第40話 餅つき3
俺、マナ、ホリーさんの三人でつきたての餅を食べていたところ、なんとマナが餅を喉に詰まらせるという痛恨のミスをしてしまう。
「大丈夫っ!?」
ホリーさんが慌ててマナの背中をさすったり叩いたりしたが、事態が好転することは無かった。
「吐き出せないか?」
俺の問いにマナは苦し気に首を左右に振る。
これはまずい。マナが自力でなんとかするのは難しそうだ。こういう場合どうすれば良いのか。意外な手段で掃除機を使って吸い出すなんて話も昔聞いたことがある。それが正しい方法なのかは分からないが、そもそもこの世界に掃除機は無い。
代わりと言っては何だが魔法がある。同じような現象を魔法によって引き起こすことは出来る。他に良い考えも浮かばないし時間も無い。魔法の制御はかなり繊細なものが要求されるだろう。だが、それでもやるしかない。俺は苦渋の決断を下す。
「仕方ない。強引だが吸い出すぞ」
マナは首を激しく振って拒否を示す。だがいつのまにかマナの背後に移動していたホリーさんはマナの両腕をガッチリ掴んで離さない。
「しょうがないでしょ、マナ」
ホリーさんの言葉にマナは数秒ほど迷いを見せたが、最後は大人しく口を開いた。
俺はマナの口の前に右の掌を出して意識を集中する。マナの口内を傷付けないよう慎重に魔法の威力と範囲をコントロールし続ける必要がある。風の魔法を発生させた後、徐々に吸い出す力を強めていく。
ゴォォォォォッと人の口から本来聞こえてこない音が鳴る。そして、俺の右の掌にベチャッとした不快な感触がした。吸い出された餅が勢い余って俺の手に衝突したのだ。
「うげえ、きっしょ」
「ぜぇーぜぇぇ、き゛た゛な゛く゛な゛い゛て゛す゛」
「アホ、汚ねえよ。仮に自分が吐いた物だったとしても汚ねえよ」
息も絶え絶えに抗議するマナに厳しい現実を教える。
俺はそういう趣味ではない。美少女の物であれば誰もが肯定的な反応を示すと思ったら大間違いだぞ。
「はあはぁはぁ焦りましたよ」
「喉に詰まりやすいから注意しろって言っただろ」
「そっちじゃなくて、キスされるのかと思って」
「アホか。下手したら死んでたぞ」
暢気すぎるだろ。窒息の苦しみは相当なものだと思うのだが、そっちの心配かよ。流石に呆れる。
「ったく、キリも良いしそろそろお開きにするか」
「えっ、まだ食べるつもりなんですが」
「えぇ…嘘だろ。お前、今死にかけたところなのに」
「苦しい思いをした分、いっぱい食べたいじゃないですか?」
いや、その理屈は分からない。
マナがドン引きする俺の袖を軽く引っ張る。
「ついでに味変しましょうよ。ジンさん、アイテムボックスに色々入れてますよね?」
無茶振りだろ。俺のアイテムボックスはどこぞの猫だか狸だか分からないロボットのポケットとは違うんだぞ。なんでも入っているわけじゃない。
「ほら、クレープを作った時の生クリームや野苺のジャムっぽいやつとかありませんか?」
「生クリームや野苺? あるけど」
俺がアイテムボックスから生クリームと野苺の加工品を出すとマナは歓声を上げる。
「これこれ、見て。前に話した生クリームだよ」
「白い、雲みたいね」
「生クリームと野苺のジャムをモチに付けて……うん、やっぱり美味しいっ」
マナはお気に入りの生クリームと餅の組み合わせに満面の笑みを浮かべる。
正確にはジャムではないんだがな。ジャムは保存性を高める為に砂糖をかなり入れるのだが、今マナが食べている物は甘さを補う程度にしか入れていない。だから粘りも少ないし、野苺の煮込み? それとも野苺のソースとでも言えば良いのだろうか?
「マナがあんまりしつこく言うから気になっていたのよね」
ホリーさんはたっぷり生クリームと野苺ソースを餅に付けて頬張る。その表情が弾けるような笑顔に変わり「おいしいですっ!」と喜んだ。
可愛い。人妻が他人に向けて良い顔じゃないですよ、奥さん。
今日餅つきをすることにして正解だった。そんなことを考えていると不意に何者かに肩パンを食らう。まあ何者かなんて決まっている。
「マナちゃ~んお行儀が悪いですよ」
「邪なものを感じたので」
「善良な一般冒険者である俺が邪なはずないだろ」
君のお母さんのことをちょっと可愛いなぁと思っただけだ。他意は無い。
「ジンさん、これ本当に美味しいですね。マナが『ふわふわで食べられる雲みたい』なんて言っていたからどんな物かと気になっていたんですが、想像以上です」
生クリームへの感動から興奮気味のホリーさんは、無邪気で歳より若く感じられる。歳知らないけど。知らない人ならマナの姉と言っても信じるだろう。
まあホリーさんに喜んでもらえて良かったよ。でも『雲みたい』か。雲みたいな食べ物なら俺は綿菓子を先に思い浮かべるのだが、この様子だとこちらでは綿菓子も無いのかもしれない。
それにしてもマナもホリーさんも餅を生クリームと野苺のソースでガンガン食べている。しかし俺はどうもこの組み合わせには違和感がある。美味しいし組み合わせ的には苺大福に近しいのだから問題無いはずだ。にもかかわらず俺の頭が固いせいか、すんなり受け入れられない。
「俺はぜんざいや雑煮、あと焼いた餅を砂糖醤油で食べる方が良いな」
「ぜんざい?」
「ぞうに?」
「ぜんざいは大雑把に言えばさっき出したアンコをスープ状態にして、そこに餅を入れた物かな」
マナの疑問には答えたが雑煮の説明がパッとは思い付かない。【スープに餅を入れる】だけでは分からないよな。
「雑煮は……えーと、豆から作った調味料を使った海鮮スープに餅を入れた物だな」
「へぇ~今日食べられるんですか?」
「えっ、まだ食う気かよ」
「マナ……貴方ね」
餅つきは成功に終わった。マナはホリーさんが強制的に連れて帰った。
俺自身、人のことを言えた状態ではないが餅は太るぞ、マナ。
1人になった俺は余った餅を小さめの丸い形にしておこうか、と思ったのだが強烈な眠気を覚えた。そしてそのまま眠気に抗えず、ソファに体を預けてしまう。なんで食事の後の眠気に身を委ねるのはこんなに気持ち良いのだろう。ぐぅ。




