第39話 餅つき2
本日は快晴、絶好の餅つき日和だ。餅つきに天気なんて関係ない? 気分だよ、気分。どんより曇り空より晴れの方が何かめでたい感じがするだろ。それにしても餅つきをしようと決めた日から最も近いマナの休日にやることにしたのだが、見事に晴れた。アイツに新しい甘味を食べさせる日は毎回天気が良い気がする。
今日の餅つきは俺の家でやることになった。そろそろマナとその母親のホリーさんがやってくる頃合いだ。ちゃんと前日から準備はしているので慌てるようなことはない。
「たのもー」
家の外からマヌケな声が聞こえて来た。
声の主が誰かは分かり切っているので玄関へ。
「『たのも~』って、どこの道場破りだ?」
「今日の私はそのくらい気合が入ってますよ」
扉を開ければやはりマナだった。
今日のマナは料理を手伝うつもりだからか、髪はシンプルに後ろで一纏めにしており服装も動きやすそうな物になっている。本人の言う通り気持ちの方は準備万端のようだ。なお戦力になるかどうかは未知数である。まあ、助っ人の本命は別にいる。
「おはようございます。今日はどれだけ力になれるかは分かりませんが、お手伝いしますね」
マナの母であるホリーさんの微笑みが眩しい。力になれるかわからないとのことだが、既に俺の士気アップには貢献している。それに少なくとも普段から料理をしているというだけでマナよりはプラスだ。
ホリーさんは家に入るとすぐにエプロンを着けた。
普段から使っているエプロンなのだろう。見るからにしっくりくる。まさに美人妻といった感じだ。いやらしい意味では無い。
「うおっ」
「人の母親がエプロン着けるところを見て『うおっ』はもう有罪ですよ」
「違う。料理の戦力として『頼もしい』と思っただけだ」
「ほんとぉですか?」
疑惑の目を向けて来るマナ。
これ以上濡れ衣を着せられては堪らないので、さっさと料理を始めよう。今日は晴れているし風も無いので庭でやるか。そうしよう。
さて最初にアイテムボックスから臼を出す。臼と言っても俺が石を魔法で適当に削っただけの物だ。
「えっ何ですか。それ」
「臼だ。ここに既に蒸してあるモチ米をドーン」
「おぉ」
アイテムボックス内は時間経過が無いから、料理工程の途中で一旦保留状態に出来るのがとても便利だ。テレビクッキングのように「すでに下処理した物がこちらに」といった流れをセルフで出来てしまう。
「モ、チ、ゴメ?」
「米の一種でしょうか」
マナは聞き慣れないようだが、ホリーさんは米については知っているみたいだ。
米はもちろん、モチ米もこちらの世界ではマイナー食品だ。しかし一応穀物を取り扱っている店にはある。過去の転生者や転移者が広めたらしい。彼女達のうちの誰かが日本の物を取り寄せるようなチートでも持っていたのかもしれない。そして種籾から栽培したのだろう。執念を感じる。
「あたり、モチ米は米の仲間で粘り気が強いよ。で、まずはこねる」
杵をアイテムボックスから出す。杵を使ってもち米を押し潰すようにこねていく。
「ハ、ハンマーで料理するんですか?」
「これは杵という道具だ。ハンマーではない。いいね?」
マナの疑問に答えつつ作業を続ける。
杵と言っても木工職人にそれっぽく作ってもらった物で、本物と並べれば色々小さな差異がありそうだ。俺もまじまじと杵を観察したことなんて無いから完全再現出来ているかは分からない。
もち米の粒がやや潰れ一塊っぽくなってきた。そろそろ本格的に杵でついていく頃合いだろう。手を魔法で出した水で洗っておく。
「ここからが本番、こうやって杵でついた後に杵でモチ米をついた後、手でひっくり返す……いや、捏ねる感じかな」
「なんでそこ曖昧なんですか」
「んー俺も自分で作ったことはないから」
