美味いな。埃と排気ガスの味がする」
歌舞伎町迷宮の一層。
『ぼったくり・ゴブリン』と『強引なスカウト・ウルフ』の死体の山(ドロップ品になったので正確には消滅しているが)を背に、俺は成金バールで肩を叩いた。
配信画面は、これまで見たこともないようなスピードでスパチャが飛び交っている。
歌舞伎町という「悪意のメッカ」は、俺のスキルにとって最高のブースト環境だった。身体能力はもはや「上の下」、つまり並のB級冒険者なら圧倒できるレベルに達している。
『阿久津、動きがマジでヤクザのそれなんだよなぁ』
『バールの振り方が「骨を砕くための角度」で草』
『【速報】阿久津ニキ、歌舞伎町ダンジョンの時給が100万円を突破』
『警察が来ないのをいいことにやりたい放題でワロタ』
「リスナーのみんな、勘違いするなよ。俺はあくまで自衛と、正当なドロップ回収をしてるだけだ。ほら、このゴブリンが持ってた金時計も……あ、これロレ〇クスじゃなくてロレレックスだ。偽物かよ」
俺が偽ブランド時計を投げ捨てた、その時。
ダンジョンの奥から、魔物の足音とは明らかに違う「洗練されたハイヒールの音」が響いてきた。
カツ、カツ、カツ……。
現れたのは、タイトな赤いドレスに身を包み、毛皮のコートを羽織った一人の女性だった。
背後には、黒スーツにサングラスをかけた大男たちが二人。ダンジョン内だというのに、彼女の周囲だけ高級クラブのような香水の匂いが漂っている。
「……あら、写真で見るよりずっと『不審』ね。素晴らしいわ、その目出し帽の質感」
「……誰だ、あんた。俺、今『カツアゲ』のクールタイム中なんだ。用がないなら帰ってくれ」
俺は警戒してバールを構え直す。
スキル『逃走経路の勘』が、彼女ではなく「後ろの黒スーツ」に対して激しいアラートを出していた。……こいつら、ガチの戦闘職だ。
「挨拶が遅れたわね。私は蛇喰エリカ。この歌舞伎町迷宮の興行権を握るライバー事務所『ナイト・メア・プロモーション』の社長よ」
『うわ、ナイト・メアじゃん!』
『「炎上こそが最高のスパイス」がモットーの極悪事務所www』
『阿久津、逃げろ! そこに入ったら人生終わるぞ!』
コメント欄が騒がしくなる。
ナイト・メア・プロモーション。
所属ライバーにわざとスキャンダルを起こさせたり、ダンジョン内で禁忌とされる薬物(ステータス上昇薬)を使わせたりして、過激な配信で稼ぐ、業界でも有名な「裏の事務所」だ。
「……事務所? 俺は個人勢だ。どこにも所属する気はない」
「そう硬いこと言わないで。貴方、今のままだと遅かれ早かれ『白金凛子』に首を獲られるわよ? 彼女の正義感は執念深いわ。でも、うちに入れば話は別。警察の内部にだっているのよ、私たちの『お友達』が。貴方の前科(予定)を消すことくらい、造作もないわ」
蛇喰エリカは、真っ赤な口紅の隙間から妖艶な笑みを漏らした。
「……それに、貴方のそのスキル。不審者であればあるほど強くなるんですってね? だったら、私たちがもっと『輝ける不審者の舞台』を用意してあげる。例えば……国会議事堂の前で全裸でバールを振り回すとか、どうかしら?」
「断るわ! 羞恥心で死ぬわ!!」
俺は即答した。
不審者ではあるが、俺にはまだ、人間としての最低限のラインが残っている。
国会議事堂の前で全裸は、もはやスキルの発動条件を超えて「社会的な死」だ。
「残念ね。……交渉が決裂したなら、力ずくで判を押してもらうしかないわ。やって頂戴」
蛇喰が指を鳴らす。
背後の黒スーツ二人が、一瞬で姿を消した。
「(速い……ッ!?)」
『逃走経路の勘』が、俺の死角を真っ赤に染める。
俺は反射的にバールを後ろに突き出した。
ガキィィィン!!
凄まじい衝撃。黒スーツの一人が、ナイフではなく「特殊な警棒」で俺のバールを受け止めていた。
もう一人が、俺の首筋を狙って手刀を振り下ろす。
「出すもん、出せやぁぁ!!」
俺はヤケクソでアビリティ『威圧』を最大出力で放出した。
――ズゥゥゥン!
目出し帽の奥から放たれた、煮詰まったような不審者の殺気。
一瞬だけ、黒スーツたちの動きが止まった。
「今だ! 新奥義……『不法侵入(壁走り)』!!」
俺はダンジョンの垂直な壁を重力を無視して駆け上がり、天井の排気ダクトへと飛び込んだ。
「……あら、逃がした? でもいいわ。彼の配信タグに、もう『ナイト・メアのターゲット』というマークを付けたもの。これで彼は、他の事務所からも、警察からも、そしてうちのハンターからも追われる身よ」
蛇喰エリカは楽しそうにスマホを操作する。
一方、俺はダクトの中を必死に這いずり回っていた。
「はぁ、はぁ……歌舞伎町、怖すぎるだろ! 警察の白金さんの方がまだ話が通じるレベルじゃないか!」
スマホを確認すると、同接は驚異の五万人。
さらに、画面の下に見たこともない『指名手配マーク』が表示されている。
『【警告】このライバーは闇ギルドの懸賞金対象です』
「懸賞金!? 俺の首に金がかかったのか!? いくらだ!?」
『現在:5,000,000円』
「……安っ!! 俺の命、成金バールより安いのかよ!!」
絶望に打ちひしがれる俺の耳に、再びパトカーのサイレンが聞こえてきた。
それも、一台や二台じゃない。
ダンジョンの入り口を、数十台の警察車両が包囲している音が、地上から響いてくる。
「……まさか、白金さんか? いや、この数は異常だ」
俺は恐る恐る、ダクトの隙間から外の様子を伺った。
そこには、白銀の鎧を纏った白金凛子が、拡声器を持って立っていた。
だが、その隣には、武装した特務機関のような部隊まで控えている。
「阿久津煉! 貴方に緊急の『重要参考人』として同行を求めます! 今すぐ出てきなさい! 今なら、ナイト・メアの魔の手から守ってあげられなくもありませんわ!」
「(守る(物理的な独房へ)って意味だろ!!)」
裏社会のスカウト、執念深い聖騎士、そして全国の賞金稼ぎ。
阿久津煉、二十歳。
ついに、彼の「不審者配信」は、国を揺るがす大騒動へと発展しつつあった。
「……あー、リスナーのみんな。今日の配信の最後、これだけは言わせてくれ」
俺は震える手でカメラを固定し、目出し帽の泥を拭った。
「目出し帽の替え、Amazonで10枚セット頼んどいて良かったぜ……。じゃあな、また地獄で会おう!」
俺はバールを握りしめ、警察と闇ギルドが待ち構える地上へと、真っ逆さまに飛び降りた。