眉をひそめるマナに正直に答える。
「えー、それで大丈夫なんですか?」
「作っているところは何度も見ているから多分いけるだろ」
何度も見ていると言ってもテレビで、だが。
「頼りないですねぇ。はぁ、ここは私が頑張りますか」
「なんでお前は自信満々なんだよっと、餅に触る前に手を洗え!」
手を出そうとしたマナに軽くチョップする。
「いだぁっ、なにするんですか」
「手を洗わないと」
「失礼な、私の手は汚くないです」
「目立った汚れが無くても洗わないといけないわよ」
俺の指摘に納得いかない様子のマナだったが、そこにホリーさんが加勢。話が早くて助かる。こっちの世界で細菌やウイルスが認知されているのかは分からないが、経験則的に洗った方が良いと理解しているのだろう。
俺の水魔法でマナとホリーさんが手を洗う。その間に石臼の横にテーブルを出し、その上に水の入った大き目のお椀を用意する。
「その水は?」
「餅に手で触れる前に水で濡らすんだ」
ホリーさんの質問に答える。
俺の記憶では確かそうやっていた気がする。
「へぇ~何の効果があるんですか?」
「さあ? 手にくっつきにくくしてるんじゃないか?」
「頼りないですねぇ」
俺の答えにマナは微妙な顔をする。
仕方ないだろ。俺くらいの世代だと自分の家で餅つきなんてしている人の方が少ないんじゃないか? 仕様がない。試しながらやっていくしない。
まずは俺が杵を使い、合いの手をホリーさんがやることになった。
俺は最初少し力を込めて杵を振り下ろしてみたのだが、餅が飛び散りそうになってしまった。杵は力強くつく物だと思っていたが、どうも違うようだ。力を込めて杵を振り下ろすのではなく、杵の重さに任せるようなつき方にする。
「ほい」
「はい」
「よっ」
「はい」
初めてにしては息が合っているのでは?
「上手いよ。ホリーさん」
「それほどでもっ」
手を止めずに話しながらでも問題無く息は合っている。細かい所は間違っている部分もあるかもしれない。でも結構良い感じな気がする。
「さーて私もやりますか」
「出来んのか」
「出来ます!」
マナは先日料理が出来るかどうかを聞いた時の答えは、つっかえながらの「で、出来ま、す」だったが今日は言い切った。ただし根拠のある自信なのかは疑問が残る。
「ほい」
「はい」
「それ」
「はい」
意外なことに最初からマナは卒なく俺に付いて来る。ちょっとペースを上げてみるか。
「ほい」「ほい」「ほい」「ほい」「ほい」「ほい」
「はい」「そい」「ふん」「はっ」「とう」「そりゃ」
付いて来る。全く乱れることなくだ。
やるじゃねえか。だがこれに付いて来られるかな。
「オラオラッオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「アタタッアタタタタタタタッ!!!」
「一糸乱れぬ連携……今日初めてやっているとは思えないわ。仲が良いのね」
ホリーさんが感嘆の声を漏らす。
半分冗談で速度を上げ続けたのだがマナはちゃんと付いて来た。もちろんマナが速さに付いて来れなくなっても、杵がマナの手に当たらないよう俺自身は余裕を残しているとはいえだ。実は結構運動神経が良かったりするんだろうか。
「やるじゃねえか」
「フフッ、まだ見ぬ甘味のためならドンと来いですよ」
恐るべきは甘味への執念だな。やる気だけで何が出来るんだと思っていたが、餅つき初見なうえに鍛えているわけでもないのにここまでやられたら認めるしかない。
マナ、お前は病気だよ。多分〇〇依存症みたいな名前のやつだ。
「さあ、そろそろ完成ですか?」
「ああ」
俺に診断されているとも知らずにマナはキリッとした表情だ。受付嬢の仕事中でも俺相手だとこんな真面目な顔はほとんでしない。だがこんなことをイジるよりさっさと食べる準備をすべきだろう。時間を下手に引き延ばせば手掴みで、そのまま食べ始めそうな怖さが今のマナにはある。
「とりあえずちょっと食べるか」
「やった」
「もうこの子は、はしゃぎ過ぎよ」
人数分の皿をアイテムボックスから出して餅を取り分けていく。
まだ食べ始めてもいないのに、マナは臼に残した餅を物欲しそうな視線を送る。
「なんで半分以上も残しているんですか?」
「餅は冷めると固まって少し保存が効くようになるからな、それ用だ。しかも焼いたり煮たりしたら軟らかくなるし、つきたてとは違った楽しみ方が出来るぞ」
俺は説明しながら皿の上の餅にきな粉をかけてやる。
「最初はきな粉が良いだろう。こいつなら間違いが無い」
「あー揚げパンの時のやつですね」
「そうそう。つきたての餅は粘りが強くて喉に詰まりやすいから、ちょっとずつ食べるように。ちょっとずつだぞ、マナ」
「はーい」
流石にこれだけ言えば食い意地の張ったマナでも大丈夫だろう。
さて俺も食べるぞ。
「おっ結構上手くいってるぞ」
餅を口に入れると懐かしさがあふれる。餅は久しぶりなうえ、つきたての餅はほとんど食べたことが無いのに日本にいた頃の記憶が鮮明に蘇る。
「えぇ伸びる伸びる。おいしぃ~」
「不思議な感触ねえ」
マナとホリーさんにも好評だ。マナは手で餅を摘まんで伸ばして首をかしげる。
「なんでこんな風に伸びるんだろう」
「さあ?」
「知らないんですか?」
「知らない。どういう仕組みかまでは分からないって。餅がなんで伸びるかなんて分かるか。美味しければ良いんだよ」
「それはそうですね」
美味しければ良いという俺の言葉にマナはあっさり納得する。まあ、真理だよな。美味ければ良いんだよ。
「あの、もう少しもらっても大丈夫かしら?」
いつの間にかホリーさんが完食していた。
俺とマナがわちゃわちゃしている間に食べていたのだろう。やはりマナの母だけあってホリーさんも甘味は好きなようだ。
「量は十分あるから大丈夫。なんだったら味変えようか。これアンコって言うんだけど」
俺は見様見真似で作ったアンコをアイテムボックスから取り出して見せる。
アンコを見たホリーさんは一瞬固まってしまった。
「……変わった見た目ですね」
「食べ物とは思えないですよ」
この母娘にはアンコの見た目が不評のようだ。
日本人以外にはアンコの良さは伝わらないのだろうか。
「これは何で出来ているんですか?」
「分かり易く言うと豆を煮た物だ」
「豆を煮ただけだと豆の味しかしないじゃないですか」
「途中で砂糖を入れるんだよ」
「はい、私食べたいです」
「じゃあ私も」
マナに釣られてホリーさんも小さく手をあげた。
マナはさっきまで難色を示していたアンコを躊躇いなく餅と合わせて口に入れた。マナの砂糖への信頼が厚過ぎる。
「んーなんだろう。素朴な甘さですね。きな粉とも合いますし、これならいくらでも食べられますよ」
「いくらでも食べるのは駄目よ。それにしても本当に量を食べても飽きない味だわ。それなのに食べ応えはあるのよねぇ」
2人とも大満足のようだ。
俺は一旦食べるのを止め、臼ごと残った餅をアイテムボックスへ入れる。焼いたり煮たりする用に成形する必要があるが、今は食べる方に集中したい。
そうこうしているとホリーさんがすぅーと近づいて来た。
「とても美味しいですね。今日はありがとうございます……厚かましいお願いなんですが、アンコの作り方を教えてもらっても良いですか?」
「ええ大丈夫です。素人仕事なんで畏まられると申し訳なくなりますよ」
和やかにホリーさんと話していると、喉を押さえて顔を真っ赤にしたマナの姿が目に入る。
ヤバい、このアホ注意したのに餅を喉に詰まらせやがった。




